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パンデミック 激動の世界 (12) 検証“医療先進国”(後編)②

NHK
2021年6月30日 午後2:39 公開

(2021年6月27日の放送内容を基にしています)

(記事①はこちら)

<医療費膨張の問題 コロナ禍の「受診控え」にヒント>

病床や医療スタッフが全国に分散し、新型コロナに対応できない状況がコインの裏側だとすれば、コインを表にすると、つまり平時には誰もがすぐに病床を利用しやすかったことを意味します。しかし、そのことは日本の財政の長年の課題である医療費の増大の一因になっていました。そこに、コロナ禍で歴史的な変化が起きました。医療費が減少に転じたのです。これをヒントに日本の医療のあり方を問い直そうという動きもあります。

今回の医療費の減少に注目する東京大学の五十嵐中(いがらし・あたる)さん。どうすれば医療制度を維持していけるのか、研究してきました。医療費が減少した背景には、人々の受診行動の変化があると分析しています。コロナ禍以前、日本の一人あたりの受診回数は平均で年間12.6回。主要国で2番目に高い頻度となっていました。

しかし、新型コロナへの感染を恐れ、病院を受診する人が減少。この“受診控え”が、医療費を押し下げていたのです。五十嵐さんは、受診控えの中に、もともと過剰だった受診もあったのではないかとみています。

五十嵐客員准教授「みんなに医療を広く提供するこの保険システムっていうのがあるからこそ、むしろ受診の回数が増えていくということはあると思います。 コロナ禍でかなり受診が減った。で、これで仮にもし健康状態が変化がなかったならば、むしろ今の状態の方が、逆に適正な受診に近いかもしれない。実際、健康状態にどういう変化があったかっていうのを、いろんな観点から捉えていく必要があるというふうに思います」

膨張を続ける医療費を一時的に押し下げた受診控え。今回NHKは五十嵐さんと共同で健康への影響を調査しました。インターネットを通じて、全国の3000人に受診行動の変化や健康状態をたずねました。その結果です。

新型コロナの感染拡大を理由に受診回数を減らした人は、慢性疾患による定期的な通院では25.7%。風邪などの一時的な通院では32.7%と、3割程度の人が受診控えをしていました。

この人たちに対し、健康状態の変化をたずねました。定期的な通院を控えた人では、健康状態に「変化なし」、あるいは「改善した」と答えた人が81.1%。風邪などの一時的な通院を控えた人では、77.8%が「変化なし」。一時は悪化したものの改善したという人が12%いたことがわかりました。

五十嵐客員准教授「7割は特に悪化はしていなかったと。やはりこの7割という数字はかなり大きいと思います。ただ、やはり大きいからこそ、7割の人は受診が不要だったんだっていうふうに即断は絶対できない。だけど7割の人がみんな必要だったっていうことも、これはおそらく可能性としては、私は小さいというふうに思います。だからこそ、じゃあこの7割、そしてさらに改善した1割の中から、真に不要だった人はどのくらいなのかというのは、必ず今後みていかなければならない」

コロナ禍で変化した人々の受診行動。医療現場にも大きな問いを投げかけています。

地域のかかりつけ医として、11年前に開業した診療所です。受診控えの影響で、経営に打撃を受けたこの診療所。患者にとって本当に必要な医療とは何なのか、改めて考えるようになったといいます。

多摩ファミリークリニック・大橋博樹院長「受診を控えて果たして体調を悪くした方がどれだけいたかというと、やっぱり想定よりかは少ないっていうのは事実だと思うんですね。例えば、まずは自宅でこのぐらい様子を見ていい、だけどこうなったら必ず受診してくださいねとか、我々も患者さんに信頼されて正しい受療行動をしてもらったり、より患者さんが安心してかかっていただけるような選択肢を示すっていうのは、いま求められている時期なんじゃないかなと思います」

一方で、今回の調査では、見過ごすことのできない結果も浮かび上がりました。受診控えによって、「健康状態が悪化した」という人もいたのです。

受診控えの負の側面について、特に深刻に受け止めているのががん治療の分野です。がんを専門とするがん研有明病院。年間300人あまりいたステージ1の胃がんの手術が半減しました。多くの人が受診や検査を控えたことで、初期のがんが見逃されているとみています。

