ニュース速報

看護師たちの限界線〜密着 新型コロナ集中治療室〜

NHK
2021年4月26日 午後2:18 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

(2021年4月17日の放送内容を基にしています)

<新型コロナ 看護師たちの日々 壊れそうな使命感>

新型コロナと闘ってきたひとりの看護師が、限界線を超えた。

彼女を支えてきた強い使命感。もはやそれだけでは、もたなかった。

新型コロナウイルス、治療の最前線を支えてきた看護師たちが、いま、次々と現場を去っている。新型コロナを理由にした離職は、全国の感染症医療機関等のうち、2割以上の病院で起きている。

日本看護協会・福井会長「看護職員は心身の疲労もピークを迎えています。使命感だけではすでに限界に近づいているといっても過言ではないと思います」

看護の甲斐なく、急激に重症化することもある新型コロナ。患者の死に直面し、心身のバランスを崩す看護師も少なくない。最も人手が必要な現場に、人が足りない状況が続いている。新型コロナは看護の理想も打ち砕いた。患者に寄り添う看護ができないと、人知れず苦しんでいた。

 “第4波”が押し寄せる日本。変異株が拡大し、感染者が急増している。このままの状態で、新型コロナと闘っていけるのか。

限界の看護師たち、5か月の記録だ。

<看護師3年目 ICUの過酷な日々>

都内最大模の医療機関、東京女子医科大学病院。

現場の窮状を伝えたいと、私たちの長期取材に応じた。女子医大病院は、去年4月、都の要請を受け、コロナの患者の受け入れを開始。これまでに、およそ300人の治療にあたってきた。コロナ治療の中枢、重症者の対応をするのが、ICU=集中治療室。医師14人、看護師30人が24時間体制で勤務している。

ICUで働く3年目の看護師、京河祐衣さん、25歳。

集中治療室に入る時は、全身を密閉する。顔を覆う特殊なマスクの重さは1キロ近くある。

京河さん「重いのが嫌なんですよね。首痛い」

京河さんに、小型のカメラで、内部の様子を記録してもらった。

ICUにあるベッドは6つ。今の人員で維持できるぎりぎりの数だ。高齢者が多く、認知症を患っている人も少なくない。生死の境をさまよう患者。人工心肺装置、エクモをつけて、血液に直接酸素を送り込む。血液の塊ができて装置が詰まれば、命に関わる。目が離せない。

長い時は、5時間近く出てこられない。負担は、通常の看護の2倍以上だという。

京河さん「忙しいとやっぱり出られないので、なかなか外に。必然的に長時間になっちゃって。おむつをつけて入っている先輩とかもいますね」

病院の外では、ずっと自粛生活を強いられている。食事はいつもコンビニ弁当。感染予防のために、都が用意したビジネスホテルで一人で暮らしている。友人や家族と会うこともほとんどない。

京河さん「ほんと明日から突然(病院に)来ないとかあるんじゃないかと思いますけど。いつまでも続いていくので、自分の体と心が折れたら終わりって感じじゃないですか」

一部の看護師に負担が集中する背景には、新型コロナをめぐる、いびつな構造がある。

厚生労働省によると、全国7628の医療機関(G-MISで報告のあった全医療機関)のうち、コロナの患者の受け入れ実績があるのは全体の3割ほど。設備がない、人員が足りない、など、受け入れに消極的な医療機関も多い。中でも、人工呼吸器などを使用して患者を受け入れた実績があるのは1割以下。

重い負担がごく一部の看護師にのしかかっている。

<新型コロナが打ち砕いた〝看護の理想〟>

新型コロナという未知の病に直面し、心身のバランスを崩す看護師も少なくない。

9年目の看護師、阪井惠さん。去年の1月、ICUに異動になった。厳しい現場でも、いつも笑顔を絶やさない。

これまで、一般の救急で、けがなどの治療に関わってきた阪井さん。回復した患者の姿を見るのがやりがいだった。

阪井さん「患者さんがちょっと元気になって笑ったりとか、ありがとうって言ってくれたりっていう言葉っていうのは、すごい嬉しいですね。しんどいところを一緒に共有して、なんかちょっとでも患者さんにとっていい生活、いい療養環境を整えていけたらなって」

しかし、ある患者の現実は理想とかけ離れていた。

木下登さん(仮名)、63歳。入院当初は、比較的症状も軽く、看護師に対し気遣いも見せていた。

木下さん「今日もいたんですか、(コロナ患者)入ってきた人?」

看護師「今日はいなかったです」

木下さん「そんな毎日いたら大変だよね。でも毎日東京多いよね、どうなってるのこれ。1週間くらい帰れないんでしょ?」

看護師「そうですね、患者さんによってまた違いますけどね。まぁ気長に」

しかしこの5日後。肺の機能が急激に低下。ICUで治療することになった。

阪井さんにとっては、初めてメインで担当する患者。無事に回復してほしいと、願っていた。しかし、看護の甲斐もなく、容体は日に日に悪化していく。ICUに来て4日目には意識がなくなり、自力で呼吸できなくなった。特効薬がないコロナの治療。抗ウイルス薬を投与しながら、回復を待つしかなかった。

