(2021年6月6日の放送内容を基にしています)
いま人類が抱える様々な課題。2030年ごろ、限界に達すると言われています。資源の大量消費、人口爆発と食糧問題、そして加速する温暖化。飽くなき人間の活動が、地球の運命を左右し始めています。
さらに、急速に進化するテクノロジー。使い方次第で、未来の明暗が大きく分かれることになります。
危機を乗り越える道筋を探るシリーズ2030。第4回は、生命そのものを操る最先端技術、ゲノムテクノロジーです。
いま人類は膨大な遺伝情報「ゲノム」を解析し、思い通りに操作し始めています。その技術は、変異を続ける新型コロナのワクチンや治療薬の開発にも利用され、パンデミックに立ち向かう重要な武器となっています。
さらに、人類を悩ませてきたがんなど、重い病の克服や、食糧危機といった地球規模の課題解決に大きな期待がかかっています。
これまで膨大なコストがかかっていたゲノム情報の解析。2030年には限りなくゼロに近づくと試算されています。人びとがあらゆる生命を自在に操作できるようになったその先に、何が待ち受けているのか。
人類の欲望に歯止めがかからず、技術が暴走していく未来…。
誰よりも美しく。そして誰よりも能力が高い。思い通りの子どもを生み出すデザイナーベビーの誕生。
人間の価値がゲノム情報をもとに判断され、優れた遺伝子をもつ者と、そうでない者の格差が広がり続ける社会。
未来の世代の運命をも変えつつある人類。光と影が交錯するこの技術を制御することはできるのか。2030年までの10年、歩むべき道を探ります。
<“未来”との出会い>
看護師「次は上で先生の診察になります」
変わった病院…その螺旋階段の先に待っていたのは…。どこか現実離れした場所だった。
もしかして、ここは、未来の病院・・・?
未来の医師「あなたのゲノムには糖尿病や、がんのリスクが見受けられます。私たちの時代にはどれも大変な病気ではなくなっているんですけどね」
ナナ「あの先生…なんでそんなことわかるんですか?」
未来の医師「ゲノムテクノロジーのおかげです」
ナナ「ゲノム…テクノロジー?」
未来の医師「未来の医療に革命が起きたんです。すごい革命です。ただ…この技術には光と影があります。 あなたたちは、大変な未来が待っていることに、まだ気づいていなんです」
<最大の成長分野は医療 がん治療の現場では…>
その革命はまさに今、起きようとしています。
ゲノムテクノロジーを活用した最先端治療をおこなう、中国、杭州にあるがんの専門病院です。
1年間で訪れる患者は16万人。他の病院では治療が難しいとされた末期のがん患者たちが 次々と入院してきます。
病院長の呉式琇(ゴ・シキシュウ)医師です。これまで、20人以上の末期がんの患者に対して、ゲノムテクノロジーを応用した臨床試験をおこない、一部の患者に効果が確認されています。
呉医師「私たちは遺伝子を操作する技術を使って、患者の体ががん細胞と戦う力を高めています」
その治療を受けた男性は3年前、食道がんで余命3か月と診断されました。
当時の男性の体内では、食道がんが、肝臓などに転移し、大きく広がっていました。ところが、この治療を受け始めてから、がんはコントロール可能なレベルにまで抑えられたといいます。
こうした治療は中国以外でも進められていて、将来の実用化が期待されています。
ゲノムテクノロジーを活用した治療。そのメカニズムです。
がん患者の体内では、「キラーT細胞」と呼ばれる免疫細胞が、「がん細胞」と戦っています。
このキラーT細胞の遺伝情報、「ゲノム」を最新の技術を使って思い通りに操作。がん細胞への攻撃力を高め、増殖を抑え込むことができるというのです。
呉医師「中国ではゲノムテクノロジーにより新しい治療が次々と生まれ、医療を変えはじめています。1日でも長く生きたければ、この新しい治療方法を試す価値があるでしょう」
<ノーベル賞を受賞した「クリスパー・キャス9」>
いったいどのようにして、「ゲノム」を思い通りに操作することが可能になったのか。
ゲノムは体の特徴や機能を細胞レベルで決める人体の設計図です。「A」「G」「C」「T」、4つの物質の組み合わせからなっています。
しかし、ゲノムの配列は何十億にもおよぶため、場所を特定し、その組み合わせを書き替えることは容易ではありませんでした。その壁を打ち破り、生命科学の常識を覆したのが、去年ノーベル賞を受賞した、ジェニファー・ダウドナ博士です。
博士が注目したのが、チーズやヨーグルトに含まれる乳酸菌などがもつ特殊なタンパク質です。これを、細胞の中に注入すれば、簡単に、ゲノムの配列を思い通りに変えることができるというのです。
