ウクライナとロシア 決別の深層

NHK
2022年4月8日 午後10:29 公開

(2022年4月3日の放送内容を基にしています)

いつしか、当たり前になった光景。

レシィ・ヤキムチュクさんは、ロシアとの闘いの最前線に支援物資を送ろうとしていました。ロシアの侵攻が始まった直後、留学先のアメリカから恋人とともに帰国。命がけの決断でした。

絶対に許せない“男”がいました。

レシィ・ヤキムチュクさん(29歳)「私たちの国には、支配者や独裁者、プーチンのような人はいらないのです」

突如、侵攻を始めたプーチン大統領。その直前、演説でこう語りました。

プーチン大統領「ウクライナは我々にとって、ただの隣国ではない。私たちの歴史、文化、精神的空間の譲渡できない不可分の一部なのです。ウクライナ人は我々の同志であり、最も大切な人々なのです」

“兄弟国”とも呼ぶウクライナへの苛烈な攻撃を続けるロシア。ウクライナ市民は、激しく抵抗を続けています。泥沼化する闘いの伏線は、歴史の中にありました。

レシィさん「マイダン革命のあと、すべてが変わりました。ロシアは敵だと、はっきり分かったんです」

ハーバード大学 セルヒー・プロヒー教授「冷戦が終わり、帝国主義・戦争・暴力・不公正の歴史は終わったと信じていました。その歴史は終わっていないどころか、最悪のページが開かれ、恐怖の時代が始まろうとしているのです。この争いの中心には、プーチンが目指す新たなロシア国家の理想があるのです」

ウクライナを求めるロシア。ロシアを拒絶するウクライナ。危機の深層に迫ります。

2月24日に始まったロシアの軍事侵攻。

そのとき、アメリカ・オハイオ州にいたウクライナ人のふたりは、悲痛な思いで戦況を見つめていました。

オレナ・ゼンチェンコさん(26歳)「お母さんが、家族が不安がっている。混乱している」

レシィさん「これからどうする?今、避難所にいるの?」

オレナさん「いいえ、家にいる」

レシィさん「なぜ避難所にいない?」

オレナさん「避難所は満員だって」

レシィさん「満員?」

オレナさん「そう・・・」

レシィさん「彼女が部屋に入ってきて『ウクライナで戦争が起きている』と言ったとき、信じられませんでした。実際、2日間眠れませんでした。なぜ、こんなことが起こるのか。21世紀にもなって、こんなことがあるなんて信じられないです」

レシィさんが、アメリカの大学院に留学したのは、半年前。ジャーナリズムを学び、卒業後は、ウクライナで活動するつもりでした。

突然起きた祖国の危機。このまま、ここにいていいのか?

レシィさん「この状況では働けません。勉強もできません。平気なふりをするなんて、できない。『大丈夫?』という質問に、どう答えたらいいのか分からない。自分の夢や留学での計画が、すべて崩れてしまったから。そしてアメリカにいても、自分たちの国には何の役にも立たないことが分かったのです。だから、私とオレナは、ウクライナに戻ることにしました」

仲間に決断を伝えると、支援物資をかき集めてくれました。たった一日で、スーツケース二つ分。

戻る祖国は、戦場になっています。

レシィさん「アメリカでずっと生きていくこともできる。友達もたくさんいるし。でも故郷を失いたくない」

オレナさん「故郷があるうちに。手遅れになる前に、私たちの故郷に帰りたい」

ポーランド経由でウクライナに向かったふたり。国境で見かけるのは、女性や子どもばかり。国は徹底抗戦を訴え、18歳から60歳の男性の出国は、原則禁止されていました。

レシィさん「アメリカを出発する前は、覚悟していたつもりでしたが、国境を越えるときに心の中で実感がわきました。『これはもう後戻りできない』『もう出国はできない』とね。ここから出る唯一の方法は、この戦争に勝つことだと思います」

「バンコバ通りがある。爆撃があったのかもしれない。霧と照明を消しているせいで、世の終わりみたいだ。キーウ、キーウ、戦争だ」

レシィさん「母にはウクライナに戻ることを伝えていませんでした。知らせたのは、キーウに着いたあとでした。母は本当に怒っていましたし、ストレスも感じていました。母は、自分よりもいつも私のことを心配していたから」

「レシィ」

レシィさん「何、母さん?元気?」

「元気よ。撮らないでよ」

レシィさん「なんで?」

母「映りが悪いからよ」

レシィさん「母さんも僕を撮っていただろ」

母「あなたは、かっこいいからよ」

アメリカから運んだ医療物資には、想像以上の需要がありました。

「開けて中を確認しよう」

「基本セットだね。これはTDF(領土防衛部隊)に送ろう」

レシィさん「アメリカから持ってきた物資は、『何かの足しになれば、少しは役に立つかな』ぐらいにしか、思っていませんでした。でも実はとても必要なものだったんです。兵士たちは『この止血帯が欲しかった』『この救急箱が必要だ』みたいな感じで。いろいろな物資を持ってきましたが、すべて、兵士たちが必要としているものだと分かりました」

なぜ、危険を冒してまで祖国に戻ったのか?

