タモリ×山中伸弥 人体VSウイルス ~驚異の免疫ネットワーク~

NHK
2021年7月5日 午後6:15 公開

京都大学iPS細胞研究所 所長・教授 山中伸弥さん/タモリさん

タモリさん「さあ先生、今回のテーマは?」

山中伸弥さん「『人体vsウイルス』です。日本でも世界でもたくさんの人が亡くなっています。どうすれば命を守れるか。どうすれば社会を守れるか?科学が一生懸命努力しています。今日は、ぜひこの番組で科学の最前線をご紹介できたらと思っています」

(2020年7月4日の放送内容を基にしています)

世界を脅かす未知なる強敵「新型コロナウイルス」。なぜ日本では感染者が少ないのか。重症化する人としない人の違いは何かなど、多くの謎が残されています。それを解明するカギは「免疫」にあります。体の中に侵入したウイルスと果敢に闘うミクロの戦士「免疫細胞」。最新の科学で免疫力をつかさどる神秘のメカニズムが次々と解明され始めています。それに対する「新型コロナウイルス」。免疫の防御を突破する脅威的な能力が明らかになってきました。新型コロナウイルスと免疫の闘い。誰も見たことのない「ミクロの攻防」を、貴重な最新顕微鏡映像と精緻なコンピューターグラフィックスで完全映像化。私たちの体の中に広がる知られざる世界に迫ります。

<第1の防衛部隊・自然免疫VS新型コロナウイルス>

新型コロナウイルスは、感染した人の口から飛び散るごく小さな飛まつなどに潜んでやってきます。直径1ミリ程度の飛まつの中に、700万個ものウイルスが含まれていることもあるといいます。鼻や口から入ったウイルスは、簡単に先へ進むことはできません。

最初の関門は、空気を肺に吸い込む「気道」です。その表面を、電子顕微鏡で1万倍以上に拡大すると、毛のようなものが、たくさん生えているのがわかります。「線毛」です。

ウイルスなどの異物は線毛の細かな動きで外へ外へと押し戻されます。ところが、新型コロナウイルスは、この線毛をたくみにすり抜け肺の奥深くまで到達します。ここから感染が始まります。ウイルスが肺の細胞に近づいていきます。その狙いは細胞表面にある不思議な形の突起。大きさ、わずか10万分の1ミリ。

新型コロナが、自分の周りのとげを突起にぴったり結合させると、ウイルスが細胞の中に潜り込んでいきます。これが「感染」です。

表面にあった突起は、本来、細胞がコレステロールなど、必要な物質を取り込む際に、扉を開ける鍵穴のような働きをしています。細胞の中に入れるのは、鍵穴に合う鍵を持っているものだけです。ところが、新型コロナウイルスは、細胞の鍵穴にぴったり合ういわば「偽(にせ)の鍵」を使って、侵入を果たします。

新型コロナが感染した細胞の内部を電子顕微鏡で捉えたものです。赤い丸いものは全てウイルス。細胞に侵入したウイルスは1000倍にも増殖し再び外に飛び出します。

これは、細胞から、赤く示した無数の新型コロナウイルスが飛び出す瞬間を捉えた映像です。飛び出した大量のウイルスは、新たに感染する細胞を求めて散らばっていきます。このままだと、肺の細胞が次々とウイルスにやられて肺炎が進行し、症状はどんどん悪化してしまいます。この危機的な状況を防ぐために立ち上がるのが、私たちの体を守る「免疫細胞」です。

新型コロナに感染した細胞は、青色の粒を大量に放出し始めました。この粒は、免疫細胞に危険を伝える警報物質です。いわば、「敵が来たぞ!」というメッセージ。血流に乗って全身に広がっていきます。

メッセージを受け取るのは、血管の中を転がっている丸い細胞。「食細胞」と呼ばれる免疫細胞です。「敵が来たぞ!」というメッセージを受け取ると血管から外に出て移動を始め、感染が起きている現場へ急行します。

ターゲットとなるウイルスなどの異物を見つけると、食細胞が近づいて食らいつき丸呑みにします。「自然免疫」と呼ばれ、生まれつき私たちの誰もが持っている免疫システムです。新型コロナウイルスに感染しても無症状で済む人は、体の中で自然免疫が大活躍していると考えられるのです。

