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大谷翔平 2018ー2021 知られざる進化の軌跡

NHK
2021年10月22日 午後5:31 公開

メジャーリーグに新たな歴史を刻む大谷翔平選手(27)。今シーズンは、フル稼働の二刀流で打っては46本塁打100打点、投げては9勝156奪三振と数々の偉業を成し遂げた。NHKでは、渡米1年目から大谷選手に計7回10時間におよぶインタビューを行い、知られざる挑戦の日々を記録し続けていた。度重なるケガで思うような成績が残せないときに何を感じどう立ち向かおうとしたのか、そしてなぜ進化を続けることができるのか、4年にわたる継続取材から見えてきたのは、野球と向き合う大谷選手の一貫した姿勢だった。

(報道局スポーツ情報番組部・森渕靖隆ディレクター)

<「さらに進化して帰る」手術直後に語った決意 2018年>

大谷選手のメジャーリーグ挑戦1年目、2018年のシーズンオフに放送したNHKスペシャル「メジャーリーガー大谷翔平 自ら語る挑戦の1年」(2018年11月4日放送)。損傷した右肘じん帯を手術した直後におこなわれたロングインタビューの中で、ルーキーイヤーの闘いの舞台裏を明かした大谷選手。最後に語ったのは、この先待ち受けている苦境を必ず乗り越えていくという覚悟だった。

写真:大谷選手インタビュー(2018年10月)

大谷選手「来年バッターとして復帰するんですけど、ピッチャーとして復帰するまでは1年半以上ある。普通の投手よりも投球プログラムを長くとれるというのはプラスじゃないかなとは思うので、強化するところを強化しながら今年以上を目指してやっている。もとに戻るのではなく、さらに進化してまたマウンドに帰りたい」(2018年10月)

高校時代に球速160キロを記録し、プロ野球では史上初の二桁勝利・二桁本塁打を達成。メジャーリーグでも現代野球では不可能とされていた投打の二刀流の実力を示した大谷選手。これまで数々の常識を覆してきた彼は、投手生命を懸けた手術からどのように進化を遂げていくのだろうか。「さらに進化して帰りたい」というこの言葉に導かれるように、私たちの長期取材は始まった。

<いまできることをやる 過酷なリハビリの舞台裏>

手術から1か月後の2018年11月上旬。取材班は初めて大谷選手のリハビリを記録することを許された。シーズンオフで静まり返った本拠地エンジェルスタジアム。案内された部屋で目にしたのは、マッサージ用のベッドに横たわった大谷選手がトレーナーによる施術で苦痛に耐える姿だった。

写真:苦痛に耐える大谷選手(2018年11月)

剛速球を生み出してきた右腕の手首付近から腱(けん)を切除し、肘に移植してじん帯の修復をはかるトミー・ジョン手術に踏み切った大谷選手。肘の内側には長さ15センチにも及ぶ、痛々しい傷痕が残っていた。

写真:傷痕が残った右肘(2018年11月)

手術後は腕を固定した状態が続いたため、固まった右肘の患部周辺をほぐしながら腕の曲げ伸ばしをおこなっていく。経験者にしかわからない痛みが伴うと言われる、トミー・ジョン手術のリハビリ。あまりの痛みに顔をゆがめる大谷選手に、トレーナーが「撮影のために我慢してね」と話しかけると、「そう努めているけど…」と小さくつぶやいた。

自力で曲げられる腕の角度を分度器で測りながら、少しずつ地道なリハビリを繰り返す日々。公の場では「思っていたほど痛くなかった」と語り、いつも平然としている大谷選手が苦しむ姿を目にしたのは、これが初めてのことだった。

まだボールを投げることも、バットを振ることもできない。下半身を中心とした筋力トレーニングや体幹を鍛えるトレーニングで汗を流していた大谷選手。開始から2時間が経過したころ、練習を終えたのかと思いきや、向かったのは屋内バッティングゲージ。おもむろに自らピッチングマシーンの調整を始めると、バットを持たないまま打席に立った。

写真:何も持たずに打席に立つ大谷選手(2018年11月)

