(2022年9月18日の放送内容を基にしています)
<“親より豊かになれない” 揺らぐ将来設計>
今回行ったアンケート調査。「親より豊かになれると思うか」聞いたところ、20歳から34歳の34%、3人に1人が「豊かになれない」と答えました。
建設会社で正社員として働く松井康介さん(仮名)28歳。年収は、およそ500万円です。4年前、3000万円のローンを組んで、戸建ての住宅を購入。妻のゆかりさん(25歳・仮名)と3人の子どもたちと、この家で、長く暮らしていく計画でした。
しかし、その計画は崩れ始めていました。期待していた昇給は叶わず、入社当時から、基本給は20万円のまま。さらに、現場に出ると上乗せされる手当も、コロナ禍で10万円以上減少。住宅ローンが支払えなくなったのです。
ゆかりさん「『払えないどうしよう』とか、『いくら足りない』とか、結局返さなきゃいけないし、そんな話ばっかりで」
康介さん「話していると疲れちゃうよね。ずっと話しているとね」
ゆかりさん「親たちがすごいなって思う、今になって。子育てしながら家もちゃんと持ってて、すごいなって思う」
夫婦は大きな決断をしました。自宅を売却することにしたのです。購入したときより、大幅に安い売値でした。
康介さん「本音を言えばずっと住んで、おじいちゃんになるまでと思っていたけど、そうもうまくいかないもので、しょうがないかな」
先月、康介さんは新たな住まいを探していました。住宅ローンの返済は、およそ700万円残っています。会社での昇給は今後も期待できず、家賃などの支出を抑えて、生計を立て直そうとしています。
ゆかりさん「不安はあるよね」
康介さん「不安はあるけどやるしかないよね。相談するなり2人で話し合うなりして、乗り越えていくよね」
<“会社頼みの収入に不安“ 稼ぎ方を探る若い世代>
今回のアンケートで、「親より豊かになれない」と答えた若い世代。そのうち、7割近くが、「努力をしても豊かになれない」と回答しました。
青木和洋さん(29歳・仮名)もそう考える1人です。食品加工会社の正社員として、年収400万円を得ています。営業職として新商品を提案するなど、実績を残してきましたが、入社以来、賃金は上がっていません。会社からの収入だけでは、将来にわたって、安定した生活を送るのは難しいと感じています。
青木さん「明るい未来が見えない、モチベーションが上がらない。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったのにな」
青木さんは収入を増やすために、株への投資を始めました。リスクを覚悟で毎月、給料のおよそ半分を投資。2年間で、およそ100万円の利益を出しました。
青木さん「99万円プラスになっている」
目標は、仕事の収入と合わせて、年間600万円を得ること。少しでも投資の資金を確保しようと、大事にしてきた友人との交際もやめました。
青木さん「友だちとか、誘いは全部断っています。飲みに行くと、5000円くらいかかると思うんですよね。その5000円を節約して株に投資する」
いま、投資によって生活水準を維持しようとする動きが、若い世代の間で広がっています。
毎月、全国各地で開かれている、投資セミナー。この日の参加者は40人あまり。毎回、20代から30代を中心に、定員がすぐに埋まるといいます。
参加者の多くが、仕事の収入だけで生活していく会社頼みの人生設計に、限界を感じていました。
投資セミナー参加者「普通のサラリーマンだけだと、すごい不安というか。自分がやりたい人生をやろうと思えば、サラリーマンの給料だけじゃ絶対実現できない」
<“キャリアアップできない” 苦悩する非正規社員>
今回の取材で見えてきた将来への不安。特に顕著なのが、非正規雇用の人たちです。アンケートで、「将来の暮らし向きの見通し」について聞いたところ、4割以上が「悪くなる」と回答しました。
この25年で、所得の中央値が100万円以上下がった現役世代。その要因のひとつが、非正規雇用の拡大です。
派遣社員の小野真也(41歳・仮名)さん。年収は470万円です。
大学卒業後、機械設計の仕事を中心に10社以上、転職を繰り返してきた小野さん。今の悩みは、キャリアアップができないことです。マネジメント職の正社員をめざしていますが、そのスキルを磨く機会がなかったといいます。
小野さん「ある程度人をまとめて、つくっていく仕事。どうしても経験とか必要なノウハウが欠けているというのも大きくあるので」
国の職業訓練も探しましたが、その対象は失業者が中心で、小野さんのニーズに叶うものは見つかりませんでした。稼ぎを増やしたくても、企業にも、国にも、頼れないと感じています。