しかし、新型コロナウイルスは、この自然免疫の攻撃をすり抜ける、驚きの能力をもつ可能性が最新の研究で明らかになってきました。

突き止めたのは、東京大学医科学研究所の佐藤佳さん。佐藤さんが注目したのは、新型コロナウイルスの内部に格納された遺伝子の情報です。実験から、ある「特別な遺伝子」に自然免疫を欺く能力があることを見つけ出しました。

ウイルスが細胞に侵入すると、感染した細胞は「敵が来たぞ!」と伝える警報物質を大量に放出します。ところが、新型コロナが持つ「特別な遺伝子」が働くと、警報物質が作られる量がおよそ10分の1にまで抑え込まれてしまうことがわかったのです。もしこれが体の中で起きてしまうと、敵が侵入したという情報が伝わらないため、自然免疫が活躍できません。別の研究では、警報物質が出ない場合、新型コロナウイルスは、わずか2日で1万倍にも増えてしまうことがわかりました。

東京大学医科学研究所 佐藤 佳 准教授

「今回の新型コロナ感染症で重症化した方は、インターフェロン(警報物質)の産生量が低いということが報告されています。その結果、よりウイルスが増え、重症化につながっている可能性があると考えています」

<第2の防衛部隊・獲得免疫VS新型コロナウイルス>

新型コロナウイルスの場合、感染から5日ほどたつとウイルスが一定の量を超え、せきや倦怠感、発熱といった風邪のような症状が現れ肺炎が進行します。このとき私たちの体の中では第2の防衛隊が動き始めます。まず、先ほどまでウイルスと戦っていた食細胞の仲間が「伝令」となって走ります。

伝令役の細胞は、青い色の免疫細胞を見つけて、とりつきます。

伝令役の細胞が、戦いの時に飲み込んだ新型コロナウイルスの断片を、手のようなものに載せて差し出しています。青色の免疫細胞が、それを「敵の情報」として受け取ります。すると、

新型コロナウイルスだけを狙い撃ちにする「キラーT細胞」が登場します。

キラーT細胞は、新型コロナに感染した細胞を巧みに見つけ出しへばりつきます。感染した細胞の表面には、新型コロナウイルスの断片が突き出されています。キラーT細胞は、事前に学んだウイルスの情報とこの断片を照らし合わせ、一致すれば、攻撃を開始します。攻撃を受けた細胞はウイルスもろともバラバラになります。

実際にキラーT細胞の攻撃の様子を捉えた最新の顕微鏡映像です。緑に見えるのがキラーT細胞。青色のターゲットの細胞にとりつくと、赤く示した毒物質を注入します。こうして感染した細胞ごとウイルスを消し去るのです。

しかし、新型コロナウイルスは、このキラーT細胞の攻撃をも退ける特殊能力をもっている可能性も見えてきました。

感染した細胞がウイルスの断片を突き出していた手を、表面に出る前に分解してしまうのです。そうなるとキラーT細胞は、ウイルスが潜む感染細胞を見つけることができません。このままだとウイルスがどんどん増殖してしまいます。

そこで、別の免疫が働き始めます。「B細胞」です。B細胞もウイルスの断片に触れて、敵の情報を入手。「抗体」と呼ばれる黄色い小さな物質を放出し始めます。

B細胞が放出した抗体は、ウイルスが細胞に侵入するために使う「偽の鍵」にくっつきます。こうなると、ウイルスはもう感染も増殖もできなくなります。T細胞やB細胞の働きはこれで終わりではありません。体の中で、ウイルスの記憶を保ったまま待機しつづけます。もしも再び新型コロナが体に侵入してきたら、すぐに戦闘態勢をとれるよう準備しているのです。敵の情報を学んで効果的な集中攻撃をしかけ、撃退した後も、体を守り続ける専門部隊。これが、「獲得免疫」と呼ばれる第2の防衛システムです。

<新型コロナの患者の肺で起こる不思議な現象>

ドイツにあるハンブルク・エッペンドルフ大学医療センター。新型コロナウイルスで命を落とした患者の体内で何が起きていたのかを探るため、150例以上の病理解剖に取り組んできました。その結果、多くの患者で『肺血栓塞栓症(そくせんしょう)』という、肺の血管に血の塊「血栓」が詰まる現象が起きていることが明らかになりました。

