パンデミック 激動の世界 (9)「子どもの学びは守れるか」

NHK
2021年4月30日 午前11:19 公開

シリーズ「パンデミック激動の世界」第9回は「教育」。2020年春の一斉休校で、3か月にわたって学びが止まった教育現場。学校再開後も、学習の遅れを取り戻すため授業は駆け足で行われ、部活動は縮小。受験生の進路選択にも影響が出た。さらに学びのデジタル化も加速している。

取材班は、大阪の公立中学校を定点ルポ。コロナ禍、同級生や教員、地域の人たちに支えられながら“学びの未来”をつかみ取ろうとする15歳の姿を通して、日本の公教育の未来を展望する。

(2021年4月25日の放送内容を基にしています)

<日本社会の縮図 多様な生徒が学ぶ公立中学校>

170人あまりの生徒が学ぶ、大阪市立難波中学校。日本有数の繁華街、ミナミにほど近いこの学校に通う生徒の背景は、実に多様です。およそ2割は、外国ルーツ。ひとり親家庭や就学援助を受けている世帯も少なくありません。様々な背景を持つ生徒が学ぶこの学校を、コロナが直撃しました。

クラスのムードメーカー、タオチンさん。6年前、台湾からやってきました。タオチンさんが目指しているのは、ボクシング強豪校への進学。実技だけでなく、学力も求められています。

タオチンさん

「(今の成績では)厳しいなとは言われて、勉強しないと合格できないんで。でもやっててもやってても、ほんまにわかってやってんのかなとか、疑問に思うときはあります」

成績不振の原因のひとつが、新型コロナによる春の一斉休校。母子家庭のタオチンさん。家計を支える母親は留守がちです。3か月間、勉強は手につきませんでした。家庭で学習できなかったのは、タオチンさんだけではありません。難波中学校では、休校期間中、オンライン授業は実施できませんでした。生徒に宿題を出し、学びの継続を図るしかありませんでした。

生徒たちの声

「先生がいないから、教えてくれる人も誰もいないし、わからんとこもそのままにして、ほったらかしにして、教科書見ろとか言われても私わからなかったら、ほんまにわからないんで」

「(勉強は)全くしてなかったです。やっぱり、あんまり勉強得意じゃないので、自分1人じゃ進まなかったりして、ずっと1問で止まってたり」

学校再開後のテスト結果を分析すると、ある心配なことが起きていました。成績上位層と下位層の差が、以前よりも広がっていたのです。一斉休校は、勉強の苦手な生徒たちに、特に大きな影響を与えていました。

太田有紀 教諭

「ここまでかっていうのが正直なところで。感覚的に思っている点数まで(成績下位の生徒が)届いていないというのが現状。今回は厳しかったですね、やはり」

<コロナで改めて浮き彫りになった教育格差>

大越健介キャスターは、今回様々な教育現場を取材しました。

大越健介キャスター

「子供たちにとっての3か月って、僕ら以上にきっと長くて大きな意味を持つ期間だと思うので、その間の学びが失われた。それを今ちゃんと振り返らないと、もう永久になかったことになってしまう気がして」

半世紀にわたって、子どもと教育に関する研究と実践を続けてきた汐見稔幸(しおみ・としゆき)さんは、休校は一時的な学びの遅れ以上に、深刻な問題を起こしかねないと危惧しています。

汐見稔幸さん(東京大学 名誉教授)

「家庭のなかでも、子ども(の学習)を応援してあげられる環境にある家庭と、そうじゃない家庭もあって、自分の力だけでできる子だったら、はじめからできている可能性があるわけです。学校で授業を受けていてもよく分からないというのはたくさんあるわけですよね。それを家庭だけでやりなさいって言ったら、かえって無責任な事になってしまいます。たとえパンデミックが起こったとしても『子どもの学習する権利』というものをどう保障するのか、その知恵を大人が一生懸命探り合うことがなければ、格差がかえって広がってしまう」

汐見さんが指摘する格差とは、いわゆる「教育格差」。

これは、コロナ前に行われた全国学力調査の結果と、世帯収入の関係を表したグラフです。親の経済力によって、子どもの学力に差があることが課題になっていました。今回の一斉休校でも家庭の収入によって、オンライン教育の機会に大きな差が生まれるなど、格差の拡大が懸念されています。

汐見稔幸さん(東京大学 名誉教授)

