おはよう日本では「沈む中流」と題する特集をシリーズでお伝えしています。
今の暮らしをどう感じているのか番組を通じてインターネットのアンケートを行ったところ、2000件を超える回答が寄せられました。
アンケートからは、先行きが不透明な社会で自分の暮らしをどう守ればいいのか不安を抱えている実態が浮かび上がってきました。
(アンケートの回答画面は記事の最後にあります)
あなたの“中流の暮らし”のイメージは?
まずアンケートの最初に尋ねたのは、今みなさんが“中流”という言葉から思い浮かべる生活のイメージです。複数回答可で質問しました。
最も多かったのは「安定した仕事に就いている」で、全体の85.6%の人が選びました。
2番目は「外食や旅行などをすることができる」で72.9%。
3番目は「ある程度貯蓄があり、老後の資金のめどが立っている」で69.3%でした。
“中流”とは「安定した仕事に就いて、余暇にもお金を使う余裕があり、退職後にも生活に困らないくらいの貯金や資金のめどが立っているような暮らし」だとイメージしている人が多いことがうかがえます。
ちなみに、今回のアンケートの回答者の雇用形態の内訳はこちら。
「正社員(フルタイム・短時間)」が52.0%、「パート・アルバイト」が12.1%、「契約社員」が5.6%、「嘱託社員」が3.1%、「派遣社員」が3.1%、「内職」が0.3%、「自営・家族従業」が8.6%、「求職活動中」が2.5%、「その他」が12.7%でした。
回答者の世帯年収の分布を見てみると、1000万円以上と回答した人が18.5%と最も多かった一方で、「300~400万円未満」が12.1%、「200~300万円未満」が11.9%となっていました。
「中流ではいられない」半数以上が先行きに不安
次にたずねたのは、今の自分の生活水準が中流の暮らしに該当すると考えているのかどうかについてです。
「中流の暮らし」をしていて、「今後も特に心配なことはない」と答えた人は15.8%。
一方で、「維持できるかどうかわからない」と「今後は難しくなる」と回答した人が、あわせて51.6%と半数を超えていました。しかも年収の高い低いに関わらず、先行きに不安を感じていることがわかりました。
「給料が上がらず、逆に下がっているにもかかわらず、子どもの教育費が増えている」(正社員・世帯年収1000万円以上・夫婦こどもあり)
「派遣社員で働いていますが年収が増えず貯蓄も出来ない状況が続いている」(派遣社員・年収300万円台・独身)
「両親の介護が目前に迫っている。そのため私が仕事を辞める必要があり、収入が激減する」(正社員・世帯年収200万円台・夫婦こどもあり)
「共働きですが、夫の収入が無ければ中流と言える生活はできません。子どもの教育費もどんどんかかるため、将来が心配で仕方ありません」(正社員・世帯年収900万円台・夫婦子どもあり)
3割は「中流の暮らし」をしていないと回答
さらに「以前は中流の暮らしをしていたが、現在はしていない」は12.3%、「以前から中流の暮らしをしておらず、できる見通しも立っていない」は16.2%と、「中流の暮らし」をしていないと答えた人は全体のおよそ3割でした。
「以前は中流の暮らしをしていたが、現在はしていない」と答えた理由には、子どもの教育費の負担が大きいことを挙げる声が多くみられました。
「子どもたちが成長して学費などがかかり、住宅ローンも抱えて共働きでも残業しないと毎月過ごせない」 (正社員・世帯年収600万円台・夫婦子どもあり)
「以前は夫婦で働き、世帯年収は600万ほど。その後夫はリストラに遭い、妻は体調不良でほぼ年収ゼロに。子どもも学費のかかる年頃になり、ずっと妻の独身時の貯金を崩して生活している。」(アルバイト・世帯年収200万円台・夫婦こどもあり)
そして「以前から中流の暮らしをしておらず、できる見通しもたっていない」という人の中には、このような意見も。
「就職氷河期真っ只中に就職しました。就職早々に給与カットされ、それが10年ほど続きました。40歳になった頃から給与は上がったものの、社会保険料等の控除は増えて手取額は減少。数年前から貯金額はほとんど増えていません」 (正社員・年収500万円台)
「ボーナス無し、退職金も無し。老後の資金を貯めるだけのために切り詰めて生活しているため、とても家も車も買えません」 (契約社員・年収200万円台)
