王者のジャンプ ~フィギュアスケート男子~

NHK
2022年2月7日 午後5:10 公開

(2022年1月30日の放送内容を基にしています)

<王者のジャンプ“4回転アクセル”で挑む五輪3連覇への道>

羽生結弦がフィギュアスケートを始めたのは、4歳の時だった。

幼少期に恩師から教わった言葉をずっと大切にし続けている。

「アクセルは王様のジャンプ」

羽生はその言葉を胸に3連覇がかかるオリンピックの舞台に立つ。

ジャンプの中で唯一前向きに踏み切るため、最も難度が高いとされるアクセル。空中で4回転半。羽生が挑むのはフィギュアスケートの歴史上、試合で誰も成功させたことがない大技だ。

新たな武器を手に3度目の頂点を目指す羽生。しかし、前回大会からの4年間で、男子フィギュアの情勢は一変した。

「羽生超え」を目指す強豪たちが、高難度の4回転ジャンプを次々と習得。よりハイレベルな構成で競う4回転“新”時代に突入したのだ。

日本の挑戦者たちも、磨き上げた4回転ジャンプで羽生に挑む。

前回大会銀メダリストの宇野昌磨は、4回転ジャンプを4種類跳ぶ、自身過去最高難度のプログラムで頂点を目指す。

初出場の18歳、鍵山優真は、ジャンプの完成度を極限まで高めることで勝負をかける。

「王者のジャンプ」をめぐる究極の氷上決戦を制するのは誰か。

オリンピックにかけるアスリートたちの姿を追った。

<未知なるジャンプ4回転アクセル習得へ 絶対王者羽生の挑戦>

2021年12月。北京オリンピック前、国内最後の実戦となる全日本選手権。羽生はこの大会で初めて、4回転アクセルに挑戦した。

フリー、演技の冒頭。4回転アクセル。回転不足に終わったが、羽生は改めて北京オリンピックで成功させる決意を表明した。

羽生選手「勝ちをしっかりとつかみ取ってこられるように、武器として4回転を携えていけるように、精いっぱい頑張る」(全日本後代表内定会見)

羽生がカメラの前で4回転アクセルへの思いを語ったのは、今から4年前(2018年)。ピョンチャンオリンピックで連覇を果たした直後だった。

羽生選手「自分にとって、最後の最後に支えてくれたのはトリプルアクセルだったし、アクセルジャンプというものにかけてきた思い、時間、練習。質も量もすべてがどのジャンプよりも多い。何よりも僕の恩師である都築先生が言っていた言葉が、『アクセルは王様のジャンプ』だって言っていたので、そのアクセルジャンプを得意として、大好きでいられることに感謝しながら4回転アクセルを目指したいなって思っている」(ピョンチャンオリンピック会見)

羽生が大切にし続けてきた「王様のジャンプ」アクセル。

そのジャンプとの出会いは、幼少期から練習を積んでいた地元仙台のリンクだった。当時、羽生を指導していた、都築章一郎さん。小学校2年生の時からジャンプの基礎を一から教え、世界のトップスケーターに育て上げた恩師だ。

羽生の滑りを初めて見た時から、体型やしなやかさ、力強さなど、ジャンプに必要な素質が備わっていると感じたという都築さん。唯一前向きに踏み切るため、最も難度が高いアクセルジャンプの指導に力を注いだ。そして、羽生にあの言葉を伝えた。

都築章一郎さん「アクセルは王様のジャンプ。だから王様のジャンプを跳ぶようなスケーターになるんだよと」

当時、都築さんはアクセルを磨くために、手と足を大きく広げ、空中で大の字になる練習を取り入れていた。その姿を「王様のジャンプ」と表現した。

羽生は都築さんの教えを受け、時間と量をかけてアクセルの基礎を積み上げた。

その後、大きく流れるような質の高いアクセルジャンプを武器に、羽生はオリンピック2連覇を達成。

都築さんは、羽生にとって4回転アクセルは「究極の王様のジャンプ」だと考えている。

都築章一郎さん「それを完成しようという気持ちは、羽生自身ものすごい高いレベルで持っているし、完成するための練習、努力もしてきている。4回転半のアクセルをやることが、自分のスケート人生の中で、一番重要視しているジャンプではないかと思う」

