混迷の世紀 2023巻頭言~世界は平和と秩序を取り戻せるか~【後編】

NHK
2023年1月23日 午後5:27 公開

(前編はこちら)

(2023年1月1日の放送内容を基にしています)

上田アナウンサー「次に見ていきますのは、『エネルギー』や『食料』の問題です。すでに日本でも、食料品が値上がりしたり、ガソリンも高くなったり、また節電の要請も始まっています。日々その影響を感じているんですが、今後どうなっていくのでしょうか」

<エネルギー>

ピューリッツァー賞を受賞したダニエル・ヤーギン氏は、エネルギー問題の世界的権威です。ロシアによる軍事侵攻によって、世界規模で広がるエネルギーショック。欧米諸国や日本はロシアに対して、石油や石炭の輸入を原則禁止するなど、さまざまな経済制裁を打ち出してきました。各国の事情から足並みがそろわないところもありますが、ヤーギン氏は、ロシアは制裁によってエネルギー大国の座から引きずり下ろされると未来を予測します。

<未来予測:ロシアはエネルギー大国ではなくなる>

河野キャスター「ロシアに対する経済制裁やエネルギーの禁輸措置などは、効果はあったのでしょうか?」

ピューリッツァー賞受賞者 ダニエル・ヤーギン氏「今は二つの方向に進んでいると思います。ロシアはヨーロッパのエネルギー市場から押し出されましたが、短期的にはエネルギー価格が跳ね上がっていることから、プーチン大統領はより多くの利益を得ています。戦争の二つ目の戦線が開かれたと言えます。ウクライナでの戦線に加え、ヨーロッパでのエネルギー戦線が生まれたのです。具体的にはドイツとロシアが戦っています」

河野キャスター「プーチン大統領が勝者になる可能性はありますか?」

ヤーギン氏「短期的にはエネルギーのスーパーパワーとして、ゲームをプレーできます。しかし1~2年たつと、ロシアはもうエネルギーのスーパーパワーではなくなると思います。石油と天然ガスの主要産出国ではあり続けますが、政治的影響力がなくなると思います。なぜなら最も重要なヨーロッパの市場を、崩壊させてしまったからです。ヨーロッパは、ロシアと手を切ることに重点を置き、2年後にはエネルギーの依存を大幅に下げる計画です。ロシアは、エネルギーの多くを、中国に輸出するようになります。中国に経済的に依存しなければならなくなるのです」

河野キャスター「プーチン大統領は、エネルギー戦略の未来について、深刻なミスを犯したということでしょうか?」

ヤーギン氏「プーチン大統領は4つの計算違いをしました。ロシア軍がもっと有能だと思っていたこと。ウクライナが大手を広げて歓迎すると思い込んでいたこと。アメリカが国内のことに手いっぱいで、他国には関わらないと思っていたこと。ヨーロッパはロシアのエネルギーに依存しているため、同調すると想定したこと。どれも一見筋道は通っていましたが、いずれも大きな誤算となりました。リーダーが隠れ家に暮らしていて、2年間ほぼ誰とも会わず、自分が聞きたいことしか言わない人に囲まれていたら、そのリーダーはミスを犯します。プーチン大統領はミスを犯しました。世界経済に参入するためにロシアが20年かけて積み上げたものを、わずか数週間で破壊してしまったのです」

<未来予測:脱炭素化に意外な障害>

次にヤーギン氏が語ったのが、エネルギーを巡るもう一つの課題「脱炭素」です。日本のエネルギー自給率は、1割程度。先進国で最も低い水準です。脱炭素化によるエネルギー転換は、日本にとって待ったなしの課題となっています。しかしヤーギン氏は、脱炭素化を進める上で、意外な障害があると困難な未来を予測します。

ヤーギン氏「最近になって明らかになった別の問題があります。人々は、風と太陽光は無料だと考えていますね。もちろん風と太陽光は無料ですが、それらを活用するには、膨大な量の鉱物や原料が必要になると分かったのです。我々は、銅に関する調査を行いました。銅は電気をよく通す金属で、電気自動車には従来の自動車の2.5倍の銅が使用されていたのです。風力発電に使うタービンにも、大量の銅が使われています。2050年にゼロエミッションを達成するには、世界の銅の需要が2035年までに2倍に増えると予測しました。しかし、現状の銅の供給では間に合わず、新たな鉱山を開くにも16年かかります。しかも銅の38%は、チリとペルーで産出されています。そしてどちらの国にも、採掘への反対意見があります。最終的なゼロエミッション達成には、その他にも、さまざまな鉱物が必要になります。それらは中国がほとんどを管理し、製品化しています。リチウム電池やソーラーパネルの80%は、中国が独占しているのです。この方向に進むと、いくつかの変化が見えてきます。エネルギー転換と新たな地政学、そして中国との緊張関係です。この問題の複雑さに、ようやく気付き始めたところです。必要な鉱物は簡単に手に入らず、どこかで採掘し加工しなければならないのです」

