【全文掲載】映画監督 是枝裕和 最新作「ベイビー・ブローカー」で描く”家族と命“

NHK
2022年7月12日 午後5:55 公開

「“ベイビーボックスというものが一体どういうものなのか”というのを僕なりに考えたプロセスが映画になっているっていうことなんですよね。登場人物たちによって(赤ちゃんの)命が肯定される。それが多分旅のゴールなんだろうなと」

今回の映画にどんな思いを込めましたか?という私たちの質問に、じっくりと考えながら答えてくれた是枝裕和監督。赤ちゃんポストを題材にした最新作「ベイビー・ブローカー」は、今年のカンヌ映画祭で「最優秀男優賞」と「エキュメニカル審査員賞」の 2 冠に輝きました。"まっすぐに命と向き合いながら制作した"という是枝監督に、作品への思いを聞きました。

“生まれてきてよかったのか”と感じる当事者 韓国で取材して

記者:今回赤ちゃんポストを題材として選んだきっかけを教えてください。

是枝裕和監督(以下、是枝監督):

きっかけは、2013年に「そして父になる」という映画を作る時に日本の養子縁組制度とか里親制度のリサーチをしていて、いろいろな本を読んだりしていたときに、熊本県の慈恵病院がそういう取り組みをしているというのを知りまして、それで関心をもって本を読んだりしたのが最初なんですね。

同様の施設が韓国にもあって、韓国の場合は主体は病院ではなくて教会でしたけれども、韓国は養子制度というものが日本以上に社会的に定着もしているし、問題もたくさんあって、「ベイビーボックス」(赤ちゃんポスト)に預けられる赤ちゃんの数が日本の10倍ぐらい多いということを知りました。

それでこの題材で映画を作るのであれば、より韓国の方が普遍的に描けるのかなというふうに考えて、韓国を舞台にして、じゃあ書いてみようかなと思ったのが最初です。それが2016年ぐらいです。

記者:映画を作る上で韓国で取材をしたと伺いましたが、一番強く感じたことは何ですか?

是枝監督:

赤ちゃんポスト出身、「出身」という言い方をしていいかどうか分からないけども、赤ちゃんポストに預けられた子どもたちへのインタビューというのは直接的にはできてないです。やはり施設のほうも、その子たちをどう守るかということをすごく厳密に考えているので、僕らができたのはアンケートです。紙による取材、それに対する返事という形でした。

それはとても正しいと思いますけれども、その中でも例えば「母親のことを恋しく思うか」とか、そういう質問はやめてほしいというようなことを施設側から言われた。僕らの出した質問に対する施設側の回答を読むと、逆に、間接的にですけども赤ちゃんポストに預けられた彼らがどういうことを日々感じているか考えているかというのは、なんとなく想像はできましたけれども、直接的な声を聞けたわけではないです。

直接声を聞けたのは「ベイビーボックス」ではなくて、養護施設に赤ちゃんのときに預けられて、両親の顔を知らずに育って、そのまま大人になった子たちです。彼らの声の中で一番印象的だったのは「自分が生まれてきたことは本当によかったのかどうか」ということの確信を持たないまま大人になってしまう、「本当に自分が生まれてきてよかったのか」、「自分が生まれたことで母親は不幸になってないか」という、そのことを心配しながら、日々生活を送っているという、そのことが一番大きかったです。

<ベイビーボックスに子どもを預ける母親・ソヨン>

"子どもを預けた母親”への目線 物語を通じて揺らぐように

記者:赤ちゃんポストについてはさまざまな意見がありますが、是枝監督はどうお考えですか?

是枝監督:

僕自身が例えば熊本の取り組みに対してどう考えてるかっていうのは、すごく明快に肯定的ですけれども、ただ、いわゆるその病院の取り組みに寄せられる意見が両方あるのは知ってますし、それは韓国でも同様でした。

そこに赤ちゃんを預けようとする母親を巡って、たぶんいろいろな評価が、直接言葉としてぶつけられることはそんなに多くないかもしれませんけど、まだ残っている。

この映画はやっぱり僕のメッセージ映画ではないので、だとすると、やはり登場人物の中でその行為に対して肯定的な人と否定的な人と両方いた方が物語としてはいいはずです。

赤ちゃんを預けに来る母親とか預けられた赤ちゃんに対する、ペ・ドゥナ演じる女刑事のスジンの価値観、評価がこの物語を通して揺らいでいかないといけない。

<ブローカーたちを追跡する刑事・スジン(左) >

いろんな声に接することで、見ている方たちも女性刑事のスジンと同じように、映画を見る前に思ったことと、2時間映画見たあとに親子に対してもしくは周りにいる人間に対して思っていることが、ちょっとだけ違って見えるといいなと思っていました。

