東京ブラックホールⅢ バブルの時代へタイムスリップ!新感覚ドキュメント制作秘話

NHK
2022年6月29日 午後4:00 公開

こんにちは。東京ブラックホールⅢでドラマと合成映像などのパートを担当した丸山と申します。今回、番組をご覧になっていただいた方々、本当にありがとうございます。いろいろな反響をいただき、チーム一同、感謝、感謝です。

【NHKスペシャル】山田孝之が最新技術でバブルの時代にタイムスリップ!

「東京ブラックホールIII  1989-1990 魅惑と罪のバブルの宮殿」(2022年5月1日放送)

私はNHKで主にドキュメンタリー番組などを制作して16年が経ちますが、番組作りの道のりには、いろいろな風景が広がっています。人の喜びや悲しみ、気高さや誇り、不条理や希望、さらにはダイナミックな時代のうねりまで…。取材の過程で出会うその風景を視聴者の人たちに届けたいという思いで、この仕事を続けてきました。私たちが作った番組と視聴者がテレビを介して、偶然に出会い、ほんの少しでもいいから、それぞれの人たちの人生にとって何かしらのプラスになれば、それ以上の喜びはありません。

罪と魅惑のバブルの世界へ 刺激的な番組作り

狂乱のバブルの時代へタイムスリップする東京ブラックホールⅢの制作過程はとにかく刺激的です。制作に携わるスタッフは100名をこえ、その規模も普段のドキュメンタリーとは桁違いです。今回は、ⅠとⅡを制作され東京ブラックホールの産みの親、貴志ディレクターが定年退職されたため、制作統括の寺園プロデューサーのもと、私と大久保ディレクターと築山ディレクター、ドキュメンタリーの寺西プロデューサー、ドラマの吉永プロデューサーが集まり、東京ブラックホールⅢを制作することになりました。東京ブラックホールは、NHKで働く様々なセクションのスタッフが垣根を越えて知恵を出し合いながら制作していきます。ドラマ、ドキュメンタリー、最先端の合成技術、海外からの映像調達・・・などなど、様々なセクションが、一つの番組を制作するために融合していくのです。

なぜかというと、この番組が目指すのは、新感覚の追体験型のドキュメンタリーだからです。ひたすら人に密着するわけでもない、バブル時代の珍しい秘蔵映像だけでもない、もちろん単なるドラマでもありません。狂乱のバブルの物語のなかに、視聴聴の方々をいざなって、その世界に没入して欲しいと考えていているのです。映像や情報を誰もが発信し、大量のコンテンツがあふれる中で、こうした没入感を生み出すノウハウを、ブラックホールのチームが試行錯誤しながら培ってきました。

インタビュー記事:俳優・山田孝之さんに聞く「バブル。狂乱の時代にタイムスリップした僕が見たものは」

これはリアルに撮影されたのか?合成なのか? 最先端の映像技術でバブルの時代へ

この番組を見ていただいた方から「この番組がリアルに撮影されたものなのか、合成映像なのか分からない」という反響を多くいただきました。それもこの番組の狙いの一つであります。バブルの物語への没入感のキーになるのが、最先端技術を駆使した合成した映像です。過去のバブル時代の映像に俳優の山田孝之さんを合成して、あたかも当時を生きているかのような映像を生み出すのです。この合成映像がドキュメンタリーとドラマの合間にアメーバのようにはいりこみ、そのジャンルの境界線をなくしていきます。番組を見ているだけでは分からないと思いますが、撮影は全面グリーンバックのスタジオで非常におおがかりです。

番外編…

照明の井村さんは、地下の倉庫で、自転車を分解して照明機材を自作していました。自転車のタイヤの回転を利用して、走行中のトラックに当たる照明を再現していました。これもグリーンバックの撮影の準備になります。

合成映像ができるまでの過程

①バブル時代の映像のピックアップ

演出・制作・美術・技術のチーム全体でバブル時代の映像をチェックし、山田孝之さんが演じるタケシを合成する映像を選定します。その後、美術チームが絵コンテを作成し、合成のイメージをチーム全体で共有します。理解を深めるために、何度も打合せが行われます。

