証言ドキュメント 永田町・権力の興亡 コロナ禍の首相交代劇(後編)

NHK
2022年1月19日 午後0:43 公開

(前編はこちら)

(2022年1月16日の放送内容を基にしています)

<自民党総裁選 “権力の座”めぐる攻防>

菅がコロナ対策に奔走してきたこの1年。権力の座を目指し、模索し続けてきたのが岸田だった。

名門派閥、宏池会の会長となって9年。岸田は有力な総裁候補の一人と目されてきた。

しかし安倍政権下では、2度にわたって総裁選への立候補を見送り、「禅譲狙い」とも評された。

前回、初めて挑んだものの、安倍や麻生ら重鎮たちはこぞって菅を支持。大差で敗れた岸田は、「終わった」とまで言われた。

岸田は自らの政策を磨くだけでなく、実力者たちの支援を確実にする必要性を痛感していた。

岸田文雄 自由民主党 宏池会会長「民主主義っていうのは、数が大きな意味を持ちます。よって、総裁選挙ということにおいても、できるだけ多くの国会議員の協力を得なければいけないと。重層的な、横にも幅広く展開した人間関係を形成していく努力をしました。こうした人とのつながりを考えた際に、安倍元総理や麻生副総裁、先輩方との人間関係、これも大事にしたということです」

岸田がこの1年、繰り返し意見を交わした実力者の1人が、最大派閥に影響力を持つ安倍だった。

安倍晋三 元内閣総理大臣「いろいろと話をしました。政策面においてもですね。私がいろんな政策的な要求をしてるというよりも、岸田総理のほうから、基本的に自民党の保守派、あるいは自民党を支持している保守系の無党派層に対して、期待を裏切ることはないし、保守党たる自民党の舵を、どっちかに切ろうということは考えていないという、大体そういう趣旨のお話はありましたけどね」

さらに岸田が重視したのが、第二派閥のトップ・麻生からの支援だった。そのために下した決断。

岸田の前の派閥会長で、麻生とは長年緊張関係にあった古賀誠と距離を置くことだった。

岸田の胸中を察した古賀は、“名誉会長職を辞する”と伝えてきた。岸田は、それを受け入れた。

取材班「麻生さんの方から(古賀氏との)関係をクリアにするようにと」

岸田文雄 自由民主党 宏池会会長「具体的なやり取り、詳細は控えますが、いずれにせよ、さまざまな先輩方からご指導いただいてきた、そうしたご恩やご縁は、これからも大事にしていかなければならないとは思っています」

岸田の側近で、今は官房副長官を務める木原誠二。変貌する岸田の様子を間近で見ていた。

木原誠二 自由民主党 宏池会事務局長「期待してても支援してもらえない時があると。したがって自らその支援を取りに行かなくちゃいけない。岸田総理は安倍総理に、まさに忠誠を尽くしながらやってきた。まずこの関係が最も大切な関係で、これを切れることなく維持をするということが1つ。それから、麻生さんとの関係というのは、宏池会、元の源流が一緒ですから、元の源流が一緒である宏池会同士の関係も重要視すると」

その岸田が最も警戒していたのが、河野太郎だった。

高い知名度と発信力で「次の総理」として、常に名前があがっていた。

しかし、河野が所属する派閥の会長・麻生は、河野の立候補に最後まで慎重だった。

麻生太郎 副総理兼財務大臣(当時)「河野太郎は、私どもとしては大事なタマだと思ってますし、将来総理総裁になりうる、いわゆる条件というものを備えてるとは思いますけれども、今の段階で河野太郎が総理総裁として、お国のために役に立つかと言えば、もう少し彼の場合には、いろんな意味で経験が必要なんじゃないか。視野がもう少し広いとか、いろんな意味が必要なんじゃないか」

河野が選んだのは、小泉進次郎と石破茂との連携。

派閥の枠を超えて、世論の後押しを受ける戦略だった。

河野太郎 規制改革担当大臣(当時)「人間1から100まで全部考え方が同じ人は、同じ自由民主党所属の国会議員であってもいないわけです。けれども、派閥がどうですか、誰々との関係がどうですって、世の中からしてみれば『日本をどうするの』っていうのが、これから大事なのに、何でここしか話をしないの。僕はそういうのが駄目だと思って総裁選に手を挙げてるわけだから」