佐野武院長「病院や検査に対してのアクセスが非常に容易であるというのは、今の日本の、これはがんを早期発見するということに関しては、非常に日本のアドバンテージなんですね。それが今失われるのは非常に残念ですね。普通の病気は、まぁ風邪ひいたけど病院に行かないけど、治っちゃったということがあるかもしれませんが、がんの場合、それは期待できないので、やはりスピード差はあるにせよ、必ず進んでいきますので。それが今はまだ見えませんが、今後数年のうちにいろんな形で表れてくるんじゃないかと思います」

必要な受診と控えることができる受診。五十嵐さんは、パンデミックへの備えを進めるためにも、限られた医療資源の適正な活用が求められると考えています。

五十嵐客員准教授「受診をする時に、どういう時だったら受診をして、どういうときだったら受診をしなくていいのかっていうことを、それを相談するきっかけになったと思うんですね。医療のリソース、病院ですとか、お医者さんですとか、そうしたものもやっぱり限りがあって、大切に使わないといけない。大切に使わないといけない、あるいは大切に使うためには、むしろ受診しないっていう選択肢もある。これはすごく大きな変化だと思います」

医療費の膨張に変化をもたらした受診控え。国も、その実態を分析していくとしています。

田村厚生労働大臣「不必要な医療があると私は思っていないんです。ただ、今回の新型コロナウイルス感染症において医療行動が変わったのは、両面あると思いますので、ここはよく我々は分析していかなければならないと思います」

<この先のパンデミックにどう備えていくか>

先週、9都道府県で緊急事態宣言が解除された日本。危機に備えた医療体制をどう構築していくのか。

神奈川県の阿南統括官は、この1年、一部の病院に新型コロナ対応が集中する現状に風穴をあけたいと考えてきました。県内の病院にアンケートを実施し、どのような支援があれば、受け入れ病床を増やせるのかを聞きました。

その結果、ゾーニングのための費用や、人材を確保するための支援が必要だという声が寄せられました。いま、さらなる財政的な措置や人的な措置に乗り出しています。

こうした働きかけを受けて、新型コロナの患者を受け入れ始めた仁厚会病院は、病床数131の民間病院で常勤の医師は7人です。中小病院にあたりますが、中等症のベッドを15床確保し、新たに新型コロナの患者を受け入れました。なぜ、そして、どのようにして切り替えたのか。

3つあるフロアのうち1つを半分に区切り、新型コロナの患者が入るエリアを隔離しました。ゾーニングや陰圧器の設置は、国の補助金を使って行いました。多くの病院で、受け入れの障壁となる看護師などの人材不足の対策についても、様々な手段を講じています。看護師には、県が準備した特別手当を支給。さらに、患者の容体に合わせた治療やケアの手順を独自にまとめました。マニュアル化することで、経験の浅い看護師でも、一定の対応が可能になったといいます。

呼吸器の専門医がいないという課題もありましたが、医師どうしの連携で乗り切ろうとしています。県立病院の専門医から治療方針について、アドバイスを受ける体制を整備したのです。

仁厚会病院・森山直樹医師「やはり僕らも普段、そうたくさん呼吸器の症例を扱っているわけではないので。ただやはり何か合併症が、やはりコロナの場合は想定外のことがいろいろ起こってくるので、そういった意味では、呼吸器のプロフェッショナルの助言をいただけるっていうのは、本当にありがたく思っています」

スタッフの勤務は厳しくなりましたが、県の財政支援や医師の連携で、これまでに31人の患者を治療してきました。この病院が新型コロナ対応に踏み出したきっかけは、第3波の時の経験でした。

仁厚会病院・前田清貴理事長「1人の患者さんが発熱外来に来まして、PCR陽性と。じゃあ近隣のコロナ対策をしている病院に送ろうとしたんですけども、送り先がないんですよ。で、8時間車の中で待たせたんですね。これがショックでですね」

この病院も以前は風評被害や経営への影響を心配していました。しかし、新型コロナの患者を断っていては、これまで行ってきた診療もできなくなると考えたといいます。

前田理事長「救急も、発熱があったらちょっと診れませんと、断らないといかん。肺炎疑い、診れませんと断らないといけない。となりますと、制限された医療になるんですね、要するに、患者のためにとはいっても、やっぱり本当にそれがコロナの患者を診ないっていうのが患者のためなのかというと、やっぱり逆だと思います。やっぱり診て初めて、最大限やれることをやって初めて、地域貢献だと思います」

