混迷の世紀 第7回 灼(しゃく)熱地球の恐怖 〜ウクライナ侵攻 もう一つの危機〜

NHK
2023年3月20日 午後6:30 公開

(2023年2月5日の放送内容を基にしています)

<ウクライナ侵攻が突きつけた 脱炭素ジレンマ>

2022年11月、ロシアによるウクライナ侵攻がもたらした影響について、衝撃的な報告書が発表されました。軍事侵攻に伴って、大量の温室効果ガスが排出。オランダ1国分に相当するというのです。

弾薬や燃料の大量消費。建物や森林の火災。そして、破壊されたインフラの再建などに、二酸化炭素およそ1億トン分が排出されると試算されました。

終わりの見えない軍事侵攻は、地球温暖化に思わぬ形で暗い影を落としていました。

シリーズ混迷の世紀 第7回は、ウクライナ侵攻がもたらした、温暖化対策のジレンマに迫ります。

脱炭素に向けて段階的な削減を目指してきた化石燃料、石炭。しかし、いま、世界各国で大量に消費されるようになっています。背景にあるのは、エネルギー危機。ロシアからの天然ガスの供給が激減し、世界が再び頼るようになったのです。

世界の原子力政策にも影響が及んでいます。福島の原発事故後、原子力への依存度を下げていた国々が、原発へ回帰しているのです。しかし、ウクライナ侵攻は原発が攻撃対象になるという、新たなリスクも浮き彫りにしました。

この間も、世界では気象災害が相次ぎ、甚大な被害が出続けています。

国連/グテーレス事務総長「気候変動は取り返しのつかない臨界点へ近づいている。人類は協力するか、滅亡するかだ」

国際社会は「灼熱地球」への道を回避できるのか。

ウクライナ侵攻後の温暖化対策の行方を探ります。

<ウクライナ侵攻で揺らいだ脱炭素への機運>

河野憲治キャスター「ロシアによるウクライナ侵攻が始まってまもなく1年。深まる分断や対立は、国際社会が抱える様々な問題の解決を、さらに難しいものにしています。なかでも長期的に最も深刻な危機となりかねないのが地球温暖化です。温暖化対策は、東西冷戦の終結後、人類共通の課題として、国連が中心となって議論を進めてきました。いま、ロシアによる軍事侵攻という目の前の危機に対応しながら、将来の危機・温暖化に同時に向き合うという難題が、私たちに突きつけられています。軍事侵攻によって大きく揺らいだ脱炭素の動き。まずはその最前線の現場を見ていきます」

<石炭特需 背景に欧州の“掌返し”>

アフリカ大陸最南端、南アフリカ共和国。青空の下に、真っ黒な大地が姿を現します。地平線が続く、広大な草原を切り開いてつくられた鉱山。従業員300人が、24時間体制で生産を続けていました。2022年、掘り出された石炭は240万トン。過去最高の生産量を記録しました。

これまでアジアの国々に輸出されてきましたが、2022年、その行き先がヨーロッパに変わったといいます。

カニエ鉱山/経営幹部「ドイツも、フランスも、スペインも、イタリアもわれわれの石炭を買っています。以前は『石炭は汚い、悪い、使うな』と言われました。石炭を使わないなら、ほかに何があるでしょうか。答えられないなら、石炭はなくならないでしょう」

ヨーロッパで石炭の需要が拡大した理由は、ロシアから供給される天然ガスの激減です。エネルギー危機に陥り、夏以降、ガス代や電気代が高騰。生活に深刻な影響が出ているのです。

ドイツ/ベルリン市民「高すぎます。本当に余裕がありません。とにかく値段を下げてほしいです」

ヨーロッパのリーダーたちはこれまで一貫して、化石燃料の削減を世界に訴えてきました。

EU/フォンデアライエン委員長「“排出量ゼロ”に向かって、今こそ行動を加速する義務があります」(2021年11月)

しかし、脱炭素に向けて停止していた石炭火力発電所を、相次いで再稼働。化石燃料削減の旗は降ろさないとしながらも、石炭で目の前の危機に対処したのです。

世界の石炭生産量は、2022年、80億トンを超え、過去最高を更新したとみられています。2022年の二酸化炭素の排出量は、コロナ禍からリバウンドした2021年を上回り、これまでで最も多くなる見通しです。

