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パンデミック 激動の世界 (12) 検証“医療先進国”(後編)①

NHK
2021年6月30日 午後2:40 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

(2021年6月27日の放送内容を基にしています)

<“医療大国”危機の深層>

新型コロナウイルスが、国内で初めて確認されて500日あまり。病床のひっ迫が繰り返され、入院できないまま命を落とす人が相次いできました。病院・病床ともにOECD加盟国の中で、最も多い“医療大国”日本。

しかし、新型コロナのために確保できている病床は、わずか4%。ひっ迫を繰り返してきました。病床確保に奔走してきた自治体は、この1年、厳しい現実に直面してきました。

戦後、誰もが日常的に利用できる医療体制をめざしてきた日本。病院や病床が増え続けた一方、結果として、医師や看護師などの医療資源は分散。パンデミックに、速やかに対応できる体制ではなかったのです。

開催が迫る東京オリンピック・パラリンピック。夏の行楽シーズンを迎え、活発化する人の移動。さらに、新たな変異ウイルスの広がり。日本の医療は、危機を脱することができるのか。そしてその先に、どんな医療の未来を目指すべきなのでしょうか。

<病床対策の先進地・神奈川県が直面した“壁”>

ことし1月、第3波のさなかに9人の入所者が感染した神奈川県内の介護施設です。病院に受け入れを断られた2人が命を落としました。

特養施設長「とにかく異常事態ですよね。ひとつの施設に救急車が3台いて、しかも数時間経ってもどの1台も出発しない、搬送先が決まらない。とにかくもうこれは大変なことが起きているなっていう思いでしたね。もっと早くに入院できたら救えた命だったんだろうなって、今でも思います」

いつもは入所者を受け入れてくれていたかかりつけの病院にも、入院を断られたといいます。

その病院の理事長は、今も無念の思いを抱いています。

かかりつけ病院理事長「本来は自分たちもどうにかしてあげたい。でも現状どうにもならない。情けない気持ちもありますしね。本当に何とも言えない気持ちです。率直に言えば、申し訳ないっていうのはありますよね」

新型コロナウイルスの確認から1年以上が経つにもかかわらず、なぜ危機は繰り返されるのか。

いま、日本の一般病床と感染症病床はおよそ89万床。主要先進国の中でも、これだけの病床を持つ国はほかにありません。しかし現在、新型コロナの病床として確保できているのは、3万5千床あまり。わずか4%です。神奈川県でも、確保できているのは1790床で、およそ4%にとどまっています。

私たちは、病床の確保に力を入れてきた神奈川県を舞台に、その根本的な原因を掘り下げていくことにしました。病床の確保を担う県の医療危機対策本部室。その指揮を執る阿南英明(あなん・ひであき)統括官です。長年、医師として、救命救急の最前線に立ってきた阿南さん。毎日感染状況を注視し、病床ひっ迫への警戒を続けています。病床の確保が進まないのは、日本の医療の現実を反映していると阿南さんは感じています。

阿南統括官「大半は協力なんかしたくないです。コロナ無関係で行きたい。病院は決して一枚岩ではない。こういう世界の中で1床、2床をどうやって捻出するかということは大変な闘いなんです。医療者が全員みんなが即理解をして、コロナ患者受け入れの必要性に応じて対応するとか、そんな甘い世界じゃない」

<なぜ病院はコロナ患者を受け入れない?>

神奈川県内にある病院のうち新型コロナの患者を受け入れていないのは、およそ8割。そこにはどんな事情があるのか。横浜市の病院が取材に応じました。

162の病床を持つ大口東総合病院。理事長の新納憲司(にいのう・けんじ)さんは、横浜市病院協会の会長を務めています。ここは、中小病院に当たりますが、12の診療科を設けています。それぞれの専門の医師が、地域の人たちのニーズにこたえてきました。

新型コロナの患者の受け入れを検討したこともありますが、踏み切れなかったといいます。

大越キャスター「いろいろ取材していると、医療の提供が受けられなくて死に至るケースも我々は目にしています。なんとかそういう患者さんを診ることは、必要ではなかったでしょうか」

大口東総合病院・新納理事長「コロナの治療をやってくださる先生方には、本当に申し訳ないと僕は思っています。ですけども、うちの病院では呼吸器の専門家がいない。そういう呼吸器の機材もないわけです。ちょっと無理だなと。ただベッドに入れりゃあいいってもんではない。ベッドっていうのは医療がくっついてるのがベッドであって、患者を受け入れて“医療”ができなかったら何の意味もないじゃないですか」

呼吸器の専門医がいないこの病院。1年あまり新型コロナへの対応に切り替えてこなかったのは、これまで提供してきた医療を守るためだといいます。周辺には、20以上の病院があるため、差別化を図ってきました。

内科や外科だけでなく眼科や泌尿器科などにも力を入れ、地域で実績を積み上げてきました。評判の良い医師を確保し、最新の医療機器を購入するなど集中的な投資を行い、県外からも患者がやってくるといいます。新型コロナ対応に切り替えるよりも、従来の医療を維持することが、患者のためになるという判断でした。そして風評被害への懸念も受け入れに踏み切れなかった理由だといいます。