アクセルにかける飽くなき探究心。しかし、羽生が北京オリンピックで4回転アクセルを跳ぶことにこだわる理由は、もう一つある。勝負に勝つためだ。

ピョンチャンオリンピック後の4年間で男子フィギュアの潮流が一変。

「羽生超え」を目指す選手たちが、ピョンチャンオリンピックで、羽生が跳ばなかった種類の4回転ジャンプを次々と習得し、より高難度の構成で競い合う、新たな時代に突入したのだ。

フィギュアスケートのジャンプは全部で6種類。

その中で、羽生がピョンチャンオリンピックで跳んだ4回転ジャンプは、基礎点が低い、トーループとサルコーの2種類。世界の強豪たちは、より基礎点が高い、ルッツやフリップの習得に執念を燃やした。

その中で、羽生を脅かす存在にまで成長したのが、アメリカの22歳、ネイサン・チェン。ピョンチャンオリンピックでも金メダル候補とされていたが、羽生の直後に滑ったショートプログラムで、ジャンプを全て失敗。

ネイサン・チェン選手「プレッシャーを感じていた。上位に入りたいと思う自分がいて、ベストを出す上で邪魔になってしまった。自分自身のことに集中することができなかった」

その悔しさをバネに、ネイサンは大きく飛躍した。2019年のグランプリファイナルでは、ルッツ2本とフリップ1本を含む、合計7本の4回転ジャンプを全て成功。羽生に40点もの差をつけ優勝した。

ネイサン・チェン選手「ユヅルの観客を魅了する演技、輝くスターのような雰囲気に驚き、刺激を受けた。ユヅルの輝く姿を追いかけて、僕はここまで成長することができた。オリンピックは特別な試合だ。僕は努力を積み重ねてきたので、何があろうとすばらしい演技ができると信じている」

そして、2022年1月に行われた全米選手権でも、ルッツとフリップを武器に、今シーズンの世界最高得点にあたる328.01を記録した。

羽生は雪辱を期すライバルの挑戦を退けるために、4回転アクセルが最大の武器になると考えているのだ。

羽生選手「ピョンチャンのときは自信を持って、誰がどんな演技をしたとしても、自分がノーミスすれば100%勝てると思っていた。今、世界の情勢は変わっていて、僕がノーミスだからといって、絶対に100%勝てるわけではない試合が存在している。全力を尽くしても勝てなかった試合も存在していて、そういう4年間をここまで過ごしてきて、正直すごくオリンピックが怖い。だからやっぱり、4回転半は自分の武器にしないといけない、勝つならやらないといけない」

今シーズン。新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、練習拠点をカナダから生まれ育った仙台に移した羽生。練習は完全非公開。どこまで4回転アクセルが形になっているかは、ベールに包まれていた。

羽生はどのような課題と向き合っているのか。それをひもとくために、日本で初めて4回転ジャンプを成功させた本田武史さんに話を聞いた。

現役時代に、練習で4回転アクセルに挑戦したことがあるという本田さんは、トリプルアクセルから1回転増やす、最後の回転の難しさをポイントに上げた。

本田武史さん「僕の場合は4回転までは回っている感覚はあったが、4回転から残りの半分が、回っている感覚がなくなった。他のジャンプは、“降りる”という意識があって降りているが、4回転アクセルはまだ回らなくてはいけない」

踏み切りの瞬間に、エネルギーをジャンプの高さと回転力に変えて跳ぶトリプルアクセル。4回転アクセルでは、その高さと回転力の両立が、より高いレベルで求められる。

羽生が全日本選手権で跳んだ4回転アクセル。高さは十分だったものの、わずかに回転が足りず、両足での着氷になってしまったと本田さんは分析する。

本田武史さん「1回転を増やすために、どうしても力が入ってしまったり、回ろうとしてしまう分だけタイミングがずれたりとか。高さだけにしてしまうと、回転力に伝わるかどうかというところも難しい。そこの絶妙なバランスが必要」