大谷選手が始めたのは、打席に立ってボールの軌道を目で追う“トラッキング”と呼ばれる練習。ボールをセッティングする通訳の水原一平さんに、コースやストライク・ボールの判定を一球一球確認しながら、丁寧にボールの軌道を見極めていく。投げることも打つこともできない状況の中、少しでも実戦感覚を養おうと独自に取り入れたトレーニングだ。水原さんによると、オフの間に合計数千球にも及ぶ球を見続けたという。いまの自分にできることを模索し、淡々と取り組むその姿に、大谷選手のすごみを感じた瞬間だった。

写真:トラッキングをする大谷選手(2018年11月)

写真:トレーニング中に犬と戯れる大谷選手(2018年11月)

<前代未聞の“二刀流復活プログラム” 2019年>

2019年2月。メジャー2年目は打者に専念して出場することが決まっていた大谷選手。

春のキャンプで目の当たりにしたのは、投手としてのリハビリを進めながら、打者として試合に出場するための練習を重ねるという、前代未聞の“二刀流復活プログラム”だった。

大谷選手「今年打者として出ること、そして来年ピッチャーとして復帰することを前提に、こういうスパンでやっていこうというのをまずは明確にしました。そのために必要なトレーニングを細かくトレーナーや手術してくれたお医者さんとかとシェアしながらやっていったという感じです」(2019年5月)

“二刀流復活プログラム”は、チームのGM・コーチ・トレーナー、そして手術の執刀医などと練り上げた。練習内容は厳しく管理され、キャンプの序盤は投げることができず、バッティングも素振りしか許されていなかった。徐々に段階を上げキャッチボールやティーバッティングが始まってからも、球数・距離・力の入れ具合まで細かく制限が課され、練習好きを公言する大谷選手にとっては我慢の時期が続いた。時には、コーチから「強く投げすぎないように」と注意を受ける場面もあった。

写真:キャンプ中の練習内容(取材メモより)

大谷選手「ある程度メニューで決まっているので『それ以上はやらないでくれ』っていう感じで念を押されていますし、それはもうこっちがコントロールできるわけではなくて、チームが決めてくれることなので。自分の本心では『もっとやりたい』っていうのが普通だと思いますし、それを制限してくれるのがトレーナーでありドクターでありチームなので。そのバランスが比較的こちら側としてはよかった。僕はやりたいって思うほうなので、その制限をかけてもらっていました」(2019年5月)

シーズンの開幕戦には間に合わなかった。大谷選手は敵地で戦う仲間たちの姿を本拠地のクラブハウスで見守っていた。しかし、その表情は意外にも明るかった。実は、この日の前日から屋外でのバッティング練習をおよそ半年ぶりに再開。実戦形式に近い練習が始まったこと、そして再び試合ができる瞬間が近づいていることの高揚感からだろうか、笑顔が込み上げる姿が印象的だった。

写真:開幕戦をテレビ観戦する大谷選手(2019年3月)

大谷選手「手術をしてからずっとバットも触れない、ボールも投げられないっていう状態から、全力でバットを振ってキャッチボールもできるっていう状態までこられたので、現状に満足していますね。いまのところは、楽しく毎日できていると思います。キャッチボール楽しいなと思ってやっていますし、バッティング楽しいなと思って打ってます。きょう、どういう成長があるのかなっていうのを楽しみにしながらやりたいなと」(2019年5月)

写真:練習で笑顔の大谷選手(2019年3月)

<打者に専念したシーズン 訪れたさらなる試練>

開幕から1か月ほど遅れた5月上旬にチームへ合流した大谷選手。右肘の手術がバッティングにどんな影響を与えるのか、そして二刀流の大谷選手が打者だけに専念することでどれほどの結果を残すか。ファンやメディアの関心は高まっていた。

合流から3試合目で初安打を放つと、6月には安打を量産し打率.340を記録。日本選手初のサイクルヒットも達成した。しかし、その後はスランプが長引く時期が続き、成績は伸び悩んだ。一体、何が起きていたのか。その理由の1つが、チームのプレーオフ進出の可能性が消えた9月中旬に明らかになった。突然、打撃の際に軸足となる左膝を手術することが発表されたのだ。シーズン終了後のインタビューでは、膝の痛みでバッティングに違和感がある中、試行錯誤を繰り返していたことを明かした。

