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ブレイディみかこさんが語る「戦争にのめり込んだ女性たちとシンクロする現代の女性」

NHK
2021年8月12日 午後0:02 公開

まとめ記事「銃後の女性たち ~戦争にのめり込んだ“普通の人々”~」

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「戦時下の女性たちに対しては、国による“エンパシー”の搾取があったと思います。そして、それは現代の女性たちも直面している問題なのです」そう語るのは、英国在住のライター・コラムニストであるブレイディみかこさんです。

 ※「エンパシー」…他者の感情や経験を理解する力。多様化する社会では必須とされる。

8月14日(土曜日・午後9:00〜)に放送予定の「NHKスペシャル 銃後の女性たち~戦争にのめり込んだ“普通の人々“~」では、戦時中「社会の役に立ちたい」と「国防婦人会(国婦)」の活動にのめりこみ、結果的に戦争に協力していった女性たちの知られざるエピソードを紐解きます。放送を前に、ブレイディさんに、戦時下の女性たちの姿に重なる現代の女性たちが進むべき道筋について、話を聞きました。

<戦時下の女性たちの「靴を履く」>

──参政権がなかった戦時下の女性たちが、社会的な居場所を求めて国婦の運動にのめりこんでいった状況について、どう思われますか?

戦時下の女性たちのイメージとして思い浮かぶのは、割烹着に肩からタスキをかけ、熱心に日の丸の旗を振っている様子です。まるで軍国主義に洗脳されているような彼女たちの姿は、私たちとは全く違う人間に思えますから、どうしても線を引きたくなる気持ちもあります。しかし、集団としてではなく一人ひとりの心持ちを探っていけば、なぜそのような活動に関わっていたのかわかってくると思うんです。

同意や賛成はできなくても、なぜそういう意見を持っているのだろうと、その人の立場に立って想像してみるスキルのことを「エンパシー」と言いますが、英語では「他者の靴を履く」という表現でも説明されています。歴史を学ぶことって、その時代に生きた人たちの靴を履くことだと思うんですよね。自分たちとは違う存在として切り離して考えてしまいがちな銃後の女性たちの靴を、私たちが実際に履いてみることで、一人ひとりが違う人間として見えてくるのではないでしょうか。

──女性たちは、なぜ戦争を後押しするような活動にのめり込んでしまったと思いますか?

その活動が、彼女たちに許された社会進出だったからだと思います。女性たちはそれまで、台所の中で “小さなストーリー”を紡いできましたが、活動を通じて初めて自分の行動が、国家の運命つまり”大きなストーリー”を動かしているという感覚を持てたのではないでしょうか。例えば、息子を戦争に出したお母さんが、戦地の兵隊たちに物資を送るボランティア活動に熱中したり、若い女性たちがお姑さんと過ごす息苦しい家の中から抜けだし生き生きと国婦の運動に参加したりと、それぞれに生きがいを見つけていた。その裏側には一人ひとりの人生があって、心があって、そして活動にのめり込んでしまったんだと思うんです。

──当時の女性たちは、ある意味で、国家に利用されていたようにも思えます。

元々家庭にいた女性たちは、家族の世話で忙しく、いつも誰かの靴を履いている状態でした。そんな女性たちが、当初は託児所や養蚕の講習会をするなどの形態で助け合いの活動を始め、それは戦時中に戦争を後押しする活動に切り替わっていきましたよね。女性たちは、兵士の靴を履いてエンパシーを働かせ、その能力を搾取していたのが陸軍だったのだと思います。

──銃後の女性たちの姿は、決して特別なものではないように思えてきますね。

一様に洗脳されていたわけではなく、それぞれの理由や背景があって、前向きに活動していたことを知って、私自身も衝撃を受けました。そして、改めて彼女たちは私たちと同じ人間だったんだなと実感したんです。銃後の女性たちの姿は、あの時代だけの特別な話ではなくて、今の自分たちにも起こりうる話だと思います。

<「エンパシー」の搾取>

──エンパシーの搾取は、現代にも見られますか?

新型コロナウイルスによる緊急事態が続く中、国を動かしている人たちが、「今は大変だから、あなたたちも自助で頑張ってください」と言ったときに、「なんでそうなるの?」と思えないような状態に陥っていると思います。これもある種のエンパシーの搾取で、被支配者側が支配者側の靴を履いてしまうんですよね。そうすると、自分の靴を疎かにして、どんな靴を履いていたかもよくわからないような状態になってしまうのです。

──そうなってしまうのはなぜですか?

(物資が極端に不足していた)戦時下では、金属製品の供出が義務付けられていたため、ご近所間で「あそこの家には、鍋がもっとあるんじゃないか」と、互いに目を光らせ合うようなことがありました。そして、それがエスカレートして、国婦は志願兵のリクルートにも使われていたそうです。供出するものが、鍋から人間に変化していく過程は非常に恐ろしいものだけど、女性たちは決して外では「おかしい」と本音は言えなかったのです。

今の日本も、いまだに本音が言いにくい社会のように思えます。たとえ自分たちにとって切実なテーマであっても、本音で話し合うことをしないから、誰も望まない社会へ向かっていっているように感じるんです。そういった部分は、当時と今の社会で、通じる部分があるのではないでしょうか。

<エンパシーの搾取から逃れるために>

──エンパシーの使い道には、注意が必要なんですね。

本来であれば、エンパシーは生身の人間に対して働かせる想像力のことですが、政府や国家のような抽象的な対象の靴を履いてしまうと、エンパシーはとても危険なものになりかねない。エンパシーは社会を回していくためには必要なものですが、特に緊急時は人間の尊厳が踏みにじられやすい状況に陥りがちなので、「自分の靴を明け渡さず、誰にも支配されない。自分の人生を生きる」という軸はとても大切だと思います。

──どうすれば、自分の靴を明け渡さずに歩んでいけるのでしょうか?

「常識を疑え」ということだと思います。戦時下でも、もし一人ひとりに常識を疑う力があったら、立ち止まって考えるチャンスがあったのではないでしょうか。鍋はまだ供出できても、人間はさすがにだめだろうと思えたかもしれませんよね。一度立ち止まって考える教訓を残していると思います。今も、日本がいい方向に向かっていると思っている人はあまりいないのではないでしょうか。基準になるのは、生身の人間しかいません。私たちが私たちとして生きてけるのか。生きづらいのであれば、何かが間違っているし、生身の人間を犠牲にする社会はおかしい。

──今回のNHKスペシャルでは、戦時中、国婦の活動に参加していた母親を持つ92歳の女性が、母親たちの活動が結果的に戦争協力につながってしまったことを教訓に、常に新聞を読み、社会の動きから目を離さないことを自らに課している様子を紹介します。

彼女の姿勢には、見習うべき点が多々あると思います。現代の女性たちは仕事に家事に非常に忙しく、ニュースを読む暇もないという人も多いとは思いますが、普段から政治へ意識を持っておかないと、何かあったときにワッと流されてしまう。現状として、日本のジェンダーギャップ指数は、特に政治の分野において一際目立って低く、女性が政治の世界から切り離されていることは昔とそう変わらないのでは。でも、日本の女性たちからも、「変わりたい」というフツフツとした思いが感じられるので、きっとこれから変わっていくと期待して見ています。

〈ブレイディみかこ〉

ライター・コラムニスト。1965年、福岡市生まれ。英国・ブライトン在住。

新著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』では、「エンパシー(他者の感情や経験を理解する力)」をキーワードに、互いの価値観を尊重し合う社会を作るヒントを提示している。