病院は、発想の転換と、行政の適切な支援があれば、受け入れが可能になる中小病院もあるのではと考えています。

前田理事長「我々のところにも若干、やっぱり外来が減ったような気がします。特にコロナ病床を作って、若干は減ったんですけど、それからすぐに持ち直しました。心配しすぎると何もできないわけで、やっぱり前向きに考えるべきじゃないかなと思いました」

独自のデータ分析から新型コロナに対応する病院を新たに増やすことができる可能性も、見えてきました。都内にある大手医療コンサルティング会社です。

今回、NHKは、この会社と共同で、神奈川県内の病院の医療資源について分析しました。

新型コロナの患者を受け入れていない210の病院についてみてみると、呼吸器などの専門医がいる病院は40ありました。さらに、重症患者の治療に必要なICUなどの設備を備えた病院が13ありました。

その他にも看護師の配置人数などの条件を考慮した結果、4つの病院が中等症以上、36の病院が軽症の患者を受け入れられる可能性があることがわかりました。

病床の確保に奔走してきた神奈川県の阿南英明統括官。第5波に備えるために、まだ生かされていない地域の医療資源を掘り起こそうとしていました。開業医にも協力を呼びかけ、自宅で療養している感染者の対応にあたってもらう新たな体制を作りました。

これまで新型コロナの患者を受け入れてこなかった横浜市の大口東総合病院です。県の呼びかけに応じ、動き出しました。新型コロナの治療を終えた患者がリハビリなどを受ける後方支援病院となり、8床を確保したのです。

大口東総合病院・新納理事長「重点病院で治療をして感染力がなくなった人をここで受けるわけです。やっぱりみんなで協力しなければいけない、できることはやろうじゃないかと。重症の患者さんは重症を診る病院に。治った患者さんはこちらの病院で診ることで、地域医療をしっかりと守っていくことが必要だと思いました」

今回のパンデミックが明らかにした日本の医療への教訓を次の危機に備えて、どう生かしていくのか。

日本医師会に問いました。

日本医師会・中川会長「対策をあらかじめ作っておく、例えばマスク、防護具、人工呼吸器といったものを備蓄する、必要な専門的な医療従事者を確保する、病床を確保するという計画を平時の時から立てておく、中等症の患者はどこの病院の何床だと、後方支援病床はどこだと決めておいて、いざという時には、あの体制でやりましょうとあらかじめ決めておく。平時の医療で余力を持っておくことが大事だと思う」

一方、国は今月新たな方針を示しました。緊急時、より迅速に病床や人材を確保するよう、病院に要請・指示できる仕組みを作るとしています。さらに、次の危機に備え、感染症を想定していなかった地域医療構想を見直す方針です。

田村厚生労働大臣「平時は一定の人口の変化、年齢層の変化、それによって提供する医療の質、そういうものに合わせた地域医療構想を作り、そしてこういう感染症が起こった時には、その中でのいろんな資源の配分を最適に移しながら対応するというのが理想なのですが、理想と現実がなかなか一致しづらいので、今回のことも踏まえて、各地域地域でこういうことが起こっても対応できる地域医療構想を考えていただく必要があると思います」

<大越キャスター取材後記>

欧米に比べて感染者が桁違いに少ないにも関わらず、病床が一気にひっ迫したのはなぜか。

取材で見えたのは、平時の安心には強みを発揮する反面、危機にあたって資源を集中させる態勢には乏しい、日本の医療の形でした。弱点の克服は差し迫った課題であり、行政も医療者も、その重大な当事者です。

そして、私たち一人ひとりも、医療サービスの現状を正確に理解し、必要とする医療を丁寧に選び取っていく姿勢が求められています。

この1年、取材班は、医療にとどまらず、政治や経済といった様々な分野で、パンデミックが突き付けた課題を見つめてきました。どの回でも共通していたことがあります。実は、危機はパンデミック以前もすぐそこで口を開けていて、私たちは気づかなかっただけだということ。いや、ともすると私たちは、そこにある危機が見えていたのに、見ないふりをしてきただけなのかもしれません。

課題から目をそらさず、せめて解決の糸口を見つけて、次の世代につないでいく必要があります。いまも多くの命が失われる日々の中で、否応なく向き合わなければならない、私たちの責任です。