石破茂 自由民主党 元幹事長「河野さんも小泉さんも、次の総理総裁の常に上位常連ですよね。大体この3人が、私も含めて上位にいると。足し算がそのまま実現するわけではないけれど、一般の国民の方々に何かが変わるかもしれないと。あの小泉旋風のなかでね、小泉さんと田中眞紀子さんが一緒に全国各地で演説をする。それがメディアによって報道されて、さらに増幅していくっていうのを見てましたからね」

国会議員票と党員票が同数で争われる総裁選。一回目の投票で過半数を獲得した候補者が出なければ、決選投票が行われる。その場合、議員票の比重が大きくなる。河野たちが目指したのは、1回目の投票で7割以上の党員票を獲得。その勢いで議員票を上乗せし、勝ち抜くことだった。

これに対し、自身が総理大臣の時に、石破から退陣を迫られた麻生。石破と河野が連携したことに、不快感を露わにした。

麻生太郎 副総理兼財務大臣(当時)「(河野氏は)『よくわかっておられないな』と思いましたね。やっぱり政局とかいうのが、わかってる人が秘書官なりいれば、その(石破氏の)部屋に入って行こうとしたら、後ろから止めるでしょうね。うちの秘書だったら『いや、石破の部屋には行っちゃいかんですよ』って言って。やっぱり石破さんが付いたら増える票もあるでしょうけど、減る票もあるという、そちらの読みができないと、やっぱり選挙っていうのは難しいんだと思いますけどね」

石破茂 自由民主党 元幹事長「“長いものには巻かれろ”とか、“寄らば大樹”とか、“きじも鳴かずば撃たれまい”っていうのは、それは人生訓みたいなものとして、価値のあるものだと思いますよ。ただ、政治家が、それをやっていいんですかっていうことじゃないんだろうか」

岸田と河野の一騎打ちになるという見方が広がる中で、割って入ったのが高市早苗だった。

後ろ盾になったのは、岸田が支援を期待していた安倍。今回、その思惑を初めて明かした。

取材班「三つどもえで高市さんが入ってくることで、戦略としてはどうだったんでしょうか」

安倍晋三 元内閣総理大臣「(岸田氏と河野氏の)一騎打ちになる中において、非常にムードに流され、(河野氏の)一方的なワンサイドゲームになるという危険性も、私はあったと思うんです。国民的な人気の高い人たちを集め、いわば『永田町の論理対国民』という構図を作ると。選挙はストーリーですから、ひとつのストーリーを作ったなとは思いましたね。岸田さんが有利になるということまで考えたわけではありませんが、結果としてはそうなる可能性というのは高いんだろうなと思いました」

そして、ここでもまたコロナが思わぬ余波を及ぼすことになる。

この頃、菅が推し進めたワクチンの接種率は人口の6割近くに上昇。感染者数は大幅に減り、国民の不安も和らいでいった。

当時、第3派閥の会長代行を務め、その後、岸田から幹事長に起用されることになる茂木敏充。党内には選挙の顔として、河野よりも安定感で優る岸田を推す声が広がっていったという。

茂木敏充 自由民主党 平成研究会会長代行(当時)「衆院選が目前に迫っている中で、短期的にどう支持率を上げるかという話もあったんですけど、少し長い目で見て、政権の安定を図っていかなくちゃいけないね。こういったことで共通認識を確立して、最終的に平成研(現茂木派)は大勢が岸田候補を支持ということで、まとめることができたと」

岸田文雄 自由民主党 宏池会会長「戦い、選挙。これは最後の最後まで何が起こるかわからない。ぎりぎりまで努力した結果であると思っていましたので。手応えは感じましたが、最後までどうなるか分からない。全体の駆け引きうんぬんというよりも、最後まで一人一人積み上げる努力を続けていた。これが現実でした」

選挙戦最終盤、勝利を確実なものにするために、再び安倍を訪ねた岸田。

2人の会話は、決選投票での対応にも及んだという。

安倍晋三 元内閣総理大臣「もしこちら側(高市陣営)が2位に残った、あるいは1位でも過半数取れないという状況の中においては、決選投票の時に1位になれるような工作をするというのは、戦いの中では当然のことだろうなと。最後、岸田さんとは協力できるなと考えていました」

そして迎えた総裁選。

決選投票で高市陣営の票などを上乗せした岸田が圧勝、新たな総裁の座を射止めた。

一方の河野。1回目の投票で7割以上を目指していた党員票は、4割あまりに留まった。

河野太郎 規制改革担当大臣(当時)「人間関係がどうとか、派閥がどうとかというのは、終わった話ですから、それはどうでもいいんじゃないでしょうか。変えたくない人の声の方が大きくて、結局物事が変わりきれないまま、ずるずると坂を滑り落ちて、一方でゆでガエルのように、その状況に慣れていて、危機感を感じていないというのは、やっぱり非常に大きい問題だと思います」