「20代看護師をしていますが月5回か6回の夜勤を含めた給料が20万円いくか、いかないかです。賃貸を借りていますが家賃も高く、職場から家賃手当てはありません」(正社員・年収200万円台)
年収「ほぼ横ばい」「下がっている」が8割
暮らしを大きく左右する世帯年収。
厳しい状況にさらされている人が少なくないことがわかりました。
近年世帯年収が増えているのか減っているのか、その傾向を尋ねると8割以上の人が「横ばい」もしくは「少し下がっている」「かなり下がっている」と回答しました。
背景には残業代の減少、労働条件の変更、新型コロナの影響などがあることがうかがえます。
「少し下がっている。月の残業時間が決められており、指示がない限り残業が出来ない体制になったから」 (正社員・300万円台・親などを扶養)
「新型コロナウイルスの影響で残業代が減り、収入が減少した。思うように貯蓄できなかったり、車が購入できる見通しが立たなかったりと、中流への道は程遠いものとなっている」 (正社員・年収300万円台・独身)
「夫の給料が15年前から1万円程度しか上がっていない。持ち家なんて夢のまた夢。コロナで失業していない事だけでも有難いと思うが、とても親世代のような生活とは程遠い」 (パート・100万円台・夫婦子供なし)
「貯蓄」「老後」「年金」…目立つ定年後への不安
世帯年収が下がる傾向にあると答えた人に対し、暮らしへの影響や将来への不安などについて自由記述してもらいました。
その回答709件にどのような言葉が使われているのかを分析したところ、上位3つは「貯蓄」113件、「老後」106件、「年金」78件でした。
見えてきたのは、収入が減ることで「定年後」の暮らしに不安を持っている人が多いという現実です。
「夫が定年退職して以降、週3の仕事に変わったため、ボーナスはなく月給も減少した。医療費が年々かさむようになってきているが、年金とわずかな給与では負担」 (パート/アルバイト・年収500万円台・50代女性)
「晩婚だったため子どもがまだ学生で、定年後も働かないと仕送りができない。定年後も介護施設に就職しフルタイムで働き始めたが、時給が最低賃金並みになって生活に余裕はない」 (パート/アルバイト・年収300万円台・60代男性)
「毎日の食費も細かく価格を比較し、夫婦間でも消費について小言や文句が増えている。老後の楽しみって何だ?」(自営/家族従業・年収300万円台・50代女性)
夫の定年前に計画したけれど…消えない不安
さまざまな回答が寄せられるなか、ある女性の回答に目がとまりました。
- 「子どもが大学院へ進むことになり、予定外の出費が出たので貯蓄できない。光熱費も節約を強いられ、寒い冬を過ごさなければならない」
一体どんな状況なのか。切実な言葉が気になり、オンラインで話を聞きました。
取材に応じてくれたのは、関東地方に暮らす58歳の女性。
夫は電機メーカーを1年半前に退職し、再雇用で働いています。毎月の収入はあるものの給与は現役時代の半分になり、女性もパートの仕事を続けています。
夫が定年を迎える1年前に、女性はパソコンの計算ソフトを使って家計のシミュレーションを行い、生活の変化に備えてきました。
シミュレーションでは、夫の企業年金とパートの給料で毎月35万円の収入を確保。一方支出は、税金や保険料、生活費をあわせて月28万円。収支は赤字にならない計算でした。
しかし大学に進学した娘が、進路を変えて他の大学に編入し大学院にも進学したいと最近になって打ち明けました。親としては支援したいものの、奨学金を使ったとしても300万円は必要です。シミュレーションには入れていなかった大きな出費に頭を抱えています。
ほかにも、自宅の修繕費用や医療費などの出費がかさめば、準備してきた貯蓄をどんどん取り崩さざるを得なくなり不安が募るといいます。
取材に応じてくれた女性
「本当は心に余裕をもって夫の定年後の生活に入りたかった。そのために、一生懸命計画をして備えてきたはずだけれど、想定外のことがあって思い通りにはいきませんでした。子どもがやりたいことのためには、親は支援したい。でも、いくらあれば不安のない老後を過ごせるのか?自分は何歳まで働いたらいいのか?お金のことばかり考えています」
暮らしを守るために大切なのは・・・
社会の状況が変化するなかで、心にゆとりをもって「定年後」を迎えるためにはどうしたらいいのでしょうか?