「弱い所に矛盾が押し寄せてくる。次の世代である子どもたちは、学ぶっていう事を欠かしてしまったら、社会に出ていく時に、大事な財産が十分ないままに出ていかなければいけません。コロナは放っておいたら、一番弱いところをいじめてくるんだということがわかった。そこを守らなきゃいけない」

<難波中学校が取り組む 学力の下支え>

成績上位層と下位層の差の広がりが課題となっている難波中学校。成績低迷に悩む生徒達をどう支えていくのか、先生たちは議論を重ねていました。力を入れたのは、生徒の習熟度に応じた指導です。成績の差が特に大きな英語や数学で、クラスを分割しました。他の学年の教員やOBの力も借りて、それぞれのレベルやペースに合わせ教えます。

鍋谷賀都緒 校長

「第一にやっぱり子どもファーストで、それから子どもたちの進路の保障をしっかりしてあげないといけない。学習保障をしてあげないといけない。そこをどのように解決してあげられるかっていうところを、非常に悩みながら考えているところです」

そしてもう一つ。難波中学校が力を入れてきたのが、生徒同士の学び合いです。放課後、教室を開放して自習の場として提供。教科によって得意な生徒が、かわるがわる先生役になって教えます。

生徒の声

「自分の勉強とかもあるのに友達が教えてくれてたんで、めっちゃ感謝してます。みんなバカにしないんで、バカにする子もおるけど、結局教えてくれるんで。言ったほうが教えてくれるわ~みたいな感じやから、難波中、一番やと思います」

<地域の人間関係力 意欲を支える>

午後6時、成績低迷に悩むタオチンさんがやってきたのは、地元にある学習支援施設『コスモス』。塾に通えない子どもなどを対象に、無償で勉強を教えています。講師は地元の住民や学生ボランティアたち。難波中学校の生徒のおよそ2割が利用しています。これまでの遅れを挽回すべく猛勉強するタオチンさん。この日は、第一志望のボクシング強豪校合格を目指し、過去問に挑戦しました。

タオチンさん

「勉強に対する姿勢が甘かったなって。もう一度考え直そうかなっていう気にはなりました。コスモスは(勉強の)質も高いですし、けっこう好きですよ」

さらに、大人たちとの会話も貴重な機会になっています。将来についてイメージを膨らませる子どもたち。学びにむかう意欲にもつながっています。

谷口英代さん(学習支援『コスモス』代表)

「いろんな人がいるんやで、いろんな仕事があるんやで、いろんな人と触れ合いなさい。自分がやりたいこと見つけてくれたら、それに向かって子どもは頑張る。それに対して学ぶことはすごい力を出す。学力は、ほんまにやりたいこと見つかったらついてくるんです」

< “つながり力”(人間関係の豊かさ)と学力の関係>

地域の人々や同級生に支えられ、学び続ける子どもたち。こうした周囲の人とのつながりの力に注目する研究者がいます。教育格差の問題に詳しい志水宏吉さん。文部科学省と協力し、全国約5800人の子どもたちのデータを解析しました。人間関係の豊かさを3段階にわけて学力との関係を分析すると、学校や地域、家庭での人間関係が豊かであるほど、学力が高い傾向にあることがわかりました。

志水宏吉さん(大阪大学 教授)

「この20年間、学力格差の問題を現場に足を運びながら考えてきたわけですけど、特にしんどい層の勉強を支えるためには、その“つながり”がないと難しい。いろんな多次元的な人々とのつながりと関わりの確かさといいますか、豊かさ、その関わりの部分をクリアすれば、多くの子が学びを促進していけるんじゃないかと思います」

<学力だけでなく 人との関係性も培う>

コロナ禍は学力だけでなく、学校生活の隅々にまで影響を与えました。食事中はおしゃべり禁止。隣の校舎で学ぶ下級生との交流も禁止です。部活動も放課後30分に制限されました。吹奏楽部でトランペットに打ち込んできた聖奈さん。3年生として迎えたこの年、演奏会は全て中止となりました。

聖奈さん

「最後に思い出をつくれなかったので、それは残念だなって」

不完全燃焼のまま引退の日が近づいていた聖奈さんに、嬉しい知らせが舞い込みました。感染対策を徹底することを条件に、一度限りの演奏会を開催できることになったのです。背景には、部活動を大切にする難波中の教育方針がありました。

大宅淳一 教頭

「子供たちのつながりを一番作りやすいところですし、それによって気持ちを共有できるところは沢山あるので、ひとり親家庭である子にも、人とのつながりの濃さを学んでもらいたい」