その上で、本田さんは4回転アクセルの基礎点が、他のジャンプとあまり変わらないことをポイントとしてあげた。一つ難度が低い、4回転ルッツとの差はわずか1点。

得点上のメリットは小さいが、失敗した時のデメリットは大きいと、本田さんは指摘する。

本田武史さん「4回転アクセルがダウングレード(回転不足)になってしまえば(基礎点は)トリプルアクセルの点数になって失敗。GOE(出来栄え点)もマイナスになると、点数としては大きく低くなってしまう。ただ羽生選手にしかできないだろう、4回転アクセルを降りるのは自分なんだという思いもある。だからこそ、このジャンプは外せない」

リスクがあってもなお、4回転アクセルへの執念を絶やさない羽生。

王者にしか分からないその思いを読み解くために、私たちはロシアのエフゲニー・プルシェンコさんを訪ねた。

羽生が幼少期から憧れ、大きな影響を受けた存在。4回のオリンピックに出場し、個人で金メダル一つと銀メダル二つを獲得した、スケート界のレジェンドだ。

子どものころ、髪型を真似するほどの大ファンだった羽生。アドバイスをもらうなど、交流を続けてきた。

そのプルシェンコさんが出場したバンクーバーオリンピック(2010年)。当時は、ジャンプの回転不足に対する採点が今より厳しく、多くの選手は、安全に得点を積み上げられる3回転ジャンプに専念した。しかし、プルシェンコさんはリスクを恐れずに、2回の4回転ジャンプに挑戦。結果は銀メダルに終わったが、誰も実現できないことに挑み続ける姿勢こそが、王者にとって必要なのだという。

エフゲニー・プルシェンコさん「スポーツには必ずリーダーがいて、常に自分自身を引き上げるべき存在だと考えている。私は課題や目標を立て、夢を見たり、それを実現させようと、ずっと前だけを見て挑戦してきた。ユヅルは3回目のオリンピックに出場する。それはきっとまだ“何か”が足りないからだ。ユヅルは真のリーダーなので、自分自身を前進させ、機関車のように突き進んでいくはずだ」

オリンピックチャンピオンとして、世界の強豪の挑戦を受ける羽生は、この4年、ただひたすら4回転アクセルの習得に励み続けた。コーチがいない仙台のリンクでの練習は、時に深夜にまで及んだという。

羽生選手「4回転アクセルをやりたいと言って、そのまま置き去りにはしたくない。試合もしっかりやりたいが、アクセルの練習もしっかりやりたい。ただ、難しいからこそ、自分にしか感じられないところ。そこを乗り越えたら格好いいし、乗り越えてこその羽生結弦だと思っている」

<最高難度4種類の4回転ジャンプで羽生越えに挑む宇野昌磨>

北京オリンピックで羽生超えに挑む世界のトップスケーターたち。その一人が、前回大会銀メダリストの宇野昌磨(24)だ。

宇野選手「僕にとって羽生選手が最大の目標で、憧れている選手。日本という身近にいる選手で、日本一になることが世界一難しいと考えていて、いつまでも追いかけ続けたい」(ピョンチャンオリンピック会見)

ピョンチャンオリンピックのフリーでは、羽生にわずか3点差まで詰め寄った宇野。しかし、その後はスランプを経験した。4回転ジャンプが決まらず、表彰台にのぼれない大会もあった。

宇野選手「僕はいつも2位から4位。2位から5位。1位を争う選手ではなかったんですよ、ずっと。羽生選手の後ろにいて、ネイサンの後ろに今はいて。本当に良くても2位。そこからずっと2位と3位を取り続けて、すごく安定していたけど、トップで戦える選手ではなかった」