②3Dソフトでデータ解析&撮影シミュレーション

ピックアップしたバブル時代の映像をもとに、3Dソフトを使って、人物の大きさ、被写体の距離、カメラのアングル、照明の角度など、合成に必要なデータを割りだします。

③テスト撮影・合成

3Dソフトでシミュレーションしたものを、合成用のグリーンバックのスタジオで、登場人物と背丈や服装も同じ代役を立ててテスト撮影を行います。

④本番撮影

テスト撮影で得た情報をもとに、本役での撮影を実施します。スタジオに、実際のカメラでとらえた映像と歴史映像がリアルタイムに合成された映像モニターを置き、その場で動作のタイミングや目線などを確認しながら撮影を行います。

⑤最終合成作業

撮影が終わった後、バブル時代の映像とお芝居をされた山田孝之さんの映像の2つの素材を合成して、映像の色味や質感をなじませていきます。

こうした合成の技術を駆使して映像を作り上げているのが、VFXスーパーバイザーの吉田秀一さんです。これまで、大河ドラマ「麒麟がくる」や「青天を衝け」など数々の番組に携わってこられました。東京ブラックホールⅢの放送の直前に、多摩美術大学で東京ブラックホールⅠとⅡを教材にして、映像表現の特別講義が行われました。ⅠとⅡを担当された貴志ディレクターもかけつけ、会場は大盛りあがりでした。

たった5分の合成映像のために…

生き生きとした合成シーンができあがるまでには、地道な作業の連続です。そもそも合成のベースになれる映像は本当に僅かです。どれくらいかといいますと…200をこえるNHKのニュースや番組、海外映像など、バブル時代のものを2か月ほどかけて来る日も来る日もチェックしていきます。中には一つの映像だけで2時間以上のものもあります。そうした莫大な映像を見て、合成に使用できると判断したのはわずか数秒の40カットのみです。尺の長さで言うと5分ほどしかありません。番組のストーリーから外れた映像はもちろん使えませんし、揺れ動く映像や山田孝之さんがお芝居をするスペースがない映像も合成映像の対象外になります。今回は、ⅠやⅡでは存在した貴重な映像が少ない上に、三脚を据えた白黒のフィルム映像のような動きが少ない映像があまり残っておらず 、合成の難易度は極端に上がっていました。

深夜の居室で出会った「われらカプセル族」

正直言うと、合成映像選定の締切りの数日前までは、風景描写を目的としたありきたりな映像が多く、今回の合成映像は戦後ゼロ年の1945年や東京オリンピックの1964年にくらべて、勝ち目はないと感じていました。そんな時に深夜の居室で目をこすりながら、ある番組に目が留まりました。「特報・首都圏89「われらカプセル族」~帰宅しないサラリーマン~」です。一見、バブルとは無縁に見えるタイトルです。その時は正直、念のため、目を通してみようと、半ば義務感に駆られながら映像を見始めました。すると…そこには、モーレツに働いて、家にも帰れずに、カプセルホテルに泊まるサラリーマンの哀愁が見事に写し出されていました。

映像が語りかけるもう一つのバブル

日本経済を下支えしていながらも、華やかな世界とは無縁なサラリーマンが、もう一つのバブルの時代を象徴していました。当時の総労働時間は今よりも年間400時間も多かったのですが、苦笑いしながら、忙しい、忙しいと愚痴るサラリーマンの表情には、どこか充実感が漂っているようにも見えました。そんな映像にむきあっていると、ある錯覚を起こし始めました。キャバクラのボーイ姿の山田孝之さんがその映像の中に入り込み、終点の駅まで寝過ごしたサラリーマンと出会い、ともにカプセルホテルに向かい、意気投合し始めるのでした。何かが降りてくるというのは、こういうことを言うのかもしれません。

おじさんの肩に手が乗っているようにみえるか?そのあとの映像の動きにお芝居があるか?カメラの角度は?

