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「ゴーグルに涙が・・・」成田真由美×道下美里 東京パラ金メダリスト対談【前編】

NHK
2022年1月5日 午後6:00 公開

パラリンピック6大会出場、15個の金メダルを含む20個のメダルを獲得したレジェンド、“水の女王”とも呼ばれる、競泳の成田真由美選手(51)。東京パラリンピックを“最後の舞台”として臨み、目標の決勝に進出。大会から4か月経った今も、毎日泳ぎ続けています。

そして、東京大会で初めての金メダルを獲得した、陸上・マラソン・視覚障害のクラスの道下美里選手(44)。金メダルを獲得した東京パラリンピックのあと明確な目標が見つからない中で、成田選手と話して、自身の今後を考えたかったといいます。

東京パラリンピックが行われた2021年の終わり、12月22日に行われた2人の対談のほぼ全文です。

(聞き手:堀 菜保子 アナウンサー)

対談の様子は1月6日(木)7時台の「おはよう日本」で放送予定です。NHKプラスでも1週間配信されます。

パラリンピック界をリードする2人、意外にも初対面で…

成田 :はじめまして~。

道下 :はじめまして。よろしくお願いします。成田さんといえばもうレジェンドって。パラ界では、知らない人はいない。

成田 :そんなことない(笑)

道下 :本当に競技歴っていうのが、ものすごい…私が乗り越えられないもの、たくさん乗り越えてきていらっしゃる。私はまだ2回しかパラリンピックを経験しておりませんので。

成田 :まあ、振り返ってみると、6回出ることができて。今回は、自国開催で、選手として参加できて、本当によかったなとは思います。

道下:東京パラリンピックが終わって、今後、私はどういうふうにしていくのがいいのだろうというのがなんとなくイメージの中であるような感じはあるのですけれど、でも、成田さんにお会いしたら、なんか見えてくるような気がしていて。

成田 :えーだって、リオから東京までって、5年間あったじゃないですか。それで、東京終わって次のパリってもう3年後なので。だからもう絶対に私はもうパリでの道下さんの活躍まで見えています。

道下 :あ、ありがとうございます。

成田 :わたしはもうパリは解説とかで、行く気満々なので。怪我とかしていなくて自分の体調を維持できるのであれば、そこに年齢はもちろん関係ないので、挑戦できることが目の前にあるのだったら、やっぱり挑戦してほしいなと思います。

道下 :はい。もう、それだけで今、スイッチ押されましたね。ありがとうございます。

これまでの歩みが走馬灯のように思い出された開会式

  :まず、開会式、成田選手は聖火ランナーとして参加されましたよね。

成田 :あの国立競技場で自分が聖火を運ぶってこと、すごい大役だったので、はいって返事をしたのですけど。聖火ランナーをするっていうことを、誰にも言えなかったんですよね。選手村に入ってからリハーサルとか行ったときに、みんなに嘘ついて出かけたんですよ。本当は、聖火リレーの練習なのに、「ちょっと組織委員会の理事会があるから、ちょっと行ってきます」みたいな感じで選手村を出ていって。開会式の当日も、仲間には嘘ついていたんですよ。

道下 :なるほど。

成田 :「私は、開会式行かないから、みんないってらっしゃーい」って送り出したあとに、私こそこそこそっと出たんで。

道下 :確かに言えないって言いますよね。

成田 :そうなんですよ。だから噓をつくっていうことがすごくつらかったですね。でも、終わったあとに、みんなに、そういうことだったんだーって、笑って言ってもらえたので、あ、よかったーって思いました。

道下 :そんな裏事情が。

  :東京でパラリンピックが開催されるということに、感慨のようなものはあったんですか。

成田 :私は元々、ロゲ元会長がTOKYOって言ってくれたあの瞬間、あの場にいたんですね。

道下 :あー。そうなんですね。

成田 :ブエノスアイレスまで行って、あの瞬間に立ち会えたので、本当に東京が、変わる、変われるチャンス、変えなきゃいけないって思っていたので。そういう気持ちで迎えて、そして東京大会、っていうことで、そして聖火リレーって…なんかもう本当に今までの6大会が走馬灯のように思い出されて、ちょっとね、本当に感動しました。

道下 :東京大会で変えなきゃいけない、っていうのは…?