宇野は、自らの殻を破るため、新たな一歩を踏み出した。

2020年に練習拠点をスイスに移し、トリノオリンピック銀メダリスト、ステファン・ランビエールさんに指導を依頼。オリンピックシーズンの構成を共に練り上げてきた。

ステファン・ランビエールさん「昌磨はスケーターとして、ジャッジ、観客、そして世界を突き動かすのに必要な全てを持っている。技術的にも、とてもダイナミック。何種類もの4回転ジャンプを跳ぶために必要な強い体も持ち合わせている」

宇野が試合で跳んだことがある4回転ジャンプは、アクセル、ルッツを除く4種類。昨シーズンはこの中から、練習で感触が良い3種類を選び、構成に盛り込んでいた。

しかし、この構成では、世界の頂点に立つことは難しいと判断。今シーズンは、4種類全てを跳ぶ、自身過去最高難度の構成に、挑戦することを決めた。

ステファン・ランビエールさん「昌磨の大きな武器は貪欲で、困難に立ち向かうのが好きなこと。フリーで5本の4回転を入れることを恐れる選手もいますが、昌磨はその挑戦を恐れません。私たちの中には、王者になる構成ができている」

宇野選手「ステファンコーチが『君が世界一になるには何が必要だと思う?』って。ループも跳べて、サルコーも跳べて、トーループもフリップも跳べて、世界のトップに届くかもしれないジャンプを自分は持つ。みんなよりも、ひとつふたつ先の構成で、細かな点数を気にしないレベルに達したい」

「4種類の4回転ジャンプ」という高難度の構成を、羽生の今シーズンの構成と比較すると、ジャンプの基礎点では5点以上上回る。

しかし、その実現には、克服しなければならないジャンプがあった。

エッジで踏み切るジャンプ、サルコー。トーループやフリップなど、つま先で踏み切るジャンプを武器にしてきた宇野が、苦手と語るジャンプだ。

宇野選手「サルコーに関しては、僕の今の跳び方は間違っているっていう認識。(サルコーを)跳べている時は、構えてから、踏み込んでから跳び上がるまでのテンポが遅い。構えが長くとれているとき、踏み込みが長くとれているときは割といいジャンプを跳べている」

トップアスリートの運動能力を研究する、日本体育大学の阿江通良教授に宇野の4回転サルコーの動作を解析してもらった。

注目したのは「踏み切り」。ベストなタイミングで踏み切れたときは、両足にバランス良く体重が分散され、軸がまっすぐに。余裕を持って着氷姿勢に移行できていることが分かる。

一方、踏み切りを跳び急いだ時は、片方の足に体重が偏ってしまい、軸が斜めに。着氷の準備が遅れ、姿勢が乱れてしまっている。

日本体育大学・阿江教授「早く跳ばないといけないという、いわゆる跳び急ぎの姿勢。だから右足に体重が乗りすぎて、どうしても軸が傾いている形。空中に跳び出すと、もう変えられないので、離地のときが勝負。ほんの0.数秒。それが成否を分ける」

スイスから帰国した宇野は、ランビエールさんの「踏み切りの感覚を洗練するため、同じ場所で跳ぶ練習をすると良い」というアドバイスを元に、サルコーの練習を重ねた。

今シーズン2戦目、NHK杯(2021年11月)。宇野は、少しずつサルコーの手応えを掴みはじめていた。オフシーズンには成功率50%と語っていたが、直前の練習では全て着氷した。

成功のイメージを持って本番に臨んだという宇野。冒頭のループのあとは、オフシーズン重点的に取り組んだサルコー。課題のジャンプを克服し、自己ベストを更新する290.15をマークして優勝。世界のトップ選手と戦う大一番に向け、自信が芽生えていた。

宇野選手「僕はもっとうまくなりたい。決してこの大会の順位だったり、ようやくトップで戦えるようになった自分の実力にうぬぼれずに、もっともっと、もっと上を目指して走り続けたい」(NHK杯優勝インタビュー)

<シーズン中に羽生を襲ったケガのアクシデント>

4回転アクセルを習得するために、非公開で厳しいトレーニングを続けていた羽生。半年間で実に1000回以上、跳んだという。羽生は、NHK杯で、4回転アクセルに初めて挑戦する計画を語っていた。

