「最近の若者は何を考えているかわからなくてね…」
上司にとっては昔からある悩みですが、若者たちがすぐ仕事を辞めてしまうという事態はいま多くの企業にとって深刻な問題です。
コロナ禍が続く中で、どうすれば今の若者たちとのコミュニケーションをうまくとることができるのでしょうか。さまざまな企業の試行錯誤からは、「雑談」「心の見える化」「オーダーメイド」という3つのヒントが見えてきました。
(おはよう日本ディレクター 梅田隆之介)
約3割の企業は「育成しても若手が辞めてしまう」と感じている
「人手不足」が多くの業界で続く中、若者の離職は企業にとって深刻な悩みです。
「せっかく入った新人が半年でやめてしまったんですよ…」といった言葉を多くの企業の人事担当者から聞きました。
2021年に公表された調査によると、「企業が人材を育成しても辞めてしまう」と回答した企業は27.6%に上っています 。
その理由として多くの人事担当者が口をそろえたのが、「コロナ禍が続く中で上司と部下のコミュケーションがとりづらくなっている」ということでした。
コミュニケーションの秘訣① 雑談をルールに 若手を孤立させない
若手にどう声をかけていけばいいのか。
まず注目されているのが、仕事場での「雑談」が持つ効果です。
建設コンサルタント業を営む日本工営では、コロナ禍でオンラインでの仕事のやりとりが増えたことで、認識違いなどによる細かなミスが少しずつ増加していったといいます。
さらにメンタル面で不調をきたす社員も増え始めました。
そこで全社を挙げて取り組み始めたのが、「オンライン会議の冒頭で雑談を取り入れる」ことでした。
若手を孤立させないように、ガイドラインとしてルール化したのです。
入社1年目の加藤彩さんは、入社当初は先輩や上司が忙しそうに見え、緊張してなかなか質問できなかったといいます。
そんな加藤さんにとって、ルールで定められた“雑談”は貴重な機会になりました。
ある日の“雑談”をのぞいてみると、まず参加者全員がカメラをONにすることがルールとなっていて、お互いの表情が見える状態で話をします。
先輩が切り出したのは食べ物の話題。上司は「漬け物にはまっている」と話し、その後セロリの漬物がおいしいかどうか和気あいあいとトークが進みました。
雑談の時間は5分程度。その後は一転、真面目な雰囲気に変わり、普段の業務の進捗報告や、部内の目標の確認などが行われました。
加藤さんたち若手の職員にとって、”雑談”の場が、上司や先輩がどのような人なのかを知ることができる大切な機会になっているといいます。
入社1年目 加藤彩さん
「“雑談”を通して『この人にならこういう相談できるかな』というのがわかるようになり、不安や孤独感を抱くことなく仕事ができています。頻繁に気軽なコミュニケーションがとれていることが積み重なって信頼関係が築けているなと感じています。ちなみに私もセロリは苦手で、親近感を覚えました」
ささいな雑談からお互いを知ることでお互いの考えが伝えやすく、メンタルヘルスの問題にも改善が見られるといいます。
日本工営人事部 国峯紀彦部長
「上司と部下の関係で、雑談などで普段から話し合いができていれば、ある意味で仕事は、あうんの呼吸で進んでいくと思う。効率よく仕事を進めるには、相手の気心が知れている仲間の形で仕事を遂行するのがベストで、雑談を通してコミュニケーションを高めることは非常に有効的だと考えている」
コミュニケーションの秘訣② システムを使った“心の見える化”
若手社員の考えを探るために、ネット上のアンケートシステムを活用して”心の見える化”をすすめる企業もあります。
パナソニックホールディングスでは、入社3年目の社員を対象にしたアンケート調査から、4人に1人が「仕事にやりがいを感じられていない」ことが明らかになりました。
そこで導入したのが「パルスサーベイ」と呼ばれるシステムです。
このシステムでは、社員は1~2か月に1度、WEB上のサイトに設けられた「仕事の量が多く、長時間労働などが多い」「仕事の難易度や達成基準が高い」など25問程度の設問に対して、当てはまるかどうか5段階で回答します。
