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コロナ禍 ライブ中止に耐える音楽業界 日本のシャンソン文化も存続の危機 

NHK
2021年8月17日 午後5:01 公開

東京では7月12日から、4回目の緊急事態宣言が出されました。その影響をもっとも受けている業界のひとつが、音楽業界です。ライブやコンサートは、観客の人数制限が1年以上続いていて、大規模な公演はほとんど再開できていません。そうしたなか、長年、歌い継がれてきたひとつの音楽が存続の危機に陥っています。

長年歌い継がれてきたシャンソンが、存続の危機に

いま危機的な状況に陥っているのは、フランスから日本にやってきた歌「シャンソン」です。人生とは何か、人はどう生きるべきか、などを叙情的なメロディに乗せて歌います。

<写真:シャンソニエ「銀巴里」(1951年-1990年)の様子。戦後、シャンソンを聴ける店が数多く生まれ、人気を博した>

戦後まもない日本で、一大ブームになったシャンソン。貧しかった日本人にとって、憧れのフランスの香りがする存在でした。越路吹雪さんや美輪明宏さんなどのスター歌手もシャンソンから生まれました。

シャンソンを聴きながら、語り合う場が「シャンソニエ」です。シャンソニエのひとつ、銀座で50年以上前に始まった「蛙たち」。
オーナーの北村ゆみさんは、コロナ禍で他の店が閉店や休業を余儀なくされるなか、ミュージシャンに出演料を支払うため、営業を続けてきました。売り上げは以前の3分の1。もしこの店がなくなれば、日本からシャンソンという「文化」そのものが無くなってしまう危機感を抱いています。

シャンソニエ「蛙たち」オーナー 北村ゆみさん 「長年培ってきた日本のシャンソンの文化なので、守りたいです。この店が終わったらまた復活するっていうことはなかなか容易なことではないと思うので、細々とでも続けていきたいです」

配信ライブにはない 生演奏が生み出す感動

「蛙たち」で演奏する、ピアニストの小林岳五郎さんです。小林さんは自らのバンド活動の傍ら、EXILEのTAKAHIROさんやディーン・フジオカさんなど数多くの有名アーティストのコンサートに参加してきました。しかしこの1年、観客の前でピアノを弾く機会はほとんどなく、社会から必要とされていないのでは、という思いにさいなまれました。

ピアニスト 小林岳五郎さん 「ミュージシャンであることを忘れそうになる、忘れかける。自分の尊厳とか、自分の生き方とかが何だったのだろう、というところまで追い詰められました。しかも、それがいつ明けるかわからないという閉塞感」

代わりに行ったのが配信ライブです。ただ、ミュージシャンとしての喜びは、観客がいるコンサートとは全く違うものでした。

「配信ライブで感じたのは、お客さんがすぐそばにいないことによる寂しさ。曲が終わっても、シーンとしていて。コメントとかもタイムラグがあるので、バンって曲終わって1分後くらいにパチパチって。その1分間が、ものすごく切ないんですよね」

小林さんに再び、人前で演奏する機会を与えてくれたのが、このシャンソニエでした。受けとめてくれる観客がいてこその音楽だと、痛感しました。

「お客さんが拍手してくれるって、こんなに温かくて、こんなに勇気づけられるものなんだって。やっぱり見てくれる人がいるっていうことがあって初めて、本当に感動が生まれていたんだなって」

耐える技術者たち 約60万人が従事する業界

コンサートやライブを支えるのはミュージシャンだけではありません。ステージの音響や照明、美術、会場の交通整理などには、およそ60万人が従事していると言われます。

社員300人の、照明や音響を行うこの会社では、1年以上ほとんど仕事はなく、機材は倉庫に積まれたままになっています。

共立 横田健二社長 「あまりにもケーブルが動かないので、カビが生えてきました」

仕事がなくなった社員の雇用を確保するため、倉庫の一部を食料品や飲料水の物流倉庫として使うことにしました。そして、社員には、必要な免許を新たに取ってもらいました。このフォークリフトを運転している社員も、本業は照明備品の機材管理です。
状況が改善されず、コンサートやライブを支えてきた技術者たちがいなくなることに、この会社は強い危機感を抱いています。

横田健二社長 「この仕事は必ず戻ってくる仕事だと思っています。そのときに、われわれが一番恐れるのは、人材の流出。それはイコール技術の流出なんです」

音楽文化を守るために 一歩を踏み出すとき

全国72社が加盟するコンサートの主催者団体は、「音楽文化を守っていくためにも少しずつコンサートやライブを再開し、どういった方法を取れば感染者が出ないか検証し、安心感を高めていきたい」としています。

コンサートプロモーターズ協会 中西健夫会長 「配信が中心でいいかというと決してそうではなくて、やっぱりリアルに戻していくっていうことがすごく必要なこと。手探りのなかで、いま考えうる最大限の、開催できるための努力をしていくということかなと思いますね」

音楽文化のすそ野の広さ 「どう守るか 考える時期に」

音楽文化を守るために、もう1つ大切なことがあると言います。
シャンソニエで演奏する小林岳五郎さんが考えるのは、次世代の育成を途絶えさせないことです。

シャンソンのピアニストは、育成に時間がかかります。
本番直前に渡される楽譜には伴奏部分の音符が書かれていません。それを初見で弾く腕が求められるのです。
どんな曲でも弾ける「技術」と豊富な「知識」が必要となるシャンソンの演奏は、小林さんを大きく成長させてくれました。こうした音楽の、すそ野の広がりこそが、いま守るべきものだと言います。

ピアニスト 小林岳五郎さん 「文化というものは、テレビとかに出ているものだけじゃない。その下に、ピラミッドが広がっていくように、人の目には見えないところで、いろいろな表現があって、そこで磨かれていくものがある。そういうものがあるからこそ、エンターテインメントや文化が発展して、次の時代に受け継がれていく。このコロナ禍が明けたときに、どれだけこういう『文化の場』を後押しできるかとか、お客さんが戻ってくるために何ができるかとか、そういうことを考える時期に来ていると思います」

ピアニストの小林さんは「不要不急」という言葉を聞くたびに、「音楽は不要不急」と言われているように思え、深く傷ついたそうです。
しかし、そこで生活をしている人がいる限り、「不要」と切り捨てることはできないのではないでしょうか?
小林さんをはじめ、取材した方々は、なんとかこの苦境を耐え抜こうと必死に努力をしていましたが、ひとりひとりの自助努力も限界だと感じました。長い時間をかけて、多くの人々の情熱と努力によって育まれ、受け継がれてきた音楽文化ですが、「一度なくなってしまったら、もとに戻すのは容易ではない」と、何人もの方が懸念されていました。
かけがえのない文化を、どうしたら守れるのか考え、具体的に行動に移すことが、いま社会に求められていると思います。

(社会番組部 ディレクター 高谷なつ子)
【2021年7月11日放送】