羽生選手「ずっと4回転半の練習をしてきましたけど、昨年とは比べものにならないくらい、跳べるジャンプというか、ちゃんと成功させるための4回転半の練習ができている。4回転半をしっかりNHK杯で決めたいという気持ちが一番大きい」

しかしそのNHK杯を直前に、アクシデントが起きた。

NHKニュース「フィギュアスケートの羽生結弦選手が、右足のケガのためグランプリシリーズのNHK杯を欠場することになりました」

4回転アクセルの練習に取り組む中で、右足首を痛めた羽生。およそ1か月の間、休養を余儀なくされた。リンクに立つことができないストレスから、食道炎を患ったという。

羽生選手「早く跳ばないと、体がどんどん衰えていくのは分かる。自分が設定した期限よりも、明らかに遅れているので。こんなにやっているのに、できないのに、やる必要あるのかな。これでやめてもいいんじゃないかなって」

オリンピックが間近に迫る中でのケガ。羽生は試練と向き合う日々が続いた。

<世界ランク1位の超新星・鍵山優真 父と目指す“羽生超え”への挑戦>

オリンピックで2連覇した羽生に、憧れを抱いていた新世代も頂点を目指している。

オリンピック初出場の鍵山優真、18歳。

鍵山の魅力は、氷上で魅せる闘争心。2021年3月、初出場した世界選手権では、フリーで2種類の4回転ジャンプを完璧に決める演技で、羽生を上回り、銀メダルを獲得。

ただ憧れの存在だった羽生が、具体的な目標に変わっていった。

鍵山選手「他の選手はベテランの選手が多いので、18歳という若さを存分にアピールできたらいいと思う」

鍵山を指導するのは、父、正和さん。アルベールビル、リレハンメルと2大会連続でオリンピックに出場した選手だ。現役時代に跳んでいた4回転ジャンプの技術を、あますことなく伝える正和さん。自身が果たせなかった、オリンピックでのメダル獲得を目指す息子を後押ししてきた。

父・正和さん「とにかく宇野選手、羽生選手と肩を並べるところまで、引き上げていかないといけないので。3番手を狙わないってことですね。3番手を狙っていては、やっぱりそこがてっぺんになってしまうので。彼自身もわかってることだと思う」

鍵山は、正和さんと試合に向けて、演技構成や練習方法を考えてきた。その中で重要視したのは、ジャンプの種類や本数ではなく、高さや着氷の美しさといった“一本の完成度”だった。

練習では軸をまっすぐに保ち、体の開きや重心のずれを極端に少なくすることを意識して、ブレの少ない美しいジャンプを目指した。トーループ、サルコーの習得に、それぞれ1年ずつ時間を費やし、完成度を高めた鍵山。その結果、4回転トーループとサルコーの成功率は、同じ期間での羽生を上回る78%。さらに、この2つのジャンプでは、高い出来栄え点も獲得できるようになった。

鍵山選手「考えなくてもできるまで、たくさんやって体に覚えさせている。そこが安定している理由。体の一部一部の動き、どんな意味があるのか、悪いときはどういう動きをしているのか、しっかりと考えて動けている。ジャンプがうまくいく、成功しているときの体の動き方はだいぶ分かってきた」

今シーズン、全選手の中で唯一グランプリシリーズで2戦2勝。世界ランキングも1位(2021年11月23日時点)にまで上昇した鍵山。羽生、宇野との対戦に向け、自信を深めていた。

鍵山選手「今度は2人を超えなければならないっていう立場にいる。早く試合したいという気持ちの方が大きい」

<羽生が4回転アクセルに初挑戦 北京五輪への現在地が見えた全日本選手権>

そして迎えた去年(2021年)12月。北京への切符をかけた全日本選手権。ケガの影響が心配された羽生も、会場に姿を現した。周囲が見守る中、羽生は4回転アクセルを慎重に確認。練習では1度も決まらなかったが、オリンピックを見据えて、この大会で4回転アクセルを跳ぶ決断をした。