取材班「安倍さん、麻生さんの影響を受けているんじゃないか、といわれる声もあったと思うんですが」

岸田文雄 自由民主党 宏池会会長「政策を実現する、さらには大きな決断をするという際には、政治の安定、これは大事だと思います。政治の安定のために、できるだけ多くの方々の支援をいただきたい。その中で党の有力者の方にも、いろいろとアドバイスをいただく、助けていただく。これは大事なことだと思います」

<コロナ禍の政治決戦>

政権発足直後、岸田は解散総選挙に打って出た。

コロナの感染は激減。与党は過半数を制し、6割を超える議席を獲得した。

菅義偉 前内閣総理大臣「私は正直言って、総理大臣を辞めたあとの選挙ですから、ものすごく心配しました。しかし、街頭遊説に呼んでもいただきまして、行ったところで、逆に励まされた。政治家冥利に尽きた遊説だったと思います」

山口那津男 公明党 代表「有権者の心配はまさにコロナの対応にある。それがある意味で最大の衆議院選挙への対策でもあると。国民のささやかな願い。あるいはかき消されそうな声、そういうものを敏感に捉えてそれを政策実現に生かしていく」

これに対して野党第一党、立憲民主党は、事前の予測を下回る議席減となり敗北した。

総裁選に関心が集まり、党全体が埋没したという辻󠄀元。みずからも議席を失った。

辻󠄀元清美 立憲民主党 前衆議院議員「総裁選のワーッとお祭り騒ぎがあって、空気が変わったけど、そのまま軌道修正なかなかできなくて、政権交代という雰囲気で行っちゃったわけですね。私は国民の意識とのずれで、今回議席が伸びなかった一因だったかなって。自民党のお家芸の総裁選という権力維持装置をギリギリのタイミングで発動したなと思いました。ああ、これが“ザ・自民党”やなと」

<コロナ感染拡大再び 政治の向かう先は>

岸田政権が誕生して3か月。いま永田町のパワーバランスに変化の兆しが見え始めている。

岸田は党役員や閣僚人事で、安倍の意中とは異なる人選を行うなど、独自色を打ち出した。

さらに財政政策をめぐって、岸田が直轄する財政健全化を目指す組織と、安倍を最高顧問とする積極的な財政出動を求める組織が、それぞれ新設された。

岸田、安倍、2人の間の距離が広がっているのではないかとの臆測も出ている。

一方、年末には菅政権を支えた中核メンバーが会合。そこには石破の姿もあった。党の主流派を外れる中で、菅が掲げた政策などをめぐって意見を交わしたとされ、今後の動向に永田町の関心が集まっている。

年が明け、新たな変異ウイルス・オミクロン株による感染が爆発的に拡大。

夏の参議院選挙に向けて、再び、感染状況を睨みながら、与野党の攻防が激しくなると見られる。

当事者たちは、どう臨もうとしているのか。

茂木敏充 自由民主党 幹事長「最優先なのは、ウィズコロナ、ポストコロナでですね、どう機動的、総合的な対策をしっかりと打っていくか。安定した政権を作っていくという意味で、参院選の勝利と。今年は一番重要なテーマだと思って党運営に取り組んでいきたい」

泉健太 立憲民主党 代表「岸田総理の表面上の言葉には惑わされずに、表面上のソフトさには惑わされずに、首はすげ替えられたけれども、頭は替わったけれども、体質は変わっていない。権力の闇はいまも続いている。そして、国民の皆様には恩恵が届かない。自民党に代わる選択肢をつくりたい。この国の政治には選択肢がなければいけない」

そして、この国の舵取りを担う岸田は。

岸田文雄 内閣総理大臣「国民の命や暮らしを守ること。これが政治に課せられた最大の課題であると。私もこうした課題と政局の動きを絡めるということは、決してしなかったつもりです。権力というのは、国民の皆さんに委ねていただいたものであるということ、そして謙虚にこの権力に向き合い、権力を使わせていただく、こういった姿勢は、これからも大事にしていかなければいけない」

政治の力と責任が、かつてなく問われるコロナ禍。未曽有の危機の中で繰り広げられた権力闘争。

それは、私たちの命と暮らしを守ることに繋がっていくのだろうか。