その原点は、8年前。キーウの大学で学んでいたときに始まった、国を揺るがす出来事でした。

マイダン革命。市民や学生が、当時の政府の打倒を目指した抗議活動です。きっかけは、ウクライナとEUとの提携交渉を、親ロシア派の大統領が、突如撤回したことでした。

背景には、EU加盟を阻止したいロシアの思惑がありました。

抗議活動には、レシィさんも参加。自由を求める熱気が広がっていたといいます。

レシィさん「私がマイダン革命で音楽を演奏していたのは、民主的で、個人が参加する大きな運動だったからです。動員したり、先導したりする人はいなかった。自分たちの国にとって正しいと思うことを、やっていただけです」

しかし、治安部隊との間で衝突が激化し、100人以上が死亡。レシィさんの友人も、肩に銃撃を受け、重症を負いました。

結局、大統領はロシアへ亡命。EU加盟を目指す暫定政権が成立しました。

ロシアは、猛反発。住民の6割がロシア系の南部クリミアで、軍事力を行使しながら住民投票を強行、併合を宣言します。

さらに東部では、親ロシア派武装勢力を支援。ウクライナ軍との激しい戦闘で、住民を含む1万4000人以上が命を落としました。

レシィさん「マイダン革命のあと、すべてが変わりました。ロシアが我々の敵であることがはっきり分かったんです。この敵によって、全国民は本当に団結したと言えるでしょう。私たちが誰か。ロシアではないということを、本当に理解したのです。ウクライナは自由と民主主義の国です。私たちの国には、支配者や独裁者、プーチンのような人はいらないのです。私たちの社会では受け入れることができません」

クリミア、ウクライナ東部、そして今回の侵攻。なぜ、プーチン大統領は、ウクライナに執着し続けるのか?その理由として、NATOの東方拡大、ヨーロッパとロシアの間に位置するウクライナの地理的重要性などが指摘されています。

今回NHKは、プーチン大統領の思惑を探るために、世界の研究論文や学術書を1億本以上集めたデータベースに注目。その中で、ウクライナとロシアの政治的な関係について書かれたものを探ると、およそ5000本の学術文献が浮かび上がりました。

さらに、ニュースやSNSで注目されている文献のランキングをはじき出すと、第2位にプーチン大統領の思想に迫る論文が見つかりました。

「プーチン プーチニズムとロシア外交の国内決定要因」

著者は、ロシアに駐在しプーチン大統領と交渉を重ねたマイケル・マクフォールさん。プーチン大統領が一方的に募らせてきた危機感が、侵攻の背景にあると考えています。

元駐ロシア・アメリカ大使 マイケル・マクフォール「21世紀初頭のプーチンの世界観は、現在とは異なるものでした。当時、彼はもっと西側寄りで、協力しあえると思っていました。しかし、すぐに民主主義を疑うようになります。大統領に選出後、すぐに独立系のメディアを追放し、閉鎖しようとしました。権限を強化するためです。それは20年間ずっと続いています。独裁色が強まるにつれ、民主主義の拡大に対し、強い焦りを感じるようになります。二つの決定的な瞬間がありました。まず、2011年のアラブの春。プーチンは、革命の背後にアメリカがいると非難しました。二つ目は、2011年12月に起きた、プーチン政権に対する大規模なデモです。彼は、民主的な考えを支持する人に対し、被害妄想を持つようになりました。その上で、とどめの一撃です。現在の恐ろしい事態の口実となったのは、2014年、ウクライナのマイダン革命だったのです。同じ文化と歴史を持つとするウクライナが民主化できるとしたら、それは、ロシアの独裁政治を直接脅かすことになります。だからプーチンは、武力を使ってウクライナを仲間にしようとしたのでしょう。同時に、民主主義を弱体化させる狙いもありました。だから、ここまでウクライナに執着するのです。しかし、あまり合理的ではありません。合理的な目的ではなく、イデオロギーに突き動かされているように思います。今回、プーチンは、やりすぎたかもしれません。今回の侵攻は、プーチニズムの終わりの始まりかもしれません」