羽生選手「もちろん4回転半のジャンプを挑戦するつもり。その先に北京オリンピックがあるなら、この試合でしっかり勝ち取れるように、ふさわしい演技ができるように頑張りたい」

ショートプログラム1位でフリーを迎えた羽生。

冒頭、はじめて挑む4回転アクセル。回転が足りず、両足で着氷。大きく減点される厳しい立ち上がりとなった。しかし、その後はアクセルの失敗を微塵も感じさせない演技を見せる。続く4回転サルコーを完璧に着氷。疲れがたまる演技終盤も、4回転ジャンプで得点を積み上げていく。

ケガをしていたことすら忘れてしまうような、圧倒的な演技で優勝。

この時点で、今シーズンの全選手を上回る322.36。4回転アクセルが決まれば、北京オリンピックでの3連覇が見えてくる点数に、大きな手応えを感じていた。

羽生選手「フィギュアスケート男子シングルで3連覇という権利を有しているのは僕しかいない。自分が北京オリンピックを目指す覚悟を決めた背景には、4回転半を決めたいという思いが一番強くあるので、4回転半をしっかり決めつつ、優勝を目指して頑張っていきたい」(北京オリンピック代表内定会見)

羽生が試合で初めて挑戦した4回転アクセルを観た、ロシアのプルシェンコさん。オリンピックへと向かう強い決意を感じたという。

エフゲニー・プルシェンコさん「4回転アクセルは初めての挑戦で、少し調整が足りなかったが、ユヅルは今、準備を始めたのではなく、4年間ずっと準備をしてきた。ユヅルは他の人たちの何倍も困難を乗り越えてきたので、必ずオリンピックまでに準備を整えてくると確信している。彼は、とても強い人だから」

<羽生と挑戦者たち 北京前最後の1か月>

北京オリンピックまで1か月を切った今月(2022年1月)。羽生の練習は今も非公開のままだ。

一方、全日本選手権で羽生に30点の差をつけられた鍵山は、新たなジャンプ、4回転ループの練習を始めていた。オリンピック前に構成を変えるのはリスクを伴うが、あくまで金メダルを目指すという覚悟の決断だった。

鍵山選手「羽生選手もそうだけれど、いろんな選手が何種類も何種類も入れてやってくるので、自分も負けていられないという気持ちで、4回転ループを入れたい。勝ちたいから。勝ちたいし、成長した自分を見せたいというのが一番」

全日本選手権で2位だった宇野。リモートでランビエールさんからアドバイスを受けながら、4種類の4回転ジャンプ、ひとつひとつの“質”を高め、より高い加点を得るための練習を続けていた。

前回大会の銀メダリストとして、世間からの注目の高さを感じるという宇野。追求してきた構成を貫き、表彰台の頂点を目指している。

宇野選手「近くにいるすばらしい存在を目の当たりにして刺激を受けて、それで頑張る。そういった形でスケートをずっとやってきたが、今は自分を磨くこと、自分を成長させることに、やりがいを強く感じていて、練習を積み重ねることができている。今シーズンやってきた、挑戦してきたものを、全部ぶつけられる試合にしたい」

目前に迫るオリンピックへ。羽生は、磨き続けてきた4回転アクセルを武器に、世界一をかけた戦いの舞台に立つ。

羽生選手「きっとファンの方々や、サポートしてくれている方々の中には、オリンピックというものが常にあって、こうやってオリンピックの代表に選ばれて、羽生結弦という存在が勝ちにいくことをずっと望んでくださっていたと思うので、そういう意味では、新しい朝が始まったなと思っている。強い気持ちで、勝つなら4回転アクセル跳ばなきゃいけないんだぞ、と思ってやっていかないといけないと思っている」

4回転ジャンプに己の情熱を注ぐアスリートたち。

北京で王者となるのは誰なのか。

フィギュアスケート史上最高の決戦が、今、始まる。