さらにドイツでは、国内の炭鉱を拡張する計画が進み、環境保護団体と警察が衝突する事態も起きています。

エネルギー危機の現実を前に、脱炭素への歩みは、逆風にさらされています。

<原子力回帰>

ウクライナ侵攻は、世界のエネルギー政策をさらに大きく変えようとしています。

エネルギー危機への対応と、脱炭素を両立させるため、各国が原発を活用する動きを見せているのです。

東京電力福島第一原発の事故後、脱原発を進めてきたドイツ。2022年12月末に停止する予定だった発電所を、4月まで稼働できるよう、法律を改正しました。イギリスは2022年4月に最大8基、新設する計画を発表。日本も、原発事故後にとってきた政策の方向性を大きく転換し、原子力発電を最大限活用する方針を打ち出しています。

ロシアの軍事侵攻をきっかけに、これまでの原子力政策をさらに推し進めようとしているのが、フランスです。国内最大規模のこの原発は、福島の事故のあと、安全性を高めてきたとアピールしています。発電時に二酸化炭素を出さないとして、脱炭素を進める上でも、重要な電源になると訴えています。

フランスでは、政府が最大14基を新設する計画を推進。ウクライナ侵攻後、国民の世論も変化し、原発支持がさらに広がっています。

原子力活用の動きに拍車をかけたのが、EU・ヨーロッパ連合の議会の決定です。

2022年1月からEUでは、原子力を温暖化対策に貢献するエネルギーとして認めるかどうか、大きな論争が繰り広げられてきました。認められれば、原発への投資が促されることになります。

放射性廃棄物などの課題を抱える原子力に、EUとしてのお墨付きを与えて良いのか。

反対派議員「私たちは、福島やチョルノービリ(チェルノブイリ)の事故を経験した。放射性廃棄物の解決策がないのに、将来どうしようというのか」

一時は反対派が賛成派を上回るとみられていました。しかし、2022年6月、ロシアからの天然ガスの供給が激減すると、エネルギー不足の危機感から、原子力への支持が広がっていったのです。

採決の結果、反対派の主張は退けられ、一定の条件のもと、原子力を温暖化対策に貢献する投資対象とすることが決まりました。

賛成派(フランス)/グルードラー議員「EUには原子力を信頼する国が15もあります。私たちは、原子力への投資を続けるでしょう。この決定はフランスやヨーロッパだけでなく、世界にとっても朗報です」

しかし、放射性廃棄物という、根本的な課題を残したまま、活用が進むことに反発が強まっています。

フランス北西部のラアーグ。街には、世界最大の再処理工場があり、およそ1万トンの使用済み核燃料が保管されています。ウクライナ侵攻は周辺住民の間に、新たな懸念も生んでいます。

周辺住民/ギィ・バステルさん「ロシアが原発を人質にとるなんて。戦争では何が起こってもおかしくありません」

2022年3月、ウクライナのザポリージャ原発がロシア軍に攻撃され、占拠されました。住民は原子力関連施設のリスクを、あらためて痛感したといいます。

周辺住民/ギィ・バステルさん「多くの人が、ヨウ素剤を入手しようと薬局に向かいました。ここでも、いつか何かが起こるかもしれないと、危機感を抱いたのです。原発を推進するべきではないと思います」

エネルギー危機と脱炭素に、同時に対処することを余儀なくされているヨーロッパ。課題を抱えたまま、原子力への依存度を深めようとしています。

<北極圏の温暖化研究 難航する現地調査>

ロシアによる軍事侵攻は、温暖化の研究にも、思わぬ形で影響を及ぼしています。温暖化対策に不可欠な調査が、出来なくなっているのです。

アラスカ大学の研究助教、岩花剛さんの研究対象は、北極圏の中でも、特にロシアに広く分布する永久凍土。その中には、二酸化炭素の28倍もの温室効果を持つ、メタンが含まれています。

永久凍土内にあるとみられる炭素は、大気中に存在する量のおよそ2倍。温暖化によって凍土が溶け、メタンが大量に放出されれば、気温上昇がさらに加速する恐れがあるのです。

アラスカ大学/岩花剛 研究助教「北極を中心に見ると、まんべんなく永久凍土があるわけではなく、主にロシアのシベリアに分布しています。永久凍土が融解することによる、温暖化への影響を評価するにあたって、ロシア抜きで影響を評価することはできません」

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、現地調査によるデータ収集ができなくなりました。

侵攻が始まって4日後に、フランスの研究者から送られてきたメール。ロシアで予定していた共同調査が、中止になったと告げられたのです。

アラスカ大学/岩花剛 研究助教「公式な研究禁止令が出ているわけではなくて、おそらく『安全上、ロシアに渡航するのはやめましょう』という圧力がかかっているような感じでした」

