文化芸術の担い手を守れ!新“フェアトレード”

NHK
2023年8月24日 午後2:48 公開

「フェアトレード」という言葉をきいて何を思い浮かべますか?

コーヒー豆やチョコレート、ファッション、果物や野菜でしょうか。

商品を作る人たちに不利益にならないよう、適切な賃金が支払われる価格で商品を購入し、公正な取り引きを行おうという「フェアトレード」の取り組み。

それが今、日本の映画業界や出版業界で広がりをみせています。

作家や翻訳家、カメラマン、俳優など、文化・芸術分野を担う人たちを取り巻く環境が「フェアトレード」でどう変わろうとしているのか取材しました。

(おはよう日本ディレクター 山本 諒)

契約書なし、未払い額が50万円…

3 年前に開設された、「フリーランス・トラブル 110 番」。

フリーランスとして働く人を対象にした無料の電話相談です。東京都内の弁護士事務所の一画で、平日の午前11時半から午後7 時半まで7人の弁護士が交代で対応しています。

これまでにおよそ1万件以上の相談が寄せられ、中でも「文化・芸術分野」で働く人たちからは待遇面で苦悩している声が多いといいます。

美術スタッフ・30代:契約を交わさず業務が増えていき、途中で辞めるなら1円も払わないと言われた

カメラマン・40代:契約書なし。1年前に受けた仕事の報酬が未払いなのに、再度依頼がきた。前回と今回の分、未払い額合わせると総額50万円

背景にあるのはフリーランスとして働く人たちの多さ。映画業界では 7 割がフリーランスを占めているという国の調査もあります。

相談に乗っている山田康成弁護士は、文化芸術分野では、働く人たちが軽視される風潮に危機感を感じています。

フリーランス・トラブル110番 山田康成弁護士

“一流に、一人前になりたいなら、これぐらいやれよ”みたいな、契約なんか言う前にまず仕事をやれ、という文化があるんじゃないのかなっていう気がします。業界全体が、そのへんの意識を変えていかないといけないと思います

映画業界で始まった「フェアトレード」

今年4月から、映画業界が乗り出したのが「フェアトレード」です。適切な労働環境下で制作された作品を認定する団体が本格始動しました。

長時間労働になりやすい映画撮影の現場に「ガイドライン」を作成。「一日の作業・撮影時間は13時間以内」、「業務開始前に契約書を交わすこと」、「週に少なくとも一日は撮休日を、それに加え2 週間に1 日の完全休養日を確保する」など9つの条項を遵守することが認定の条件となります。

そして認定を受けるためには、撮影前のスケジュール案や実際の撮影時間などを記した資料を団体に提出。審査を行った上で、遵守していたことが認定されると作品に「映適マーク」を表示することができます。

映画作りの現場で働く人たちを尊重している作品だと、お墨付きを与えるのです。

日本映画制作適正化機構 大浦俊将事務局長

今まで、映画ってその中身の面白さでお客さんが選んでいたと思いますが、だんだん中身だけじゃなくて、作る過程も意識され始めています。これからは映画を作る過程も含めて、より安心安全なものを見たいというような環境ができていくと思います。精神論とか根性論だと、いいものは作れないっていう時代に入ってきている。この認定制度を何とか成功させて変わらないと、日本映画界の将来はない、未来がないというふうに考えています

出版業界にも広がる「フェアトレード」

さらに、「フェアトレード」は出版業界にも広がっています。

「本のフェアトレード」という認定団体を設立したのは、翻訳家の早川健治さん。みずからも翻訳者として書籍の出版に関わるなか、待遇の低さに強い危機感を抱いたからです。

本のフェアトレード代表 早川健治さん

最初に版元さんと一緒に本を出したときから、これはもう制度的に訳者の報酬は低いんだなと。1 冊やっただけで、業界全体を知ったつもりになるのはよくないので、辛抱して何冊かやってみたんですけれど、あらゆる手段を尽くしても、全く待遇が改善されないわけです。なるほど、これは私個人の問題とか、私の無知の問題ではなくて、業界の制度の問題だろうと思いました

早川さんの団体では、「著者や翻訳者に対し、適正な報酬を支払っているか」、「納期がきちんと設定され、適正な労働量になっているか」などの条件を満たしている書籍を認定します。

今年6月には、英語で広島の歴史や魅力について書かれた書籍が認定を受けました。

1単語20円の報酬を払うために…

とはいえ、「適切な報酬を支払う」のは容易ではありません。翻訳者に支払う報酬については、国際的な水準を元に1単語13円以上という認定基準が設定されていますが、書籍の価格に簡単に上乗せできないのです。

そうしたなか、クラウドファンディングを活用して、適正な報酬の支払いにこぎつけた本があります。今年4月に出版されて「本のフェアトレード」の認定をうけた「結晶するプリズム」という小説集です。

「結晶するプリズム」は、ヨーロッパ、アフリカなど世界各国の作家が書いた、性的マイノリティーをテーマにした小説集です。翻訳家には、認定基準を上回る「1単語20円」の報酬を支払うことを提示しました。

クラウドファンディングを企画したのは、普段から編集の仕事をしている井上彼方さんと紅坂紫さんです。著者や翻訳者を大切にすることが、出版業界の未来につながると考えたといいます。

井上彼方さん

著者とか翻訳者に適正な価格で本を出すっていうのが大前提にあったうえで、そのためにどういう形で作品を世に送り出すのがよいかを考えるべきだと思います。著者とか翻訳者の人が持続可能な形で仕事を続けられないと、出版業界全体、先細りになるしかないと思うんです。業界で食べていける、業界で適正な報酬を受け取って食べていけるような状況をつくるのが編集者としてもすごく大事だと思います

私たちが日ごろ楽しんでいる、映画や本。

その制作に携わる人たちの生活が守られていない現状を変えるためには、もしかすると、消費者である私たち自身が「適切な価格」を理解して受け入れていく必要もあるのかもしれません。

映画や本の「フェアトレード」が少しずつ広がり、日本の文化・芸術分野を担う人たちが尊重されるようになってほしいと強く感じました。