さらに、プーチン大統領に関する論文を探ると、最も多く論文を発表している研究者が見つかりました。タラス・クジョウーさん。代表的な論文の中で、プーチン大統領のウクライナに対する思想は、「神話」に過ぎないと指摘。ソビエト連邦時代に遡り、両国のすれ違いの原因を分析しています。

キーウ・モヒラ・アカデミー大学 タラス・クジョウー教授「ソビエト連邦は、15の共和国の連合体でした」

ソビエト連邦時代、ウクライナは共和国の一つとして、行政や文化的な自治が、憲法上、認められていました。

タラス・クジョウー教授「自分の共和国を持つと、必然的に『アイデンティティ』が成長します。ソビエト連邦の時代、すでに、それぞれの国でアイデンティティが育っていたのです。ですから、ロシアとウクライナは別々のものと考えられていました。では、プーチンの20年で何が変わったか?ソビエトよりも前、ロシア帝国時代の考え方に変わったのです。ウクライナのアイデンティティを根本的に否定する『汎(はん)ロシア国家』という考え方です。『汎ロシア』です」

「汎ロシア」とは何か?去年、プーチン大統領が発表した論文です。

タイトルは、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」。

両国のつながりを中世にまで遡り、検証。長く、言語や信仰をともにしてきたことから、両国は一体であると訴えています。

「私たちの密接なつながりは、世代から世代へと受け継がれてきた。それは、現代のロシアとウクライナに住む人々の心と記憶の中にあり、何百万もの私たち家族を結びつける血のつながりの中にある」(プーチン大統領の論文より)

タラス・クジョウー教授「つまりは、ロシアとウクライナは、もともと一つで、枝分かれしたものであると。1930年代のナチスの「汎ゲルマン主義」ととても似ています。ドイツ語を話す人、ドイツ文化を持つ人は、みな汎ゲルマン国家の一部であるというような、プーチンは、この考え方を採用するようになりました。ウクライナ人なんてそもそも存在しない。ウクライナ人を作ろうとするのは、ロシアを分断しようとする西側の陰謀だと言っているのです」

ロシアとウクライナの歴史的な一体性を主張し、侵攻に踏み切ったプーチン大統領。その足元のロシア国内では、何が起こっているのか?

侵攻後、国内では、厳しい言論統制がしかれています。モスクワの独立系新聞社、ノーバヤ・ガゼータ。プーチン政権に対する批判的な姿勢で知られ、編集長が去年、ノーベル平和賞を受賞。これまで記者6人が、何者かに殺害されています。

3月4日、ロシアでは、軍に関する偽の情報を流した者に、最長で禁固または懲役15年を科す法律が成立。当局の規制をかいくぐりながら、読者に今起きていることを伝えようとしていました。

ノーバヤ・ガゼータ紙 ナジェジダ・プルセンコワさん「私たちの新聞には、特別軍事作戦の情報を載せる欄がありますが、それを『戦争』と呼ぶことができません。新法により私たちは、国防省からの公式情報しか利用できません。これはもうジャーナリズムではなく、プロパガンダです。しかし、ジャーナリストの倫理と常識は、私たちにそれを許しません。だから私たちは、プロパガンダでも、偽情報でもない、ただの空白の白いページを印刷しています。これでも読者には“何か”が伝わるのです」

ノーバヤ・ガゼータ紙 ナジェジダ・プルセンコワさん「この号では、バレエを取り上げています。ロシアに住んでいる人々にとって、テレビがバレエを放送している状況というのは、これはいつも『何らかの変化』を意味しています。なぜなら、書記長が死ぬと必ずバレエが上映されたからです。爆発を背景にした、これらのバレリーナは“何か”が起きていることの象徴です。これはチャイコフスキーの『白鳥の湖』です。彼は、こんな栄誉にあずかるとは思っていなかったでしょう」

ノーバヤ・ガゼータ紙 ナジェジダ・プルセンコワさん「少なくとも今後、数年間は暗く陰うつで、理解しがたいものであることは間違いありません。私の世代の未来が失われたことが残念ですし、もっと残念なのは、私には幼い子どもがいます。息子には誇りを持てる国がないことがつらいです。自分の国は侵略者であり、国の意見に同調しないなら必要とされないのです」

3月28日。ノーバヤ・ガゼータは、当局から二度目の警告を受け、“特別軍事作戦”が終わるまで、新聞の発行停止を余儀なくされました。

ロシア市民は、今回の事態をどう受け止めているのか?