これは解剖した患者の肺から見つかった実際の血栓。血流が滞り、酸素が全身に届けられなくなって死に至ったとみられます。

内部を調べると、赤い血の塊の中にいくつもの青い粒が見えます。なんと、食細胞の死骸です。

血栓ができるきっかけは「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走。体内でウイルスが大増殖したときに免疫細胞が過剰に活性化してしまう状態です。このとき、免疫細胞が誤って血管まで傷つけ、その傷を塞ぐために血栓ができるとこれまで考えられていました。最新の研究で、「サイトカインストーム」を引き金に血栓ができるという、さらに恐ろしい仕組みが見えてきました。

ミシガン大学 ヨーゲン・カンティ医師

「サイトカインストームは、免疫細胞の『自爆攻撃』を過剰に引き起こすことがわかってきました。自ら破裂してウイルスを倒す、“捨て身の攻撃”です」

「自爆攻撃」の決定的瞬間を捉えた画像です。黄色は食細胞。自ら破裂し赤色の敵に向けて自分の中身をまき散らしています。網のように見えるのは、食細胞のDNA。ネバネバした性質があり、それを利用して敵を捕らえます。通常ならこの攻撃で血栓ができることはありません。ところが、サイトカインストームが起こると、過剰に活性化した血液中の食細胞が相次いで大量に自爆。その結果、辺り一面に広がったDNAの網が、周囲の血液成分まで固めてしまいます。

塊となった血液成分は血栓となり、くっつき合って大きくなることで、ついには血管を詰まらせてしまいます。

ミシガン大学 ヨーゲン・カンティ医師

「新型コロナウイルスは私たちが経験したことのない未知のウイルスです。私たちの体は今、あらゆる攻撃法を尽くしてこのウイルスと戦っています。どうすれば過剰な自爆攻撃を防げるのか、まだよくわかっていないのです」

<エリート免疫の力で人類を救え>

新型コロナウイルスに感染し、8日間、昏睡状態に陥っていた、マイケル・ケビンさん。臨床試験中の治療薬を3種類投与しましたが改善せず、打つ手なしと思われていました。

ところが、特別な治療を行ったところ、意識を取り戻しみるみる回復。そして、無事退院することができました。

ケビンさんの命を救ったのは、ある人物から提供された「特別な力を持った血液」。血液を提供したのはジェームズ・クロッカーさん。自らも新型コロナウイルスに感染し回復しました。

クロッカーさんの血液に含まれる「抗体」を取り出し、ケビンさんの体に注入する治療が行われました。「抗体」は、免疫細胞がウイルスの情報をもとに作る「飛び道具」。クロッカーさんの体内で作られたたくさんの抗体をケビンさんの体に入れたところ、見事に新型コロナを撃退できたのです。

最新の研究では、「重篤な患者を救えるほどの大量の抗体を作り出せる人」の存在がわかってきています。

新型コロナウイルスの感染症から回復した患者149人の血液を採取。そこに含まれる「抗体の量」を詳しく分析した結果、体内で作られた抗体の量は人によってさまざま。中には平均の10倍以上の量の抗体を作り出せる人も存在していたのです。

カリフォルニア工科大学 パメラ・ビョークマン教授

「個人の免疫の働きの違いこそが、重症化するか、軽症で済むかという違いを生んでいる可能性があります。一部の人が大量に作り出す強力な抗体は、新型コロナウイルスに対抗できる、優れた武器になると考えられます」

新型コロナウイルスに感染した際「抗体」を大量に作れる人で何が違うのか、はっきりとした理由はまだわかっていませんが、研究者たちが考える仮説があります。

抗体を作り始めるきっかけとなる最初の場面で、伝令役の免疫細胞がウイルスの断片を手にして獲得免疫の部隊に伝えていました。B細胞はそうして学んだ敵の情報をもとに抗体を作り出していました。ここで重要なのが、伝令役がウイルスの断片をつかんでいた“手”の形です。

伝令役の免疫細胞が持つ手の形は、人によって違うことがわかってきました。ある形の手は、新型コロナウイルスの断片をうまくつかむことができ、敵の情報をどんどん伝えて抗体を大量に作らせることができます。ところが、違う形の手を持つ人は、新型コロナの断片をしっかりつかめず、的確に情報を伝えることができません。その結果、抗体を少ししか作ることができないというのです。