「ゲノム編集」の可能性を広げた、「クリスパー・キャス9(ナイン)」という画期的な技術です。
このタンパク質は、特定の配列を見つけ出し、その部分を切断する能力をもっていました。
ダウドナ博士は、このタンパク質に切断したい配列を覚えさせ、細胞に注入。
すると、膨大なゲノムの中から、目的の部分を見つけ出し、切断。
同時に、組み込みたい配列を注入しておけば、思い通りの配列に書き替えることができるのです。
ゲノム編集の技術は、すでに医療以外の分野でも応用されています。
食料問題解決のために、収穫量を飛躍的に向上させたトウモロコシ。さらに、温暖化に強い作物の開発も進められ、人類が直面する大きな課題にも役立てられると期待されています。
<中国・コロナ禍で加速するゲノムテクノロジー>
この技術を急速に発展させようとしているのが中国です。2030年までの10年で科学技術の強化を目指し、ゲノムテクノロジーを成長分野の大きな柱のひとつと位置づけています。ゲノム編集に関連する特許の数は当初、アメリカがリードしていましたが、2016年に逆転。世界の最前線となりつつあります。
そして、世界を襲った新型コロナのパンデミック。その中でも、中国はこの技術を用いてさらに存在感を高めようとしています。中国のバイオ企業が生み出す、ある「生物」がいま、世界中で売れていると聞き取材に向かいました。
防護服に身を包んだ作業員が案内した先…。そこには、ケージに入れられた、おびただしい数の実験用のマウスが並んでいました。社長の韓藍青(カン・ランセイ)さんがもってきたマウス。一見、普通のマウスに見えますが…。
韓社長「一部の遺伝子を人間のものに改造しました」
通常のマウスは、新型コロナに感染することはありません。 しかし、人間の遺伝子の一部を組み込まれたこのマウスは感染するという特徴をもっています。このマウスを使えば、変異を続ける新型コロナのワクチンや治療薬の開発に必要な実験ができると、世界中から注文が相次いでいるのです。この企業ではゲノム編集の技術を取り入れ、新しい特徴をもつマウスを次々と生み出しています。
顧客の要望に合わせ、まるでプログラミングのようにゲノムの配列を決めていきます。横たわっているのは、麻酔をかけられた母親マウス。その子宮の中に、遺伝情報の一部を書き替えた受精卵を移植します。
こうして、自然界には存在しない新たな命を次々と生み出すことができるのです。
韓社長「我々にとって生命とは、デジタル情報の集合体なのです。私たちはあらゆる生命のゲノム編集を可能にする技術を手にしました。創造の可能性は無限に広がっています」
大きな可能性を秘めたゲノムテクノロジー。2030年までの10年の間に、急速に進化を遂げると 言われています。去年、アメリカのシンクタンクが報告書をまとめました。背景にあるのは、ゲノム情報を解析するコストの急速な低下。2000年にはおよそ100億円かかっていましたが、2030年には限りなくゼロに近づくと試算されています。
人類があらゆる生命の設計図を手にし、操作できる可能性が飛躍的に高まるのです。報告書では、大きな可能性の一方で、懸念されるリスクについても指摘しています。
そのひとつが、遺伝子操作によって未知のウイルスが作り出され、人類の脅威となる可能性。
そして、人間の受精卵を操作して、子どもに望む特徴をもたせることの問題を懸念しています。
マッキンゼーグローバル研究所 マイケル・チュイ所長「この技術は光と影が混在するパンドラの箱です。使い方を誤れば、人間の命に関わります。どこかで倫理の線引きをする必要があるのです。私たちは次の10年、よりよい選択をするために、この問題に向き合わなければなりません」
すでに、ゲノムテクノロジーのリスクを実際に示した研究者も現れています。カナダの科学者らが発表した論文。ゲノムをいちから合成することで、馬痘ウイルスという、感染力の強いウイルスを人工的に作り出しました。今回、その研究者が取材に応じました。
アルバータ大学 デイビッド・エバンス教授「人類にとって脅威となるウイルスを人工的に作り出せる時代が既にやってきている」
世界に警鐘を鳴らしています。
エバンス教授「人々が危険に気付いていないことを心配しています。この技術で将来、あらゆるものを作ることが可能になります。甘い考えで作られたものが、最悪の事態を招いてしまうのではないか、油断すると新型コロナと同じような危機に直面することになるでしょう」
<2030年は未来への分岐点>