写真:左膝の手術後、ギブスを付けた大谷選手(2019年9月)

大谷選手「一言で言うと、悔しいシーズンだったなって。膝の踏ん張りがきかなかったりとか、それを補おうとして『もうちょっとやってみようかな』ってやって、どんどん崩れていったりとか。ホームランになった打席も打った瞬間は余裕でいくかなと思ったのが結構ギリギリだったので。やっぱりいまひとつタイミングの割に力は伝わってないなぁっていう感じはしましたね。全体的に今年は、自分が思い描いている軌道からボールが出ていってなかった。よくないなっていう感覚がずっと続いていました」(2019月12月)

2月のキャンプの頃から膝に痛みを感じていたものの、手術をおこなうまで決してそのことを口外しなかった大谷選手。ケガを言い訳にせず、“打者に専念する1年”という初めての経験を成長につなげようとしていたことが、言葉の端々から伝わってきた。

写真:大谷選手インタビュー(2019年12月)

大谷選手「ピッチャーとバッターをやっていると時間は限られてくるので、感覚を大事にしているポイントを中心にしっかり練習して、そこにプラスアルファでちょっとやってという感じなんですけど、今年はバッティング一本だったので。時間がありすぎると余計なことを変えてしまったりとかしちゃうので、そういうところはよくなかったなっていう感じはありましたね。結果的にそれをわかってしまえば余計なことではなくなるんですけど、その時に限って言えば余計なことをやってしまったりっていうことが結構あったので、それは1つ勉強できたことですね。野球やってもう十何年近くになりますけど、それでもわからないこと、いま気づくことっていっぱいあるので。やっぱり深いなあって思いますけどね」(2019年12月)

このとき大谷選手はすでに前を見据えていた。順調にリハビリが進めば、来シーズンの途中には投手として試合で復帰するメドが立っていたのだ。きっと2020年は再び二刀流で躍動する大谷選手の姿が見られる。来るべきその日に向け、オフシーズンも誰もいないグラウンドを走り、トレーニングを重ねる大谷選手の姿に、取材陣も期待を募らせていた。このときはまだ、そのわずか数か月後に世界規模のパンデミックが起こることなど、想像すらしていなかった。

<コロナ禍のシーズン 二刀流復活の期待の中で 2020年>

各地でキャンプがおこなわれていた2020年3月13日。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、シーズン開幕の延期とキャンプの中断が決まった。この年、二刀流の復活を目指していた大谷選手は、キャンプ中にバッターを相手にピッチング練習をおこなうなど順調にリハビリを進めていたが、その復帰へのプロセスも一時中断されることになった。

写真:マスク姿の大谷選手

開幕の延期は、もともとシーズン途中での投手復帰を目指していた大谷選手にとって、トレーニングに費やす時間が確保できるという面もあると考えられていた。しかし、メジャーでの復帰前に実戦経験を積む場として想定されていたマイナーリーグが、感染拡大の影響で中止されることに。それが後に大きな影響を及ぼすことになった。

2020年7月。大谷選手は異例の短縮シーズンの開幕を目前に控え、オンラインで行ったインタビューで、ピッチングの実戦感覚が戻らないままシーズンを迎えることへの不安を口にしていた。

大谷選手「もちろんワクワクもしていますけど、ただ不安のほうがやっぱり大きいかなとは思いますね。フィジカル面もそうですけど、実際に実戦(チームの紅白戦)に入ってみて忘れていた部分も多々あるので。どの程度その感覚だったりとかが戻ってくるのかなっていうのも、どれくらいかかるのかなっていうのも不安ですし。全部が全部、手術前みたいに投げられるかといったらそういうわけではないと思っているので、変な話、今年も含めてリハビリだと思って、その中で100%勝てるように努力しますけど、そういう気持ちのバランスを大事にしてやりたいなと思っています」(2020年7月)

写真:大谷選手オンラインインタビュー(2020年7月)