匿名を条件に、ウクライナに親戚がいるという夫婦が答えてくれました。

「特別軍事作戦が始まった日、あなたはどのように反応しましたか?」

男性「反応なんて、できませんでした。ただ、ぼう然としていたのでしょう。激しく感情を揺さぶられることはありませんでした。一方では、こうなるかもしれないと予期していました。でも、脅して合意するだろうと思っていました」

女性「私たちの身に起きているとは、思えませんでした。こんなことはあり得ない。どうしてこんなことができるのでしょう?兄弟民族の間に、どうして戦争が。私たちは一緒だったのに」

「今、起きていることに、ある程度、責任を感じていますか?」

男性「たぶん感じていません。今は、すべてロシア人の仕業だと、世界中が叫んでいます。ですが、自分の信念のために戦って、命や人生をかけた人や、『戦争反対』と叫んで政府に反対した人たちは、刑を科されています。いつもと同じです。考えたくもありません。生活レベルは下がります。私たちは、全世界から経済的に切り離されます。店の値段には、もう影響が出ています」

女性「私たちはまだ、目に見える形では影響を受けるまでになっていない。まだ落ちているさなかで、ロシア国民全体が思い知るときが来るわ。もしかすると、私たちが悪かったのかもしれません。国の発展を逆行させるような政府を選んだのだから…」

男性「これが自分の責任だとして、何ができた?」

女性「私たちは、私たちの政府を選んでいるじゃない」

男性「大多数が、選んでいるんだ」

女性「大多数よ。大多数というのは、それは私たちのことよ」

男性「『私たち』というのが何を指しているのかな。君は、連帯責任があると考えているの?」

女性「そうよ。連帯責任があるわ」

3月11日。このころ、ロシアによる無差別的な攻撃で、犠牲になる市民が増加。レシィさんは、攻撃をかいくぐりながら、最前線に物資を送っていました。

レシィさん「電車に荷物を積んだところです」

オレナさん「間に合った!」

レシィさん「なんとか全部積めたね。あしたはもっと積みます」

物資の多くは、アメリカにいる友人が周囲に声をかけ送ってくれたもので、支援者は増え続けています。

アメリカから帰国して2週間。戦況は悪化し続けていました。

レシィさん「ここは私たちが運営するロジスティック・センターです。あまりスペースはありませんが、徐々に小包や医薬品を集め、ほかの都市に発送する予定です」

兵士や医療関係者が、連日訪れます。

恋人のオレナさんは、募金サイトを立ち上げました。

ロシア軍が間近に迫っていました。

レシィさん「ウクライナ人が怒っているのは、ロシアが侵略をしてきたという理由だけではありません。みんなロシア人に怒っています。プーチンにではなく、ロシアの普通の人々に怒っているのです。ロシア人はもう20年も、プーチンに何もしていない。もし大統領が気に入らなければ、国から追放すればいい。私たちがマイダン革命でやったように。そして、ロシア人が『私たちの責任ではない』『なぜ私たちは制裁のために苦しむのか』『戦争は私たちのせいではない』と言うのなら、私たちは本当に怒っています。自分の政府には、自分で責任を持たなければならない。もし何もしないなら、その政府を肯定しているのと同じです。それは政府を支持し、人を殺すことを支持していることになる」

レシィさん「なぜ、こんなことになった?戦争のせいだ」

オレナさん「勝利のために飲みましょう」

レシィさん「なぜ飲んでいるのだろう?本当は飲むべきじゃないよね。僕はもう29歳になった。30歳まで生きていられるかな?」

オレナさん「レシィ、そういう話はやめて」

レシィさん「気になるんだよ」

オレナさん「55歳までは生きているよ」

レシィさん「じゃぁ、56歳は?」

オレナさん「56歳までも」

レシィさん「そんなことは、誰にも分からないだろ」

オレナさん「あなたの死について話したくない」

レシィさん「もう酔っているから、死についても話せるよ」

オレナさん「私は26歳。まだ覚悟できていない」

レシィさん「死ぬこと?」

オレナさん「そう。まだいっぱいやれることがあるもの」

レシィさん「死ぬ覚悟がないなら、アメリカに戻ればいい。僕も覚悟ができていないよ。でも・・・」

オレナさん「ごはんのおかわりあるけど・・・」

レシィさん「ありがとう」

ロシア系の住民が多い、ウクライナ東部や南部。ここでも激しい抵抗が広がっていました。

「帰れ。帰れ。ロシア野郎。ここは我々の土地だ。侵略者は帰れ。侵略者は帰れ」

ロシア語で、ロシア軍を罵倒しています。

ウクライナのシンクタンクが実施した、EU加盟に対する意識調査です。ロシア侵攻後の、この3月の調査では、ウクライナ全体で86%の人が加盟に賛成。

侵攻前までは、賛成と反対がきっ抗していた南部や東部でも、3月、加盟に賛成する人が急増していました。

キーウ・モヒラ・アカデミー大学 アレクシー・ハラン教授「今、人々はロシア語でプーチンを罵倒しています。これはとても重要なことです。ウクライナのロシア語圏の方が、ロシアよりも暮らしやすいのです。これは、血の独裁者にとっては、存亡の危機です。これまでロシアがやってきたことは、実は全く逆効果だったのです」

