(2022年3月20日の放送内容を基にしています)
<“息子を返して” ネット上にあふれる母たちの声>
こうした中、軍事侵攻をめぐって、ある疑惑が持ち上がりました。
本来、戦場に送られることが想定されていない「徴集兵」の若者たちが、本人の意志に反してウクライナに派遣されているというものです。当初、プーチン大統領はこれを否定。
プーチン大統領「徴集兵は軍事行動に関わっていない。今後も関わることはない。任務を遂行するのは職業軍人だけだ」
しかしロシアのSNS上には、息子が知らないままウクライナに派遣されたのではないかと、案じる母親たちの声があふれていました。
「偵察中隊に息子さんがいる方は連絡をください。どこに連絡をすれば息子の居場所が分かるでしょうか」「31135師団のお母さんはいますか。息子が捕虜になっているようです。助けてください」(ロシアのSNSより)
ロシア国防省は、プーチン大統領の発言の翌日、派遣の事実を認めざるをえなくなったのです。
ロシア国防省報道官「残念なことに、徴集兵が特別軍事作戦に参加していることが判明した」
兵士やその母親たちのための活動をする団体の代表スベトラーナ・ゴルブさんは、軍事侵攻が始まって以来、助けを求める母親たちからの電話が鳴り止まないと言います。
NGO「兵士母の委員会」代表 スベトラーナ・ゴルブさん「母親たちは『一体、どうすればいいの』と毎日泣きながら電話をしてきます。彼らは本来、現地にいるべきではない徴集兵です。軍事活動に派遣するのは違法です」
現地で捕虜となった兵士や、死亡した兵士の遺体を返してもらうため、スベトラーナさんはウクライナ側と連絡を取り始めました。その中で、国民には知らされていない、あることを聞かされたと言います。
取材班「ロシア国防省は1度だけ、498人の兵士が死亡したと発表しましたが」
NGO「兵士母の委員会」代表 スベトラーナ・ゴルブさん「それは意図的に、わい小化された数です。ある地域でウクライナ側のボランティアに調べてもらったところ、彼らが示した死者の数ははるかに多かったのです。100とか500ではなく、数千という規模でした。助けてあげなかったら、兵士や母親たちはどうなってしまうのか。何とかしなければなりません」
鎌倉キャスター「ロシア国内、依然としてプーチン大統領の支持が高い一方、こうして見ますと、ほころびも出ているようにも見えます。畔蒜さん、ロシアの今の世論はどうなっているんですか」
畔蒜さん「先ほど、今回の軍事作戦の支持の数字が出ていましたが、逆にある調査によると、明確に反対を唱えている人というのは18歳~29歳で、実は40%もいると。30歳~41歳だと30%いると。ところがそれ以上の年齢になると、がくっと反対を唱えている人のパーセンテージが大きく下がっていくんですね。実はプーチン大統領の支持率というのも年代別で大きな差があって、45歳前後で大きく違ってくるんです。やはり年齢の高い方がプーチン大統領の支持が高い。プーチン大統領の支持層が今回の軍事作戦を基本的に支持している。岩盤の支持基盤があるということなんだと思います」
鴨志田キャスター「兵頭さん、今VTRの中で、兵士の母たちの活動というのが出てきましたけれども、こうした国内の動きは、ロシア軍の士気であるとか戦意には影響しないんですかね」
兵頭さん「今ウクライナで戦闘に加わっているロシア側の兵士の多くは、当初国内の軍事演習に参加するつもりであったと。しかしながら、ふたを開けてみるとウクライナで、兄弟民族であるウクライナの人たちと戦わざるをえなくなったわけですから、大きく士気は低下していると思います。そしてロシア兵の犠牲も、数千名に上ると見られている中、そこに徴収兵まで動員されているということが判明しています。これはロシア国内で大きな動揺になる可能性があります。かつてロシア国内のチェチェン紛争が起きたときに、同じようにこの『兵士の母の会』というのができて、『何のために多くの若い徴収兵が無駄死にしなくちゃいけないのか』という、大きな反戦の動きにつながったことがあります。ですから今回も大義のわからない戦争に、多くの若い人たちが命を落とすということに関して、ウクライナで今何が起こっているのか、今後これがロシア国内で広く広まるとともに、亡くなった兵士の亡骸がロシアに戻されるときに、こうした兵士の母の動き、反戦の動きが高まる可能性があるのではないかと見ています」
鴨志田キャスター「ここまで見てみますと、プーチン大統領の当初の勝算とは違う、さまざまな誤算も見えてきますが、ロシアが曲がりなりにも、軍事的敗北を来すような展開というのは、ありうるんでしょうか」
