「生きづらさを抱える人へ」西野カインさん 孤独を描くアーティストが絵に込めた思い

NHK
2022年1月4日 午後5:00 公開

『私の孤独を笑うな』『誰かの手のひらの上では踊らない』

福井県在住のアーティスト・西野カインさんが描く絵のタイトルです。西野さんは自分が感じてきた「孤独」や「生きづらさ」を包み隠すことなく人物画に表現しています。

長引くコロナ禍で生きづらさを抱え、死を考えるほど追い詰められた人たちに絵を通して寄り添いたいという西野さんを1年にわたって取材しました。

(福井放送局映像取材 冨吉亘哉)

明るくも前向きでもない絵 なぜ心に刺さる?

2020年11月、福井市内の美術館でアーティスト・西野カインさんの個展が開かれました。

初めて訪れた私は、壁に飾られていた数々の絵とそのタイトルに衝撃を受けました。

《私の孤独を笑うな》

《誰かの手のひらの上では踊らない》

ふだん、私たちが心のどこかに押し込めている負の感情が生々しく表現されているように感じました。私は気がつけば、ただただ圧倒され立ち尽くしていました。

会場には絵の前で涙を流している人もいました。

絵を見た人たちは「感情が追いつかないぐらいすごい絵だった」「自分の生きづらさや孤独を肯定してくれるように感じた」と語ってくれました。

決して明るくも前向きでもない西野さんの絵がなぜこれほど人の心を打つのか。その答えを知りたいと取材を始めました。

「消えたい」と思い詰めた過去

西野さんは自分自身の感情を絵にしているといいます。ほとんどの絵に負の感情が込められているのは、西野さん自身、生きづらさを抱えてきたからだと教えてくれました。

幼いころから絵を描くことが好きだった西野さんですが、小学校では集団生活になじめず、保健室に通う日々を送っていました。教室にほとんど来ない西野さんに対し、同級生たちは距離をとるようになり、根も葉もないうわさが広まりました。

西野さん

「猫を殺したってうわさが学校中に流れたりとかしました。もちろん殺してないんですけど。いじめはありませんでしたが、腫れ物として扱われていましたね」

中学生になると自宅の部屋でふさぎ込むようになり、3年間ほとんど学校には通いませんでした。家族からも自分の気持ちを理解されず、毎日「消えたい」と思うようになりました。西野さんにとって、誰にも言えないつらい心の内を絵に描くことが唯一の救いでした。

父親の護(まもる)さんは部屋に閉じこもる娘に対し、「なんでみんなと同じことができないんだ」「学校に行け」とつらくあたってばかりでした。

しかしある日、大きな声で呼びかけても、絵を描くばかりで全く反応を示さず、感情を無くした娘の表情に衝撃を受けたといいます。

父親 護さん

「これはアカンと思って、このままスパルタを続けていたらこいつ死んでしまうと思って」

ちょうどその時期、西野さんは大きな1枚の絵を描いていました。タイトルは『誰かの傷跡』。

絵を描いているときの記憶が無いほど無心になって描き出したのは、花で飾られた人物の頭にツタが巻き付いている絵でした。

《誰かの傷跡》

父親 護さん

「この絵は俺に言ってるんかって。古いツタというのがたぶん俺のことを言ってるんやろうなと。で、その古いツタがからまって動けなくなっていたということで、俺が縛り付けていたから動けなくなったんやということをこいつは言いたいんかなと。俺はこいつの痛みに気づいてやることができんかった、ずっと」

西野さんは絵を通して、自分のつらい心の内を父親に理解してもらうことになりました。

家族の応援を受け、アーティストとして路上やSNSで本格的に活動するようになったのです。

死を考えるほどつらい人に絵で寄り添いたい

取材を続けて半年が経つころ、西野さんが私に語ってくれたことばが印象的でした。

西野さん

「絵を見てほしいのは、自分の生活にささいな違和感や生きづらさを感じている人。その中でも特に、自殺を考えてしまうほど崖っぷちギリギリのところにいる人に見てほしいんです」

