認知症バリアフリーサミット【後編】

NHK
2023年4月12日 午後5:30 公開

(前編はこちら)

<②外出を楽しみ続けたい>

議長 三宅「次のテーマは“外出”です。実は認知症になると、買い物などの外出に、なかなか行きにくくなるという状況があって、あきらめてしまう当事者もたくさんいるということなんです」

<岩手発!“買い物革命” 本人の声から店内バリアフリー>

およそ5万5000人が暮らす、岩手県滝沢市。

遠藤チエさんは、2年前、アルツハイマー型認知症と診断されました。診断以降、外に出たがらず、ひきこもりがちになっていました。その様子を、娘の千賀子さんは心配してきました。

娘 千賀子さん「86歳のときに診断がついて、いつもふさぎこんでいるような感じで、ベッドに横になっている。『外に行こう。買い物に行こう』と誘っても、全然行こうとしない」

大好きだった買い物にも行かなくなってしまったチエさん。その理由は、買い物に立ちはだかるバリアにありました。

認知症になると、広いスーパーで、どこに何があるのか探し当てるのが難しくなります。

他にも、同じ商品を買いすぎて、家族に注意されるという悩みも。買い物をあきらめてしまうのも分かりますよね。

ところが・・・チエさん、半年前から毎週木曜日に、欠かさずスーパーに行くようになったんです。そのワケは「スローショッピング」です。「買い物がしたいけど、難しい」。そんな声から生まれた“バリアフリーな取り組み”なんです。

この日は6組の認知症の人と家族が参加しました。

そして「パートナー」と呼ばれる住民ボランティア14人が、集まりました。

チエさん、夕飯の買い出しが始まりました。

チエさん「シチューとカレー。ああ・・・どれかね、いっぱいあるね」

「お目当ての商品がどこにあるのか分からない」というバリアも、パートナーの案内でバリアフリー!

「調味料など商品の種類が多すぎて、うまく選べない」というバリアには・・・選びやすいようパートナーが商品を絞って説明し、バリアフリー!

さらに、優しい声かけで、「買いすぎ」もバリアフリー!

スローショッピングの発起人は、医師の紺野敏昭さんです。スタートから4年。いちばん大切にしていることがあります。

それは、何でも「助けすぎないこと」。

身近な家族が一緒だと、ついつい助けすぎて、買い物の楽しみを奪ってしまいがちです。でもパートナーは、手を出しすぎず、本人に力を発揮してもらうことを心がけます。

紺野敏昭さん「買物するという行為自体が、“自分が主体になっている”ということを実感することだと思うんです。『自分の好みに合わせてどれを選ぼうか』と選択する喜び。『心配だったけれどちょっと助けてもらったら全部できた』という満足感。『自分でまだできるよな』と、うれしそうな顔をするじゃないですか。自分の自信とか意欲とか、もう1回再発見する」

しかし、認知症の人にとって最後の難関は「会計」というバリア!レジで手間取って、周りから冷たい目で見られてしまう。買い物をあきらめてしまう大きな理由なんです。

そこで、このスーパーで用意したのが「スローレジ」です。専用のレーンで、周りを気にせず、ゆっくり会計ができます。苦手意識があった会計も、これでバリアフリーです!

「いいですよ!話をしながら楽しみながら、買物できるから」

以前は、ひきこもりがちだった遠藤チエさんも・・・

チエさん「楽しい!皆さんに手伝っていただいて、ありがとうございました」

岩手のスローショッピング。実はそのメリットは、当事者だけではないんです。

議長 三宅「フォーラムに参加してらっしゃる400人を超す皆さんからの声、届いています!スローショッピングについて」

議長 三宅「スーパーの関係者の方、来ていらっしゃいます。岩手の辻野さん。お店も協力するとなると大変さもあると思うんですが、どうですか?」

辻野晃寛さん「あまり難しいことを考えずに始めたところはあります」

と、辻野さんは言っていますが・・・いろんな工夫があるんです。

スローショッピングの開催は、毎週木曜日の午後1時~3時。実は1週間でいちばんお客さんが少ない時間帯なんだそうです。これなら利用者もゆっくり買い物ができて、スーパーの売り上げにもつながります。