兵頭さん「もうすでに、敗北の可能性が高まっているんではないかと見ています。今回プーチン大統領の目的というのは、まずキエフの陥落、そして次にゼレンスキー政権の打倒、そして最終的にはロシアのかいらい政権樹立という、この3段階があったと思いますが、少なくとも、もうロシア寄りのかいらい政権の樹立、これは困難になったんだろうと思います。そしてゼレンスキー政権の打倒に関しても、今行われている停戦協議というのは、どうもゼレンスキー政権が存続することを前提に行っているような感じがありますので、ここに関しても当初ロシアが考えていた狙いというのは大きく外れつつあると思います。そして最後、キエフの陥落も今のロシア軍の置かれた軍事態勢からすると、早期に実現は困難でありまして、この3つのレベルのどこでロシアが敗北をするのか、そしてプーチン大統領がどこでどこに着地しようとしているのか。そこを今、見極めようとしているんではないかと思います」
鎌倉キャスター「畔蒜さん、プーチン大統領が何を考えているのか、誰にも分かりませんが、今ありましたようにある種の戦況の誤算だとか、それから国民の声を受けて何か考えが変化する可能性はありますか」
畔蒜さん「まずプーチン大統領がこの戦争を止める大前提は、国内向けに彼が勝利したと言える前提が必要だと思うんですね。3月18日のクリミア独立80年の会で、プーチン大統領自ら出てきて、その中で戦争目的を、あくまでも『ウクライナの今の政権から、脅威を受けているウクライナ東部の人たちを守ることが目的だったんだ』という定義付けをしています。だとすると、先ほど兵頭さんがおっしゃったように、ゼレンスキー政権の打倒までいかなくても、少なくともウクライナ東部そしてクリミア、この2つを最終的にキエフから確保したと国内的に説明できる状況ができれば、少なくとも勝利したと言うことができる。そういうふうに徐々に立場を修正している可能性があると思います」
鎌倉キャスター「徐々にプーチン氏も修正しつつあるかもしれないという話ですけれども、そういったプーチン大統領の動向を、最も注視しているのがアメリカです。ワシントンの髙木支局長に伝えてもらいます」
髙木ワシントン支局長「バイデン政権はプーチン大統領が焦りと憤りを募らせている、と分析しています。ロシア軍部隊の機能不全、ウクライナ軍による頑強な抵抗、そして欧米各国や日本が結束して打ち出した強力な経済制裁。いずれもプーチン大統領は想定していなかったと見ています。アメリカ側は各国による圧力強化が功を奏して、プーチン大統領を確実に追い詰めつつあると手応えを感じています。ただ同時にプーチン大統領が事態打開のため、化学兵器や生物兵器の使用といったカードで切り返してくるリスクを高めている恐れがあると見ています。そのジレンマをどう打開すべきか。ペトレアス元CIA長官に尋ねてみますと、『プーチン大統領を、逃げ場が無いと感じるところまで追い詰めず、勝利を与えないレベルで出口を提供することを考えるべきだ』と指摘しました。バイデン政権はロシアへの圧力を一段と強めながらも、プーチン大統領が大量破壊兵器を使わないよう、細心の注意を払うという難しい対応を迫られています」
鎌倉キャスター「兵頭さん、化学兵器などの大量破壊兵器、ロシア軍が使用する可能性というのは、現時点でどのように見ていますか」
兵頭さん「戦況がロシアにとって芳しくない中、きのう極超音速ミサイル「キンジャール」という最新式のミサイルをウクライナでの実戦で使用したと、ロシア国防省が明らかにしています。アメリカなどは今の状況から、『ロシアが生物化学兵器を使うのではないか』と懸念していて、ロシア側も『いやいや、ウクライナ側が使おうとしているんじゃないか』ということをすでに言い始めている。これは逆に、ロシア側が使う可能性があるということを示唆しているということでもあります。使うということは、あってはならないことですが、可能性というのは排除されないんじゃないかと思います」
鴨志田キャスター「遠藤さん、国際社会はプーチン大統領がそもそも侵攻するという意図も、なかなか見通すことができなかったわけですが、今この局面でまさに大量破壊兵器を持っているプーチン大統領の次の行動をいかに封じるか。どの辺が難しいとお考えですか」