「1つのことに対して2つの評価」というのは(映画に登場する)刑事2人の間でもありますし、ブローカーの2人の間でもズレを持つようにして、なるべくいろいろな評価がいろいろな角度からあの母親と赤ちゃんに当たるようにしたつもりです。

記者:このテーマにどういうメッセージを込めていますか?

是枝監督:

なかなか「監督がメッセージを作品にこう込めました」というのを語るのは非常に難しくてですね。それは撮りながら見つけていくものでもありますから、役者さんと一緒に映画を作りながら見えてくるものが一番実は大事なんです。

「どのようなメッセージを込めましたか」と聞かれると…、僕も一緒に、少なくとも今回の映画を作るプロセスで「ベイビーボックスというものが一体どういうものなのか」というのを僕なりに考えたプロセスが映画になっているっていうことなんですよね。

記者:映画を作るプロセスの中で、監督自身の気持ちに変わった部分はありますか?

是枝監督:

施設で育った子の声に触れたときに、映画に登場する登場人物たちによって(預けられた赤ちゃんの)ウソンという命が肯定される映画にならなければいけないなというのは感じました。それが多分旅のゴールなんだろうなと。

そこが明快になったのはやっぱり取材を通してですね。最初は旅を続ける、「いったんは自分の赤ちゃんを捨てようとした母親とそれを売りさばこうとしていた男たちが車で旅をしながら、1つの箱の中で家族になっていく話」というのを考えていたんですけども、それ以上にやはり「もう1度彼女が母親を選び直す話」である。決して自分が育てるという形ではないにせよ、むしろそれを選ばない形で母親になる話にしなければっていうことは考えました。

記者:赤ちゃんを連れ去った男、ドンスを施設で育った人物として描いていますね。

<ブローカーの1人、ドンスは児童養護施設で育った >

是枝監督:

この映画で描いた旅を通して登場人物の何かが変わる、いろんなものが変わる。何かをあきらめる人もいれば何か考え方を変える人もいる。

ドンスという役はやはり自分を施設に預けた母親を許せずにいた。その彼が目の前にいるソヨンという母親を通して彼女の向こう側に自分の母親を見てますよね。その目線がどう変わるかというのが、この映画の中心にあるなと思っていたので、丁寧に彼女との交流を通して、どう自分の母親を許す話にできるかっていうことをやってみようと思いました。それが大きな縦軸の1つだなと思いました。

「母親が抱きしめて解決する話」ではない

記者:一方で、赤ちゃんを捨てようとした母親がもう一度母親になることを選び直す話だとおっしゃいましたが、それに関してはどんな視点を大事にされましたか?

是枝監督:

世間の目を最初はペ・ドゥナ演じたスジンという刑事に背負わせて、彼女が母親を誤解していく。前半1時間はいろいろな形で、ずっと誤解し続けるっていう形をとっているんですね。「ああ、それで邪魔になって捨てたのね」っていうふうに、全部こう誤解をしていく、わざとミスリードしていくっていう、それを自分なりには世間の目だと思って彼女に重ねています。

でも見ている観客は、最初はスジンと同じように見ているかもしれないけど、途中からスジンの目線からだんだんずれていくといいなと思ってました。

そういう目線の変化みたいなものを前半で作っていくというのが構成としては大事だなと思っていましたし、結末で例えば「実母のもとに男の子が戻ってきて抱きしめて終わり」ではないっていうことも明快には考えてました。それだとやはり母親の責任の話になってしまうので、捨てたことを抱き締めて回収する話ではないっていうふうにも思っていました。母親だけの話ではない、「母親の責任を巡る話」ではなくて、やはり「社会の責任の話」だっていうふうに。

<養父母捜しの旅を共にする母親とブローカーたち >

自分が考えていたのは最初が「ベイビーボックスという小さな箱」で、次が「あの車の中にいる、ある種の家族、家族的な箱」で、最後は「1人の赤ちゃんと周りにいる人、さらにその周りにウソンを見守っている人がいる」っていう展開にした。

最初の箱よりは少し大きな社会の箱っていう3つの箱の中を赤ちゃんが旅をしていくっていうイメージだったので、最後、もちろんその輪の中に母親はいますけども、「母親1人が抱き締めて解決する話」ではないというふうに思っていました。

“悪者探し”ではなく 社会構造の問題を

記者:世の中ではいまも赤ちゃんの遺棄事件が起きています。その際にも赤ちゃんポストに関しても、母親のことだけ語られ、父親の存在が語られないことが多いことについてどうお考えですか?

