【ロングインタビュー】東京パラ競泳でメダル3つ 富田宇宙選手の危機感と"挑戦"

NHK
2022年9月4日 午後1:25 公開

東京パラリンピック、競泳・視覚障害のもっとも重いクラスで3つのメダルを獲得した富田宇宙選手は、これまで競技に取り組むだけではなく、障害者への見方を変えようと社会に対してさまざまな発信を続けてきました。大会から1年がたち、”危機感を感じている“といいます。

そして今挑戦しているのは…スペインへでのトレーニング、サーフィン、さらには「宇宙旅行」だというのです。いったいなぜそんな挑戦をしているのか、その胸の内とは-?

(おはよう日本キャスター 西阪太志、ディレクター 新美優人)

東京パラリンピックから1年で感じる"危機感"

―改めて1年前を今振り返ると、東京パラリンピックはどんな大会でしたか?

富田宇宙選手

いやまだ1年しかたってないのかなっていうのは正直なところですね。すごく前のことに感じます。

僕にとっては初めてのパラリンピック出場で、しかもそれが自国開催で多くの人に注目していただける。パラ競泳を始めたときから東京パラリンピックを盛り上げるために活躍するということを目標にやってきたので、本当に競技者としての集大成、そんな気持ちが大きかったかなと思います。

リオパラリンピックは日本国内では全然反響も感じなかった。それが4年間すごくいろんな形で変化をして盛り上げようと努力をしてきて、東京パラリンピックで多くの方々に見ていただくきっかけを生んだし、いろんな思い、いろんな感動を届けることができた。すごく強い力を持った大会だしイベントだなと感じることができた、そういう大会です。

―それから1年がたって取材を受けて、何か感じることはありますか?

富田選手

うーん、そうですね…。

なんだろうな、1年前の大会に関する取材ってことは、あんまりこの1年うまくいってないのかなって感じます。1年もたったのに、今一番大事なお話が1年前の東京パラリンピックってことじゃないですか。

東京パラリンピックがスタートで、そこから膨らんでいかなきゃいけないのに、今もやっぱり一番大きかった波が東京パラリンピックにあるんだなと。東京パラリンピックをさらに超えていく波、それを土台として広がっていく影響力っていうものをパラスポーツとしては確立していかなきゃいけないのになって、そういう気持ちはありますね。

―富田選手の中では、停滞しているという考えになるんでしょうか?

富田選手

うーん、停滞というかなんでしょうね。1年前の盛り上がりにすがっていく形ではまずいよなっていう危機感ですね。「レガシー(遺産)」という言葉がありますけど、遺産っていうのは食いつぶすものですからね、それに頼っていても減っていく一方ですよね。僕らがパラリンピックを土台にして新しい価値をクリエイトできていなかったら、多くの人にそれを超える感動を届けることができなかったら、盛り上がりというのは時とともに風化していく、そういう焦りがあるということです。

<富田選手(右)に話を聞く西阪キャスター>

―おはよう日本でもパラスポーツをこの1年で伝えることが多くて、例えばボッチャだと体験会に参加者希望がすごく増えて、いろんなところで体験イベントが多く行われるようになったり、陸上でも100メートルを見て新しく競技を始めたりという人もいます。そういうのはレガシーなのかなと思っていたんですけれど、富田さんは何か感じることってありますか?

富田選手

そのこと自体はいいことですよね。でもそれが次のステップにどうつながっていくのか。東京パラリンピックが終わって1年で、今ボッチャの体験会にたくさん人がいて、じゃあこれがもう1年経ったときに、今年よりもたくさんの人が参加しているかどうか。

例えば僕は先日世界選手権に出場しましたけど、じゃあそれが東京パラリンピックの時よりもたくさんの人が見てくれたかっていったらそうじゃないわけです。それはもちろん東京パラリンピックっていうのは大きなイベントだったから、世界選手権がそこに及ばないっていうことは事実だと思うんですけれど、重要なのは、僕らが「パラリンピックのおかげで人が増えました、良かったです、このまま毎年やっていきたいと思います」と言っていたら、ズルズルズルズル下がっていくんだろうなと。

「言葉を届ける」ため サーフィン・宇宙旅行へ挑戦

―それは東京パラリンピックまでと同じように競泳に打ち込むだけではだめと感じたということでしょうか?