仲間との練習すら制限されてきた1年。一度きりの演奏会を終え、3年生は高校受験へ。

一斉休校というピンチをチャンスに変えた生徒もいます。感染拡大前、不登校だった西村さんです。学校に通えるようになったきっかけは、休校明けの分散授業。生徒数は少なく、授業も半日だったため、徐々に慣れることが出来ました。

西村さん

「人が多いのが苦手だったし、すぐ帰れるって考えたら行きやすいなって。ただ普通にみんなと同じように、勉強をしたいだけです」

それでも、体育のように積極的に同級生と関わる授業は、今も苦手です。

西村さん

「自分もしゃべりたいし、混ざりたいけど、なんというか身体が、逃げちゃうというか。あんまり仲いい人がいないから、(卒業までに)できるだけ多くの人としゃべれるようになりたいなって」

<コロナで加速する教育デジタル化 新しい学びのあり方とは>

受験を前に、再び学びを止めるわけにはいかない。この日、家庭にいる生徒と教室を結んで、オンライン授業を試しました。

上地翼 教諭

「会うからこそ表情とか、なんか家であったんかなとかわかるものなんで、そういう面では顔をしっかり見たい。補助的に生かして使うことはできると思いますが、そこから先、これメインでいくとなると、また別の話かなと思います」

課題も見つかりました。家庭のネット環境によって、満足に授業を受けられない生徒もいたのです。

生徒たちの声

「学校からタブレットを借りていたんですけど、(映像や音が)結構飛びまくって何を言ってるかわからなかったので」

「(Wi-Fiじゃなくて携帯電話の回線でつないでしまって)ギガ(通信データ容量)がめっちゃギリギリやって」

コロナ禍でも、オンライン授業に速やかに移行できた国がある一方、日本ではデジタル化の後れが浮き彫りになりました。授業での情報通信技術、いわゆるICTの活用率は、OECD加盟国の中で最下位となっています。

国は、ギガスクール構想の前倒しを表明。子ども一人あたり1台の端末を配布し、教育のデジタル化を推し進めようとしています。ICTの活用は、学びのあり方をどう変えるのか。大阪市内のモデル校をたずねました。

問題集に置き換わったのは、AIドリル。ひとりひとりの理解度に応じて、AIが最適と判断した問題を出題します。グループで課題解決に取り組む授業でも、ICTが力を発揮します。それぞれが調べた情報やアイデアをクラウドに上げ、リアルタイムで共有。みんなで議論しながら解決法を探ります。

一方で学びのデジタル化をめぐっては、教育格差への影響をはじめ、さまざまな懸念の声があがっています。文部科学省が、現場の声を、SNSで募ったところ、負担の増加を心配する声などが相次いでいます。コロナをきっかけに加速する教育のデジタル化。その狙いと課題について、文部科学大臣に聞きました。

萩生田光一 文部科学大臣

「予測困難な時代にどうやって問題解決をして、前に進んでいくのか。そういう力をつけていかないと、今までの学び方では世界に通用しない。今までは、できるだけ平均値をあげる事に心がけてきたと思うんですね。誰も置いていかないようにしようと。誰一人取り残さない、そういう教育環境も残しますけれども、その中でやっぱり一人一人の個性をきちんと見てあげるような、そういう授業っていうものが必要になってくると思います。大事なことは、やっぱり先生方は先生でなくてはできない仕事に集中してもらうこと。子どもたちと向き合う時間を増やしていく事が、これからの新しい教育の大きなテーマだと思っているので、労働環境を変えていくっていう上でも、このICTは大きなツールになると信じています」

<経済的ダメージ 生徒の進路にもじわり影響>

2020年12月。大阪の街にコロナ第三波が襲来しました。難波中にほど近い繁華街ミナミ。飲食店などの営業は、よる9時までとする要請が出されました。経済へのダメージが、生徒の進路選択にも影を落とし始めます。

学習支援施設・コスモスにやってきたタオチンさん。いつもの元気がありません。タオチンさんの家は母親が家計を支えていますが、仕事を失い、学費の心配から進学への希望を失いかけていました。

谷口英代さん(学習支援『コスモス』代表)

「やっぱりお仕事が減ってるとか、パートじゃないけど正規社員じゃない家庭、日雇いだったりっていうご家庭も多いので、やっぱり今になってひずみが出てきている」

数日後、谷口さんはタオチンさんの母親を招き、高校の授業料の無償化制度について、詳しく説明しました。自己負担しなければならない金額はどれくらいなのか。制服代などの費用を計算し、支援制度を利用すれば支払える目処がたつことが分かりました。

