超・進化論 第3集 すべては微生物から始まった~見えないスーパーパワー~

NHK
2023年1月26日 午後2:03 公開

(2023年1月8日の放送内容を基にしています)

競争し、協力しながら、生存に有利な者が生き残るという「進化」のルール。最新科学は、想像もしなかった生き物たちの深いつながりを次々と明らかにしています。その姿を圧倒的なスケールで描く、シリーズ「超・進化論」。第3集の主役は「微生物」です。堺雅人さんが“人間代表”役を演じる不思議なドラマを交え、微生物の真の姿が明らかになります。

堺 雅人さん「『微生物』って、よく分からなくて」

教授役 西田 敏行さん「目に見えない生き物すべてを『微生物』と言うんです。例えば、“菌”とか“バクテリア”と呼ばれる生き物たちですね」

堺さん「植物とか昆虫に比べて、イメージが湧かないんですよね」

<あなたの体に100兆!微生物のスーパーパワー>

目には見えないけれど、微生物は私たちにとって最も身近な生き物です。例えば口の中には、2000億もの微生物がいます。ぬるぬるする歯のぬめりの正体は「フソバクテリウム」や「ストレプトコッカス」といった微生物。時には一気に増殖し、歯の上に不思議な構造物を作りあげます(下写真)。

ニキビの原因として嫌われてきた「アクネ菌」。私たちの毛穴にまで忍び込み、病原菌の攻撃から肌を守ってくれる役割もあるのです。

そして「腸内細菌」。「ビフィズス菌(整腸作用)」や「バクテロイデス・フラジリス(免疫力アップ)」「プレボテラ・コプリ(血糖値上昇を抑える)」など、100兆もの微生物が、私たちの腸内に潜んで健康を支えてくれています。

爆発的に増殖して数を増やし、どこにでも広がっていくのが微生物の得意技。そして次々と「突然変異」をおこし、多様な能力を身につけてきました。

最新の研究では、私たちの体に驚くべき影響を与える微生物まで見つかり始めています。さらに、その圧倒的なパワーが、地球上の生物の進化に、大きな影響を与えている可能性も浮かび上がってきました。私たち人類の進化にも深く関わっているというのです。

産業技術総合研究所 深津武馬さん「生き物の進化史を見ると、どんな生き物の体の中にも、あらゆる環境にも、微生物はあまねく存在していて無視できない、甚大な影響を与えている。どこから手をつけていいか分からないくらいのフロンティアであると言っていい」

教授役 西田さん「『微生物』の存在が明らかになったのは、ここ300年ほどのことなんですよ。17世紀に顕微鏡が発明されて、ようやく人間が微生物の存在に気づいて、研究が始まったんです」

微生物役 関水 渚さん「そこから微生物のすばらしい世界が、次々と分かってきたんです。これは、私の愛する『微生物カード』です。ここに微生物の名前と、その能力が書かれています。堺さん、目を見開いてください!いっぱいいますね~。微生物が!」

堺さん「目に微生物がいるんですか?」

微生物役 関水さん「こちら、目の免疫力をアップさせる、頼もしくてかわいい子!」

教授役 西田さん「微生物のその種類や数の多さに驚いちゃいますけどね、もっと驚いちゃうのは、その微生物が持っている“スーパーパワー”であります!」

<がんを退治する!微生物のスーパーパワー>

微生物たちが進化によって身につけたスーパーパワー。それが私たちの未来を変えるかもしれません。アメリカ・ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス大学のシビン・ジョウさんは、ある病気の治療に微生物の力を利用しようとしています。

腫瘍医学者 シビン・ジョウさん「この微生物をがんの治療に使えば、腫瘍を治癒してくれるのではないかと考えました」

実は、従来のがん治療にはひとつ難点がありました。がんは急激に成長するため、その内部には血管がなく、酸素もほとんど届きません。抗がん剤を投与しても、細胞の奥深くまで届けることは難しいのです。

そこで目をつけたのが「クロストリジウム」という微生物です。本来は、主に土の中で暮らしています。酸素が嫌いで、土の中の脂肪分を分解してエネルギーにしています。その際に発する「酵素」には、がん細胞を破壊する力があることが明らかになったというのです。

この微生物の力を利用すれば、がんを撃退することができるのではないか。ジョウさんたちは、こんな方法を考えました。まず、クロストリジウムを血管の中に送り込みます。そこは苦手な酸素がたっぷりですが、クロストリジウムは、“よろい”のような固い膜をまとい、見事に酸素をしのぎます。