その不安は現実のものとなった。2シーズンぶりに公式戦のマウンドに上がった大谷選手は立ち上がりから制球が定まらず5失点、1アウトも取ることができずに降板した。2戦目の登板でも2回途中、2失点で降板。そして、この試合の直後には手術をした右腕の筋肉を損傷したことが判明。二刀流復活は、果たすことができなかった。

ピッチングでの苦戦に引っ張られるかのように、バッティングも開幕から調子が上がらず、最終成績はプロになって以来、自己最低の打率1割台に低迷した。投打ともに結果を残せなかった大谷選手に対し、現地のメディアからは二刀流での挑戦に懐疑的な声が挙がった。「時間の無駄」「ピッチングの実験を諦めるべき」「来シーズンが二刀流を証明するラストチャンス」。

コロナ禍に翻弄された2020シーズン。それでも大谷選手は「他の選手も同じ状況で練習していたので」と決して言い訳をせず、うまくいかなかったことの原因を冷静に見極めながら、来シーズンに活かせることを模索していた。次の2021シーズンが大谷選手の野球人生の分岐点になる。そんな緊張感が漂い始めていた。

<正念場の二刀流 覚悟を持って臨んだシーズン 2021年>

今年1月。大谷選手はキャンプに向けて渡米する前日に、インタビューに応じた。メジャーリーグに挑戦して以来、初めてとなる“手術やリハビリのないオフ”。休暇を返上してトレーニングを積み重ね、投打ともに好感触を得ていると語った。

大谷選手「(右肘は)去年は去年で術後から段々よくなってきているなっていう感覚でいたんですけど、いまになって思うとまだ全然だったなというか。いまのほうがよりナチュラルに自分の体と馴染んでいるような感じはあるので、そういう意味では去年よりも感覚的にはいいと思える部分が多いかなと思います。(2021年1月)

左膝も僕の中ではそんなに気にしてはなかったですけど、いまのほうが左足にしっかり加重できますし、振りにいくときもしっかりと左足を使ってインパクトしにいけるようにはなっているので。去年は手術明けでわかりづらいなって思う部分はありましたけど、やっぱりそうだったんだなっていうのは、いまになって感じるところはあるなと思いますね」

そして、この日の最後に語ったのは二刀流の正念場のシーズンに臨む覚悟だった。

写真:大谷選手オンラインインタビュー(2021年1月)

大谷選手「結果が出なくて要らないと言われれば辞めるしかない職業なので、それは日本でやっていてもアメリカでやっていても変わらないので。結果を出し続けて、来年も必要だからってサインをしてもらえるかどうかは向こう次第なところが強いので。やりたくてもできないっていうところかなと思いますし、やりたいなら結果を出すしかないっていうところなのかなと思うので。キャリアハイのシーズン、今年が野球人生の中で一番よかったなって終わったときに思えるように、頑張りたいと思います」(2021年1月)

この言葉通り、大谷選手はシーズン開幕から投打の二刀流で大車輪の活躍を見せた。

打者として最終盤までホームラン王争いを繰り広げ、メジャー3位となる46本塁打・138安打・100打点・103得点・26盗塁。「45本塁打・25盗塁」を達成したのはメジャーリーグ史上6人目の快挙だ。不安視されていた投手でも160キロ超えの剛速球を取り戻し、計130イニングを投げてチームトップの9勝・156奪三振を記録。投打の5部門で“100”の大台に到達するという、史上初の偉業を成し遂げた。

不可能と言われてきた二刀流を体現し、数々の記録を打ち立てた2021シーズン。何よりも驚かされたのは、まるで少年のようにグラウンド上で躍動する大谷選手の姿だった。野球を心から楽しんでいることが伝わってくるダイナミックなプレーの数々。球場を訪れたファンが敵味方を問わず熱狂する姿は、大谷選手のプレーに数字には表れない、人々の心に訴えかける力があることを物語っていた。これまでの苦闘は全てこの時のためにあったのだと、思わずにはいられなかった。

<“苦境すら、楽しむ” 担当ディレクターが見た 大谷翔平>

右肘の手術から大躍進を遂げるまでの3年間。ディレクターの私が最もすごみを感じたのは、大谷選手の“苦境を乗り越えることを楽しむ姿勢”だった。これまでのインタビューで繰り返し語っていたのは、「野球がうまくなりたい」という少年時代から変わらず持ち続けていた思いだ。