小野さん「危機感はありますね。自分の力では、どうしようもないこともあるし。考えていけばいくほど、自分が下にしか見えない。あまり気にしないようにしている」
<“沈む中間層” 社会への影響は>
星キャスター「将来設計が見通せない、若い世代の危機感が見えてきました。本来、消費意欲が高いとされる中間層の所得が落ち込むと、国全体に大きな影響を及ぼします。研究機関による試算では、20年前と比べ、個人消費が年間12兆円以上減った可能性があるとしています。今後、中間層の所得が沈み続けると、社会にどういう影響が出ることになるんでしょうか」
慶応大学教授・駒村康平さん「中間層の縮小による、負のスパイラルはすでに発生しているんですが、今後さらにひどくなっていく可能性があります。1つは、安定した収入が見込めないと、将来展望が持てないということになります。当然ながら結婚して子どもを持つということも、なかなか踏み切れなくなり、少子化につながってしまう。さらに消費が抑え込められる。消費が抑え込まれると、売り上げが減るので、企業の利益がまた減っていく。そうするとまた、賃金を抑えて、上げることができなくなると。この状態を放置しておくと、どんどん社会に不満と不安がたまっていくので、『誰かが自分より得をしいてる人がいるんじゃないか』、『恵まれた人がいるんじゃないか』、『そういう人の特権を奪ってしまえ、引きずり下ろしてしまえ』、という動きにつながっていく可能性もある。その結果、社会が分断されていくということが起きるんではないかなと思います」
<“負のスパイラル” どう断ち切るか>
星キャスター「ここからは、中間層の所得が沈み込む、負のスパイラルをどう断ち切っていくか、考えていきます。企業が稼げずに利益が減ると、人材への投資などが縮小し、イノベーションが起きなくなる。そして価格競争に巻き込まれ、さらに利益は縮小し、賃金も上げられなくなります。現場では今、この悪循環から抜け出し、再び稼ぐ力をつけていくために、企業依存型システムを変えていこうとする模索が始まっています」
<再び稼げる力を 新たな“人材投資”>
成長分野への事業転換を図ろうとしている、JVCケンウッドです。「サービス事業」への移行と、「人材への投資」で、少しずつ成果をあげ始めています。
その主力が、通信機能を備えたドライブレコーダー。顧客は、ドライバーではなく保険会社です。
事故などの際、保険会社と自動でつながり、映像や位置情報が通知されます。保険会社は、的確に状況を判断し、ドライバーをサポート。製品を通じた「サービス」も提供することで、継続的に収益を得られるようになったのです。この事業での売り上げは、3年で6倍以上に伸びました。
JVCケンウッド 執行役員・林和喜さん「いままでは売って終わりだったんですけど、1台で何年もサービスを継続して提供できる。その対価をいただくということで、われわれの成長が描けるんではないか」
それを可能にしたのは、人材登用のあり方を大きく見直したことです。
サービスを開発した部署では、ソフトウェアに詳しいエンジニアや、市場の開拓が得意な商社マンなど、多様な人材を外部から採用。その割合は、3割にのぼっています。
中途採用 社員「JVCケンウッドでしかできないような、サービスをつくり上げていく。新しい潜在顧客にリリースしていけるのではないか」
同時に、長年働いてきた社員にも、新たな分野に挑戦する機会を設けています。
入社20年目の小野寺毅さんです。以前は、カーナビの設計を担当していましたが、いまはAIを使った動画の解析を行っています。
ドライバーの顔の角度によって、脇見運転かどうか、AIが判断。事故防止に効果が期待され、今後、運送業界への販路拡大も目指しています。
小野寺毅さん「顧客に対して、どういうふうにアプローチしていくのか。全体を見られるような考え方ができるように、マインドチェンジしていかなきゃいけないとは思ってます」
こうした人材活用の取り組みは、まだ一部の部署にとどまっています。イノベーションをどう生みだし、稼げる力を取り戻すか、模索が続いています。
林和喜さん「成長事業に対してスピード感を持って、優先的に投資を回したり、人的資源を回したり、そういったところを積極的に取り組んでいく。企業自身がどんどん変わっていかなきゃいけない」
<稼げる人材を 育成の“選択と集中”>
新たな人材活用の形を探り始めた企業。これまでの横並びの育成を、大きく変えようとする動きも出ています。
人事コンサルタント会社「企業と個人の健全な緊張関係が、稼ぐ力を取り戻す上で必須」
