シリーズ混迷の世紀 第1回 ロシア発エネルギーショック【前編】

NHK
2022年8月23日 午前11:00 公開

(2022年8月9日の放送内容を基にしています)

<ロシア発エネルギーショック 世界はどこへ?私たちへの影響は?>

プーチン大統領「ロシアは信頼できるエネルギー供給者で、日本のLNG需要の8%を供給しています」(2017年4月の会見より)

「ロシアは信頼できるエネルギー供給者」。そう語っていたプーチン大統領。ところがいま日本は、そのロシアに揺さぶりをかけられています。

天然ガスの開発プロジェクト、サハリン2からの輸入が、これまでのようにできなくなる恐れがでてきているのです。天然ガスをなんとしても確保しなければならない。国は今、自ら直接交渉にかけ回っています。

資源エネルギー庁・課長「壮絶なLNG争奪戦が起こっている。これはもう官民挙げてやっていかないと、とても勝てない」

シリーズ混迷の世紀。

ロシアによる軍事侵攻によって、世界に広がっているエネルギーショックの最前線です。

いまロシアは、ヨーロッパへの天然ガスの供給を大幅に減らし、深刻な影響を及ぼしています。

ドイツ市民「プーチンが私たちを意のままに動かしているように感じます。常に頭の片隅に、これから何が起こるのかという不安があります」

この影響が日本に。ガス不足を補おうとするヨーロッパの国々などとの争奪戦に巻き込まれているのです。

LNGトレーダー「ロシアからヨーロッパへのガスの供給も減っていることから、まさしく世界中でエネルギーを取り合っている。日本は特に資源がない国ですので、いかにエネルギーを確保するか。かなりシビアな状況になっております」

今回のエネルギーショックをきっかけに、水素など新たなエネルギーへの転換も、一気に加速しています。

いま私たちは、エネルギーの秩序が書き換えられる、新たな時代を生きているのです。

”プーチンの戦争”とエネルギーショック。

日本はその荒波にどう立ち向かおうとしているのか、追いました。

<エネルギー秩序が変わる時代>

河野憲治キャスター「ロシアによるウクライナ侵攻の影響でガソリン代や、電気代が高騰し、私たちの暮らしを圧迫しています。それに加えて、電力需給が逼迫し、節電要請が続けられる異例の夏を迎えています。今回のエネルギーショック、長年日本が抱えてきた課題を直撃しています。日本のエネルギー自給率は1割程度と、先進国で最も低い水準です」

河野キャスター「資源の大半を海外に依存するなか、輸入が途絶えることがないようさまざまな試行錯誤を重ねてきましたが、ここにきて戦略の見直しを迫られています。さらにエネルギーを巡っては、軍事侵攻の前から脱炭素という大きな課題を突きつけられていました。いま日本は、2つの難しい課題に同時に直面するという、かつてない試練を迎えています」

<激化するLNG争奪戦 日本の調達に試練>

電力ひっ迫の危機を回避できるのか。

東京電力と中部電力が出資する国内最大の発電会社JERAでは、2022年6月、休止中の火力発電所を再稼働する準備を急ピッチで進めていました。操業開始からすでに45年。劣化が激しく、廃止も見込まれていた設備を急きょ動かすことになったのです。

姉崎火力発電所・当直長「見てのとおり、ダクトとかも腐食していて、脱落したり穴が開いたりとかは、気を遣うところです」

発電所を急きょ動かすことにした背景には、厳しい電力事情があります。電力不足にすぐに対応するには、火力発電に頼らざるをえないのです。

東日本大震災の前と比べると、電源構成は原子力が大きく減る一方、火力発電や太陽光などが増えています。ただ太陽光は天候に左右されるため、火力発電頼みになっているのです。

姉崎火力発電所・当直長「車でいうと、車検もしないで廃車する状況から、『やっぱり動かすから、すぐ回して』という状況ですので。でも需給のため、停電させないためには必要なことですので」

火力発電所を再稼働させるにあたり、これまで以上に確保が重要になっているのが、LNG=液化天然ガスです。天然ガスをマイナス162度に冷やして液化することで大量に輸送できるうえ、二酸化炭素の排出量は石炭の半分程度におさえられます。

電力需給は冬場にさらに厳しくなる恐れがあり、LNGの争奪戦が激しくなる中、危機感が高まっています。

東京にある発電会社本社では、このような会議でのやりとりがありました。

「欧州からは新しいニュースが入ってきています。冬に備えてガスをさらに確保しようというものです。冬に向けて供給制限は、さらに強まると思います」

「LNGはガスという全体で世界がショート(不足)しているわけだから、日本とアジアとヨーロッパで取り合うという形になるということですよね」

燃料オペレーション部・中村玲子ユニット長「お金さえ払えば買えるという状況でもないと思っています。火力の電源の方も予断を許さないと思いますので、いつも以上に安定的に持ってこなければいけない。夏もそうですけど、冬もそうなるかなと思っています」

