龍がとぶ島 奄美

NHK
2023年12月7日 午後6:00 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

(2023年12月2日の放送内容を基にしています)

この島には“龍”が出る。

奄美の人々がおそれる“龍”。その正体は「台風」だ。島に吹き荒れる暴風は、ときに時速200kmを超える。世界各地の海で発生する、台風やハリケーン、サイクロン。その中で、強い嵐が、最も発達しやすい場所が、奄美南東の海域。“台風の巣”だ。台風が秘めたばく大なエネルギーは、驚異の自然現象を引き起こす。高さ10mに迫る巨大波、人知を超えた“バケモノ”だ。

荒ぶる自然がもたらすのは、災いと恵み。

嵐がかき混ぜた海中に現れる巨大魚。“海の狩人”が獲物を追う。命のやりとりが、そこにある。

台風とともに生きる奄美大島の暮らしを見つめる。

<台風と向き合って生きる島>

世界自然遺産・奄美大島。年間降水量は3000mmに迫る。

台風が頻繁に襲うこの森には、厳しい環境を生き抜いてきた希少な動植物がすんでいる。

アマミノクロウサギは、斜面に巣穴を掘って、外敵(ハブ)や台風から子どもを守る。

青い羽を持つルリカケス。台風の来ない冬に巣をつくる。

人々が住むのは、豊かなサンゴ礁の海辺。

周囲の山により、家々は強風から守られている。多い年は、年に10回以上、台風に襲われる。島の暮らしは、自然の脅威と隣り合わせだ。

大工・漁師 武輝一さん(73)「このアダンの木は、昔ながら。ずっとそのまま。防波堤がわり。島では台風対策を第一において家を作るから、もうずっと防風林。防風林で囲われている」

家は低く、木々に隠れるように作られている。どの家も、屋根の角度は緩やか。風を受け流す工夫だ。台風の被害を減らす知恵が受け継がれてきた。

<素潜り漁師 碇山勇生>

台風に秘められた力。それを肌で知る男がいる。

奄美生まれの碇山勇生。サーフショップを経営している。

台風が過ぎたこの日、向かったのは家のすぐ裏手。

勇生は漁師でもある。奄美伝統の素潜りで、魚を突く。ひと息で2分間、潜る。台風が去ったあとは魚が活発に動き、狙いやすい。

碇山勇生「夏の海は水温が上がって生き物もすみづらくなる。台風が1回来るだけで、水温が1度下がって、魚が生きやすくなる」

捕ったのは、エラブチ。鮮度を保つため、すぐに血を抜く。

素潜り漁師たちがこぞって狙う大物・ロウニンアジが姿を現した。通称“GT”だ。

碇山勇生「“GT”見たでしょ?いいサイズがおった」

勇生が、ロウニンアジの動きを予測する。

碇山勇生「こういう溝は、魚が通りやすい。こういう所で、ちょっと待って見ていたりする」

出てきた。勇生がロウニンアジを突く。ここからは、力の勝負だ。ロウニンアジの強い引きに、勇生は、思わず引きずり込まれそうになる。

碇山勇生「相手も最後の最後まであきらめない。生きよう生きようとする」

急所のエラにナイフを入れる。体重およそ20kgのロウニンアジだ。

碇山勇生「よかった。ありがとう。最後まですごく粘っていたから。こいつも」

碇山勇生「ありました。心臓が。うまいっす。心臓を食べるのは、『また捕れるように』というおまじないですよね。魚のなかでひとつしかないじゃないですか」

勇生が暮らす海辺の集落、笠利町・用安。自然からの恵みは、分け合うのが習わしだ。

碇山勇生「ワタとエラは取って、ウロコも剥いであるから、ぶつ切りにして唐揚げで」

<プロサーファー 碇山勇生>

勇生は、全国にその名を知られたプロサーファーでもある。春から秋の台風シーズン、奄美には力強い波が押し寄せる。この波で鍛えられ、プロサーファーとなった勇生は、波のトンネル“バレル”が出現するタイミングを知り尽くしている。

碇山勇生「地形とうねりの向きと風が全部マッチしたときに、きれいにトンネルが現れる日がある。波と波に包まれている中を通る。『自然と一体』という感じ。水になれるようなイメージと魚になれるようなイメージ」