そして、酸素が少ないがん細胞にたどりつくと、その“よろい”を脱ぎ、本来の姿に戻ります。さらにどんどん分裂して、大増殖します。

ジョウさん「がんの中は酸素が少なく、クロストリジウムは、そこでだけ生きていける微生物です。そのため、クロストリジウムは、がんだけに作用することができるのです」

ここで、クロストリジウムが出す「酵素」の出番です。がん細胞の中の栄養分をエネルギーにするため、細胞を破壊し始めます。この能力を利用すれば、がんだけを狙い撃ちにできると考えたのです。実際に、人で臨床試験を始めたところ、がんが劇的に縮小するケースがあることが分かりました。

ジョウさん「治療前は、大きな腫瘍が肩のところにあります。しかしこの微生物治療から数日後、腫瘍はほとんどなくなりました。この結果には非常に興奮しました」

がんを退治する微生物には数種類の候補があり、15の臨床試験が始まっています。実際の治療に生かせるのか、安全性の検証が行われています。

<微生物の進化パワーが未来を変える>

微生物たちのスーパーパワーが変える「私たちの未来」。環境問題の解決にも役立つのではないかと、期待が高まっています。

この微生物(上写真)の得意技は、なんとプラスチックを“食べて”しまうこと。

緑の破片は、プラスチックの塊です(上写真)。ここに微生物が作った酵素を入れると・・・、

わずか1日程度で、プラスチックのほとんどを分解してしまいました。プラスチックが普及したわずか50年で、微生物はこんなパワーを、進化によって身につけたのです。

プラスチック分解菌 開発企業「微生物のおかげで、プラスチック汚染という問題を解決する酵素が生まれたのです。未来の世代に大きな恩恵となるでしょう」

最新の科学で、次々と微生物の役立つ力が明らかになり始めています。

<進化の達人!微生物は能力の宝庫>

教授役 西田さん「微生物の進化は、驚くほど速いんです。皆さんよくご存じの『大腸菌』は、20分に1回分裂して、次の世代が生まれるんですよ。微生物の構造っていうのは、いたってシンプルでね、他の生物に比べて圧倒的に世代交代が速い。その世代交代の過程で『突然変異』が起きて、次々と“特殊能力”が身についていくんです」

堺さん「だからいろんな能力があるんですね」

微生物役 関水さん「『地底のウランを食べる微生物』や『海底火山で、122℃で生きる微生物』、『ゴミの中から金を見つける微生物』もいます」

<微生物が脳を操る!?驚異の生存戦略>

微生物は、ひょっとしたら意思を持っているのではないか。そう思わせるような研究報告が相次いでいます。なんと、感染した生き物の脳を操って、自分の味方にしてしまうというのです。事の主役は「トキソプラズマ」。ほ乳類や鳥類に感染する微生物です。人間に感染しても、胎児を除けばほとんど影響がないと考えられてきました。

チェコ、カレル大学のフレグルさんは、トキソプラズマの驚くべき能力を明らかにしました。

進化生物学者 ヤロスラフ・フレグルさん「トキソプラズマは、他の生き物を巧みに操ります。ネズミや人間の行動を変えてしまうのです」

ネズミや人間の行動を変える?

それを明らかにしたのが、こんな実験です。ネズミを入れたケースの中に、さまざまな“におい”を置きます。「ネズミの仲間」、「住み慣れた藁(わら)」そして「天敵であるネコ」のにおいです。

まずは感染していないネズミを、このケースの中に入れます(上写真)。それほど動き回らず、慎重に様子を伺っているようです。苦手なネコのにおいも確かめには行くものの、あまり寄り付きません。結局、住み慣れた藁(わら)や何もない場所に長く滞在し、ネコのにおいを置いた区画にいた時間は、全体の11%でした。

ところが、トキソプラズマに感染したネズミの場合、苦手なはずのネコのにおいに近寄ります。今回の実験では、ネコのにおいの近くにいた時間が、感染していないネズミの場合の3倍。トキソプラズマに感染したネズミは、よく言えば、大胆。悪く言えば、慎重さに欠ける行動をとるようになるのです。

一体なぜ、こんなことが起きるのか。

実は、トキソプラズマには「ネコ科の動物の体内でのみ、子孫を増やせる」という性質があります。ネズミに感染してしまうと、子孫は増やせない。そこでネズミの脳の働きをかく乱させ、ネコに食べられやすくなるように、操っているのではないかと考えられるのです。

フレグルさん「こうしてトキソプラズマは、自分にとって子孫を残せる場所、つまりネコ科の動物の胃袋にたどりつくことができます。なかなか洗練された戦略でしょう?高度な知性があるようにすら思えます」