<食料>

経済学者のジャック・アタリ氏は、長くフランスの政権中枢で顧問を務め、さらに思想家としても世界を代表する知性の一人とされています。今回は、私たちの暮らしに直結する「食料問題」の危機について、インタビューを行いました。

世界最大の小麦輸出国ロシアが、食料をいわば武器として使い、世界の食料供給を脅かす状況が続いています。アタリ氏は、今の食料難はさらなる危機への入口に過ぎないと、未来を予測します。

<未来予測:食料難は危機的な状況へ>

経済学者 ジャック・アタリ氏「もし私たちがすぐに大規模に行動しなければ、人類史上最大の食料危機が待ち受けています。巨大な危機です。15億人以上に影響が及ぶでしょう」

河野キャスター「その危機が、政治的な不安定さをもたらしているのでしょうか?」

アタリ氏「もちろん影響します。過去4000年の間に世界中で起こった戦争の原因は、常に飢餓でした。飢餓があると人々は政府に不満を持ち、絶望して組織化し、反乱がおこります。フランス革命は、食料危機が引き金です。他の多くの反乱もそうでした。ウクライナとロシアは、輸出される小麦の30%ほど、肥料は40%以上を生産してきた。そしてその大半がもう手に入らない。これは大きな問題です。作物の入手の問題に加え、肥料や飼料、種子が使用できなくなれば、2023年、2024年には、問題が生じるでしょう。

戦争は確かに危機を悪化させています。しかし、気候変動など他の要素もあります。食料が全く無くなる恐れがあるのです。さらに、深刻な水不足は災害を呼び、食料生産に大きな影響を与えます。水不足に気候変動、さらに戦争が加わり、大惨事にいたるレシピはそろっています。

人口が減少している日本も、巨大なリスクを抱えています。農家は高齢化し、誰も農業をしたがらないからです。日本では生産可能だったものも、生産できなくなる大きなリスクがあります」

<提言:日本が食糧難を生き抜くために>

次にアタリ氏は、食料自給率が低い日本が、この先どう生き残れば良いのか提言を行いました。それは私たちの想像をはるかに超える、厳しい内容でした。

河野キャスター「日本の食料自給率は38%で、輸入に大きく依存してきました。日本が食料安全保障を向上させるためには、何をすべきだと思われますか?」

アタリ氏「日本は農家の育成に力を入れ、農業を魅力的にすべきです。日本の農家は高齢化が進んでおり、代わるものがいないからです。農家になりたいと思う条件を、整えなければなりません。そうしなければ、農業は失われます。これは危険なことです。社会的にも収益の面でも、農業を魅力的にしていかなければなりません。その上で農業政策を大幅に見直すことです。より多くの土地を農業に使えるよう長期的な政策を考え、食生活を変化させ、別の食材に切り替えること。例えば、昆虫や雑草などです。日本には優れた調理人がいるので、うまく調理できるはずです。これはやらねばならないことであり、やればできることなのです。昆虫、雑草などを取り入れ、牛肉を食べることを極端に減らせば、日本の自給率は大幅に高まります」

河野キャスター「減っている農家を増やしたり、昆虫などを食べたりすることは、現代社会で実現可能ですか?」

アタリ氏「単純な話です。そうしなければ死んでしまいます。日本が消滅するだけです。今までの食のあり方を、『自らまかなう』という方向に考え直すべきです。食料を『健康・文化の礎』として捉え直すことが、社会全体で求められているのです」

上田アナウンサー「アタリさんの『日本にはいい調理人がいるから、昆虫や雑草を食べたら』という提言を聞いたときには、『ん?』と思ったのですが、逆に言うと、それぐらい今厳しい。食の認識の甘さを、突きつけられたような気がしました」

河野キャスター「昆虫食について言うと、日本ではまだ特別なものと捉えられがちではあるのですが、世界ではすでに実用化されているところもあります。アタリさんは非常に博識な思想家で、未来予測には定評がある方です。気候変動にさらに戦争という要因が加わって、ますます世界の食料事情が厳しくなっていく。そんな中で確実に食料を確保していくというのであれば、『大胆に食生活を変える決意を持つときにきているのではないか。今、その重大な転換点にあるのですよ』というメッセージだったという気がします」