先月、都内で人事コンサルティング会社が開いた講座です。大手メーカーや銀行など、様々な業界15社の人事担当者が参加していました。学んでいたのは、稼げる人材をいかに見出し、どう投資していくか。育成の「選択と集中」です。
人事コンサルタント会社「もっと大事なのは、どこでも働けるスキルが持てるような育成や機会の提供をするということ」
コンサルティング会社が大手企業238社に行った調査の結果です。今後は、「年齢」や、「役職」などに応じた、これまでの研修を減らし、「選抜者向け」や「キャリア」に応じた研修を増やしていくことが分かりました。
大手電機メーカー人事担当者「もちろんお金も限られていますので、どちらかというと、将来期待されている人とか、やる気のある人に対して、しっかりと支援をしてあげる」
大手鉄鋼メーカー人事担当者「社員自身にも自らスキルアップ、スキルを広げることはやっていかないといけない。企業としてもそれを支援しないと、たぶん生き残っていけない」
企業にとっては、会社に頼らず、自分でキャリアを築ける人材を育てることが重要だと、議論されていました。
マーサージャパン 人事コンサルティング部門代表・山内博雄さん「企業価値を向上するような人材を、より集中的に育てていく。市場価値だとか(企業への)貢献に応じて、よりタイムリーに競争力のある報酬を支払っていく。個人からすると、スキル・キャリアを自分の責任で身につけていかなければいけない」
<“企業依存”どう抜け出すか>
星キャスター「個人のキャリア形成については、国もその支援に力を入れていくことを掲げています。経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」の柱の1つとして、人への投資に3年間で4000億円規模の予算を投入するとしています」
星キャスター「一方、今回のアンケートで、『あなたが理想とする働き方』について聞いたところ、およそ半数が、同じ会社で長く働き続けると回答し、転職などでキャリアアップを望む人を上回っています。今も終身雇用を望む人が多くいるということですが、駒村さんは企業に依存してきた社会の仕組み、今後どうしていくべきと思いますか」
慶応大学教授・駒村康平さん「長く続いたこのデフレ、所得の低下、将来展望が持てないということで、働く人のほうは、リスクは取れなくなってきていると思います。したがって、なるべくなら、この企業にずっといて働いたほうが、転職のコストも、リスクもかからないと考えているんだと思います」
慶応大学教授・駒村康平さん「これからは自分で自分のキャリアをコントロールして、キャリアの階段を自分で作って上っていくという取り組みも、必要になってくる。そして、成長産業、新しい可能性のある、付加価値のある産業分野に移動していくと。その際には、やはりキャリアの階段を上る機会、時間、それから、必要なコスト、それに伴うリスク、必ずしもうまくいくかどうかわからない、職業を失ってしまうのかもしれない、生活が不安定になるかもしれない、このリスクを誰が担っていくのかということが大事になるわけです」
慶応大学教授・駒村康平さん「誰も担いたくないから、今の企業依存型社会になってしまっているわけなので、このコストとリスクを、本当は政府がきちんと担わなきゃいけない。きちんとしたセーフティーネットがあって、『そこは生活はちゃんと守りますよ』、『きちんと公的にサポートしますよ』というがセットでなければ動かないということだと思います」
<“沈む中間層” 苦境を乗り越えるために>
星キャスター「これから再び中間層が稼げるようになるためには、個人、企業、政府、それぞれ何が今問われていると思いますか」
慶応大学教授・駒村康平さん「日本型雇用システムモデル、それがうまく動かなくなってきた状態から、すでに30年近くたっています。われわれの社会が目指していく産業は、どういう産業なのか、どういう生活なのか。生活者である労働者と企業と、きちんと両方視野を共有して、政府がその展望を提示していく必要があると思います。企業はやはり、労働者の生活に対して、きちんと想像力を持たないといけないと思います。労働者側も、ひたすら守りに入って、我慢して1つの会社にいようということは、かなり難しくなってくると。それを自分自身でデザインをしていくと。もっとダイナミックな選択をできるような社会にしていくという必要があると思います」
星キャスター「1つの会社に勤め続け、自分や家族の人生を会社に委ねる。こうしたかつての中流の暮らしが難しくなった今、社会の仕組みを見直し、自分の働き方や暮らしも変えていくのか。私たち一人一人が問われていると感じました。駒村さん、きょうはどうもありがとうございました」