岩花さんの同僚には、ロシア人の研究者もいます。30年前からアメリカで研究している、イーゴリ・ポリヤコフ教授は、ここまでの研究の停滞は、冷戦時代にもなかったといいます。

イーゴリ・ポリヤコフ教授「ロシアとアメリカの研究者は、冷戦時代でも関係を持っていました。連携はむしろ奨励されていたのです。私の友人であるロシアの優秀な科学者たちと、共同研究ができなくなることは、悲劇そのものです」

アラスカ大学/岩花剛 研究助教「不完全な情報をもとにした将来予測、あるいは、その情報をもとにした将来の適応策が、本当に正しいものか。地球全体のすべての国にとって、大きな不安定要素を抱えていることになってしまいます」

<戦争と温暖化と“負のスパイラル”>

ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の脱炭素にどのような影響を及ぼしていくのか。

地球温暖化研究の権威、ヨハン・ロックストローム氏です。ロックストローム氏は、世界の脱炭素を巡る状況が、負のスパイラルに陥ろうとしていると警告します。

ポツダム気候影響研究所/ヨハン・ロックストローム所長「今回、戦争と経済の危機が起きたことで、リーダーたちは、ほかの危機対応に一時停止ボタンを押してしまいました。そのことで気候変動対策が停滞していますが、『温暖化を一時停止してほしい』と地球に頼むことはできません」

ポツダム気候影響研究所/ヨハン・ロックストローム所長「温暖化が進めば食料不足などから、社会は不安定になり、経済は悪化します。その結果、さらに気候変動対策が停滞します。これが負のスパイラルのリスクなのです」

いま、国際社会が目指す脱炭素の実現は、危機的な状況になっています。

ウクライナ侵攻前の2021年に合意されたのは、産業革命前からの気温の上昇を、1.5℃に抑える努力を追求することでした。そのためには、温室効果ガスの排出を速やかに減少へと向かわせ、2030年に半減、2050年に実質ゼロ、つまり脱炭素することが求められています。

しかし、ロシアによる軍事侵攻以降の温暖化対策の停滞は、1.5℃の目標達成を、さらに難しくしています。

ポツダム気候影響研究所/ヨハン・ロックストローム所長「1.5℃を超えると、グリーンランドや西南極の氷が失われ、海面が10メートル上昇するリスクがあります。それは500年後とも言われていますが、元には戻せないでしょう。私たちは後戻りできないボタンを押そうとしています。残念ながら私たちは、そういう地球を未来の世代に渡そうとしているのです」

河野キャスター「今回のエネルギー危機によって、温暖化対策のリーダーだったヨーロッパの国々は、態度を一変させました。その姿は皮肉にも映ります。そして、平和を前提に成り立ってきた自由貿易体制が揺らぎ、資源を一国に依存することのリスクが浮き彫りになっています。このリスクは、脱炭素を進める上での本命とされてきた“再生可能エネルギー”にも暗い影を落としています」    

<再エネの中国依存リスク>

ウクライナ侵攻が停滞させた、世界の温暖化対策。

その中であらためて導入が急がれているのが、太陽光や風力などの再生可能エネルギーです。

世界全体の発電量に占める、再生可能エネルギーのシェア。IEA=国際エネルギー機関は、2027年には10ポイント上昇し、電源別のトップになっていると予測しています。

一方でIEAは、あるリスクにも警鐘を鳴らしています。それは中国への依存です。

中国は、世界の太陽光パネルの全製造段階のシェア80%以上を占め、一極集中に陥っていると指摘したのです。さらに風力発電のモーターなどに使われる鉱物資源の生産量の多くも、中国が握っています。

鉱物資源は、採掘や精製の過程で水質汚染などが伴うため、環境規制が比較的緩いとされてきた中国に世界は頼ってきました。

再生可能エネルギーの中国依存は、天然ガスのロシア依存と同様の危機をもたらすのではないか。

欧米は重要物資の脱中国を加速させています。

アメリカ/イエレン財務長官「ロシアが貿易を武器にして、地政学的な圧力をかけたため、われわれは大きな代償を払った。中国に対して同様の脆弱(ぜいじゃく)性を軽減しなければならない」

しかし、脱中国を実現するのは、容易ではありません。

政府の支援のもと、鉱物資源国産化の計画が進められているアメリカ西部のアイダホ州。現在、中国とロシアが生産量の大半を占めている、レアメタルの一種、アンチモンが大量に埋蔵されています。中国依存を解消するために、早ければ4年後に、ここでアンチモンの生産を始める計画です。

しかし、企業と政府が開いた説明会では、一部の住民から懸念の声が上がっていました。採掘計画の見直しを求めている、地元の環境保護団体が計画に反対する理由は、採掘場の側を流れる河川にありました。