未来の医師「私のいる未来の世界でも、新たなウイルスによるパンデミックの脅威にさらされています」
ナナ「未来でも…」
未来の医師「社会の奥底に潜む不満…憎悪… 光が強いと、その分影も濃くなるものです」
ナナ「分岐点…」
未来の医師「君ならわかりますね?2030年が分岐点です。ゲノムテクノロジーを人類が有効に活用する、明るい未来に進むのか。それとも、使い方を誤り、 暗黒の未来に進むのか。運命が分かれます」
ナナ「あと10年…」
未来の医師「技術の進化はもう止められません。すでにあなたたちの命のあり方が大きく変わり始めているんです」
<生命のあり方を揺るがす「キメラ」研究>
「少しでも命を長らえたい」人々の欲求に応えるための研究がすでに始まっています。
中国・雲南省にある世界最大級の霊長類研究所。動物実験用に4000頭のサルが飼育され、ゲノム編集を使った研究が繰り返されています。
ここでおこなわれている最新の研究とは…。
昆明理工大学 季維智(キ・イチ)教授「我々は、ヒトとサルの細胞が混ざったキメラを作りました。まだ細胞実験の段階で、実際に誕生したわけではないですが、遺伝的に近い生物のキメラをどのように作るのか、その仕組みを研究しています」
異なる遺伝情報をもつ細胞が混ざった混合体、「キメラ」。細胞レベルでの研究は認められていますが、実際に人間と他の生き物のキメラを誕生させることは、世界中の多くの国で禁止されています。しかし、季維智教授はこの研究が将来実用化されれば人類のためになると、その意義を語りました。
季教授「人間と他の生物のキメラを作る理由。それは将来、他の生物の体の中で人間の臓器を作り出すためです。これは、移植用の臓器不足を補う技術なのです」
<禁断の領域、受精卵のゲノム編集へ踏み込み科学者>
さらに、人間のゲノムに手を加え、望み通りの子どもを生み出す「デザイナーベビー」。
ひとりの科学者が、禁断の領域に足を踏み入れる発表をおこないました。
中国の若手研究者、賀建奎(ガ・ケンケイ)氏。人間の受精卵をゲノム編集し、「エイズウイルスに感染しにくい」双子の女の子を誕生させたというのです。
賀建奎氏「ふたりの美しい中国人の女の子、ルルとナナが数週間前、元気に産まれました。遺伝子を変えるために、少しだけタンパク質を注入しました」
公表の二日後。賀建奎氏が出席を予定していた国際会議には科学者や報道陣が世界から詰めかけました。
スピーチする賀建奎氏「私たちは人間の特定の遺伝子をデザインすることが実際に可能か、評価しました。組織病理学の観点から、心臓、肝臓、肺、胃は正常でした」
親の望む特徴を子どもにもたせることになる受精卵のゲノム編集。厳しい質問が浴びせられました。
北京大学の研究者「あなたは越えてはならない一線を越えてしまいました。なぜそんなことを秘密裏に実行したのですか」
オーストラリアの人類学者「倫理的な手続きはどうなっているんですか」
賀建奎氏「私は会議室で夫婦と面会し、立会人のもとで同意取得の書類を手渡しています」
その後、賀建奎氏は中国政府の取り調べを受け、違法医療行為の罪で逮捕。公の場から姿を消しました。
人間の受精卵のゲノム編集に関する規制の議論は始まったばかり。国際社会で合意された法規制はありません。事件を受けて、世界の科学者たちが作る国際委員会が報告書をまとめました。この技術はまだ安全性が確立していないとして、ゲノム編集した受精卵を母親の子宮に移植することは、当面の間、おこなうべきでないとしました。
<事件後も倫理の境界で研究を続ける科学者>
しかし、ゲノムテクノロジーによる新たな医療の可能性を封じて良いのか、研究者も葛藤を抱えています。上海科技大学の黄行許(コウ・ギョウキョ)教授もそのひとりです。
黄教授「これはゲノム編集した人間の受精卵です。見た目では普通のものと区別ができませんよね」
この研究には正当な目的があり、それを知ってほしいと取材に応じました。黄教授が取り組んでいるのは、「マルファン症候群」という先天的な病気の研究です。骨格などに異常が生じ、高い確率で子どもにも受け継がれます。
受精卵の段階でゲノム編集をおこなえば、それを防げると黄教授は考えました。
黄教授「私は農村で生まれ育ちました。小学生の頃、幼なじみの女の子に遺伝病がありました。それは神様が決めたことだと、ひとことで片付けられるかもしれませんが、患者にとっては公平ではないと思ってしまうのです」
いまだ、その是非について議論が十分になされていない人間の受精卵のゲノム編集。しかし、黄教授は、生物学者の仕事はあくまで、将来に向けて技術を高めることだと言います。