では人間がトキソプラズマに感染した場合にも、行動に変化は出るのでしょうか?ひょっとすると大胆さが幸いして、企業の経営者などにむいているのではないかなど、さまざまな仮説が語られています。

一方、フレグルさんがデータを分析したところ、思いもよらない傾向が浮かび上がりました。それは、交通事故。トキソプラズマに感染した人は、感染していない人に比べて、事故の割合が2.65倍高かったのです。行動を大胆に変化させるというトキソプラズマの働きが人間にも影響していると、フレグルさんは考えています。

フレグルさん「感染者の行動やふるまいは、体内にいる微生物に左右されていると考えられます。性格や人格は、私たちにとっていちばん大事で、誇りに思う部分でもあるでしょう。しかし実際には、遺伝や環境に操られています。微生物たちも、その環境のひとつと考えるべきなのです」

微生物役 関水さん「他にも微生物が操るというケース、よくあるんですよ。種子島にいる『キタキチョウ』というチョウ。その細胞の中で暮らす『ボルバキア』という微生物は、チョウの性別を操ってメスにするんです。なぜメスかというと、ボルバキアは卵に入り込んで次の世代に遺伝していくから。オスだと、それ以上子孫を残すことができません。でもメスであれば、卵を介して次の世代に続いていくことができます。だから、ボルバキアが増えていくためには、メスの数が多いほうが好都合なんです。メスがなるべく多くなるように染色体を操作するんです」

教授役 西田さん「微生物たちの生き方は、とてもシンプルです。ただただ増えていくだけですから。微生物たちはその特性を生かして、居心地のいい場所を見つけてどんどん増えていく。でね、住み着かれた生き物たちも、その微生物の力を利用して進化していくんです。つまり微生物は、他の生き物たちの“進化の駆動力”になっているんですよ」

堺さん「僕たちの進化にも、微生物が関係しているってことですか?」

教授役 西田さん「関係どころの話じゃありませんよ。われわれ人間と微生物の関係、いつごろからだと思いますか?なんとね、20億年も前なんです。われわれの先祖をずっとたどっていくと、微生物の『アーキア』にたどりつくんです」

<すべては微生物から始まった 見えない進化の駆動力>

舞台は、20億年前の海。当時、大気に酸素はほとんどなく、地球は二酸化炭素に覆われていました。海の中は、微生物がひしめきあう群雄割拠の時代です。

私たち人類の祖先「アーキア」は、当時、アミノ酸などをエネルギーにしていたと考えられています。

このころ、急速に勢力を伸ばしていたのが「光合成細菌」。二酸化炭素を吸い、酸素を出す微生物です。この微生物によって、地球には急激に酸素が増えていきました。

環境の激変に適応した微生物が「好気性細菌」です。酸素をエネルギーにできる微生物です。

一方、私たちの祖先「アーキア」は、酸素に対応する能力を持っていなかったため、絶滅の危機にひんしていました。このピンチをどうやって乗り越えたのか。ある仮説に注目が集まっています。

研究の舞台は、日本です。和歌山県沖の深海(水深2533m)から、祖先のアーキアにごく近い、種の採取に成功したのがきっかけでした(2006年)。

12年の歳月をかけて、培養に成功。世界で初めて、私たちの祖先の「ある特徴」を明らかにしました。驚きだったのは、その姿です。ふだんは丸い形のアーキアが、あるとき長い腕のようなものをたくさん伸ばしていたのです(下写真)。

海洋研究開発機構 井町寛之さん「こういう形を持っている微生物を、今まで見たことがなかったので、最初に顕微鏡を見たときに本当にびっくりして、別の人工的なものが混ざってしまったんじゃないかと疑いました」

実はこの長い腕こそ、20億年前、ご先祖様が「酸素の危機」を乗り越えた能力。研究者たちが考えたのは、こんな世界です。

死の瀬戸際のアーキア。伸ばした腕の先にいたのは、酸素の世界に見事適応していた「好気性細菌」。次々と長い腕を伸ばし、まとわりついていきます。そして大胆にも、取り込んでしまったのです。

こうしてわれらがアーキアは、好気性細菌に酸素をエネルギーに変えてもらうことで、危機を脱したのです。そして、これが私たちの「細胞」へと進化します。好気性細菌は「ミトコンドリア」と名前を変え、今では酸素を処理するだけでなく、免疫や細胞機能の調節にも重要な役割を果たしています。

産業技術総合研究所 延優さん「他者を細胞に入れるというのは、当時の微生物にとっては病気になるようなものです。そこをどうにかして『共生』に持っていって成功を見いだしたというのが、われわれの誕生にあたって非常に重要なファクターであったと考えています」