伝令役の手の形は、地域や民族によっても大きな違いがあることもわかってきました。例えば、アフリカには、マラリアの原因となるマラリア原虫の断片を捕まえやすい形の手を持つ人が多く存在しています。一方、東南アジアでは、ハンセン病の原因であるライ菌の断片を捕まえやすい手を持つ人が多くいます。こうした違いは、免疫細胞の手を形づくる「HLA」と呼ばれる遺伝子の違いによって生まれているのではないかと研究者たちは考えています。

国立国際医療研究センター ゲノム医科学プロジェクト 徳永勝士 博士

「HLAの多様性は、外からやってくる病原体の多様性に対抗する形で備わってきた。それぞれの病原体に対して、非常にうまく抵抗できる先祖が生き残った。そうやって獲得したHLAが、我々に伝えられている」

クロッカーさんのような人たちも、祖先がさまざまな感染症を乗り越える中で、「新型コロナに偶然合う形の手」を獲得できたのではないかと考えられます。一人一人の免疫細胞が、異なるウイルスに対抗しやすい形の手を受け継いでいる。それは、私たちの祖先が多様な感染症と闘い生き抜いてきたことの証しとも言えます。

そして今、最新の医学は、一部の人に備わった「免疫の力」を、世界中の人を救う武器として分かち合おうとしています。

この研究所では、新型コロナを撃退する「抗体」をたくさん作り出せる人から免疫細胞を取り出し、培養しています。その細胞を使って抗体を大量に作り、重症患者の治療や予防に役立てたいと考えているのです。すでに臨床試験を始めていて、2020年中の実用化をめざしています。

カリフォルニア工科大学 パメラ・ビョークマン教授

「病気から回復した人が持つ免疫の力が、ほかの人を救うだなんて、まるでヒーローです。優れた抗体を実験室で大量に作り出せれば、非常に多くの人を新型コロナの感染症から救うことができます。もしかしたら予防にも役立つかもしれません」

<免疫ネットワークにはまだまだ驚きのパワーがある> 

生まれてから命終えるときまで私たちの健康を守り続ける免疫細胞たちのネットワーク。それはいまだ、多くの神秘に満ちています。

生まれた瞬間から、さまざまなウイルスや細菌にさらされる赤ちゃん。その体の免疫細胞には、まだ十分な力が備わっていません。

無防備な命を守るもの。それは母乳です。出産後、数日の間に出る母乳の中に、母親の体の免疫細胞や抗体が大量に含まれているのです。そして、数か月もたつと、ようやく赤ちゃん自身の免疫ネットワークが働き始めます。その後も、さまざまなウイルスや細菌などと出会うことで、私たちの免疫細胞は力を高めていきます。

免疫の力がもっとも活発になるのは20代。そこから横ばいになり、70代になると急速に免疫は低下していくと考えられてきました。ところが、今回の新型コロナウイルスとの戦いでは、世界の人々に希望を与える不思議なことが、いくつも起きています。

イギリス・サウスヨークシャー州。すっかり回復して退院の日を迎えたアルバート・チャンバースさん。驚くのはその年齢です。2020年に、100歳を迎えました。

世界各地で、100歳を超える高齢者の驚異的な回復が相次いで報じられているのです。最新の研究から、こうした長寿者の体の中では、免疫細胞を衰えさせない特別な現象が起きている可能性が見えてきています。人体には、まだまだ私たちの想像を超えた未知の力が秘められているのです。

山中伸弥さん「医師、看護師さん、医療関係者、そして研究者の努力は、目を見張るものがあります。ほかの分野の研究者も、ふだん私たちは競争なのですが、今は競争ではなくて協力だということで、世界中の研究者、そして製薬企業が協力してワクチンと治療薬の開発に必死に取りかかっています。ラグビーの話にたとえると、前半戦かなり苦戦しましたが、今ハーフタイムで、後半戦はこのままでは終わらないぞというところです。ちょっと身震いするような状況です」

タモリさん「作戦がだんだん見えてきたということですね」

山中伸弥さん「そうです。今わかっている範囲では、なんとかいけるんじゃないかという気もしますが、ただ、まだまだ新型コロナにも隠し球、いろんな手があるんじゃないかと。そういう、ちょっと恐怖もあります」

タモリさん「控えのすごい選手が出てくるのではないかと」

山中伸弥さん「本当にウイルスの遺伝子がどんどん変化していますから、そういうこともありえますので、今後も世界中が協力を続けていくべきだと思います」