なぜ、そう思うのか。話を聞くうちに、かつて死を考えた西野さん自身の経験に加えて、もう一つ大きな出来事があると知りました。

それはSNSで出会った友人・Aさんの存在です。

AさんがSNS上で西野さんの絵を見つけ、やりとりするうちにお互いの境遇を相談し合うほどの仲になったといいます。

しかし3年前、「絵を描き続けてほしい」というメッセージを最後に連絡が取れなくなりました。その後、共通の知人から届いたのは、Aさんが亡くなったという知らせでした。

西野さん

「何もできなかったっていうことの自己嫌悪でだいぶ落ちました。崖っぷちギリギリに立っている人って本当にちょっとしたことでポンって押されたら落ちちゃうんですよね」

Aさんの出来事を機に、西野さんは同じような思いをしてきた自分だからこそ、死を考えるほどのつらい境遇にいる人の心に寄り添い、救いとなるような絵を描きたいと思うようになりました。

西野さん

「私も本当にギリギリにいて、私は落ちなかったんですけど、そういう人がささいなきっかけで落ちないように一歩後ろに下がれるっていうんやったら、そのささいなきっかけに私の絵がなれたらいいなと思って」

絵がつらい気持ちを代弁してくれる 絵に救われる人たち

「救われる」

「心に刺さる」

「勇気をもらった」

いま、SNS上では西野さん描く絵に共感の声が寄せられています。

21歳の絢瀬(あやせ)さんも、西野さんの絵に救われたという一人です。2年前から、強い吐き気や動悸に突然おそわれるパニック障害に苦しんでいます。自分と同じようにつらい境遇の人に知ってほしいと取材を受けてくれました。

絢瀬さんは去年の春、短大を卒業し、美容関係の会社に内定していましたが、パニック障害の症状が悪化したため、就職を断念せざるを得ませんでした。

絢瀬さん

「現実を突きつけられた気がしましたね。私は普通の仕事をすることができないのか。親のすねをかじって薬をのむだけの生活しかできないのか。何の役にも立てないじゃん。社会にいる意味なくない。じゃあ生きている意味なくない。じゃあ私が明日いなくなっても、大したダメージは受けないよね。っていう思いにたどり着きましたね」

死も考えたという絢瀬さんがSNSで知ったのが西野さんの絵でした。

それは『もう枯れてるんだしどうせ治らない』というタイトルの絵でした。パニック障害で思い通りにならない心と体を抱える自分の苦しみを絵が代弁してくれているように感じたといいます。

絢瀬さん

「つらさを誰かに知ってほしいというか、そのつらさを誰か具現化してくれないかなって思っていたときにカインさんの絵にお会いして気持ちがちょっと軽くなったというか、自分を認めてあげることができた」

いま絢瀬さんは飲食店で働いています。いまでも発作が出るたびに自分を責め、生きる意味を見失うこともあるといいますが、そのたびに西野さんのSNSにあげられている絵を見て、心を落ち着けています。絢瀬さんは、西野さんの絵を「心の薬」と表現してくれました。

いま伝えたい「自分に優しく」

先の見えないコロナ禍のなか、いま、西野さんは絵を通して伝えたいことがあります。

「コロナがあって、みんなせっぱ詰まった状況でピリピリしているときに、人にも厳しく接して、自分のことも同じぐらい精神的に追い詰めているんだと思う。

つらいな苦しいなというときに、絵を見て共感して、こんな自分のままでいいんだって、ありのままでいいんだなって、自分に優しく、自分を受け入れて許してほしいと思います」

1年にわたり取材を続けてきた私が目にしたのは つらい心の叫びを共有したいと絵を描き続けている西野さんと、 絵に込められた負の感情に共感し、救われている人たちが絵を介して通じ合う姿でした。 

西野さんは生きづらさを抱えた現代の人たち、また生きづらさを抱えながらもその正体が何なのか分からず苦しんでいる多くの人たちの思いを絵で代弁し続けています。 私も取材者としてこうした人たちの思いをカメラで伝えてきたいと思いました。