この川は、アメリカで個体数の減少が問題となっている、サーモンの貴重な生息地。採掘によって、水質などが変化すれば、生態系が脅かされる可能性があると、専門家は指摘しています。

アイダホ・リバー・ユナイテッド(環境保護団体)/ニック・ネルソンさん「私たちが働きかけることで、計画がストップする可能性はまだ残されていると思います」

アンチモンの採掘企業は、地域の懸念を払拭するために、多くのコストと時間をかける必要があると言います。簡単には脱中国は進みません。

採掘企業 副社長「鉱物があっても、地域からの支持がなければ、計画を進めることは難しく、支持を得るにはとても時間がかかります。私たちは鉱物資源の他国への依存を、長く続け過ぎたのです」

2027年には、世界全体の発電量の4割近くになるとみられる再生可能エネルギー。新たな課題が突きつけられています。

<南北問題による気候変動対策の停滞>

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、浮き彫りになった脱炭素の課題。国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、気候変動問題を地政学の視点で読み解いてきました。ブレマー氏は、先進国と途上国との分断こそが、温暖化対策にとっての大きな障壁だと指摘します。

国際政治学者/イアン・ブレマー氏「途上国の多くは、もう何十年も先進国の対応に怒りを募らせています」

温暖化対策に国際社会が乗り出した1990年代から、分断は変わらぬ課題でした。途上国は、先進国が引き起こした温暖化によって、多くの犠牲が出ていると主張。しかし、先進国は十分には応じてきませんでした。

2022年に開かれた気候変動対策の国際会議COP27でも、両者は激しく対立。排出量の削減について、大きな前進はありませんでした。

パキスタン/レーマン気候変動相「地球が燃え尽きようとしているが、私たちに(温暖化の)責任はない。パキスタンは世界の排出量の1%に満たない」

一方で今回の軍事侵攻で、欧米を中心とする先進国は、ウクライナに兵器を供与するなど、手厚い支援を行いました。支援に差をつける先進国の姿勢に、途上国はあらためて不信感を抱いたのだと、ブレマー氏は言います。

河野キャスター「COP27では、先進国と途上国の溝が明らかになりました。ウクライナ侵攻はこの分断に、どう影響しているのでしょうか」

国際政治学者/イアン・ブレマー氏「2022年は、ウクライナ危機が欧米にとって最優先事項でした。もしあなたが途上国の国民で、気候変動や国際紛争について支援を求めたとしても、欧米からウクライナと同じレベルの支援は全く得られないでしょう。『なぜ自分たちは軽視されているのか』、途上国の人々は知りたがっています。たとえばパキスタンは、国土の3分の1が浸水しました。なぜ先進国はそうした国よりも、ウクライナを気にかけるのでしょうか。明確な答えはありません。しかし、それは欧米と途上国の分断をより大きくしています」

河野キャスター「ブレマー氏が指摘したのは、ウクライナ侵攻をめぐる先進国の対応を目の当たりにした途上国が、不信感を高め、分断がますます深まっているという現実です。そしてそれこそが、脱炭素を進めていく上で大きな障壁になっています。国際社会は分断を乗り越え、地球温暖化という脅威に、どう対応しようとしているのでしょうか」

<先進国による新たな途上国支援 しかし歪みも・・・>

空前の石炭ブームに沸く南アフリカ。輸出するだけでなく、国内の8割以上の電力を石炭で生み出しています。

一方、脱炭素を進めるため、欧米諸国がここで新たな試みを始めています。

総額85億ドルの資金援助で、太陽光発電所などを建設し、石炭火力発電から脱却していく取り組みです。さらに計画では、仕事を失う石炭関連の労働者には再教育を行い、新たな雇用をつくるとされています。

現地にはフランスのエネルギー企業が進出。大規模な太陽光発電所を建設し、水素を生産することで、およそ140万人に電力を供給しようとしています。

しかし欧米の計画は、想定通りには進んでいません。急速に進んだ石炭火力発電所の閉鎖に、新たな雇用の確保が追いつかず、失業者があふれる地域も出始めています。

発電所周辺の住民「発電所の閉鎖で、すべてが無くなりました。この町はゴーストタウンのようになるでしょう」

火力発電所で機械の保守を担っていた男性。次の仕事は用意されず、3か月近く収入がありません。

タート・ムロッツワさん「お金がないので食べ物にも困っているんです。10人家族のなかで、私が唯一の稼ぎ手だった。変化があまりにも急で、備えることすらできませんでした」