新納理事長「地域の目は、受け入れてほしくないのが現状ですね。自分たちがかかるのに、その病院にコロナの患者さんがいっぱいいたら、うつるんじゃないか、自分たちがうつるのではないかと。もし先生のところでコロナ患者さんを診るなら、私は来ないよという患者さんもいましたね」

新納理事長「やれる病院はしっかりやってもらって、そのバックを我々がしっかり守っていけばいいかなと思っています。病気はコロナだけが病気じゃありません。地域の病院、地域医療をしっかり守っていかなければいけない。そっちに力を注いだほうがいいのではないかと決心したわけです」

多くの病院が新型コロナの患者を受け入れないもう1つの理由。それは、看護師などの人手の問題です。199の病床を持つ、たま日吉台病院。連日、高齢者が新型コロナ以外の疾患で運び込まれてきます。入院する人の大半は、高度な治療を必要としない患者です。看護師の数は、国の基準に従い、患者10人に対して1人を配置しています。

一方で、新型コロナの場合、重症の患者1人に対して1人以上の看護師が必要だとされています。

たま日吉台病院・鈴木敏夫院長「コロナの患者さんを受け入れた場合、コロナの患者さんにもすごい看護師さんの手がかかりますよね。そうすると残りの患者さんにも手がかかるということで、おそらくちょっと手が足りなくなってきてしまうと。病院といえば、全部一緒のように見られてる方が多いと思いますけど、やはりそれは大学病院、総合病院と当院のような病院では全然違いますよ」

しかし、ことし1月、この病院は限られた人手で、急きょ新型コロナへの対応を迫られました。3人の入院患者が、新型コロナに感染。ほかの病院への転院も断られ、自分たちで対応せざるを得なくなったのです。

病室の入り口をシートでふさぎ、陰圧装置も取りつけ、何とか感染拡大を防ぎました。看護師は通常の体制を変更し、3人の感染者に対して6人が専属で対応。救急外来や新規の入院をすべて止めるなど通常の医療は維持できなくなりました。

感染した患者の2人は亡くなりました。

この1年、国は新型コロナの病床を増やすために医療機関への財政支援を打ち出してきました。しかし、通常の医療を守るという判断や人手の問題などから、病床の確保は感染拡大のスピードに追いついてこなかったのです。

<日本の医療政策の歴史 構造的な課題とは>

病床の確保が進まない背景には、日本の医療のある構造的な特徴があります。全国の医療機関を規模別にみてみます。多くを占めるのは、これまで見てきたような200床未満の中小の医療機関です。そのうちおよそ8割が、新型コロナの患者を受け入れていないのです。

この状況を生んだのは、戦後日本の医療政策を転換できなかったことだと指摘する人がいます。長年、医療行政に携わってきた元官僚の中村秀一(なかむら・しゅういち)さんです。

厚生労働省・元局長・中村秀一さん「国際的に比較すると病院としては小規模でなかなか力が発揮しにくい。そういう日本の医療の日ごろ抱えている問題点が今回のコロナ禍で明らかになったということだと思います」

現在の医療体制の土台が築かれたのは60年前。

国は「国民皆保険」を開始。誰もが等しく医療を受けられる医療体制を目指しました。そのために打ち出したのが「医師の開業の自由」。これによって、全国各地で医師が診療所を開業。高度経済成長を背景に中小規模の民間病院へと発展していきました。病院の増加に伴い、病床の数も急増。1970年までに100万床を突破しました。

高齢化が進むにつれて、病院は福祉的な役割も担うようになっていきました。特に増えたのが、寝たきりの高齢者などが利用する療養型の病床です。

一般病床にこれらの療養病床なども加えると、その数は全国で150万床。病床が多く医師や看護師が分散する日本の医療体制は、「低密度医療」とも呼ばれています。

日本の病床1つあたりの医師数は0.2人と、海外と比べてきわめて低い水準となっています。中村さんは、こうした医療体制は効率性に課題があり、危機にも対応できないとして、機能の集約を図るべきだと考えていました。しかし、十分に進められなかったといいます。

中村さん「民間病院が多くて、国なり行政の力が弱いわけです。そうすると誰も仕切れない。行政から要請することはあると思いますが、法律の権限に基づいて強制することは、基本的にはなかったと思います。病院自体、小規模の病院が多いので、そういった意味で、コロナのような患者さんを受けることが期待できない。コロナ対応の病床としては医療大国では、もともとなかったということになると思います」

民間の医療機関を中心に、医師の半数以上が加盟する日本医師会の中川俊男(なかがわ・としお)会長。これまでの新型コロナへの対応をどう捉えているのか。

大越キャスター「病床数の少ない中小の民間病院の皆さんにとって、なかなか新型コロナウイルスの患者さんを受け入れるハードルも高かったのではないかと思います。その事情は理解しつつも、民間の病院の皆さんも取り組んでいたら、より、結果はよかったのではないかという指摘もありますが」

中川会長「世界でもっとも評価が高い医療の日本において、守らなければならないことがあります。それは、どんな新興感染症が襲来しても、その医療と、それ以外の通常の医療が絶対に両立していなければならない。民間もすべて含めて地域で面として戦っているんだと、頑張っているんだとご理解いただきたいと思います」