しかし、症状はさらに悪化し、エクモで命をつなぐことになった。阪井さんにできることは限られていた。

阪井さん「独り言かもしれないんですけど、(患者さんは)ただ話せないだけだから。だから(こちらから)お話しながら。聞こえていると思います」

エクモを装着している状態では看護もままならない。血が固まりにくくなる薬を投与しているため、歯磨きでさえリスクになる。

阪井さん「日に日に悪くなる姿をみていくと、なんなんですかね、何ができるんだろうとか、何をすればいいのかなっていうのは、わからないですね。コロナの防護服を着て、普通に点滴入れたりとか抜いたりとか処置するっていうのは、体力的にもきつかったので、自分がやっていて。そういうのもあって、普段だったら10できるところが5しかできなかったりとか、というところの申し訳なさっていうのは、すごくあるのかなと思っていて」

ICUに入ってひと月半。医師は木下さんの家族に連絡をとった。

医師「徐々に徐々に心臓の動きも悪くなってきまして、もう少しでお亡くなりになってしまう状態に近づいてきたんですね。慌てなくていいので、お気を付けておこし下さい」

翌日の未明、木下さんは亡くなった。

必死の医療や看護にも関わらず、容赦なく奪われていく命。

阪井さんは、ストレス性の胃炎を患い体調を崩し、しばらく仕事を休まざるをえなくなった。この1年で、ICUで働く30人の看護師のうち、5人が出勤できない状態に追い込まれた。

中村師長「たぶん自分が今まで経験したことのない、感情とかがあったのかなと思います。『なんだろう』って、『こんなつらいの、何がつらいんだろう』とか、考える時間さえもないとか、ほかの人に聞く時間さえもないとか、話す時間もないまま毎日毎日過ぎていく。その中で亡くなっていく人もいるっていうのがやっぱりつらいかなって」

<綱渡りの人繰り 妊婦や退職者までも…>

綱渡りの状態となったICUの人繰り。中村師長は対応に追われた。

中村師長「明日は足りるかな、足りないや。誰か出てこられるかなっていうのを毎日やっているような感じです。ひやひやしながら毎日調整してますけど。本当になんとか回っている感じですね」

1月、追い打ちをかける事態が。感染者が急増し、二回目の緊急事態宣言が出されたのだ。

中村師長はすべての部署に応援を求めた。

中村師長「体に来ていたり、メンタルに来ていたりっていうところで、1人ぐらいずつちょっと休養を取らないと長丁場に耐えられなくなってきてしまっているというところもあるので」

ICUに応援に入ることになったのは9人。休職予定者や退職者にも声がかかった。

その中の一人、久保晴子さん。15年目のベテラン看護師。ことし5月に出産予定だ。

妊娠中のため、コロナの患者を直接診ることはないが、最前線で働く看護師の支援を行う。さらに、若手の看護師に、エクモなどの扱い方や、重症者と向き合う心構えを教える。

久保さんは、夫と1歳の娘と、3人で暮らしている。当初、夫は、コロナ病棟で働くことを反対していた。

看護師の中には、家族に感染させることや周囲からの偏見や差別を恐れ、手を挙げない人も少なくない。それでも久保さんが応じたのはなぜだったのか?

久保さん「使命感なのかもしれないです。好き好んで誰もコロナ病棟で率先して働くとは言わないじゃないですか、でもやっぱりみんなが疲弊しているっていうのが、それが一番自分のことのようにつらかったなと思って。みんなの、もしかしたら負担が少しでも減るんだったらと思ったのが一番かもしれないですね」

そして、もう一人、急きょ呼び出された人がいた。大熊あとよさん、66歳。

前の看護師長で、去年3月に定年退職していたが、現場の窮状を聞き、戻ってきた。

大熊さん「まわりはすごく心配しましたよ。年寄りだから、高齢者なので、感染しないように十分気を付けてねって。私の出番が来たなと思って」

大熊さんの復帰を喜んだのは、ICU3年目の京河さん。新人時代、大熊さんに育てられた。

女子医大を優秀な成績で卒業した京河さん。一人でも多くの命を救いたいとICUで働くことを希望した。そんな京河さんを、患者に寄り添った看護ができる人材だと、高く評価していた大熊さん。しかし、久しぶりにあった教え子は、疲れているように見えた。

大熊さん「あの子は1人1人の患者さんの特性をよく把握してるんです。患者さんが何かしているとすぐ駆け寄っていくので、自分の受け持ちでなくとも駆け寄ってくれるんです。だから“疲れるよ”って“そうやって自分の患者さん以外の所にまで行ったら疲れちゃうからいいんだよ”というふうに言ってみてもやっぱりあの子の特性なんですよ」