上田アナウンサー「豊かな食にめぐまれている日本で、本当に意識を変えなければならないという感じですね。日本にとっては『エネルギー』も長年の問題ですよね。再生可能エネルギーに大きな期待を持っていたんですが、ヤーギンさんの話を聞くと、そんなに簡単ではない。“鉱物確保に課題”。これは新しい視点だなと思いました」

河野キャスター「『脱炭素』にむけては、ソーラーパネルやリチウム電池も大事なんですけれど、その鉱物は中国がかき集めているという指摘もありましたよね」

上田アナウンサー「ここでまた中国が出てきたなと感じました」

河野キャスター「そういう状況の中で、日本はサプライチェーンの見直しなどを迫られているわけですが、エネルギー安全保障や食料安全保障、こういうものがこれからますます大きな課題になってくるということなんです。そうした中で、これまでグローバル化を推し進めた時代から、経済や貿易のブロック化という時代に向かうのではないかという指摘もありますので、それがこれからの世界にどんなことをもたらすのかということを注視していく必要があると思います」

<核兵器>

上田アナウンサー「最後に見ていきますのは、『核兵器』の問題です。ウクライナ侵攻が始まった当初から、プーチン大統領は『核の使用』をちらつかせていて、緊張が続いています」

河野キャスター「戦争が長期化、そして戦況が劣勢を強いられていくと、プーチン大統領はことあるごとに核兵器を使う可能性をちらつかせていくのではないかということが懸念されています」

上田アナウンサー「世界で唯一の戦争被爆国である日本にとっては、見過ごせない状況になっています。今、何をすべきなのか、探ります」

日本人女性初の国連事務次長、中満泉氏は、国連の軍縮担当のトップとして活躍しています。中満氏が語るのは世界が注視する核兵器の問題です。ヨーロッパでは、プーチン大統領が「核戦争の脅威が高まっている」と表明。戦術核の使用が危惧されています。北朝鮮では、アメリカ全土を射程に入れるミサイル開発が、最終段階を迎えています。核を巡る世界の状況を、どう受け止めればいいのか。中満氏が現状を分析します。

<分析:高まる核兵器使用のリスク>

国連事務次長 中満泉氏「緊張が高まっている中、現場で戦争の状況がエスカレートしていく中で、いろいろな意味で誤算であったり、ミステイクであったりによって、核兵器が実際に使用される危険性があるというのが、国連としても受け入れがたいレベルで非常に高い。これはあり得ないことだということを、メッセージとして発信しているところです。実際に核を巡る具体的な情報があって、その結果、緊張が高まっているということよりも、むしろ、さまざまな政治的な側面で発言がある。そういった脅威をにおわせるような発言が行われていることが、非常に懸念される。実は、核兵器を使用するかもしれないとほのめかすということは、これまでなかったことですので、その意味では新しい状況です。十分に懸念するべき状況だと、私たちは考えています」

<提言:今だからこそ核軍縮を進めるべき>

さらに、核を重要視する動きがある今だからこそ、核軍縮を進めることが重要だと中満氏は提言します。

河野キャスター「今回のように、核の使用が懸念されるような状況が生まれ、一方で、ウクライナがロシアの攻撃を受けたのはウクライナが核を手放したからだという言説が広がり、その結果として、国を守るためにはやはり核が必要なんだ。そういう考え方が世界的に広まっているという指摘もあるんですが、どうお感じになりますか」

中満氏「核兵器を保有することが、究極的な安全保障のツールなのではないかという言説は非常に危険。これは核の拡散の新しい理由を作り出しかねないので、新しい拡散の推進力が出てきてしまうということに関して、非常に強い懸念を持っています。ですので、まず正確に理解することが一つ。そしていちばん安全保障につながる重要なことは、核兵器を増やしていくことではなく、むしろその逆、核兵器を廃絶していくための道筋に戻ることこそ安全保障にとって重要なのではないかと。一点強調したいのは、軍縮というのは必ずしも夢物語の理想主義の話ではなくて、常に安全保障のコインの裏側として存在しているわけです。安全保障のツールの一環として存在しているわけですので、そのことを認識して、今からどのような状況になった場合に、どのような合意を作っていく努力が必要なのか。そのためのアプローチ、戦略というものはどういうものがあるのかを考えることが、今、しなければいけない努力なのかなと思っています」

この先の平和な世界を構築するために、大きな鍵となる「核軍縮」。かつてアメリカと旧ソビエトとの間で、一度は核軍縮の扉が開かれたことがあります。当時の動きの全てを知る人物が、元ソビエト駐在のアメリカ大使、ジャック・マトロック氏です。核軍縮交渉を行ったレーガン大統領を補佐していました。