<スーパー台風2号発生>

春先から異常な暑さが続いた今年(2023年)。グアム近海で、台風2号が発生。高温の海水からエネルギーを得て、最強クラスに発達した。最大瞬間風速は 85m。グアムに上陸すると、甚大な被害をもたらした。1週間後、奄美に接近するおそれがあった。

碇山勇生「台風が直撃したらやばい。家が飛びそう。停電して家が飛ぶ感じだね」

上の画像は、過去10年間に世界で発生した、アメリカ合衆国の基準で、最強クラス(カテゴリー5、風速70m以上)の台風を示したもの。奄美南東沖は、地球上最も強い嵐が発達する“台風の巣”ともいえる海域だ。

台風襲来に備え、集落では、力を合わせて対策が進む。

もずく漁師 外薗哲人「今日は、もずくの収穫の真っ最中です。この台風に来られたら最悪ですね。台風でやられたら、1日で、もずくがなくなることがある」

漁師 西元則吉「大きい船は陸揚げできないから、港の中で養生する。昔から島中、漁船の被害がいっぱいあって、船が20m~30m飛んでいく。やっぱり協力しないとね。海で何かあったときは助け合ってやっています」

碇山勇生「飛来物とか、ネットがあるのとないので全然違う。奄美スタイルな感じです。自分が小さいころ、台風を経験しているから。怖いのを。全壊で飛んじゃったから。ばあちゃん家が。ポカーンとスローモーションで屋根が飛んでいって」

<一匹目のバケモノ 大波ビラ>

台風2号に変化が起きる。奄美の南にさしかかると、速度を落としたのである。周辺の海域に、巨大なエネルギーが放出される。それが、驚異の自然現象を引き起こす。

碇山勇生「200mぐらい沖合に出たところに、出現すると思います。ぞくぞくしますね」

勇生が待つのは、地元で「ビラ」と呼ばれる大波。高さ10mに迫る、波の“バケモノ”だ。

碇山勇生「波の大きさや崩れる力は本当に力強くて、人間じゃ全然太刀打ちできない感覚に陥る瞬間ではある。どういうふうに言ったらいいのかな…怖いけど美しい」

勇生は、巨大波に特化したサーフボード、「ガン」を用意していた。

碇山勇生「侍でいう“刀”じゃないですか。魂込めてちゃんといかないと」

勇生は、プロサーファーの中でもとりわけ大波を得意とする“ビッグウェーバー”だ。海外のアウトドアブランドがスポンサーにつき、国内外の大波に挑んできた。

<ビラ前夜>

番組ディレクター「玄くんは、お父さんが心配と言っていたけど?」

長男 玄「うん。死んだら・・・」

妻 日菜子「怖いよね」

碇山勇生「あそこは大丈夫だよ。ビラは」

玄「波にのまれたら、息が吸えないから・・・心配が結構強いかな」

<大波ビラ 1日目>

5月31日。

大波ビラが姿を現した。

碇山勇生「行けますね。ちょっとやりましょう」

200m沖。最も波が高くなる場所“ピーク”を目指す。しかし、波にのまれた勇生は、なかなか“ピーク”にたどりつけない。

体力が、削られていく。

碇山勇生「潮の力が強くて、すごく難しくて、自分が乗りたいポジションになかなか行けない」

勇生は、ひとつ大事なことを見落としていた。右へ向かう激流が発生し、位置取りを狂わせていた。

ようやく、波を捉えた勇生。“バレル”に入ろうと試みるが、波の崩れるタイミングを見誤り、波にのまれてしまう。

碇山勇生「悔しい。久々に悔しい。思い切りやられたなぁ」

<ビッグウェーバーの原点>

25歳のとき、プロサーファーとしてデビューした勇生。しかし、賞金はほとんど稼げなかった。

碇山勇生「もずく収穫のアルバイトと夜は居酒屋でバイトをしたりして、昼夜働いてためたお金で試合に行った。ぶっちゃけ、試合にあまり勝てなかったのがすごく大きかったんですけれど、悔しかった思いもいっぱいありました」