「すべての能力を自分で進化させなくても、誰かの能力を借りて組み合わせればいい」。そんな新しい進化の形を見つけ出した私たちの祖先は、その後、大きく複雑なものへと進化をとげ、再び微生物の“進化の駆動力”を借りて、飛躍をとげる瞬間がやってきます。

およそ4億年前、私たち人類の祖先はヒレや肺を発達させ、まさに陸に上がろうとしていました。あるとき、体の一部に大きな変化が起こります。それは「腸」。もともと病気を防ぐため、腸は硬いバリアで覆われ、微生物を一切寄せつけませんでした。しかし、そのバリアがなくなり、微生物が住み着けるように進化したのです。このおかげで、陸上での生活が可能になりました。例えば、植物の繊維を分解できる微生物を腸内に宿すことで、エネルギーを獲得できるようになったと考えられています。

沖縄科学技術大学院大学 中島啓介さん「海水中と陸上ではアクセスできる食べ物が違うので、それを上手に消化、利用するためには、それに適した腸内細菌の存在が重要だったと考えられます」

こうして私たちの祖先は、微生物と手を組み、陸へと爆発的に広がっていきました。今、私たちの体には1000種類、100兆もの微生物が息づいています。単なる共生を超えた微生物との深いつながりあい。それがあなたという存在を築き上げているのです。

すべての生物の進化は、大きく3つの道筋に分かれます。共通の祖先からスタートして、乳酸菌や納豆菌などを含む「細菌」の道。火山や深海など、過酷な環境でよく見つかる微生物たち「古細菌」の道。そして、祖先のアーキアが他者と合体して始まった「第3」の道。ここに、あらゆる植物や昆虫、動物、そして人間が含まれるのです。

堺さん「みんな同じ道をたどってきたんだね」

植物役 角田晃広さん「植物も人間と同じように、微生物と共に進化してきたんですよ。4億年以上前の話なんですけど、水の中で暮らしていた植物の祖先にとって、陸は乾燥しているし、栄養もないし、アウェイもアウェイ!過酷な場所だったんです。それで、頼ることにしたのが微生物。根っこの部分に『菌』、つまり微生物がくっついて、リンとか窒素とか、栄養素を吸い上げてくれたんです。そうして上陸に成功したんです」

昆虫役 板垣瑞生さん「昆虫も、同じです。カメムシの仲間のマルカメムシは、1回に20個くらいの卵を産むんですけど、そのときに一緒に『黒いもの』を産むんです(上写真)。微生物がたっぷり詰まったカプセルです。マルカメムシの赤ちゃんは、産まれると真っ先にその『微生物カプセル』を体に取り込むのが仕事。カメムシは栄養の少ない草の汁しか吸わないんですが、微生物がその汁を栄養源に変えてくれるんです」

<地球環境も支える!微生物のスーパーパワー>

地球上にあふれる生き物たちの進化を支えてきた微生物。実はその地球自体も、微生物によって作りあげられているということが、最近の研究で次々と明らかになってきています。

イギリス・ドーバー海峡の「白い崖」。実はこれは、微生物が作り出した色彩。1億年前の微生物の化石の色なのです。

アメリカ・カリフォルニアの光る海の色。ぶつかる波に刺激されて、微生物が発光物質を放っています。

アメリカ・イエローストーン国立公園の間欠泉。鮮やかな七色は、それぞれ違う温度で生きる微生物が作り出す色素によるものです。

しかし、微生物と地球のつながりは、風景だけではありません。微生物の驚くべき増殖能力によって、地球の環境自体が作りあげられていることが、最新研究で明らかになってきました。研究者が向かったのは、高度3000mを超える上空です。気温が低く、食べ物もない過酷な環境に、微生物がいるかどうかを確かめる調査です。特殊な装置で、毎分500リットルの空気を吸いとり、大気中の浮遊物をこしとっていきます。

詳細に解析すると、さまざまな微生物が大気中に含まれていることが分かってきました。その数、実に100種類。そして、地球環境に不可欠な役割を果たしている微生物が見つかりました。

「シアノバクテリア」は、光合成をする微生物です。ふだんは海の中で、植物と同じように二酸化炭素を吸い、酸素を出しています。実は地球全体のうち、微生物が担う光合成の割合はおよそ50%。なんと、陸の植物全体に匹敵する貢献をしています。