成田 :やっぱり自分が障害者になった当時って、ほんとにやっぱり、今と違って、バリアフリーもここまで進んでなかったですし、もう結構冷たい声とかかけられたこともあったので、も、そういう意味で、もう、建物もそうだし、やっぱり皆さんの気持ちも、変えたいなって思っていたので、東京パラリンピックが開かれることによって、変わる、変えられるチャンスって、思ったので、そういう気持ちもやっぱり、ありましたね。はい。

道下 :確かに自国開催ですもんね。

成田 :そうです。

“最後の舞台”と位置付けて臨んだ、成田選手の東京パラリンピック

13歳で発症した脊髄炎で両足が麻痺し車いす生活となった成田選手。23歳で水泳を始め、1996年アトランタ大会から出場していますが、6大会目の出場となった東京パラリンピックを“最後の舞台”と位置付けて臨みました。自身最後の種目となった、50m背泳ぎ・運動機能障害・S5のクラスで、目標の決勝進出、6位入賞を果たしました。

成田 :私にとっての最後の最後の試合だったので、予選の8位から1つでも順位をあげたかったので、自分がタッチしたときに、「6」っていう数字が見えて、「あ、私6番だったんだ」っていうのがすっごく嬉しくて、ほっとして、あ、よかったなあっていうほんとに、うーん。

道下 :なんか予選から決勝までで、2秒くらいタイムを、上げてらっしゃいますよね。やっぱり、そこに対して、気持ちというか、体を、すごくもっていく感じですね。

  :最後のレースを終わっていつも通りプールに一礼する姿もありましたね。

成田 :本当に最後と決めていた東京大会だったので。いつも試合が終わると、プールにお辞儀はしているんですけど、本当にこのプールで泳がせてもらって「ありがとうございました」という気持ちでしたね。6回パラリンピックに出て、この東京で最後というのを決めていたので。全く悔いは残っていなくて、いい終わり方ができたなと。もし50mの背泳ぎも9位で終わっていたら、絶対に、「3年後パリ行きます、パリ目指します」って言っていたと思うんですけれど、良かったって安心して。これで終われますっていう感じで、良かったです。

道下 :今の言葉、言いたいですね。悔いが残らずに終わって。その言葉…言えそうでなかなか言えない言葉なんじゃないかと思いますもんね。なので、私もそうなれるようにイメージして。

成田 :まだまだ先。(笑)

初めての金メダルを獲得した道下選手の東京パラリンピック

大会最終日、9月5日にはマラソンが行われました。先頭集団でスタートした道下選手は、30キロ過ぎでトップに立つとそのままゴール。両手をあげ、笑顔でゴールテープを切りました。

道下 :東京の舞台というのは選手にとって特別な場所でもあるので、そこで金メダルを絶対にとりたいと思っていたし、リオデジャネイロ大会はそれにつながる銀メダルだったんだと自分で思いたいという気持ちもあったので。本当に金メダルを手にして、周りの方々がめちゃめちゃ喜んでくれて、もう私抜きに宴会をたくさん(笑)。そういうのを聞いていたら、ああ走ってきて良かったんだと思いましたね。

最後、この東京大会の国立競技場のセンターポールに日の丸を掲げるというのはやりたかったことだし、実際にそれが出来て、感無量ですね。

成田 :わたし見てましたよ。最後の最後のところで追い抜いて、このままキープキープみたいな感じで。で、ゴールしてやったーみたいな、なんか本当、自分も、スポーツマンとして、ですけど、やっぱり、他のこういうスポーツを見ても、やっぱりうれしいっていうか、喜びを共有できるってことは、すごく幸せな瞬間でした、本当に。

成田 :実際、前もってコースを走ることはできないですよね?

道下 :実際のロードは走ることができないんですけど、歩道に関しては毎年、2017年から9月5日付近で必ず試走に来ていて、新国立競技場も、事前に入らせていただいて。私たち目が不自由なので、一回慣れる、その場所に慣れるというのはとても大きなことだったので。自国開催で、自国のメリットというのを最大限に。足元の段差やデコボコ、そういったものがどこにあるかだったり、トイレまでの動線確認、どれぐらいの時間がかかるというのも事前に把握できていました。事前の練習の中でもそういったスケジュールで動くとか、ストレス無い場所を選んで国立競技場に動くように、というような。

成田 :秒単位で計算されているんですね。

練習中に考えるのはご褒美のシュークリーム!?

成田 :水泳って結構短い距離で、私の場合は長くても200mなので、3分ちょっとで終わってしまうんですけど。マラソンの42.195キロって、何を考えて練習、本番で走っているのか聞きたくて。

道下 :そうですね。うちのコーチが、よく練習で、飽きることに慣れろって。

成田 :へー。飽きること。

道下 :何回も何回も40キロ走やって、きついんですけど、でも、段々慣れていくっていうような感じで。その間、何を考えてるっていったら、練習のときは、リズムを崩さないようにしようだとか。本当に、淡々と、ただリズムを刻んで、逆に何も考えないようにする感じで走っていますね。

