池江璃花子 新たな挑戦 (後編)

NHK
2021年4月22日 午後7:20 公開

(2021年4月10日の放送内容を基にしています)

(前編はこちら)

<わずか1年での復活優勝 その裏には>

闘病を経てプールに戻ってからわずか1年で日本選手権優勝を成し遂げた池江選手。誰もが驚くほどのスピードで復活を果たしたその裏には、何があったのか。

退院から3か月がたった2020年3月、ようやく医師から水泳の許可が下りた。しかし、1年以上ブランクがあり、飛び込みさえままならない。世界ランキング1位だったバタフライも、見る影もない。

「しかたないかなっていう気持ちもありながら、悔しさというか無力さというか、そういうのがすごいしんどくって。正直、戻りたいっていう気持ちはある。でも、戻れないなって、ちょっと厳しいんじゃないかなって、思ってる」

池江選手はどん底の状態から一体どう抜け出したのか。

病み上がりで、練習中断を繰り返していた池江選手。声をかけ励ましてくれたのは、大学のチームメートだった。病気になる前は専属コーチのもとたった一人で練習していた池江選手。仲間の存在が支えとなっていた。

池江選手が復活できたのには、もう1つ大きな理由があった。それは競技に臨む姿勢の変化だ。以前は「勝利という結果がすべて」と語っていた池江選手。結果だけでなく、努力の過程も大切にするようになっていた。遠い目標を意識するだけではなく、いま自分にできることをひとつひとつ積み重ねようとしていた。

「正直、『速く泳ぐのが当たり前』っていう感覚になってたけど、いまは『速く泳ごうとする努力』っていう気持ちが大事だと思っていて、これからできていく自分の成長が楽しみ。それがとにかく一番なので、別に過去のことを振り返る必要もないと思うし、とにかく頑張るだけ。前を見るしかない」

地道なトレーニングを重ねて臨んだ2020年8月の復帰戦。まずは、距離が短く負担の少ない、50m自由形に出場した。ようやく取り戻してきたかつてのフォーム。しかし、タイムは伸びない。そこでさらなるスタミナの強化に取り組んだ。強い負荷をかけてトレーニング。さらに、18キロ減った体重を戻すため1日4食食べることもあった。

2021年2月に出場した大会。池江選手は、特にスタミナが必要なバタフライに挑めるまでになっていた。前半から先頭争いを繰り広げ、日本トップクラスの選手たちを相手に3位に食い込んだ。

『いまできることに、全力で取り組む。』池江選手は一歩一歩、着実に前に進んでいった。

池江選手に『いまの新しい自分とは、どんな自分なのか』と問いかけてみた。

「ただの池江璃花子じゃないですかね。池江璃花子なんで、池江璃花子なんだと思います。それ以外の答えはないと思います」

<池江選手×和久田アナウンサー>

和久田アナ「池江さんの復活は“奇跡”と表現されることもありますけれども、やっぱりこうやって改めて見ますと、本当にひとつひとつ地道な努力の積み重ねっていうことが分かりますね」

池江選手「たぶん自分では気づかない以上に努力はしてるのかなっていうふうに思います。練習はとにかく好きなので練習を頑張ることももちろんなんですけど、逆に自分を追い込みすぎちゃうときもよくあって、そういうときは、結構過呼吸になってしまったりとか、すごく体に大きな負担を与えてしまうこともあって。選手権の直前1か月間くらい合宿に入ってたんですけど、そのときも、追い込み過ぎて2、3回過呼吸になってしまったりとかもあったんですけど、振り返ってみると、結果が出るようなトレーニングはちゃんと積んできてるんだなっていうことがいま分かったので、それ相応の結果がきっとこの日本選手権で出てくれたのかなと思います」

和久田アナ「泳ぐフォームを少しずつ修正して、少しずつ筋力をつけて本当にひとつひとつ着実に進んでこられましたよね。『遠くを見ずに、一歩一歩進む』って、大事なことですか?」

池江選手「そうですね、もちろん大きな目標を持つことも大事なんですけど、まずは目の前にある自分がやるべきこと、一番近くにある達成したい目標っていうのをクリアしてって、その積み重ねの先に一番大きかった目標が現れると思ってるので、本当にコツコツした積み重ねが大事かなと思います」