写真:少年時代の大谷選手

損得勘定ではなく、自分の心の声に耳を傾けて決断した、右肘の手術。

大谷選手「(手術をしなくても)92~93マイル(約150キロ)の速球と、80マイル(約129キロ)くらいのスライダーでそれなりに投げられる状態なのかなとは思うんですけど、それが自分にとってプラスになるのか、自分本来のピッチングなのか。楽しいのかな?と思ったときに、そうではないなと思ったので」(2018年10月)

イチロー選手が引退会見で語った「(大谷選手は)投手で20勝してサイ・ヤング賞。その翌年には50本打って本塁打王でMVP。それが想像できなくないですから」という言葉を引き合いに目指す選手像を尋ねた際には、自身の野球に対する姿勢について明かした。

大谷選手「取り組んでる内容がやっぱり特殊なので、タイトルを欲しいなと思ったことはあまりないです。単純にやれることを増やしたいなっていうところ。ピッチャーの中で自分がいま持ってないものの中のこれを増やしたいなとか、バッティングでできないことをできるようになりたいなって。最初から仕事で野球をやっていたわけではないので、いまも仕事と子どもの頃の野球の楽しさとかそういう部分、どちらが大きいのかなって言ったら、元々やってきたようなところがメインなので。そういうことでしかあまりやってないですね」(2019年12月)

写真:笑顔の大谷選手

大谷選手はどんな苦境に立たされても、それを乗り越えることに楽しさや幸せを見出していた。

大谷選手「一日一日重ねる度に足りないことが見えてくる。まだまだうまくなれるということを感じさせてくれる。やることがまだまだあるということは、すごく幸せなことじゃないかなと思います」(2018年10月)

写真:大谷選手のプレーに熱狂するファン

今シーズンの大谷選手のプレーがあらゆる人種や性別、年代といったボーダーを超えて世界の人々の心をつかんだのは、世界最高峰の舞台で二刀流に挑戦することを、大谷選手自身が心の底から楽しんでいたからに違いないと感じた。ひたすら耐え忍んで高みを目指すという従来のスポ根的な考え方では、“一生懸命”と“楽しむこと”は別モノだと捉えられていたように思う。大谷選手はこの3年間、きっと我々の想像を遥かに超える苦しみやプレッシャーを抱えていたが、そんな苦境さえもさらに高みへ到達するためのステップと捉え、立ちはだかる壁を乗り越えることに楽しさすら見出してしまう。それこそが、彼が投打の二刀流という異次元の道を切り拓いてきた原動力でもあった。

最後に、今シーズンの活躍を大きく後押したエンジェルスのジョー・マッドン監督の言葉を紹介したい。常識にとらわれない柔軟な発想で、最優秀監督賞を3度受賞したメジャーリーグを代表する名将は、「なぜ大谷選手は、これまで不可能と思われていた二刀流でのフル稼働を成し遂げられたのか?」という私たちの問いに、こう答えている。

写真:ジョー・マッドン監督 インタビュー(2021年9月)

ジョー・マッドン監督「ショウヘイのタフさは本当にすごいが、何より彼はいつも笑顔だ。プレーする純粋な楽しさが、彼を疲れなくさせていた。野球は遊びだ。メジャーリーグでは、生きるか死ぬかの戦いだと思っている選手が多いが、そうではない。内なる楽しさや喜びがなければ気が重くなり、何かに押しつぶされてしまう。楽しむ力を甘く見てはいけない。彼は純粋にプレーを楽しみ、野球が遊びだということを正しく理解している。彼のようにプレーを楽しむ選手が増えてほしい」(2021年9月)

正念場のシーズンで大躍進を遂げ、“二刀流のフル稼働で、ケガなくシーズンを戦い抜く”という1つの目標を達成した大谷選手。シーズン終了後のインタビューでは、「今年の数字が最低(ライン)」と語った。この先、彼は私たちにどんな新しい景色を見せてくれるのだろうか。進化をやめない永遠の野球少年を、これからも記録し続けていきたいと思う。