家計相談に応じているファイナンシャルプランナーの横山光昭さんに話を聞きました。
横山光昭さん(家計再生コンサルタント)
「以前、“老後資金2000万円”問題が浮上したときには『定年後=年金生活』という前提でしたが、状況は変わってきています。定年後の収入を年金だけに頼るのではなく、体力があるうちは働いて補い、残された貯蓄は細く長く使っていけるようにする必要があります。そのためにもまず、定年を迎える前に自分たちの『支出』と『収入』を把握しましょう」
横山さんによると、定年後の暮らしに備えるためのポイントは3つ。
① 収入: 定年までは貯蓄を増やす期間。定年後も働くことを選択肢に。
② 支出: 定年後の収入に見合った支出に徐々に下げていく。
③ 運用: もしも余剰があれば貯金だけでなく運用に回しておく。
なかでも、②支出の見直しが最も重要だといいます。
住居費、保険や携帯代などの「固定費」を優先して見直し、不要なものや削減できる部分を減らすことが先決です。
「固定費」をふまえて光熱費、食費や日用品など最低限必要な生活費を計算し、定年後に見込まれる収入と比べてどれだけの差があるのかがわかれば、足りない部分を「どう補うのか」について、考えを進めることができます。
その際、定年後も何らかの形で働いて収入を得ることにより、足りない部分を補うという選択肢もあると言います。
横山さん
「何歳まで働いて、何歳から年金をもらい、貯蓄をどのくらい使っていくか。もちろん具体的にシミュレーションをすることは大切です。ただ、将来何が起こるかは誰にもわかりません。ですから、シミュレーションはあくまでも『生活のイメージ』をつかむために使うこと。漠然とした不安でストレスを抱えるのではなく、慌てず足元を見て、自分にとっての“安心した老後”を作っていく気持ちを持ってもらえたらと思います」
定年後も、どう働き続けるか?
定年後に“中流の暮らし”を維持することが難しくなるのではないかと懸念するアンケートの声。
今後は、社会や個人が意識を変え、1人ひとりが長く働き続けられる環境を整えていくことが重要だと専門家は指摘します。
坂本貴志さん(リクルートワークス研究所 研究員)
「これから定年を迎える50代や、定年後の再雇用で働く60代の人たちは、自分の親世代が送ったような“悠々自適な生活”とは違う老後になることに戸惑いがあるのだと思います。
現在では退職金も減少傾向にあり、賃金もなかなか上がらず、年金の給付水準はこの15年でどんどん下がってきました。さらに少子化が進む中で定年後も働き続けるよう社会全体が徐々に移行していると思います。
日本経済が持続可能であるためにもこれからは高齢者が働くことは非常に重要で、社会や企業はさまざまな働く選択肢を用意し始めています。その中から個人が選べるような環境を整備していることが重要だし、個人も無理なく働くことに意識を向けることが求められるようになると思います」
アンケートにお寄せいただいたたくさんの声をもとに、NHKでは「沈む中流」の取材をさらに続けていきます。
(おはよう日本ディレクター・山内沙紀、中村幸代、社会部記者・黒川あゆみ、宮崎良太、ネットワーク報道部記者・斉藤直哉)
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