南アフリカで脱炭素を進める政府の委員会は、計画が実効性を持つように、先進国は継続的に支援して欲しいと主張しています。

南アフリカ大統領府 気候委員会/クリスピアン・オルバー事務局長「温暖化はそれぞれの国がバラバラではなく、地球規模で解決していく必要があります。国際的なパートナーの貢献が不可欠で、先進国のサポートが重要です」

<日本が主導 新たな国際協力の行方は>

先進国と途上国の分断を乗り越えようと、COP27でも模索が続いていました。その中で、日本も独自に動き出しています。環境省の交渉官、小圷(こあくつ)一久さんです。

排出削減を進めていくための、新たな国際協力の仕組みをつくろうとしていました。

それが“排出量取引”です。途上国が、先進国から資金や技術の提供を受け、自国で排出される温室効果ガスを削減。先進国は、途上国で削減した排出量の一部を、自国の削減分としてカウントできます。

日本は25か国との間で、独自に排出量取引を行っていて、10年前からノウハウを蓄積してきました。今回、日本はその経験を元に、新たな枠組みを作り、より多くの国が取引することを促そうとしています。こうした取引が世界中で活発になれば、将来的に世界の排出量の3割を削減できるという、専門家の試算もあります。

環境省 国際企画官/小圷一久さん「もちろん自国で、さらなる削減をしていく必要があるわけですが、さらに足りない部分を、どうやって埋めていくか。国際的な協力を通じた、さらなる削減が可能になる」

COP27では、50の国や研究機関などが、枠組みに参加することを目標としていました。

一方、日本の温暖化対策には、厳しい視線も向けられています。会場では、化石燃料に多額の公的資金を投じるなど、間違った方向に進んでいるとして、環境NGOから「化石賞」に選ばれました。排出量取引の前に、国内の化石燃料への依存を減らすべき、という批判も受けています。

活動家の男性「排出量取引はビジネスです。本当の解決策にはなりません」

記者「必ずしも排出量の削減につながらないと、積極的に評価しない声もあるが?」

西村環境相「さまざまな懸念の声は真摯に受け止めながら、実効性があるものを各国と連携しながらつくりあげていきたい。それこそが世界の脱炭素化につながっていくと思う」

さらに、参加国を増やすうえでも課題がありました。中国が参加するかどうかです。

中国は130あまりの途上国と歩調を合わせ、「排出削減の責任は先進国にある」と訴え続けています。途上国に影響力があり、排出量が世界最大の中国が参加すれば、実効性が高まるとみられていました。

10日間の交渉の結果、目標を上回る64の国と機関が、新たな枠組みへの参加を表明。排出量世界3位のインドも参加を決めました。一方、中国は研究機関を通じて、協議を続けるとしながらも、政府としての参加は見送りました。

地球という、いわば同じ船に乗る世界の国々。分断を克服する模索が続いています。

<知の巨人たちの提言>

ウクライナ侵攻後の国際社会で、私たちはどのように脱炭素を進めていけばいいのか。

国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、「共感」がキーワードになると指摘します。

国際政治学者/イアン・ブレマー氏「先進国のリーダーは、途上国の人々を対等には扱っていません。同じ世界秩序の中でともに生きている、という感覚が乏しいのです。技術や資金の提供だけでなく、途上国の問題に関わろうとする意欲、そして共感を持って人々の話をじっくり聞くべきなのです。なぜ一緒に行動できないのか、途上国の訴えに、耳を傾けなければなりません」

環境学者のヨハン・ロックストローム氏。あらためて原点を確認すべきだと語りました。

ポツダム気候影響研究所/ヨハン・ロックストローム所長「気候変動はもはや、環境問題にとどまりません。経済、安全保障、移民、平和に影響しています。その前提で議論を行うべきです。そうしなければ、政治は耳を傾けず、経済も真剣に受け止めません。世界は地球を抜きにして、存続することはできないのです」

<戦時下の温暖化対策 解決の道筋は・・・>

まもなく軍事侵攻から1年。いまも戦闘で多くの命が奪われ続ける一方で、大量の温室効果ガスも排出されています。

COP27/ウクライナ代表団メンバー「戦争を終わらせ、脱炭素の未来を考えなければなりません。戦争や勝利についてだけでなく、子どもたちの未来を考える必要があるのです」

“戦争”という目の前の危機。

そして温暖化という将来に迫り来る危機。

ジレンマを抱える国際社会は、この2つの危機を解決する道を歩んでいけるのか。

たとえその道が狭く険しくとも、私たちは地球の未来のために探り当てなければならないのです。