富田選手

そうですね。競泳以外のことにチャレンジする、そこから今まで僕とかパラスポーツに興味をもっていなかった人に言葉を届けることについてすごく考えましたね。それで考えたのは、1つは「サーフィン」ですね。

サーフィンに挑む富田選手

<サーフィンに挑む富田選手>

サーフィンはまだパラリンピックの競技にはないんです。実はパラリンピックの競技に「採点系」の競技ってないんですよね。体操とかアーティスティックスイミングとか、今だとそれこそスケートボードとかスノーボードとか。採点系の競技って「見せるため」にやる、エンターテインメントの要素があるんですよね。冬季のフィギュアスケートなんてすごくわかりやすいと思いますけど。人にショーを見せるような美しさだったり技の精度を見せたり、そういう競技がパラ競技にないというのが僕の中ですごくずっと引っかかっていたんです。その中で今パラサーフィンというものが国内にもあって、ロサンゼルスパラリンピックでの採用を目指しているという話をうかがった時に、これはすごくいい競技だなって思ったんです。

スケートボードとかサーフィンとか、冬季オリンピックでもスノーボードとかやっぱりすごく人気があるし見ててエキサイティングだし、若者にとってすごくかっこいい影響力を持ってるアスリートがたくさんいる。だからこそその市場規模もあるしお金も動く。そういう競技がパラスポーツの中にぜひ入ってきてほしいなという気持ちもある。自分がそれに取り組むことでかっこいいな、やってみたいなって思うような障害のある方たちが増えてきたら嬉しいし、これまでのパラスポーツとはちょっと違ったイメージを打ち出すチャンスがあるという可能性をすごく感じたので、新しいチャレンジとしてやっています。

―東京パラリンピックの後の番組で、富田選手は「社会を変えるスタートになったと思う」と話していましたけれど、そこからさらに広げていく1年を過ごしてきたという感じでしょうか。

富田選手

文字通りスタートだと思っているので、僕にできることって今なんだろうと。

スポーツ以外では、僕は障害を負う前から「宇宙に行く」という夢を持っていたんですけれど、東京パラリンピックに向けて努力していく過程の中で多くの方から協力いただいたり、自分が成長する過程を体験させてもらったことで、僕のような人でも宇宙を諦めなくてもよかったのかなと。昨年「宇宙旅行元年」と言われましたけど、90歳を越える高齢の方とか、障害を持った癌サバイバーの女性が宇宙に行ったりすることが昨年あって、もう本当に誰もが宇宙に行く時代が近づいている。そういう中でじゃあ僕にもチャンスはあるはずだし、僕が宇宙に行くか行かないかは別としても、僕みたいな人が声をあげて「僕も目指して宇宙に行きます」と言うことによって、宇宙ビジネスが今ものすごい勢いで伸びてますけど、そういったところに少しでも影響を及ぼすことができれば、非常に価値のあることなのかなと考えて活動を始めました。

無重力を体験する富田選手

<夢の宇宙へ、無重力を体験する富田選手>

スペインで考えた 競泳のフォームと日本社会への思い

―なるほど…。それから競泳での新しい取り組みとしてはスペインでトレーニングを積まれるようになりました。スペインに行こうと思ったのはどうしてだったんですか?

富田選手

2019年に一度スペインのチームに参加させてもらって合宿をした経験があるんですけれども、日本にはないシステムや価値観をいっぱい持っているし、ぜひ自分が吸収したいなという思いがあったんですね。東京パラリンピックに向けて日本の環境の中で突き詰めてやってきましたけども、やはり大きなステップアップをするためにはガラッと違うアプローチでトレーニングをしてみたい気持ちが強かったからです。

―スペインでトレーニングを重ねて変化はどうですか?

富田選手

泳ぎのスタイルがかなり変わりましたね。それこそ日本でお世話になってる指導者が一番驚いてるんじゃないですか。

これまでは体が小さいので回転数で稼いでいく泳ぎをずっと続けてきて、でもそれが昨年からの1年で別人のような泳ぎ方に変わってきて。まだタイムとしてどーんと何秒も速くなったということにはつながっていませんけれど、自己記録更新した種目もありますし、いい影響がたくさん出てきているなという手ごたえはあります。

―それはスペインに行って、なぜ泳ぎが変わったんでしょうか?

富田選手

練習内容の構成は、日本だとウォームアップがあって、そこから例えばキックっていう足のトレーニングがあったあとにメインセットみたいな練習が多いんですけど、スペインだといきなりメインセットみたいな時もあるし、メインセットがない日もあるし、全然違うっていうか、何を考えてるのかなって僕もある意味分からない日もあるんですけど(笑)それくらいトリッキーなんですよ。

例えば日本にいたらコーチがいて、「よし何秒で来い」と。でそのタイムを刻んで自分の心拍数と照らし合わせて、よし今の泳ぎはよかったなとかきめ細かくやっていくわけですね。スペインだと、じゃあ10本何秒休憩でこれこれ泳いでおいてっていってコーチがどっか行っちゃう、プールサイドのカフェでコーヒー飲んでるんですよ。良くも悪くも構われないわけですね。

だからその間僕は自分なりに、今のはこういう風にもっとかいた方がよかったなとか、今何かきで泳いだな、とかずっと自分と対話するわけです。数字とか、フィードバックとかそういったものと照らし合わせるわけじゃなくて、ずっと僕と対話して泳ぐわけですね。自分の課題と時間をかけてじっくり向き合うことができたので、泳ぎにも大きな変化が起こってるのかなと、そういう印象です。

―富田さんがスペインの町を歩いていて、例えば信号のない道を渡るときにスペインの人に気軽に声をかけられたりするシーンも見ました。スペインの社会と日本の社会の違いというのは感じられましたか?