「リゾビウム」は、空気中の窒素を、植物の栄養分に変える微生物です。こうした微生物たちが特殊な化学反応を起こして、自然界にあるアンモニアや硝酸のほとんどを作り出しているのです。もしそれを肥料に、トマトを育てれば、実に1京個分が育つほどです(全窒素固定量の推定値と生育に必要な窒素量を元に計算)。

このように、地球の生態系に欠かせない二酸化炭素や酸素、そして窒素。その多くは、実は微生物がコントロールしていたのです。

それだけではありません。今回採取された大気中の微生物の中で、調査にあたった近畿大学の牧さんが注目したのは、「バチルス」という微生物です。本来は砂漠で多く見られる微生物です。バチルスの特技は砂粒を分解し、鉄イオンなどのミネラルを取り出すことです。

砂漠の微生物が、なぜ日本の上空にいたのか。それは「黄砂」に乗って大移動してきたからです。黄砂と言えば、健康への被害が課題になっていますが、実はバチルスがその砂粒を分解することで、生態系に重要な役割を果たしている可能性も見えてきました。

目にも見えない小さなバチルスは、砂と一緒に砂漠を舞い上がり、砂粒をミネラル分に変えながら凍える上空3000mの風に乗って、旅に出ます。これは(下写真)、中国奥地の砂漠から太平洋へと向かう黄砂の様子を、衛星データで捉えたものです。この中にバチルスと、分解されたミネラル分が大量に含まれているというのです。

大気微生物学者 牧 輝弥さん「黄砂の上にもだいぶ微生物が乗っていることが分かってきたんですね。それがずっと太平洋の沖合まで飛んでいって、落ちる」

5000kmの旅を経て、太平洋へとたどりついたミネラル分は、そこで暮らす微生物の貴重な栄養分になり、海の生態系を支えるのです。

牧さん「目に見えないのに、それが集まると、めちゃめちゃ大きいことをしている。このパラドックスですね。それがすごくおもしろいと思います。微生物は偉大なんですよ」

微生物ひとつひとつは見えなくとも、私たちはその微生物によって生かされている。そしてこの地球もまた、微生物によって支えられている。この星の主役は、実は「微生物」なのかもしれません。

堺さん「人間は、微生物と一体化している。そして、微生物を通して地球とつながっている。僕たち、みんなまとめてひとつの生命体のような気がしてきました。僕たちは、目に見えないものにこそ支えられている」

堺さん「でも、まだ納得できないことが・・・。『コレラ』に『ペスト』。人間に危害を及ぼす“菌”ですよね。どうして命を脅かす微生物までいるんですか?」

教授役 西田さん「そもそも進化というものはね、生き物たちがとう汰されてこそ、実現するものなんですよ」

今でも、謎が多い微生物。人類はまだ、そのほとんどを理解できていません。しかし、私たちはその本当の姿を知らないまま、感染症との戦いの中で微生物を殺すことに力を注いできました。例えば「ピロリ菌」。抗生物質の投与が、胃がんの予防に大きな成果を上げています。

ピロリ菌が、胃がんを引きおこすしくみを解明してきたラトガース大学のマーティン・ブレイザーさんは、最近になって、ピロリ菌にはアレルギーやぜんそく、食道炎などを抑える働きがあることを突き止めました。抗生物質の投与を、慎重に行うべきケースもあるかもしれないと考え始めています。

感染症医学者 マーティン・ブレイザーさん「ひとつ言えることは、古代から共に生きてきた微生物を、われわれは安易に殺してしまっているということです。われわれを助けてくれる微生物たちに、親切にならなければならないのです」

私たち人類が、微生物の力を借りて、再び飛躍をとげる瞬間はやってくるのでしょうか。宇宙への旅には、微生物の力が不可欠だと考えられています。

この不思議な物質は、微生物がわずか3日で作ったタンパク質です(上写真)。肉やチーズにそっくりの食感や栄養を再現できるため、宇宙での食事に応用しようとしています。

さらに、微生物でできた建築材料。微生物が作ったブロックを加熱することで、軽いのにコンクリートよりも堅く、断熱性も高い材料が生まれるのです。これを、火星での住居に利用しようとしています。

NASA リン・ロスチャイルドさん「私たちが宇宙へ行くとき、微生物は私たちのパートナーとなるでしょう。健康、食料、薬。微生物のおかげで、人類は地球外に存在できるようになるはずです。今は、その始まりの段階なのです」

進化の果てに、かけがえのない能力を身につけた地球上の生き物たち。その力は決して、独自に獲得したものではない。時に競い合い、時に助け合いながら、種を超えて深くつながりあうことこそが、進化の大きな原動力なのだ。生物の多様性。その本当の尊さに、僕たちは気づいているだろうか。