タオチンさんの母親

「感謝しています。タオチンは谷口さんに会えて幸せ。もし会えてなかったら、もっとかわいそうだった」

タオチンさん

「谷口さんだったりとか、僕を良い方向に向けようとしてくれたおかげで、今の僕がある。裏切らない、後悔させたくない」

<多様な価値を認めあいながら 育つことの大切さ>

吹奏楽部を引退した聖奈さん。年末だというのに、まだ志望校が決まっていません。聖奈さんのような生徒は少なくありません。理由のひとつが、高校説明会の相次ぐ縮小や中止。生徒たちが、学校の様子を肌で知る機会が極端に減っていました。

大宅淳一 教頭

「子どもたちも、高校入って自分がどんなイメージで勉強したり部活動したりっていうのが、やっぱり持てないので。不安感、ここでいいのかなっていう不安感は大きいかな」

3年生を対象にしたアンケートでは、「将来や職業について考えられない」という生徒が1年前と比べて倍増していました。

コロナ禍で向き合う進路選択。答えを見いだすきっかけとなったのは、同級生との会話でした。大学進学や留学、さらに将来の夢まで考えている子もいました。思い思いの夢に触れた聖奈さん。以前は考えていなかった大学進学も視野に入れ、志望校を決めました。さまざまな背景の生徒が学ぶ難波中学校だからこそ、育めるものがあると学校は考えています。

鍋谷賀都緒 校長

「クラスメートたちと共に学ぶ空間の大切さ、この時間の大切さ。横を向けば自分と全然違う国の子がいて、家庭背景や文化も違い、でもそれが当たり前のように毎日一緒に過ごしていますので、お互い多様な意見を出すことができる。そういうのをわかっててお互い支え合う、こういったところが大変重要になってくるんじゃないかなと思っています」

多様な価値観を認め合う、この学校で、大きな一歩を踏み出した生徒がいます。一斉休校の前まで、不登校だった西村さん。苦手だった体育の授業にも参加できるようになっていました。転機となったのは、数週間前の社会の授業。それまで積極的に発言することの少なかった西村さんが、同級生の前で男女別の制服への違和感を話しました。

西村さん

「制服があるのはまあいいと思うけど、女の子やからスカートって。そんなの別に決まったことじゃないし、なんでそうやって決められるのかなって思います。(わたしは)身体は女のひとやけど、心は普通に男のひとって感じです」

自分らしくない制服。実はこれが、学校に来づらかった理由、友達と接しづらかった理由でした。西村さんの発表を受け、先生たちが動きました。制服のデザインや着用のルールについて、検討を始めたのです。

教諭

「多様性を認め合える、誰もが過ごしやすい学校づくり。誰もが着やすい制服っていう考え方です」

西村さんが抱え続けてきた思いを受け止めてくれた、同級生や先生たち。卒業を前に、友だちを作りたいという目標がかなっていました。

<パンデミック そして子供たちが問いかける教育の意義>

人と人との密な関わりが欠かせない場所『学校』。コロナ禍でその意義が改めて問われています。教育の何を守り、どう変えていくべきなのか。子ども達が私たちに突きつけた重い問いです。

卒業生代表 答辞

「新型コロナウイルスの感染が拡大し、学校の一斉休校が決定しました。初めてのことで何も理解できませんでした。受験はどうなるのか、学校行事はできるのか、部活は再開されるのか。見通しがつかない不安と戸惑いで休校中の毎日はすごく辛かったです。たくさんの方々に支えられて、ここまで来れたと思います。この難波中学校のどこを見ても、みんなとの何気ない会話や一緒に過ごした日々の思い出がよみがえってきます。本当に大切な存在だったと改めて思います。みんなとこうして出会えて本当に良かった。みんな大好きです。3年間本当にありがとう」

大越健介キャスター

「僕らの子ども時代は、国は右肩上がりに成長していて、向いている方向はみんな一緒だった。だけどこれからの社会って、たくさんの価値観、いろんな価値観を実現していくために、子どもたちには自分で道を選び取ってほしい、そういうことを願っている社会なんだろうし、教育の姿もそうなっていくんだろうなと強く思いました。その彼らを僕ら大人は『大変だね』と言ってしまうのではなくて、せめて下で支えなきゃいけない。誰も取り残さない、置き去りにしないということは、大人である我々が最低限しなければならないことなのではないか」