富田選手

実際に通りを歩いていても、すごく話しかけられるんですよ。「大丈夫?」みたいなのもそうですし、信号で待っていたら急におじさんが「よし」みたいな感じで肩組んできて「青だぜゴー」みたいな感じで一緒に行って、こっちにまっすぐだ!って後ろから押し出してくれたりとか。電車に1人で乗ったりすると3、4人くらい寄ってきてなんかお神輿みたいに電車に乗せるっていうか。同じところで降りる人見つけて「じゃあこいつどこどこで降りるから、一緒におりてあげてね」みたいな声かけてくれたりとか。そんなことありえます?っていうようなことがあるんですよ(笑)。

それはスペインが進んでいて日本が遅れているとかじゃなくて、国民性とか、そもそものコミュニケーション、文化の違いとかいろんなものが関係しているので、単にそれを日本で全部取り入れて見習いましょうとは言いたくないんですけれど、ただちょっと国がかわるだけでこんなに”取り扱い”というか、接し方が違うんだなということは、競技での成長に加えて大きな学びを日々いただけてるなという実感はあります。

―富田さんが活動されていくなかで、そういう共生社会を日本も目指していくべきだと考えていらっしゃるんでしょうか?

富田選手

最近「日本らしいバリアフリー」とか、「日本らしいノーマライゼーション」ってなんなのかと考えることが重要なのかなと思うようになりました。以前は、欧米が進んでいて日本が遅れているってなんとなく言われていて、じゃあ日本ももっと見習って声かけるようになろうよって思ってたんですよね。実際に行ってみると違いはそれだけじゃないなと。街中で音楽かかって知らない人同士で踊ってるんですよ。僕もそこに加わってぐるぐる回ったりして、こんなこと日本じゃ絶対できないなと。この人たちだから障害者が電車に乗ってきたらもうほっとけないんだろうなと。だって話しかけることに全く抵抗がないんで。そうなったときに、これを日本が見習おうというのは間違っていると逆に考えるようになりました。

日本の良さを生かして、日本で実現できるバリアフリー。例えばみんなルール守るのは得意なので、こういう人がいたら必ずこうしましょうとか、こういう人にこういうことしちゃいけませんとか。こういう段差には必ずこういうスロープをつけなきゃいけませんっていう法律を定めるとか、集団主義的で周りの目も気になるからこういうことをしていないのはいけないよねって思うようなものを醸成していけば、日本にしかできないバリアフリーとかノーマライゼーションというものが実現されていくのかなという期待と、そのアイディアをもっと考えていかないといけないなと思っています。

未来のパラスポーツのあり方とは

―競泳の中で「今後の目標」は今どういうところを見据えているんですか?

富田選手

パリパラリンピックでとにかく自分の記録を更新するところを皆さんに見せたいんですけど、特に東京パラリンピックで自分を超えられなかったバタフライですね。そこで自分の記録を大幅に更新したいと思っているんですけどね。

―今SNSには「世界記録を目指す」と書かれていました。

富田選手

世界記録は一つ大きな目標になっていますね。

パラリンピックって競技性の面でまだまだ発展途上なんですよ。だから東京パラリンピックと同じものをパリパラリンピックで皆さんにお見せしても当然しょうがないと思うんです。やっぱり僕らが見せられるのって「成長」だと思う。僕らの競争の中での成長っていうのは、僕らの中での順位の入れ替えではなくて「全体のレベルアップ」、つまり世界記録の更新ということが非常に大切になるんじゃないかなと思っています。

―その先にパラスポーツはどういう風になっていけばいいと富田選手の中で考えていますか?

富田選手

難しいんですよね…。本当に悩んでいてまだ答えがないんですよ。

両輪だと思うんです、僕みたいに競技の枠を超えて皆さんにいろんなことを知ってもらうことに価値があるしそれで競技が面白くなると思う人もいれば、いや、違うと。もうスポーツとしての面白さ、競技力の高さ、パフォーマンスのすごさを皆さんに見せるんだっていう競技者もいていいと思うんですよ。例えば軽度障害の陸上だったらオリンピックと変わらない記録が出るとか。板バネを使って、義足を使って競技をしたら健常の足よりも長距離飛び上がれるとか。そういうことも1つの魅力だと思うんですよね。これが正解っていう伝え方はないと思うんで、俺はただのアスリートとしてとにかく扱ってほしい、障害がどうとか触れられたくもないっていうアスリートもいていいし、いや、そんなアスリートとしてやってはいるけど本当に障害でいろんな嫌な思いもしてきたし、この競技を通じて社会に言いたいことがあるんだっていう選手がいてもいいと思うし、いろんなバリエーションを世の中に対して伝えていくことで、いろんな楽しみ方を提供できていいのかなと思います。

【2022年9月5日放送】