是枝監督:

個別の事件については追えていないので、なかなか言及が難しいんですけれども、2004年に「誰も知らない」という映画を撮ったときに、さらに15年ぐらい遡った事件をモチーフにして作ったフィクションの映画でしたけれども、その事件を追ってた時にもやはり断罪されていたのは母親でした。

そこにはおそらく4人の子どもがいて4人の父親がいたはずで、本当は存在してるんですけども、その家族の周りにはもういないので、批判の対象にはなかなかなっていかない状況がありました。

映画の中でその父親の影というものは出したんですけども、「誰が悪者なのか」、悪者探しというものの想像力が、やっぱり見えてるものに向かってしか進まないというのがあって、そこで目に見えない形の責任というものをどう考えるかっていうことは常にそのときから意識しました。「母親が悪いのか」「父親が悪いのか」っていう話ではないと僕は思っていて、だからこそ決して誰かの責任を問うのではなくて、やはり孤立してしまった赤ちゃん、赤ちゃんと母親、もしくは赤ちゃんと母親と父親も含めてですけれども、孤立させている状況というのがあるはずなんですよね。

なので(「ベイビー・ブローカー」では)社会の箱というものを描いた。血縁のあるなしにかかわらず、登場した人物たちがウソンを見守っているっていう状況を作ったつもりです。

そこに姿を見せていない父親の責任というのは、当然存在しているんだけど、例えば「誰も知らない」のモチーフになった事件を取材したときにも、悪者捜しに終始するんですよ、新聞もテレビも。でも悪いやつを叩けば済むのかっていうと、どこまで叩いても、多分またそういう事件って起きるんですよ。だとするとそれは社会構造の問題だから、なるべく僕も視野は広く持って、そこまで含めた話にできるだけしたいなというふうに思っています。

“家族は多様なものでいい” これからの家族をめぐって

記者:今回映画を制作した韓国の家族観について、日本と似ていると感じましたか?

是枝監督:

これ両面ありますよね。血縁主義が根強くあるという共通点が一方でありながら、韓国であれだけ養子縁組制度が浸透しているのは宗教的な理由がある。そこは日本とかなり違う。何組か取材させていただきましたけども、皆クリスチャンですし。

記者:刑事の役が2人とも女性というところで、役の性別は意識的に設定したのですか?

是枝監督:

当初書いてたプロットでは刑事が男性だったんですけども、取材を進めて自分で構成を固めていく段階で、「いったん赤ちゃんを捨てた母親、母になることを諦めた女性が違う形で母親になっていく話」であると同時に、それを追いかけていく側に、もう1人「母であること」を選ばなかった、あるいは選べなかった女性を存在させて、その2人が最後に交差する話にしたいなというアイデアが途中から浮かんだので、スジンという刑事は女性にしようと思いました。

脚本ができたときにキャストにお手紙を渡しましたけども、これは「旅をしながらブローカーたちが家族になっていく話」であると同時に、「2人の女性が別の形で母親になっていく話」がもう1つ並走しますと書きました。

記者:是枝監督はこれまでも血縁関係を超えた家族の形を描いていらっしゃいますが、「家族」というものをどうとらえていますか?

是枝監督:

家族は多様なものでいいと思っています。決して血縁を否定してるわけではないですよ。正直に言えば。血縁にこだわる人もいるよなと思っています。だけど血縁ではない形でつながっている集団も、家族と同様にいろいろな不利益を被らないように制度設計するべきだろうと思っています。血縁主義に閉じた家族観では、これから先の家族という集団を捉えきれないと思います。

なので、血縁関係がない集団を家族として描くっていうことは別にアンチとしてやってるわけじゃなくて、現実的に考えたときに家族のありようというものの多様性をどういうふうに描けるかなって模索しているつもりです。

(科学文化部 記者 池端 玲佳、おはよう日本 ディレクター  野澤咲子)

【2022 年7月13 日放送】

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