黄教授「倫理のことは、倫理学者にお任せすべきだと思います。彼らの知恵で問題の解決にあたるのです。私のような生物学者は、技術的なことを研究するのが仕事です」
淡々と質問に答えていた黄教授。「技術は悪用されないのか?」「デザイナーベビーにはつながらないのか?」質問を重ねると、突然語気を強めました。
黄教授「一般の人には、私の研究を到底理解できません。ひどいことをやっていると思われてしまいます。もうこれ以上は話したくありません。これはとてもデリケートな問題です。私を困らせないでください。技術的な質問ならともかく、デリケートなところには踏み込みたくありません。私を巻き込まないでください。一般の人は、私の研究を理解できません。きっと誤解するでしょう」
黄教授は、ゲノム編集した受精卵は実験後に処分しており、実際に子どもを誕生させた賀建奎氏とは違うと主張しました。
<能力の強化は認められる 飽くなき人間の欲望>
研究者の中には、人類の可能性を広げるためにむしろゲノムテクノロジーを積極的に使っていくべきだという人もいます。新興技術の倫理などを研究する哲学者で、オックスフォード大学のジュリアン・サヴァレスキュ教授です。医療の範囲を超えて、人間の能力を強化することが、むしろ公平なチャンスをもたらすと主張しています。
サヴァレスキュ教授「どうして、ある人は才能を持って生まれ、ある人は不利な状況で生まれなければならないのか。すべての人が遺伝的に適切な人生のスタートを切り、技術をいかして自分の人生を設計していく力を持つべきです。運任せにするのではなく、自分たちで決めるのです。私たちは人類史上初めて、世界を変えるだけでなく自分自身を変える技術を手にするのです」
<欲望の先に何が待っているのか ~スプツニ子!さん 宗教学者・島薗進さんに聞く~>
この技術が歯止めなく進んでいった先に、どんな未来が待っているのか。
この問題に強い関心を抱いてきたのが、現代アーティストのスプツニ子!さんです。
テクノロジーの進化によって人類の未来がどう変わっていくか、芸術作品を通して社会に問題提起してきました。たずねるのは、島薗進(しまぞの・すすむ)さん。生命科学の倫理に関する政府の委員を務め、社会的・倫理的側面からこの問題に向き合ってきました。
スプツニ子!「ゲノム編集をいったいどこまで使っていくのか。これがどんどん進んでいった先に、どういったことが考えられると思いますか」
島薗氏「命というのは授かるものだったわけです。結婚したら子どもを作ると言うけれども、作ろうと思っても作れるもんじゃないので…授かる。どういう子どもかというのは分からない。思ったような子どもじゃない、これは育てていてもそうならないのですが、思ったような子どもを作るという、そういうことをし始めるということですね。これは命の選別と言ったりしますけど、そういうことが起こるというのは、命を作ることになる。作る命は壊せるんですよね、モノに近づいてくる。命の尊さの基本感覚というものが怪しくなってくる可能性がないでしょうかね」
スプツニ子!「科学技術って私たちの社会のニーズだったり、欲望にかなり忠実に進んでいく、私たちの社会の映し鏡的なところが、すごく科学にはあるなって感じるんですけど」
島薗氏「科学技術は前に進んでいくものなので、次にこういうことができる。それはしなくてはならない。『でも何のため?』そこが分からない。一人一人にとって実は何が大事なことなのか、ということを今やっていることに照らして考える、それがしにくい社会になっている。それが科学の進歩というものがそれを映し出してしまっているというか。ただただ忙しい。先へ先へ進む。どこへ向かっていけばいいのかを考える暇がないというこういうふうな危うさですね」
<ゲノムテクノロジーが暴走した未来>
未来の医師「飽くなき欲望が、ゲノムテクノロジーを暴走させたんです。あれを見てください。受精卵にゲノム編集を行おうとしている夫婦です。遺伝子疾患、がん、糖尿病、HIV…。様々な疾患を予防します。持久力や筋力もアップさせ、睡眠時間も短くて済むようにする。親たちはこぞって健康優良児を作ります。いわゆるデザイナーベビーです」
ナナ「デザイナーベビー・・・」
未来の医師「心臓や肺などの臓器はいつでも取り替え可能です。サルやブタが人間の臓器を絶えず作り続けています。ほかの生命の犠牲と引き換えに、人間は命を永らえます」
そこは、ゲノムテクノロジーに縛られた世界だった。