<世界各国で激しさを増すLNG争奪戦>

世界中のガス関連企業が一堂に集まる、世界ガス会議。

会議の中心になるはずだったロシア企業が参加しない中、ほかの国の企業に商談が殺到していました。ひときわ人だかりができていたのが、世界トップクラスの天然ガス産出量を誇るカタールの国営企業です。

韓国企業の幹部「カタールとの長期契約のために、きょうは来ました。カタールは今後、ガス関連で大きく発展する企業、国家なので、わが社と協力してもらえたらと思い、お願いして席を設けました」

LNG調達に危機感を高めていた国内最大の発電会社も、ガス産出国のオーストラリアやマレーシアの企業と交渉。さらに、ロシアからガスの供給を絞られているドイツの企業とも情報交換していました。

ドイツ・大手エネルギー企業の幹部「ロシア依存を変えなければなりません。アメリカや中東など、いろいろな取引先と協議しています。あらゆる可能性を探っています」

発電会社・可児行夫副社長「安価に弾力的にきちんとLNGを持ってくる取り組みをずっと仕掛けてきたんですけど、正直まさかウクライナみたいなことがあって、ヨーロッパのガス市場の状態がこちら側にこんなに跳ね返ってくるかどうかは正直わからなかった」

<価格も高騰し企業と家計を直撃>

LNG価格の高騰によって電気料金が上昇し、深刻な影響が出ています。この遊園地では、年間の電気料金が2倍になると見込まれています。

少しでも節約しようとできる限りの対策をしてきましたが、「もう限界」と、乗り放題のチケットを400円値上げしました。

サントピアワールド・髙橋修 園長「本当にギリギリの選択で、生き残るために存続するために、この決断しかなかった」

大手信用調査会社の調査では、今後も高騰が続いた場合、価格転嫁を行うと答えた企業はおよそ3割。こうした価格転嫁の動きは徐々に広がっています。

家計の負担も増える見込みです。原油の値上がりの影響で、2人以上の世帯の年間の支出額は、去年と比べて平均4万3千円余り増えると試算されています。

<エネルギーを“武器”とするプーチン大統領が世界を翻弄>

ロシアに翻弄される世界。プーチン大統領の思惑はどこにあるのか。

実は、大統領就任1年前の1999年、資源戦略に関する論文を公表していました。

『膨大な天然資源を持つロシアは、先進国の中でも特別な存在だ』(「ロシア経済の開発戦略における鉱物資源」論文より)

かつてプーチン政権を首相として支えた、ミハイル・カシヤノフ氏。エネルギーをいわば武器として利用する意図があったと証言します。

ロシア ミハイル・カシヤノフ元首相「私が首相を辞任した2004年直後から、政府系ガス会社を地政学上の争いで利用しました。ウクライナやベラルーシで、気温がマイナス25度という冬に、期限までにガス代金が払われなかったという理由でガスを止めたのです。これはもう、事実上の”ガス兵器”です」

軍事侵攻前、ロシアに天然ガスの5割以上を依存していたのがドイツです。シュレーダー元首相の側近、ハイノ・ヴィーゼ氏が依存を強めていった理由を明かしました。

ドイツ連邦議会 ハイノ・ヴィーゼ元議員「ガスを売ることは、ロシアの利益になります。そのロシアのガスを安く買うことは、ドイツの利益になります。ロシアにもドイツにも利益になる。これは互いを頼りにしていたからこそ、成り立っていたのです」

経済的な理由だけでなく、両国の歴史も影響していたといいます。

ドイツ連邦議会 ハイノ・ヴィーゼ元議員「ドイツは第2次大戦の独ソ戦で、2700万人が戦死したことに対する責任を負っています。関係を改善するために何かをしなければならないのです。かつてビスマルクはこう言いました。『ドイツとロシアが相互に理解し合えば、ヨーロッパの平和は保たれる』と」

ロシアへの依存を深めていくドイツ。これに懸念を抱いていたのがアメリカでした。

トランプ政権で、エネルギー省長官としてプーチン大統領と交渉していたダン・ブルイエット氏です。長官時代、ツイッターでドイツに警告を発していました。

アメリカ エネルギー省 ダン・ブルイエット元長官「私たちは当時、ロシアがヨーロッパに自分たちのガスへの依存を強めさせているのは、旧ソビエトを再構築したい目的があるからだと分析しました。問題は、ロシアが信頼できる相手ではないことです。安全保障について、常に考えておかなければならないのです」

<国ぐるみで激しさを増すLNG争奪戦>

ロシアによる軍事侵攻の後、日本もエネルギーの安全保障の重要性を突きつけられています。

資源エネルギー庁ではLNGの争奪戦が激しくなる中、ヨーロッパだけでなく、アジアの国々の動きにも危機感を強めていました。こうした中、2022年6月中旬、早田豪課長がカタールを訪れました。

カタールでは、多くの国々が資源外交を繰り広げているという情報が入っていました。

資源エネルギー庁・早田課長「ドイツ、イタリア、中国、韓国も、みんなカタールのLNGを獲得するべく、こっちに交渉に来ているわけですけども、われわれ日本としてもそこは負けられない」