なんとか、うまくいきました!現代からバブルへタイムスリップです。

「私をスキーに連れてって」の一色伸幸さんが執筆されたドラマ脚本

今回のブラックホールⅢが、前回までと大きく違ったのが、ドラマの脚本を一色伸幸さんにお願いしたことです。一色さんと言えば、バブル時代の大ヒット映画「私をスキーに連れてって」を執筆された脚本家です。バブルを追体験するという番組にするためにも、当時の空気感を知っている一色さんにお願いしたいと思いました。

私は去年の11月まで仙台局にいたのですが、私が初めて演出したドラマ「ペペロンチーノ」でも脚本を執筆していただきました。まさか、こんなにもすぐにまたお仕事をご一緒させていただけるとは思ってもみませんでした。ご縁というのは本当に不思議なもので、よくよく考えると、ドキュメンタリーを制作している私が、今回の東京ブラックホールを制作するために、声をかけていただいたのも「ペペロンチーノ」を演出していたからでした。

初めてペペロンチーノでドラマを制作して感じたのが、ドキュメンタリーとドラマが驚くほど、似ているということです。シンプルなことですが、ドキュメンタリーの撮影の時に、取材先の方々の行動を見ていたい、話を聞いてみたいと感じるのと思うのと同じように、役者の方々が演じているお芝居やそのシーンを自分が見ていたいと思うかどうかが、ドラマを制作していく上でとても大切だなと思いました。もちろん、私は素人なので、もっと深い世界があるのだとは思います。自分が演出できたかというと全くそんなこともありません。ただ、企画が走り出してから、ロケハン・カット割り・撮影・編集いたるまで様々な局面で、自分がこれまで生きてきた中で、育まれてきた判断の基準が試されていく場面がたくさんあると思いました。

「人は結局、その時代しから生きられないから…」

一色さんが東京ブラックホールⅢの最初の打合せで何度かおっしゃっていた言葉で印象に残っていることがあります。「人は結局、その時代しから生きられないから…」という言葉です。何かが起こった時に、後から批判をしたり、教訓を得ることはできるものの、その時代の渦中にいると難しい…。バブルの時代そのものだと思いました。絶頂から奈落の底へ、バブルを追体験する東京ブラックホールⅢが目指す方向性は、まさにそうことにあると思いました。バブルや震災…、時代の変化と向きあってこられた一色さんに脚本を執筆していただいたからこそ、東京ブラックホールⅢが制作できたと感じています。ドラマの中で象徴的に出てくるのが、バブルのヒット曲「ダイヤモンド」と平成のヒット曲「世界に一つだけの花」です。二つのヒット曲がドラマの中に登場することで、当時と今の価値感の違いが浮き彫りになりました。アパートの部屋で山田孝之さん演じるタケシが「世界に一つだけの花」を熱唱し、それに対抗するかのように、伊原六花さんが歌い始めた「ダイヤモンド」の曲の勢いに乗って、みんなが踊りだす場面は個人的には一番好きなシーンです。

一色さんのストーリーラインに合成映像やドキュメントの要素をどのように融合させていくのかを考えていく作業は、まるで宝箱を作っているようなワクワクする時間でした。フィクションの中に、当時の現実が重なり深みと没入感を増していく過程は、東京ブラックホールならではの映像表現だと思いまいた。

WEB特集 東京ブラックホール “秘録” バブルの時代

最後に…

ここまで記事をご覧になっていただいた方々、本当にありがとうございました。もし、番組をご覧になっていなくて、興味を持たれたらNHKオンデマンドで視聴することができます。

余談ですが、放送後にスタッフと話していると、みんなが口々に東京ブラックホールⅣを作りたいと言いだし、次の時代はいつだろうと想像を巡らせていました。放送直後にもかかわらず、スタッフの中でこんなふうに話が盛り上がることを私も見たことがありません。これも全て、番組を見ていただいた方々のおかげにほかなりません。本当に視聴者の方々に支えられてこその番組作りだと思いました。心から感謝しております。そして、これからも熱量を込めて番組を作り続けたいと思います。

▼NHKオンデマンド

NHKスペシャル「東京ブラックホールIII 1989-1990 魅惑と罪のバブルの宮殿」※別タブで開きます

丸山拓也 

ドキュメント72時間、クローズアップ現代、NHKスペシャルなどを制作。

宮城発地域ドラマ「ペペロンチーノ」(2021)放送文化基金賞最優秀賞、「君が僕の息子について教えてくれたこと」(2014)文化庁芸術祭大賞、イタリア賞シグニス特別賞、九州沖縄スペシャル「とうとがなし ばあちゃん~与論島・死者を弔う洗骨儀礼~」(2010)地方の時代選奨。