自分にしかできないサーフィンとは何か。

素潜りで養った心肺能力。幼い頃から慣れ親しんできた奄美の海。たどりついたのが、台風が起こす大波でのサーフィンだった。

大波を乗りこなすため、取り組んできたことがある。奄美の伝統文化、相撲だ。

碇山勇生「大きい波に乗るボード(ガン)が、大きくて重量があるので、下半身の力がないと大きい板を押さえつけられない。コントロールできない」

大波ビラが来る日に備え、鍛錬を続けてきた勇生。再びチャンスが巡ってくる。

<大波ビラ 2日目>

6月2日。西に向かっていた台風が進路を変え、奄美に戻ってきた。再び、大波ビラが姿を現した。勇生が海面の様子を観察し続けること30分。

碇山勇生「いま見ているのは、カレント(潮流)です。この前よりカレント(潮流)はない」

碇山勇生「ちょっと試してみようかな」

長男 玄「でかくない?」

碇山勇生「まあ、ちょっとでかいけど・・・」

玄「ちょっと?」

碇山勇生「大丈夫。この状態は」

潮の向きを見極めながら、200m沖を目指す。

碇山勇生「自分が乗らせてもらう感覚でいる。乗らせてもらう隙間をずっと狙っている。うかがっている」

狙った場所に、大波が現れた。

玄「すげー」

台風2号で目を覚ました大波ビラ。勇生は、その懐に少しだけ入ることを許された。

玄「格好よかった」

碇山勇生「これだけ広い海で、あれだけ大きい台風のパワーで作って、送られてきた波。そこに自分がいる。(人間は)ちっぽけなんだけれど、ちっぽけなりに、なかなか人間が行けない領域に行ける瞬間、生きているなと感じる」

<“龍”の脅威と対峙して生きる>

奄美では島の安全を願い、年に幾度も、海のかなたに祈りをささげる。

奄美の歴史に詳しい 奥篤次(75)「龍が暴れて海が荒れる。台風も起こる。海の神は龍神ですよね。龍が暴れていると信じている。暴れているから、空に向かって祈りをする」

台風を“龍”の化身ととらえ、その脅威を語り継いできた。

農家 大山幸良(95)「龍を見ましたです。海が真っ黒になって音を立てて、どんどん海水を引き上げるんです。それは怖いですよ」

画家 ヨシミチガ(75)「谷間から谷間まで、『ウォー』って、村中ぐるぐる回っていく。龍の声だ。龍が空に昇っていく」

画家 ヨシミチガ「今から龍を描いてもらおうと思うの」

子ども「この緑の龍は空の龍で、青い龍は海の龍。海を荒らしたり、雷をおこしたり」

子ども「嵐の中に龍が飛び出している」

子どもにとっても、龍は身近な存在だ。

子ども「自然を支えている」

子ども「家を守ってくれる。そういう感じ」

龍。

奄美の人々は、その存在に、災い以上の何かを見る。

<島の人々を翻弄した 迷走台風6号>

「大型で非常に強い台風6号は、明日、奄美地方に最も接近する見込みとなっております。荒れた天気が長引くことが予想されます」

8月2日。

台風6号は、930ヘクトパスカルまで発達。速度を落としながら、奄美に接近。長期間、居座った。

あまみエフエム「台風6号がだんだんと近づいてきました。皆さん準備は万全ですか?」

台風の影響は、10日間に及んだ。

フェリーは全て運休。食料を運び入れることも、島外と行き来することもできなくなった。

人々はじっと耐え、台風が過ぎ去るのを待った。

<破壊と再生>

世界自然遺産の森。台風は、豊かな自然にも大きな影響を及ぼした。

写真家の常田守は、43年間、奄美の森に入り、生き物たちの様子をつぶさに記録してきた。

森を進むと、そこかしこに台風の爪痕があった。

自然写真家 常田守「枝が折れるというよりも、木が倒れていたりして、植物がだいぶいためつけられている」

倒木の下を見てみると、テナガエビが、木々の隙間を格好の隠れ家としていた。

常田守「おお!アマミイシカワガエル」

絶滅危惧種のアマミイシカワガエル。すまいは、洞(うろ)。台風で太い枝が折れると、幹に穴ができる。

常田守「洞(うろ)に身を隠して、カラスやヘビから身を守ったりしています。そういった洞(うろ)を利用して、いろんな生き物が巣をかける」

台風により増水した川は、河口に大量の土砂が堆積した。シオマネキには、この泥が欠かせない。

常田守「植物プランクトンとか、そういったものを食べています。台風というのは、かなり森の中の有機物を運んでくれるので、こういった多くのカニを養っている。人間社会では、氾濫で水害などが起こると、“破壊”と思ってしまうんだけれど、それは“創生”の準備でもある」