誰もが優秀なゲノムを持つ人を探し求めている。膨大なゲノムデータが解析され、知能や容姿を向上させる傾向が解き明かされていた。お金持ちはゲノム編集するために旅に出る。『クリスパーツーリズム』とも呼ばれているそうだ。規制が緩い国に行けば、思い通りの遺伝子を獲得できる。優秀な遺伝子を代々引き継ぐ、上流階級が生まれていた。
未来の医師「誰もが等しく最先端の技術を享受できるわけじゃありません。未来の世界でも物を言うのは結局お金です」
ナナ「あの人たちは?」
未来の医師「ゲノム編集できない人たちです。 能力が低いとみなされ、定職にもつけない。世間は『無用者階級』などと呼び蔑んでいます」
ナナ「ひどい…」
未来の医師「すべての判断はゲノム情報をもとに行われます。不平等と差別が、ゲノムに刻み込まれたんです。人間の能力、効率、合理性が、 極度に優先される社会。弱い立場の人たちは未来の世界ではますます追い詰められてしまうのです」
同じ、人間なのに…。
<さらなる加速「個人への技術拡散」>
私たちの未来を左右するゲノムテクノロジー。2030年にはゲノム解析のコストが限りなくゼロに近づき、技術はますます拡散していくとみられています。
アメリカ、カリフォルニア州に住むバイオハッカー、ジョサイア・ゼイナーさん。ゲノム編集の技術を一般の人にも普及させたいと、活動をしています。
バクテリアのゲノムを自宅で簡単に操作できるキットを全世界に販売。10代から80代まで、幅広い世代の人が購入しているといいます。
将来的に、自宅で高度なゲノム編集もできるようにしたいと考えているゼイナーさん。体を張った実験をおこない、その様子をインターネットで公開しています。
ゼイナー氏「ゲノムテクノロジーによって個人が影響力をもつことはすばらしいと思います。2030年までには自宅のガレージやアパートで、 新たな発見が生まれるに違いありません」
<有効活用に向けた模索 学生や市民の議論>
技術が猛スピードで進展するなか、市民の間の議論はまだはじまったばかりです。
ゲノム編集に詳しい、人類学者のイーブン・カークシー准教授は、学生や市民を集めて対話を続けてきました。
カークシー准教授「技術によって強化される人類の未来を考えたとき、みなさんはどこで線引きをしますか?」
起業家男性「倫理観を形成する世界的な枠組みがありません。そのため、倫理的な議論ができないまま、技術が一人歩きしていくと思います」
女子学生「誰もが能力を強化できるわけではありません。ゲノム編集できるのは恵まれた人たちだけです。平等な選択とは…言えなくなると思います」
この日の議論には、遺伝性の病気に悩む人や、母親なども参加していました。
遺伝性の病気のある女性「なりたい自分になることができる、それはとてもすばらしいことだと思います。でもこれは優生学や排除の問題につながってしまいます」
ダウン症の娘がいる母親「多様性を理解することが必要ですが、必ずしも世の中はそうなっていません。ダウン症の子がいる親の間には、こんな言葉があります。「あなたを変えることはできないが、あなたのために世界を変えることができる」。ですから、テクノロジーを倫理的に利用するには、多様な価値観が認められるように、世界を変えていくことが必要です」
<わたしたち一人一人にできることは ~スプツニ子!さん 島薗進さんに聞く~>
スプツニ子!「私たちはこれから10年後、2030年に向けて、ひとりひとり、いったいどういうことを考えていかないといけないと思いますか」
島薗氏「影響を受けるのは社会ですから。生活の仕方が変わってしまう。今生きている人だけではないんです。まだ生まれていない人たちに大きな影響を与えるかもしれない。そういうことを一部の人だけで決めていいはずがないですね。共通の価値に基づいて、何が良いことかということに基づいて科学が進む方向を判断しなきゃならない。2030年は本当にすぐそこまで来ているということです。ですので、これを社会的倫理的問題として取り組む。こういう時代になってきたと思います」
ユネスコの国際生命倫理委員会の議長で、世界の専門家たちと議論を重ねている、エルヴェ・シュネイヴェスさん。私たちの向き合い方が問われていると語ります。
シュネイヴェス氏「私たちは、もはやテクノロジーの単なる消費者ではいられません。2030年に何がおきるかは、私たち自身にかかっています。私たちは驚くべき可能性と同時に、とてつもなく大きな責任も背負っているのです」
ゲノムテクノロジーは、より良く生きたいという、私たちの願いを叶えてくれるかもしれない。
だけど、その先に本当に幸せが待っているのだろうか。
私たちに生命を操る資格があるのだろうか。
日常の中に当たり前のようにある命。その意味を、いま、立ち止まって考えたい。