1985年から、レーガン大統領が交渉したのが、ゴルバチョフ書記長でした。二人は緊密に交渉を繰り返し、1987年に、INF中距離核戦力全廃条約に調印したのです。それは核軍縮への大きな一歩として、歴史に刻まれました。

その会談に同席し、二人の対話をつぶさに見ていたのがマトロック氏でした。首脳会談に臨む前に、レーガン大統領は「決して勝者と敗者という話をしない」(レーガンメモより)という考えを示したといいます。その真意とは何だったのでしょうか。

元駐ソ連アメリカ大使 ジャック・マトロック氏「もし勝利だと言えば、相手が負けたことを意味します。しかし相手は負けていません。核兵器は、全人類にとっての脅威だったからです。核兵器に対処するのは、誰にとっても好ましいこと。核兵器をなくせばなくすほど、みんなのためになるのです。相手より多くの核兵器を諦めるほうが、相手より核兵器を多く製造するよりも良いことなのです。国民は勝者と敗者という構図で見ていました。しかし私たちが得たのは、平等な結果でした。そしてその結果は安全な正しい方向に向かうもので、両国の利益になるものでした。だから冷戦に勝ったという考え方は、間違っているのです。冷戦の終結は、双方の利益のために交渉されたもので、みんなが勝利したのです」

<提言:レーガン・ゴルバチョフの対話に学べ>

歴史を踏まえ、マトロック氏はこれからの核軍縮に向けての提言を行いました。レーガンとゴルバチョフ、二人が長い時間をかけて行った対話にこそ、学ぶべきことがあると言います。

マトロック氏「私は外交の価値を考えています。核の緊張が非常に高まっていたころから、私たちはひそかに対話を始め、共通の利益を探りました。お互い協力できる落としどころを見つけ、それから個人的かつ率直に、さまざまなことについて話せるよう対話を設定しました。いわゆる裏ルートと呼ばれる交渉が重要で、それは必要不可欠でした。そして、たとえ同意できなくても相手の話に耳を傾け、何を伝えようとしているのかを理解することが大切です。

ホワイトハウスでレーガン大統領と働いていたとき、私がやったことは、ゴルバチョフ大統領の政治基盤はどこでどんな圧力にさらされているかを、理解させることでした。すべての論争が親善で、解決できるなどとは言いません。しかし対話をなくせば、外交のチャンスがなくなってしまいます。もし相手の言うことをすべて嘘(うそ)や虚偽、あるいは単なるプロパガンダだと簡単に否定するならば、決してうまくいかないのです。他の国の指導者を、公に悪者扱いしてはならないのです。プーチン大統領や習主席、イランの指導者たちは、かなりひどいことをしています。それでも、その行動にどんな意味があるかを理解する必要があるのです」

河野キャスター「冷戦の時代にレーガン大統領が『勝者や敗者といった考え方はやめよう』と言って、ソ連との交渉にあたったというエピソードを聞くと、自国の利益だけでなく、共通の利益に目を向けて、対立とか分断を乗り越えていく、大胆な外交力がますます問われているということが分かりますね」

上田アナウンサー「マトロックさんがおっしゃった『たとえ同意できなくても相手の話に耳を傾けて、相手が何を伝えようとしているのかを知ろうとすること』。この言葉は、ずしんときましたね。今夜この識者の方々のインタビューを聞いて、根底に、世界のつながりが切れる方向に進んでいるような気がするという危機感がにじんでいるように思いましたし、そういう時代に生きているんだと感じました」

<提言:私たちにできること>

河野キャスター「そういう時代に、日本で暮らす私たちに何ができるのか。最後に、国連で軍縮問題を担当している中満さんのメッセージを聞いていただきます」

中満氏「よく申し上げるのですが、さまざまな国際的な課題を、身近なところでぜひ話し合っていただきたいと思います。これは必ずしも核軍縮ではなくて、気候変動でもいいですし、格差の問題でもいいですし、人道的な難民問題でもいいのです。日本は島国で、ある意味国際社会のさまざまな問題の荒波にもまれているような日常生活ではないかもしれないんですけれども、実は世界全体が危機的な状況にある時代を私たちは生きているわけですので、それをもっと自分ごととして理解して、それを変えていくためには何ができるのかということを、身近な友人であったり、家族であったり、そういったところで話していく。そして自分が興味を持っている分野で、自分に何ができるのかということを考えて行動に移していく。そういったことが全部つながっているのが、実は国際社会であり、国際社会の課題をいかに乗り越えていくかということだろうと思います。自分たちが何をするべきなのかと考えて、ぜひ行動に移していっていただきたいと思います」