台風の威力は、海の中にまで及ぶ。

荒波で折れたエダサンゴが、海底を埋め尽くしていた。

漁師・大工 武輝一「そのサンゴはまだ生きているから、また再生するんです。ひっくり返ったからといって、死ぬわけではない。またすぐ再生できる。その繰り返し。ずっと見ているとね。大きな台風が吹いたあとは必ず、海の中の形も少しずつ違っている」

折れたサンゴの一部は、潮で流された先で再生する。台風による破壊をきっかけに、生息範囲を広げていく。

魚たちも、台風の恵みを糧としている。

台風が起こす波が酸素を供給すると、プランクトンが増え、小魚たちが集まる。そこに現れる奄美最大級の魚が、イソマグロだ。体重 80kgを超え、どう猛な習性で知られる。

<巨大魚 イソマグロ>

素潜り漁師の勇生は、イソマグロを追い続けてきた。一匹捕れれば、集落全員に振る舞える。武運崎は、イソマグロがすむ潮の流れが速い海域だ。

碇山勇生「『安全に捕らせてください』と、心で唱えてはいます。大きい魚は、勝負するというのも魅力的な部分ではあるけれど、大きい魚を一匹捕ったら、みんなで食べられる。そういったときの喜びもある」

イソマグロをおびき寄せる仕掛けを用意する。

碇山勇生「キラキラと遠くで光っているように見える。小型の魚が来て、どんどん食物連鎖になっていく。最後にマグロとか、大型の魚が近づいてくる」

<姿を見せないイソマグロ>

10月下旬。台風が過ぎ去った、大潮の日。仲間の漁師と、武運崎を目指す。

碇山勇生「潮は動いている。いい感じで流れている。ドリフトで前にいくのがベスト。来てくれんかな」

岩に向かう潮に乗りながら、イソマグロを探す。用意した仕掛けのまわりに、小魚が寄ってきた。

しかし、肝心のイソマグロは、姿を見せない。

碇山勇生「だめか・・・。エサになりそうなのはいるんだけれどね」

<激流にイソマグロを撃つ>

海面の様子を見ながら、さらに流れが強い場所を探る。

碇山勇生「またカレント(潮流)が出ている。動き出しているね。潮が。行きます」

しかし、潮の流れが足りない。

碇山勇生「入る場所がやっぱり違う。全然うまくいかない。もう少しあっち側からいかないとだめだわ」

干潮時刻を過ぎた12時。潮が走り出した。

碇山勇生「潮の動き出しですよね。潮止まりから、今からまた動く。行きます!」

碇山勇生「ツムブリがおる!ツムブリ」

イソマグロが好んで食べる魚、ツムブリの群れだ。

勇生は勝負をかける。

水面下30m。息の続くギリギリまで潜っていく。

いた。イソマグロの群れだ。

碇山勇生「堂々としている。こっちが見るより、あっちが見ている感が強い。見られている感のほうが。魚というより“主”」

油断はできない。

イソマグロは、水深70mの海底まで潜り、逃れようとする。サメが寄ってくる危険もあるため、時間はかけられない。

3分半。人間と魚。命と命のやりとりが終わった。

30kgのイソマグロは、台風がもたらした恵みだ。

豊作を祝う奄美の伝統行事、タネオロシ。そこで、イソマグロが振る舞われた。

台風の季節が終わった。

奄美の歴史に詳しい 奥篤次「台風の試練のおかげでね、試練を乗り越えるために、強くせんといかんじゃないですか。だから人は強くなれるのであって・・・いつもそう思っていました」

画家 ヨシミチガ「それも台風のひとつの事実じゃないですかね。奄美におけるね。そう思います。そうやってみんなが回復して、再生してきているわけだから。何度も何度も」

碇山勇生「台風は、奄美においてすごく脅威というか怖い存在ではあるんですけれど、違う側面では、いい恩恵を与えてくれる部分がある。自然と向き合いながら、生活していけたらと思います」

この島には、“龍”が出る。

奄美の人々は、台風の災いも恵みも受け止めて、生きる。