もともと日本企業は、カタールと親密な関係を築き、25年にわたる長期契約でLNGを輸入してきました。しかし脱炭素が進み、長期的には需要が減るとの見通しもある中で、取引の条件が厳しいこともあり、去年暮れ、大型の契約を更新しませんでした。

再び契約してもらうには、国が前面に出るしかない。早田課長が向かったのは、カタール最大の国営エネルギー企業でした。

1時間に及ぶ交渉。日本政府として、さまざまな経済協力や支援も打診し、契約の可能性を探りました。「対話の用意はある」として交渉は継続。しかし、厳しい言葉も投げかけられました。

資源エネルギー庁・早田課長「何故に、長期契約を結ばなかったのか。やっぱりまだ納得されていないという感じでした。世界的な争奪戦のなかで、カタールとしても、しっかりLNGを世界に売っていくというなかで、日本だけ特別扱いするわけにはいかないということだと思う」

<サハリン2 日本に衝撃が>

2022年7月1日、ロシアのLNGをめぐって、日本に衝撃が走りました。

萩生田 経済産業相「大統領令の影響による日本企業の権益の扱いや、LNG輸入への影響については、現在精査中であります」

日本の商社やロシア企業などが共同で出資するLNG調達の拠点「サハリン2」。プーチン大統領は突如、事業主体をロシア企業に変更するよう命じる大統領令に署名しました。

サハリン2からの調達は、日本のLNGの輸入量のおよそ8%。仮に日本の商社が権益を失い、LNGの輸入が止まることになれば、今後、電力不足が一段と深刻になるおそれも出てきます。

資源エネルギー庁・早田課長「大変驚きました。まず率直に驚きました。ここまで直接的にエネルギーというものが、国際政治の駆け引きというか、ある意味、武器として使われる」

日本の商社が20年近くかけて生産にこぎ着けたサハリン2。エネルギー安全保障上の重要な役割を担ってきました。

1970年代のオイルショックでは、日本が石油の調達先を中東に依存していた弱点が露呈。そこで進めてきたのが、石油やLNGの調達先の多角化でした。日本は1969年にアラスカからLNGを初めて輸入。オイルショック以降、増やしていったのが、地理的に近い東南アジアやオーストラリアなど。90年代後半にはカタールに調達先を広げます。そして2009年、さらなる多角化のために日本が輸入を始めたのが、サハリン2でした。最近になってアメリカからの輸入が増えており、現在は10か国あまり。調達先を分散することで、安全保障上のリスクを軽減できていると考えてきました。

資源エネルギー庁・早田課長「われわれのエネルギーセキュリティの肝は、供給先の多角化。いろんな地域からエネルギーを供給してくることで、リスクを分散してきましたが、LNGなんかはまさにそれを一番やってきた。わずか9%を依存している1つの地域がこうなることで、電力需給も含めてこんな事態に陥るとは、非常に私たちとしてもじくじたる思いです」

日本は引き続き権益の維持を目指す方針です。しかし、さらなる安定的な調達先の確保のため、海外企業との個別の交渉を始めました。他の国に手の内を明かしたくないと、どこの国の企業と交渉しているか伝えないことを条件に、取材が許されました。

資源エネルギー庁・早田課長「もしサハリン2からのエネルギー供給がなくなると、スポット価格もさらに高騰し、サハリン2からのLNGの代替を確保することがほとんど不可能になります。LNG供給が突然途絶えるようなリスクは、まだ続くと思われます。この観点から御社のプロジェクトは日本にとって非常に重要です」

今回のエネルギーショックは、日本が海外に依存するLNGをどう安定的に確保するのかという、長年の課題を改めて突きつけているのです。

<ピューリッツァー賞受賞者 ダニエル・ヤーギン氏に聞く>

河野キャスター「私は、かつてイランに駐在していたことがあり、『エネルギー』が国際情勢を大きく左右する場面を何度も目にしてきました。今回の危機の特徴はどこにあるのか。ピューリッツァー賞受賞者で、エネルギー問題の世界的な権威、ダニエル・ヤーギン氏に聞きました。

ダニエル・ヤーギン氏「今回の戦争は、グローバルなエネルギー市場を崩壊させました。以前存在していた市場は分解されてしまったのです。2022年2月24日に、ロシアがウクライナに侵攻する前に存在していた、エネルギーや金融のグローバルな流れはなくなってしまいました」

河野キャスター「プーチン大統領の、戦争に勝つためのエネルギー戦略をどう見ていますか?」

ダニエル・ヤーギン氏「いま戦争の2つ目の戦線が開かれています。ウクライナでの戦線に加えて、ヨーロッパでのエネルギー戦線が生まれています。経済的苦難を与えて物価を上昇させ、政治的論争を巻き起こして緊張を高めるのです」

河野キャスター「今回のロシアの侵攻が、日本にどのような課題を突きつけていると思いますか?」

ダニエル・ヤーギン氏「日本の高度経済成長は、安い石油によって実現し、1970年代のオイルショックは、海外のエネルギーに依存している構造をあらわにしました。現在のエネルギーショックでも、これらの教訓が改めて問われています。日本が今後の戦略を考える際には、エネルギー安全保障を再び優先的に考える時代になったのです」

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