なぜ一線を越えるのか~無差別巻き込み事件 広まる共感の声~

NHK
2022年6月17日 午後5:22 公開

【取材のきっかけ】

「犯人の気持ちがわかる」「他人事にできない」

いずれもSNS上で投稿されていた、無差別巻き込み事件の犯人たちに理解を示す声です。

突如として多くの人たちの日常を奪う、無差別巻き込み事件。

あまりに身勝手にも思える一連の事件に、なぜ共感の声が一部で広がっているのか。

SNSを通じた取材で見えてきたものは、誰にも話すことができないなかで一人では抱えきれなくなった苦痛や絶望。そして、事件を食い止めるためのヒントでした。

                        (NHKスペシャル取材班)

【SNSで広がる犯人への共感の声】

写真:無差別巻き込み事件の数の推移

この1年余りで起きた無差別巻き込み事件の数は15件。ここ10年間で最多の件数です。

なぜいま、事件が相次いでいるのだろう。

そんな疑問を抱いたのと同時に、不思議に感じたことがありました。

無差別事件の犯人たちのことを「他人事ではない」とするなど、一定の理解を示す声がSNSで広がっていたのです。

写真:SNSでの投稿

なぜ犯人たちに共感する声が広がっているのか。

どんな経験をしたからこそ、そう感じたのか。

理解を示す人たちの心の内が知りたいと、SNSを通じて取材を進めることにしました。

【“自分を殺してほしい” 犯人に同情した20代の女性】

写真:20代後半女性の投稿

去年2月に起きた、ある切りつけ事件の被告に「同情した」とSNSに書きこんだ、20代後半の女性がいました。

事件が起きたのはハロウィーンの夜。

被告は映画に登場する殺人鬼「ジョーカー」に身をふんし、京王線の車内で乗客を切りつけ、16人が負傷。警察の調べに対し、「死刑になりたかった」と供述しています。

一見、理解しがたい気持ちになぜ同情したのか。女性はリモートでの取材に応じてくれました。

写真:取材に応じた20代後半の女性(画面左)

女性の話によると、2年前に憧れの職に就きたいと転職活動をおこない、地元から上京してきたといいます。しかし、新型コロナの感染拡大で、職場での人間関係を築けないまま在宅で勤務をすることに。

仕事に慣れないなかで業務量はどんどん増え、それでも無理をして仕事を続けていましたが、身体の不調を感じ精神科を受診したところ、うつ病と診断。休職のすえ、現在は無職になったばかりだといいます。

休職中に起きたのが、京王線の切りつけ事件でした。

「『人の手で殺してほしい』と彼も言っていた通りのことを、私も同じように思っていた」

「あの頃はメンタルがすごく参っていて、仕事もダメだし死ぬしかないと思っていた」

「努力が報われた経験とか、社会がこれから良くなっていくという期待感とかを生きてきたなかで感じる経験が少なくて。私たち20代の世代とかって、失敗しちゃいけないし、という面もある」

「ちょっとうまくいかなかったことで『死にたい』と思うのは、彼個人の精神の問題とか努力不足ではなくて、もっと広い社会とか、若者が見て生きている時代全体の問題があるんじゃないかなと思います」

写真:男性からのメール

また、別の書き込みをしていた男性にも、メールで話を聞くことができました。長年定職に就けず、結婚も難しいだろうといった人生への絶望から、3度も自殺未遂に及んだという男性。

しだいに、「なぜこんなにも辛い思いをしなければならない」と、社会への敵意を持つようになったと、メールには書かれていました。

「定職に就き、結婚して、家庭を築いている同世代の友人が憎いのではありません。通勤帰りの電車に乗り合わせた目の前の人に殺意を抱くのではないのです。『社会のせいにするな』。そう言われて、存在していない様な扱いの世代なのです。他人事のように扱い続けている、この社会が憎いわけです」

【“一線を越えてしまうかもしれない”と考えていた30代の社員の男性】

どうすれば、踏みとどまらせることができるのだろうか。

そうした思いのなか取材を進めると、SNSで一連の事件の犯人に共感を示しながらも、いまは考えを改めたという男性がインタビューに応じてくれることになりました。

写真:取材に応じた30代の男性

私たちの前に現れたのは、30代の会社員の男性。詳しく話を聞いてみると、「自分も一線を越えてしまうかもしれない」と考えていたといいます。

男性がそのきっかけとして語ったのは、20歳のときに発達障害と診断されたことでした。

当時、就職を希望していた先に「職場見学をしたい」と、自ら問い合わせたといいます。

しかし、その約束の日、見学先の職員から心無い言葉を受けたと話しました。

「そこで働いてる方から『以前、君みたいな(障害のある)方が働いて、ごちゃごちゃにしちゃったから、君も(その人と)同じじゃないか』っていうふうに話がありました」

写真:自宅の男性

周囲から受け続けた偏見や無理解に苦しんできたという男性。自分の努力ではどうにもならない現実にいらだちを抑えきれなかったと、唇を静かに震わせながら、語りました。

「おかしくなりましたね。自分の車をわざと衝突させてやろうかなと思うくらい頭にきてましたね」

「決め付けがあることにやっぱ耐えられないところがあるんですね」

【考えを改めたきっかけは“人とのつながり”】

写真:NPOの活動

「一線を越えてしまうかもしれない」という思いにとらわれていた男性。その考えを変えてくれた場所があると、私に教えてくれました。

子どもや若者たちの居場所づくりをおこなうNPOの活動です。

写真:写真を撮る男性

男性は10年ほど前に、NPOが主催したセミナーに参加。以来、月に2回ほど訪れ、趣味の写真撮影をおこなっています。

草花などを撮影し、その写真を見せてまわることを楽しみにしているという男性。この日も、きれいに撮れたちょうの写真を褒められていました。

(NPO法人ゆめ・まち・ねっと 代表 渡部達也さん)

「光の採り方とか色の具合とか、『おお』っていうところがあって、『上手だね』って話をしました」

「最初はこんなちっちゃいデジカメだったのが、そのうちこんな(大きいサイズ)買いましたって言って、今日あたりこんなのでしたけど」

子どもたちとも自然に触れあえるようになった男性は、自分を受け入れてくれる人や場所が大切な存在になっていると、恥ずかしげに話してくれました。

「(ここに来るのは)ひとつの気分転換もありますが、唯一自分が社会とつながる方法かなって」

「ありのままっていうか、等身大の自分として向き合ってくれるところがあることが、やっぱり一番大事じゃないかなって思いますね。ここに居ていいんだなって」

【取材後記】

どうすれば無差別巻き込み事件を防ぐことができるのか。

今回、SNSを通じて取材をした人たちに共通していたのは、これまでの人生で、大きな苦痛や絶望を感じていたということ。自分という存在を卑下し、周りを羨み、なかには敵意をあらわにしていたということでした。

30代の男性は、偏見や無理解にさらされない場所に通うことで、「一線を越えてしまうかもしれない」という思いを改めました。

「切りつけ事件を起こした人物に共感できる」と話していた20代後半の女性は、最近、久しぶりに再会した学生時代の友人に自分の悩みを打ち明けたことを教えてくれました。声が枯れるまで本音で笑い合ったら、心の中のもやもやした黒い感情がいつのまにか消えていたといいます。

繰り返される無差別巻き込み事件をどうすれば防ぐことができるのか、明確な答えはまだはっきりと言えません。

ただ、その人を受け入れる存在や、他人とのつながりを多く持つことができるかどうかが、事件を防ぐためのヒントなのかもしれません。

(NHKスペシャル取材班)