遠藤さん「すでに悲惨な戦争でありますけれども、残念ながら今議論されたように、まだエスカレートし、戦火が広がり、大量破壊兵器が使われる可能性があります。そういう意味においては、やはり安全保障が大事で、なだめたりすかしたり、脅したりということが必要になります。当面はNATOの守りを固め、これ以上侵攻が広がれば、というメッセージを広げること。2つ目に、大量破壊兵器などこれ以上の悲惨なことをするようであれば、制裁を含めてもっと強いことがありうるぞ、というふうに脅すこと。逆に言うと、流血が止まる事態になれば、シンボリックにちょっとゆずってもいいところが出てくるかもしれない。それから最後に、あまり脅しすぎるとこれはまた相手の暴発を生む可能性もありますので、そこは第3次世界大戦にならないように、工夫が必要になります。1点だけ、中長期にまたがって言うと、やはりつらくても、今難しくても、ロシアを包摂する取り組み・仕組みというのを、もう一度考え直さなきゃいけないと感じています」
鎌倉キャスター「私たちの目を、ウクライナの周りにも向けていきたいと思います。今ウクライナからの避難民を受け入れている周辺国ではロシアへの警戒感が強まっています。その最前線となっているポーランド、そしてモルドバを取材しました」
<「次の標的は私たち」 モルドバの葛藤>
ウクライナの西隣に位置するモルドバです。人口の1割を超えるおよそ36万人(2022年3月18日時点)の避難者が殺到しています。
EUにもNATOにも加盟せず、ヨーロッパ最貧国のひとつと言われる、モルドバ。今、自国がロシア軍による侵攻の脅威にさらされていると訴えるのが、元外交官のムンテアヌ氏です。
シンクタンク代表 イゴール・ムンテアヌ氏「モルドバ市民は恐れています。“次の標的は私たちだ”と。今後、警戒すべきは、ロシアによる沿ドニエストル地方の併合と、モルドバをロシア連邦に組み込もうとする要求です」
ムンテアヌ氏が最大のリスクとして挙げたのが、東部の沿ドニエストル地方です。人口50万で、多くのロシア系住民が暮らしています。1990年に一方的にモルドバからの独立を宣言。今も、およそ1500人のロシア軍が駐留し、強い影響力を持っています。
その沿ドニエストル地方をめぐって緊張が走った一幕もありました。ロシアと同盟関係にあるベラルーシで行われた安全保障会議です。ルカシェンコ大統領が説明しているのは、ウクライナ侵攻計画を示しているとみられる地図。
ロシア軍の侵攻ルートが黒海沿岸から沿ドニエストル地方に向かって伸びていたのです。
モルドバの外相は、国際秩序が揺らぐ中、最悪のシナリオも想定して危機に対応していくと言います。
モルドバ ポペスク外相「社会に衝撃が走っています。私たちの町並みとそっくりのウクライナの都市が爆撃されているのです。政府はあらゆるリスクやシナリオの想定を余儀なくされています」
一方でモルドバはロシアに対してジレンマも抱えています。
モルドバは自国のエネルギーをほぼ全面的にロシアに依存してきました。政府が欧米寄りの姿勢を打ち出すと、ロシアがガスの供給停止をちらつかせ、大混乱に陥ったケースもありました。
経済的にもロシアからの投資に依存する中、市民からは戸惑いの声が聞かれます。
モルドバの不動産会社の営業担当者「ロシアとの関係を断つのは難しい。考えたくもない。今までどおりの生活を続けたい」
<隣国ポーランドに刻みこまれたロシアの脅威>
ロシアへの警戒は、世界最大の軍事同盟であるNATO加盟国にも広がっています。
27か国からおよそ3万人が参加するNATOの大規模軍事演習。NATOでは加盟国のひとつでも攻撃を受けた場合、これを加盟国全体への攻撃とみなして反撃などの対応をとると規定されています。
仮にNATOとロシアの軍事衝突になった場合に、地理的に最前線になりうるのがポーランドです。兵士たちからは万が一の事態を念頭においた発言がきかれました。
ポーランド兵士「これまでにない事態が起きている。NATOの即応部隊として、真っ先に現場に行くことになるだろう」
ポーランドの元外相シコルスキ氏。ロシアを抑止するためにも、ポーランドは態勢を強化する必要があると言います。
ポーランド シコルスキ元外相「ポーランド国内では、プーチン大統領がウクライナを越えて進軍するのかもしれないという懸念があります。プーチン大統領を止めるためポーランドは武力強化し、国防予算を増やす必要があります」
ポーランドは過去の世界大戦でも主戦場になってきました。第2次世界大戦ではナチス・ドイツ、そして当時のソビエトが侵攻し、首都ワルシャワの建物の8割が破壊。国民の5人に1人が犠牲になるという惨禍を経験しました。
市民「祖父母も第2次世界大戦で同じことを経験した。祖国を失うというのは、ことばにできないほどつらいことだ」