成田 :へー。なんかそれって孤独じゃないですか。

道下 :私は伴走者の方がいるので。二人で一体化した走りみたいな…。私が、あ、ちょっとまぶしいなって思ったら、伴走者の方が、「日差し出てきたけれど、もうすぐ大丈夫だからね」とか言ってくれたりするので、阿吽の呼吸みたいな。わたしがこう思ったらこう返ってくるみたいな、自然体でそうなっているので、うーん、寂しさも孤独もないですし、常に見守ってくれてて幸せだなとか、嬉しいなとか。

成田 :あー、なるほど。

道下 :そういう気持ちになれたときに勝てます。邪念が入ってくると勝てないですね。

成田 :へー。水泳の練習は、苦しくて。まあね、楽な練習なんかないですからね。

道下 :まあ、そうですね。練習っていうものは。

成田 :うーん、練習は苦しい。

道下 :鍛錬ですから。

成田 :そうなんですよ。で、私なんかは苦しくて、ゴーグルに涙がたまっちゃうんですよ。

道下 :そうなんですか。

成田 :泳ぎ込むので。でも本当に苦しくて「え、もう、なんでこんなに苦しいの、えっ」てなって、涙がたまると、スイッチが入っちゃって、「今自分越えちゃった、自分強くなっちゃった」みたいな感じに。

道下 :すごい…。

成田 :それで、強さに変わるじゃないですか。こんな苦しい練習が今日できたんだから、明日はまたもっと強くなれるっていう、そういう繰り返しだったので。

成田 :でも、ある程度長い距離、例えば200mを何本も続けてっていうときは、泳ぎながら、今日何食べようかなとか、歌を歌ったり、そういうことを考えながら練習をしているんで。だから、ちょっと違うなって思って、道下さんと比べて。

道下 :いやいやいやいやいや。ちゃんと、ごほうびのことは考えますよ。

成田 :よかった。

道下 :練習のあとに、これを食べようみたいなのは。

成田 :それ、大事ですよね。だから、練習は、本当にストイックにやるけれど、練習終わっちゃったら、だらーっとして、もう早くシュークリーム食べようとか。

道下 :あ、シュークリームとかOKなんですね。

成田 :シュークリームとか、OKですよ。結構、カロリーはとってますね。

じゃあ、選手村の、プレミアムバニラアイスクリーム食べました?

道下 :食べてないです。

成田 :オリパラ専用のバニラアイスクリームがあったんですよ。

道下 :あ、そんなのがあったんですか。知らなかった。それこそもうスイーツはレース終わってからって決めていたので。終わった日は、一応、食べたは食べたんですけど、そういう情報も入ってこなかった(笑)

成田 :わたしも、最終日に食べました。自分のレースが終わってから。

道下 :あー、なるほどですね。

成田 :はい。選手村のスイーツって罪悪感がないように一口サイズのものが置いてあるので。だからストレスをためちゃいけないぞみたいなことを自分に言い聞かせて、それまでもスイーツ食べていましたけど(笑)

常に“挑戦者”で

  :そのようにしてとられた金メダル。今、道下さんが首からさげていらっしゃるのは東京大会のものですが、これは金メダルと分かるようになっているんですよね?

道下 :横にくぼみがついていて、このくぼみが1つなのが金メダル、2つなのが銀、3つなのが銅ということで、これは1つなので。リオデジャネイロ大会のものより実際の重量も重くなっていますし、支えてくれる方の数も本当に多くなっているので、それだけ重みは増えた。支えてくれる方の思いというのがすごく入ったメダルなのかなと、私の中では感じています。

  :成田選手の右側には、1996年アトランタ大会のもの、2000年シドニー大会と2004年アテネ大会のものがありますが、このように3大会分が目の前にあると、どんな思いになりますか?

成田 :私の場合は最後にメダルとれたのが2004年で、もうずいぶん昔の話なので、自分がメダリストということは結構忘れていることのほうがもちろん多いですよ。全然メダリストだと思って生活していないですし、リオ、東京も、チャレンジャーだったので。

  :これだけ実績があっても、チャレンジャーですか?

成田 :え?チャレンジャーでしたよ。チャレンジャーじゃなかったら、挑戦しないじゃないですか。

  :道下選手は聞いていかがですか?

道下 :私、たぶん、そういうところはすごく成田さんと似ているんだと思います。どんな成果を成し遂げたとしても、次に何かしたいとか、目標意識がすごくあって。なので、常にチャレンジャーというか、常にチャンスを与えてもらえるならやりたい、というのが出て来ちゃうタイプですよね。

 :それは昔からですか?

道下 :そうなんですけれども、特に目が不自由になってからかもしれないですね。日常的にチャレンジをしなければ日常を円滑に送ることができない、というような状況下に置かれて、よりチャレンジしようとか、ダメで元々やってみよう、という思いは強いですね。

東京パラリンピックの話を経て、後編では「なぜ成田選手が泳ぎ続けるのか」へと話題が移っていきます。そして、その理由とは。

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