ウクライナ東部の街で生まれ育ったビクトル・プロコペンコさん。今回の侵攻で、肉親との関係が変わりました。

6年前の家族の姿です。父親が、当時から盛んだったロシアのプロパガンダ放送に影響を受け、ひとりロシアに移住していました。父親とは、週に一度は連絡を取り合っていました。

「現在、お父様とは?」

ビクトル・プロコペンコさん「絶縁状態です。まさにプロパガンダにやられていて、ロシアからいろいろ言ってきますよ。ロシアがウクライナを攻めるのは、ロシアの脅威となる、急進的なナショナリストを排除するためなんだと。そんな連中はいないのに・・・。全部、プロパガンダです。もう父とは交流していません。したくもありません」

「ウクライナの中でも、ロシアは“兄弟国”と言っている人はいますか?」

ビクトル・プロコペンコさん「今は、いませんよ。マイダン革命のあとでも『それでも友好民族だ』『ロシア人は兄弟だ』と、ぬけぬけと話をしていた人でも、今回は目が覚めましたよ。この戦争で身をもって感じたのです。ロシアの“兄弟愛”をね」

今回、最大の激戦地となっている東部のマリウポリ。ロシア系住民が多く住むこの街に、ロシアは、容赦のない攻撃を浴びせました。

ウクライナから、ロシアに移り住んだ家族です。

女性「私たちはウクライナ東部のマリウポリから来ました。2014年に仕事に誘われ、引っ越してきたんです」

出稼ぎでロシアに来て8年。仕事を続けるため、ロシア国籍を取得しました。

男性「前妻との間に生まれた娘が、マリウポリにいます」

女性「兄が残っています。叔父、叔母、いとこたちもです。数日前、娘との電話がつながりましたが、聞こえたのは『もしもし』だけでした」

男性「(接続が悪く)娘には私の声は届きませんでした。私も娘に『もしもし』と叫んだのですが」

女性「最近、みんなの夢をよく見ます。悲しみが増えるばかり。もうみんなと連絡が取れない、会えないと考えてしまう。何とか大丈夫、みんな生きていると考えるようにしています。でも、声すら聞くことができず、希望は小さくなるばかりです」

男性「娘は今、向こうで何を考えているのか?『そっちはいいね。ごはんも食べられるし、眠れていいね』と思っているのか。こちらをうらやましく思っているのかもしれません。みんな暖かいベッドに寝て、普通に、ごはんが食べられるようになってほしい。21世紀なのに、こんなことになるなんて残酷です」

ウクライナ人の母を持つノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさん。戦争に巻き込まれた、名もなき人たちの声を記録してきました。

ノーベル文学賞作家 スベトラーナ・アレクシエービッチさん「今、ロシア国民は、完全に人間らしさを失ったような状態です。しかし、これから制裁で、ロシアの生活が次第に悪化していきますから、テレビ放送と冷蔵庫の戦いが始まります。テレビがこれまでのようにロシア国民に有効であり続けるのは、冷蔵庫がいっぱいのときだけなのです。冷蔵庫が空になれば、人々は、起こっていることに対して、何らかの反応をするようになると思います。プーチンには自由な民主主義が理解できないのです。この『帝国意識』、かつて自分たちは偉大で恐れられていた、でも今は恐れる国はないという考え。ロシアは一番よい兵器を手にして、プロパガンダも掌握して、民主主義などいらないという考え。このことが示しているのは、ロシアは進歩しなかったということです。ロシアは新しい大きな世界の一員とならなかったことを示しているのです」

3月21日。

レシィさん「警報が聞こえた。その前に、大きな音が聞こえた。爆発音みたいな。こんな状態でどうやって寝られる?寝るなんて不可能だよ。戦争の間は。まるで宝くじみたいに、2回目のミサイルが自分の建物に当たるかもしれない。分かった。寝るよ。このくそったれのロシアンルーレットをやってやるよ。だって眠りたいから」

レシィさん「チェルニヒウ(激戦地)から支援物資を取りに来る予定だった。車は、チェルニヒウを出発したところで、ドライバーは爆撃を受け、彼らは死にました。以上です。もう力尽きそうだ」

レシィさん「春が来た。サイレンが鳴り、爆発が起こっている。花が咲いている。いいね」