それだけではありません。利用者の声が、売り場の改善にもつながっています。案内表示は、一目見て分かりやすいイラスト付きに変更。さらに床にも表示して、高齢者だけでなく車椅子の人や子どもにまで、優しくなりました。

議長 三宅「経営にも参考になるということですか?」

辻野さん「掲示物であったり床に案内を貼ったりというのも、全てどちらかと言うと、われわれ発想ではなくて、教えられて取り組んだ内容です。教えていただかないと分からないところがたくさんありますので、耳を傾けるというよりも、教えてもらっていると僕は理解しています」

阿川さん「小さい小さいみんなの寄り添い方だけで実現できるんだなということを、今、岩手の方のお話を伺って思いました」

永田さん「ここでやっぱり大事なのは、本人が買い物に行きたいと言った意欲、その小さな声を聞き流さなかったこと。『もう無理無理』としないで、行きたいならできる方法がないか。スーパーの方が、お客さんとして当たり前にユーザーの声を聞くとおっしゃった。あの感覚こそ、これから大事」

丹野さん「買い物だけではなくて、人と出会ってしゃべることもすごく大切なんですよね。そこで支援者とよくお話することが。家だとなかなか会話をすることが少なくなってきていたのが、外に出ることで会話も増えて、表情が明るくなったということもお聞きしました」

永田さん「身体障害の方のバリアはずいぶん取り除かれてきましたよね。でも認知症の人のバリアは、なかなか関心も払われていない。やっぱり認知症の本人から教えてもらい一緒にバリアをクリアして、地域で暮らし続ける工夫をしようという発想に、地域も変わっていくといい」

<本人と家族が衝突!?深刻な「免許返納」問題>

議長 三宅「外出について、認知症の方本人の声を大切にという話をしてきました。そういう観点から見ると、大きな問題になっているのが『運転免許の返納』をめぐることなんだそうです」

外出のための移動の足「車」。近年問題になっているのが、高齢者ドライバーによる交通事故です。法律では、認知症と診断された場合、車の運転は禁止されています。認知症に限らず、高齢になったときに免許を返納するかどうか、本人や家族にとっての悩みのタネになっています。

阿川さん「家族から見ると、認知症でなくても親が高齢になってくると、『人をひいちゃったら取り返しのつかないことになるから、免許返納してよ』ということに・・・」

議長 三宅「免許をめぐって丹野さんの周りはどうでしょうか」

丹野さん「私の周りでも、やっぱり免許の問題はすごく大変です。家族がやめさせたい、でも本人はやめたくないということで、よく話になります。家族が無理やり説得に入るとどうなるか。常に言い続けます。『奪われた』って。『説得じゃない。納得することが大切』なんですよ。自分で納得してやめるということが本当に大切ではないかなと思います」

<秋田発!本人も納得 免許返納につながる仕組み>

議長 三宅「秋田では、免許返納について本人の納得を大切にするユニークな取り組みが始まっているということです」

秋田県羽後町。およそ1万4000人が暮らしています。町のとある場所に、何やらお年寄りたちが集まっていました。

なんと、視力や視野角度など、車の運転能力の検査をやっているではありませんか!

さらに、保健師が立ち会い、認知機能のチェックもしています。

ここは、町の自動車学校。町と学校が協力して始めた取り組み「ハッピー運転教室」です。運転に不安を覚える高齢者向けに、4年前にスタートしました。通常の高齢者講習は、3年に1度の免許更新前だけです。でも、ハッピー運転教室は、年に6回開催されるので、定期的にチェックができます。結果がよければ、本人も家族も安心して運転を続けられハッピー!さらに、お値段も、町などの支援で普通の高齢者講習よりグッと安くハッピーです(ハッピー教室1回1000円/通常の高齢者講習 5500円(羽後自動車学校の場合))。

認知機能や運転能力を客観的に知ることで、自ら納得して免許返納を決めることにつながるそうです。

羽後町 健康福祉課長 伊藤和恵さん「いきなり外から『(運転を)やめたら』とか、『年なんだから』と言われてしまうとすごくショックだけれど、客観的な物差しがあって、自分でいろいろ考えて(免許返納を)決めるとなると、違うと思うんです。これからずっと続けていきたいと思います」