その歴史は若い世代にも受け継がれています。ワルシャワに住む学生のパトリックさんは、いま大戦の慰霊碑を訪ねてはSNSで発信し、ウクライナの悲惨な現状に思いをはせています。
パトリック・コルタスさん「(戦争を経験した方から)戦争がどれほど厳しいものだったのか知らされた。ウクライナの戦争はヨーロッパの戦争だ。世界は平和を目指さなければならない」
鎌倉キャスター「ポーランドの首都ワルシャワには、鈴木記者がいます。鈴木さん、そちらの情報を伝えてください」
鈴木記者「私は今ワルシャワの中央駅にいます。ロシアによる軍事進攻が始まった先月下旬以降、ウクライナから避難してきた人たちが連日多く集まっています。黄色いベストを着ているのは、そうした人たちを支援するポーランド人のボランティアです。きのう話を聞いた女性は、『歴史的にも縁が深い隣人を助けることは、わたしたちの義務です』と話していました。街なかでも至る所に青と黄色のウクライナ国旗が掲げられ、国全体でウクライナへの連帯を示しているように感じます。また今月の世論調査では、『ロシアのウクライナへの軍事進攻は、ポーランドの安全保障にとっても脅威だ』と回答した人が85%に上りました」
鈴木記者「国民の中では1999年のNATO加盟後も、他国の軍の駐留には否定的な声が多数を占めていましたが、ロシアによる2014年の一方的なクリミア併合と、今回のウクライナ侵攻でその空気は一変したといいます。その一方でポーランドはNATO加盟国ならではの強い危機感を抱いています。背景にあるのは自分たちの国が侵攻を受けたらNATO対ロシアというより大きな戦争が始まってしまうという現実です。NATOの最前線に立つポーランド、そしてヨーロッパ各国はウクライナを支えながら、ロシアの次なる一手を慎重に見極めようとしています」
鴨志田キャスター「遠藤さん、まさに今報告がありましたが、ヨーロッパ諸国というのは、歴史の経験に基づいた危機感のようなものを今抱いていると思うんですが、この先ロシアとの向き合い方、さらに難しくなるんでしょうか」
遠藤さん「やっぱりポーランド人たちは、ピーンときているわけですね。83年前にヒトラーによる侵略戦争で蹂躙され、その後スターリンに今度は支配されて、その後40年ぐらい隷属の下にあったと。戦争もダメだし、隷属もダメだ、両方とも嫌なわけですね。そんな中で直接の武力介入はしないと。これ以上自分たちから戦火は広げない、戦争を自分たちからしない。同時に今の市民による支援もありましたし、ほかの各国の武器供与を含めた、直接の軍事介入未満の最大限の支援という連帯を表明している。これはあの深い歴史的な経験に根づいたものなんだろうと思いますね」
鎌倉キャスター「畔蒜さん、今ロシア側に何か変化をもたらすとしたら、それは何でしょうか」
畔蒜さん「最近、興味深い一例があったんですが、ロシアはずっとドル建ての国債を海外で発行しているんですが、その償還期限が来て、当初中央銀行でのリザーブが各国で凍結されていると。ロシアは『凍結が解除されなければ、ルーブルでしか支払わない』という立場を表明していたわけですが、最後の最後でドルで払ったわけですね。ということは、やはりまだロシアは西側経済との関係を、やはり重要視をしているということだとすると、非常に狭い道であるけれども、やはりここに1つの可能性があるんじゃないかと。最近、交渉においてもロシア側はどうやら“経済制裁の解除”について、口に出しているようです。もちろん簡単にこれをやれるわけもないですが、ロシアを追い詰めるということと、この悲惨な状況からなんとか抜け出す、この2つの難しい選択の中で、まあ何とか解を見い出していってほしいと思います」
鎌倉キャスター「兵頭さん、この事態の悪化を食い止めるために何ができるでしょうか」
兵頭さん「ウクライナでの戦闘ですけれども、シリアから約4万人の外国人の戦闘員を最前線に立たせるということをロシアが決めておりまして、今後戦闘の長期化、場合によってゲリラ戦、これが懸念されます。どうやって止めるかということですが、経済制裁を通じて、引き続き国際社会が外から圧力をかける。これと同時に、ロシア国内から世論を通じて何とかプーチン大統領のこの暴走を止める。外と内の両面から何とかこの事態の打開を図ってほしいと強く思います」
鴨志田キャスター「あまりに悲惨で不条理な戦争を前に、私たちは悲しみや怒りとともに無力感も覚えます。しかし燃え広がった戦火を鎮め、平和を取り戻すには、気の遠くなるような努力と時間が必要です。ウクライナの現実から目を背けず、寄り添い続けることは、もはやこの時代に生きる私たちに課された責務なのだと感じます」