定期的に行うことで、回答の小さな変化から大きな問題の端緒をつかむことができるといいます。
得られた結果から心理状態を分析し、上司に対して「どのような声掛けをすればよいか、部下との面接でどのような話をすればよいのか」までアドバイスが届くシステムになっています。
<入社2年目の社員(右)と上司の面接>
パルスサーベイを活用した、入社2年目の若手社員と上司の面接の様子を見せてもらいました。
若手社員は、仕事は楽しいと感じているものの将来のキャリアをどうしたらいいか上司に相談する機会を持てず、不安を抱えていたといいます。
上司は若手が「この2年間で何ができるようになったのか、どのような不安を感じているのか、これから何をしていきたいのか」をじっくり聞きました。
実は、パルスサーベイを通じて「若手が話始めるのをじっと待ち、不安をことばにするのを支援してあげましょう」というアドバイスを受けていたのです。
若手社員の上司 櫻井修治さん
「すごく良い悩みだよね。いま不安を感じているのは、成長したからこそ抱いているものだと思う。将来についての考えはまだ固まっていなくてよくて、今は選択肢を増やす時期だと思う。いまは目の前の仕事をガンガンやっていこうよ。その中で選択肢がどんどん増えていき、今の仕事の延長線上に見つかるタイミングがやってくるから」
入社2年目の社員 藤田太郎さん
「今の仕事を楽しんでいる中に見えてくるんじゃないかと言われて、はっとしました。もっと安心していいんだ、あせらなくていいんだと気づけて安心感をもらえました。普段から会話する上司であっても、改まって話す機会はあまり取れないので、パルスサーベイは会話のきっかけにもなっていると感じています」
この3年、離職率はそれまでの5分の1程度に留まりました。
人事の担当者は、単に面接を行うだけでなく「パルスサーベイ」というシステムを通じることによって、上司と若手が業務やキャリアについて深く長期的にコミュニケーションをとれるようになっていると感じています。
パナソニックオペレーショナルエクセレンス人事部門 坂本崇部長
「パルスサーベイは上司の思い込みではなくて、データを見ながら心の変化、心の可視化ができ、若手にとっては自分を客観的に見ることができるのが大きなメリットだと思っています。アンケートだけで終わらせず、データ化されたものを活用して変化を中長期的に見ていきたいと考えています」
コミュニケーションの秘訣③ 一人ひとりにあった指導を”オーダーメイド”
「雑談」も「心の見える化」も、最後に大事なのは人と人との直接的なコミュニケーションでした。
そんな「一人ひとりにあった指導の仕方」を工夫している企業もありました。
地盤調査や環境評価など行う応用地質株式会社では、社員の3割が50代。
若手を辞めさせず、技術を伝承していくことが差し迫った課題となっています。
そこで新人一人ひとりに合わせた指導を徹底するために、まず指導役の先輩をそれぞれ決め、「オーダーメイドの育成計画」を綿密にたてることにしました。
スケジュールを3か月、1年、3年ごとに区切って目指す目標を明確に決めています。
<若手社員の育成計画>
入社1年目の渡邉夏実さんの指導役となったのは、8年目のベテランの金子久美さんです。
この日は、樹木の中に空洞がないか機械を使って中を調べる方法を教えていました。
<1年目の渡邉さん(左)と指導役の金子さん>
指導役の金子さんは、渡邉さんは覚えるスピードは遅くてもじっくり理解したいタイプだと感じていて、 機械の使い方だけでなく、背景となる知識を通常よりも多く交えながら教えていました。
指導役の先輩 金子久美さん
「自分で調べることが渡邉さんは多くて、進んでいろいろわからないことを調べたりしていました。なので『これやっといてね』と言うだけの放り投げるやり方や、感覚的に教えるよりも、もう少し詳細に教えてあげた方が彼女的には身につけやすいと思いました」
入社1年目 渡邉夏実さん
「感覚的に教わるのはちょっと苦手なタイプなので、作業や理論の背景までとても細かいところまで丁寧に教えてもらってとても助かっています。私のことを見てくれていると感じます」