議長 三宅「秋田の皆さんです」

阿川さん「上法さん、いくつくらいまで運転を続けようというお気持ちですか?」

上法篤子さん「今、満85歳なんですけれども、バスの交通手段しかなくて、買い物に行くというとやっぱり運転して町に出ないと大変なので、できればもう1回ぐらいは更新したいと思っています」(上法さんは、定期的に認知機能の検査を受けています)

議長 三宅「永田さん、この問題で今問われていること、あらためてなんだと思われますか」

永田さん「返納を通じて、手段として本人の外出や誰かのために買い物をすることが減るということと同時に、自分の誇りとか生きがいとか、そういうこともなくなっていく。一人一人、本当の意味でなぜ返納したくないのかを突っ込んで話し合うと、どこに引っかかっているのか、かなり違いがあるんですよね。本当の意味でのバリアフリーの集合体みたいなものが、この免許返納の問題にあるんじゃないかと思います。今まであまりにも認知症を特別扱いして、別物として、自分と相手は違うという見えない線を引いてきた。行政の人も、専門職も、本人自身も、それぞれの心の中にあるそのバリアをどう取り払っていけるか。もっと当たり前の世の中の常識に、認知症の分野も早くなるべきだと思います」

<認知症になってからも 心豊かに暮らすために>

議長 三宅「ぜひ言いたいということがある方、どうぞ」

当事者の家族 阿部晋哉さん(新潟)「わたしの妻が、若年性認知症を発症してから9年目ですけれど、54歳のときに発症したんですね。妻の認知症を初めて知ったときは、びっくりしました。でもやっぱり認知症の理解がみんなに広まるということが、いろんな活動のいちばん土台になると思うんです。理解が広がったら、いろんな活動ももっと楽にやれるんじゃないかと思います」

議長 三宅「大分の当事者の戸上さん」

戸上さん「認知症は怖い病気ではありません。早期発見、早期治療すれば、認知症になっても幸せに生きることはできるはずです。認知症になって、自分の友達は全部いなくなりましたけれど、ここ1~2年で帰ってきてくれました。私が外に出て、いろいろ話をするからでしょう。大変いい場所を与えていただきました。大分県の皆さんありがとう!」

議長 三宅「まだまだ私たちは認知症のことを知らないですね」

阿川さん「知らないし、全国でこういう活動をしていることも知らなかった。これは、知らないことから知って、知ってから始まることはいっぱいありますね」

認知症になってからも、最後まで心豊かに暮らしたい。長野県上田市の豊殿地区に、そんな願いを大切にしてきた人たちがいます。

春原治子さんは、この町で20年近く、ボランティア活動を続けてきました。その治子さんが、5年前、認知症と診断されました。認知症になってからも仲間との関係は変わらず、積極的に活動する日々を送っています。

春原治子さん「『困ったことがあったら言ってね』って、みんな言ってくださるので、『ありがとう』ってね。楽しいです」

治子さんが穏やかな気持ちで暮らすことができるワケ。それは長年続くまちぐるみの取り組みにありました。

21年前、地域で初めての特別養護老人ホームがオープン。福祉や老いについて、住民たちの関心が高まりました。そして、施設や地域での勉強会やボランティア活動が活発に行われるようになり、多くの住民が当事者たちとふれあいました。まず初めに認知症への偏見がなくなっていき、そして次第に認知症に抱いていた不安や恐れも薄れていったのです。

住民ボランティア「もし認知症になっても、この豊殿地区というところは、理解があって住んでいけるのかなと思います」

住民ボランティア「あまり心配していません。自分のこれから先のことは。(認知症に)なったらなったで、『みんなよろしくね』ということで」

治子さんの認知症は、少しずつ進行しています。でも、未来に不安はないと感じています。

治子さん「周りの人が、昔どおりに話しかけてくれたり、つきあってくれたりしていますから、私も心が開けて変わりなくいられるんじゃないかなと思います。(この先は)全然心配ないです。これから先、困りそうなことがあるんですか?」

恐れや不安ではなく、少しでも希望を持って生きたい。そんな願いを大切にする、“認知症バリアフリーなまち”が今、うれしいことに各地に生まれています。