<重症病床も… なぜ確保が進まない>

新型コロナの病床確保を担ってきた、神奈川県医療危機対策本部室の阿南英明統括官。全国的に変異ウイルスによる感染が広がっていた4月下旬、さらなる課題に直面していました。重症者用の病床の確保です。一般の病床以上に困難を極めていました。

阿南統括官「特に重症患者さんを診る“ICU”は本当に厳しくて、決して余裕がある病床じゃないんですね。しかも重症を診られる病院っていうのも、本当に全体の病院の中のごく一部の病院しかないので、その限られた病院で、限られた病床で普段から運用しているところにコロナが入り込んでいるので、ほかの医療を潰さないようにするためには、本当にギリギリの交渉をしなければいけないので」

重症者の病床に使われるのは、主に集中治療室ICUです。ICUの数は、国内に7000床あまり。一般病床など89万床のうち、わずか0.8%です。ほかの疾患の重症患者の治療にも不可欠なため、新型コロナにまわせるベッドは限られています。

こうした中、神奈川県内で新たにICUを稼働させようと模索していた病院がありました。

新型コロナの中等症患者を受け入れている川崎市の民間病院。ICUを備える救命救急センターを開設するために、去年、感染症にも対応できる個室の病床を増設。人工呼吸器に加え、人工心肺装置・ECMOも導入しました。ことし4月の運用開始をめざしてきましたが、まだ稼働していません。

救命救急センターを稼働させるためには地域の医療機関や行政が参加する会議で合意を得ることが必要です。その合意が得られないのです。

なぜ合意に時間がかかるのか。その背景には、「地域医療構想」という国が掲げる大方針があるといいます。将来必要になる病床を地域ごとに推計し、過剰であれば減らすなど、適正な病床数に近づけるよう国は医療関係者や自治体に議論をうながしてきました。

川崎市の医療行政を統括する、坂元昇(さかもと・のぼる)医務監は、「地域医療構想」に基づいて各地で進められている会議では、病床の効率化が中心的な議題だったといいます。

坂元医務監「長年、地域医療構想の『いいか、病床を増やすと大変なことになるんだぞ』という、この考え。あれは病床『削減』会議ですから。地方の私がいうと怒られるかも知れませんが、たぶんみんな思っていると思います。ある病床を減らさなければ病院が共倒れになるから、お互いに減らしましょう。端的にいえばそういう議論です」

これまで地域医療構想の中では、ICUなどの高度な医療を行う病床について、2025年までに400床あまり減らす方針が示されてきました。

感染症の全国的なまん延については想定されていませんでした。パンデミックの前から進められてきた病床を減らす議論の中で、その方向性を変えることは容易ではないといいます。

坂元医務監「今まで地域医療構想の会議の中で、コロナの重症とか、今後来るべき新興感染症のパンデミックに備えた議論がまったくなかったんです。私はこれは地域医療構想に関する大きな問題だと思います。『医療は経営だよね』みたいな考え方にみんなで乗ってきたというところが、医療の原点からはずれてしまった。我々の大きな反省点と思っているので、今後はそういう危機管理という概念からこの問題を前向きに進めていけたらと考えています」

<医療のあり方に突きつけられた根源的な問い>

感染拡大で多くの命が失われる中でも、様々な局面で機動的な対応ができず、危機が繰り返されてきた日本。病床確保が進まない根底にあったのは、医療先進国が長年抱えてきた構造的なもろさでした。

今回のパンデミックは海外の国々でも医療のあり方に根源的な問いを投げかけています。アメリカ・ニューヨーク州では、知事がすべての病院に対して、病床数を1.5倍に増やすよう指示。臨時病院も次々と設置され、有事への切り替えが大胆に行われました。

一方、アメリカの感染者数、死者数はともに世界最多(6月24日時点)となりました。平時から医療を受けるのに多額の費用がかかるため、もともと持病を抱えていた人や、症状が出ても通院を控える人が多かったためだという指摘もあります。

世界、そして日本が突きつけられた医療の構造的課題。国はどう受け止めているのか。

田村憲久厚生労働大臣「決して日本の医療が欧米に比べて劣っていたということではないと思います。規模と比べて、全く違う次元の中での対応であったということだと思います。一方で、じゃあ今より拡大していく中で、さらなる対応ができたのかできなかったのか、そのためにはどうしたらよかったか、こういう我々は反省もしなければならない」

大越キャスター「歴史的に日本の場合、自由開業医制、なかなか行政の側のグリップが医療というものに対して距離があった歴史があったと思います。どうでしょう、そこは教訓として認識されていますか」

田村厚生労働大臣「公務員ならば、ある程度いろんな指示を出せば動いていただけますが、民間の医療機関、公的な医療機関でも、それぞれの法人のもとでやっているという話になると、それぞれの設置者自体の指示をそもそも聞いていただく。その設置者の中において合意形成ができていないと、これがうまく回らないわけです。普段からそういう準備をしておくことが非常に重要だなと改めて我々は反省として感じています」

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