金子さんと渡邉さんは、管理職を交えて「育成計画」の進捗を確認しあっていました。
こうした打ち合わせを3か月ごとにおこない、情報は本社の人事部まで共有しています。
指導役が困ることがあればすぐに人事部がサポートし、「若手を辞めさせないこと」を優先しているといいます。
応用地質人事企画部 山澤遼さん
「自分が新人だった頃に受けてきた教育と今なすべき教育は違ってきているので、指導役の先輩には自分が新人時代のときに受けてきた教育が正しいとは考えず、時代と場に合わせた教育をしてほしい。現場の人たちだけで仕事や悩みを抱え込まないように、人事や現場管理職が見守ることができる仕組みづくりをしている」
”わかりやすさ”を求める若手社員 カギは「素直に、具体的に」
「雑談」や「心の見える化」、そして「オーダーメイドの育成計画」。
うまくいくコミュニケーションに共通しているのは、若者世代のどんな特徴なのでしょうか。
毎年行われている「新入社員の意識調査」によると、この10年上司や職場に求めることに大きな変化が生じていることが見えてきます。
理想の職場について聞いた問に対して、「お互いに助け合う」と答えた割合が20.6%増加したのに対し、「お互いに鍛え合う」は11.6%減少 。
また、理想の上司については、「ひとりひとりに対して丁寧に指導する」が14.0%増加した一方で、「言うべきことはいい、厳しく指導する」を選んだ人は大幅に 減少しました。
新人・若手育成が専門のリクルートマネジメントソリューションズの桑原正義さんは、「若手社員の中に従来と異なる価値軸が生まれてきている」と指摘します。
リクルートマネジメントソリューションズ 桑原正義 主任研究員
「時代の流れが速くなったことで、年齢が近くても価値観の違いが大きくなり、ジェネレーションギャップを従来よりも感じやすくなっている。上司世代の人たちにとってこれが当たり前だよと思うような経験値を若手たちはしてきておらず、むしろ違うところで充実体験や成功体験をしているため、大事にしている価値観にズレが生まれている」
その具体的なズレとしてあげたのが、新人層の多くが「個性」を大事にするのに対し、上司世代は「みんなと同じ」を重視する。
仕事は「助け合うもの」と新人層が考えるのに対し、上司は「自分でやりきる」。
指導方法についても、新人層は「一人ひとりに丁寧に」を求める人が多く、以前のような厳しい指導を求めない傾向があるといいます。
丁寧な指導を求める若手層の割合が増えていることについて、心理学が専門の家島明彦准教授は「学習環境の変化が影響しているのでは」と考えています。
大阪大学キャリアセンター 家島明彦准教授
「世の中に塾や個別学習指導が台頭してきたことで、”教えてもらえることが当たり前”の学び方をしてきた人が増えていることが影響しているのではと考えます。また、コロナ禍で、対面で人と会う機会が減少した中で大学生活を送ったことで、目で見て学んだり覚えたりする機会が減少したことも価値観に影響している可能性があります」
そして、若手と上司がお互いに理解を深めていくために、家島さんはそれぞれの立場にとっての「よりよいコミュニケーションのヒント」をあげました。
若手に対しては、悩んでいることを上司に「素直に」伝えること。
またどんな手助けをして欲しいのか、必要なサポートを「具体的に」伝えること。
さらに上司や先輩に対してのアドバイスは、「まずは話を聞いて受け止めること」、そして「決めつけたり押しつけたりしない」と話していました。
取材を通して痛感したのが、どの会社でも「お互いが何を考えているのか知ることからコミュニケーションは始まるのだ」ということでした。
自分の経験からしても、一歩深くお互いを知ることで業務もはかどりますし、困りごとの相談もしやすくなります。
生まれ育った環境や時代が違えば、価値観は変わってきます。
まずは私も、あの気難しい上司が何を考えているのか探るため、セロリの漬け物が好きかどうかから聞いてみようと思いました。
【2022年12月27日放送】