<〝限界線〟超える看護師たち>

女子医大病院が、コロナの患者の受け入れを始めて、9か月。京河さんは、ホテルと病院を往復する日々を続けていた。

京河さんはあることにずっと悩んでいた。自分が理想としてきた看護ができているのか、わからなくなっていた。

マスクに防護服の姿では、笑顔で語りかけることも、手を握って励ますことも十分にはできない。

京河さん「呼吸器つけて薬を投与するだけだったら別にロボットがやればいいだけなんですよ。でも人間がそれをやってるっていうことには、看護師がそれをやる意味があるはずなんで、それをやっぱり見いだしていかないといけないと私は思うんですけど、なかなかそれが体現できていない」

過酷な労働に十分に報いられていない、とも感じていた。

夏のボーナスは前の年の半分。冬は6割程度だった。定期昇給も見送りになった。

背景にあるのが、コロナによる病院の経営の悪化だ。感染を恐れた人たちが受診を控えたことなどから、収入が減少した。女子医大病院では、消化器内科など、3つの病棟を閉鎖せざるを得なくなった。

看護師たちの収入の減少は全国で起きていて、4割の病院で、冬のボーナスがカットされた。国は、看護師などに最大20万円を一時給付するなど、急場をしのごうとしている。しかし、この状況はいつまで続くのか。

京河さん「整わない環境の中で、災害医療みたいなことをやり続けてきて、環境とか制度とかが追いつく前に患者はどんどん増えていく。でも、みんな目の前の患者がいたらやるしかない。きっと世界中の医療者の人がそういうふうに思ってやっていた1年だったと思う。この先何年もそういうふうにやっていくのかな、それは私にとっては1年くらいが、限界かな」

京河さんの母親・陽子さんも娘が追い詰められていると感じていた。

陽子さん「我慢しないといけないとか、我慢できない自分を自分で許せなかったりとか、しちゃってないといいなと思うんですよね。たぶん私には心配をかけないようにとか、絶対思うだろうから」

この日、ICUではまた一人、重症の患者が亡くなった。

京河さんは、決意を固めていた。

<胸を突き刺した患者のひとこと>

京河さんは、ついに病院を辞めたいと伝えた。すぐに、大熊さんの耳に入った。

大熊さん「なんでやめるの?」

京河さん「辞めたくないですよ。私、辞めたくないけど、ちょっと今一回辞めた方がいいだろうなと思って」

ある患者の一言がずっと気になっていたことを打ち明けた。

京河さん「ずっとここにCOVIDで入っていた人がいるんですけど、そしたらある日、その人に『京河さん、今私のことを触れますか』って言われたんですよ。で、そのときに、『私たちは何をしているんだろうな』って思って」

大熊さん「それってすごく患者さんにとってはつらいことだよね。まじめな京河だからこそ、そうやって重く受け止めて、自分の中で解決できないジレンマをずっと抱えていたんだろうなって思うとね。それはつらかったと思う」

京河さん「これ以上働いていたら働けなくなると思ったから」

大熊さん「そんなに追い詰められたか」

京河さんは、ICUを去ることにしたが、看護の仕事は別の病院で続けるつもりだ。

(その後、京河さんは新型コロナの治療を行う病院で働き始めました)

<看護師たち 壊れそうな使命感>

3月下旬。2か月以上続いた緊急事態宣言が解除された。ICUに応援で入っていた久保さんは、産休に入ることになった。

久保さん「まだこれから私が抜けた後まだ忙しくなると思うので、今後は大丈夫かなっていうか、ちょっと心配っていうか、なんとか無事でみんながんばってもらってと願うばかりです」

そして。2か月半ぶりに戻ってきた看護師がいた。

休職していた阪井惠さん。一時は看護師を辞めようと思っていた。

休職中、阪井さんは、自分が看護師になった原点を問い続けた。そして、患者の笑顔を見ることが、自分の生きがいだと、改めて気づいた。励まし続けてくれた同僚や家族も力をくれた。

阪井さん「今まで揺らがなかったものが、へし折られたりとか、今までこういうふうにやってきて、こういうふうなことができると思っていたことが全然できなかったですし、気力体力には自信があるぞって思っていたけど全然それはだめでしたし。揺らがなかったものをへし折られてぽきっとなって、今それこそゼロの状態っていったらあれですけど、また一から見直して頑張っていきたいなと思っています」

4月。女子医大病院は、131人の新人看護師を迎えた。ICUには、6人の新人が配属された。

過酷な現場を希望したのは、コロナとの闘いを支えたいという使命感からだった。

新人看護師Aさん「不安もあるんですけど、気を引き締めていかなければならないなという覚悟は少しできたかなと思いました」

新人看護師Bさん「コロナ陽性者になった方にちゃんとしっかり治療して治して、帰っていただくというところができるようになりたいです」

終わりが見えないコロナとの闘い。

未知のウイルスとの闘いを最前線で支えてきたのは、看護師たちひとりひとりの使命感だった。

「限界線」を越える前に、私たちの社会は手を打てるのだろうか。