和久田アナ「池江さんがこれまでの取材で語った言葉からも、少しずつ目標が変化している様子がうかがえます。

退院直後は『ただ泳ぐ楽しみを取り戻したい』とおっしゃいました。プールへ戻るときは『仲間と泳ぎたい』。競技に復帰すると『レースを楽しみたい』。そしてトップレベルで競うようになるにつれ、『第二の水泳人生の自己ベストを更新したい』。こうした言葉の変化には池江さんのどんな思いが表れているんでしょうか?」

池江選手「自分がそのときそのときで言った言葉って、意外と覚えてないことが多いんですけど、やっぱりそういう小さな積み重ねを積んでいって、きっとこの『第二の水泳人生の自己ベストを更新したい』っていうふうに思ってるんだと思いますし、そのうち今度は、いま本当に『自分が持ってる自己ベスト、日本記録を更新したい』っていう日が来るかもしれないです」

和久田アナ「そうですか、この第二の人生の自己ベストが、かつての自分の自己ベストを超える日が来るかも・・・」

池江選手「いつかは、来る、と思ってます」

和久田アナ「その第二の人生、改めてどういう意味なのか教えていただけますか?」

池江選手「やっぱり、第一(の人生)っていう言い方をすると、3歳から水泳始めて18歳までずっと積み上げてきたものが、あの結果、あの日本記録更新だったと思うんですけど、いまはこうして病気になって復帰して戻ってきた自分っていうのは、過去と比べたくなるときもあるんですけど、いまの自分が本当のいまの自分だから、過去は振り返らないほうがいい。気持ち的にも、強くありたいんだったら、振り返ってても気持ちがきっとネガティブになるわけだから、とにかく前を向いていまの第二の水泳人生の自己ベストを更新したいっていうのが、目標になってますね」

和久田アナ「改めて再スタートですね。そして仲間の存在も大きかったようですよね。レース後のインタビューでも『仲間たちが支えてくれて幸せだった』っておっしゃってました。仲間の存在、池江さんにとってどうですか?」

池江選手「ずっと一緒に練習してきて、本当にお互いつらいときも声かけ合って、つらい練習を乗り越えてきたのでやっぱり一番近くにいた選手、コーチ、チームメートっていうのは、レース直前にすごく応援してくれて、送り出してくれて、それだけで私はものすごくうれしかったですし、帰ってきてからも、泣いて喜んでくれる姿を見て、頑張ってきてよかったなって改めて感じることもできました」

和久田アナ「本当に大きな存在になってるんですね」

<見つめ直した 泳ぐことの意味>

白血病で泳ぐことができなかった池江選手は、1年ぶりにプールに戻ったときの動画を、ある女性に送っていた。入院中に出会った、吉田麻里さん。血液の難病を患い、いまも闘病生活を続ける吉田さん。池江選手の姿が、心の支えになっている。

吉田さん「この先、生きるための力になります。これから色んな日々を過ごすにつれて、たくさん壁が出てくると思うんですけど、やっぱり璃花子ちゃんが乗り越えてると思うと、頑張れます」

池江選手「病気の人たち、普通に生活する人たち、スポーツをやってる人たち、全員の気持ちが分かるようになったから、結果うんぬんよりも、どん底までいった人間が、ここまで上ってきたんだっていう成長を、ちょっとずつでもいいから見せていければいいんじゃないかなと思います。勇気を与えたい、確実に。堅苦しい意味じゃないけど、使命感みたいな、自分の中の。自分はこれを人に伝えていくべきなんじゃないかな」

自分が頑張ることが、誰かの励みになる。池江選手は、練習に取り組む様子をSNSで発信するようになった。前向きに生きようとする姿に、新型コロナウイルスの影響に苦しむ人たちから共感の声が寄せられている。

『泳ぐことが当たり前だった池江選手が、病気でその当たり前を奪われ、それでも前を向くという池江選手から、いま生活が一変してしまった私たちが気付かされることのなんと多いことか』(Twitterより)

『私たちも、前を向こう』(Twitterより)

<池江選手×和久田アナウンサー>

和久田アナ「こうした共感の声、本当に多くあがってるんですよね。応援の声、どう届いてますか?」

池江選手「もちろんこのようにSNSでものすごくメッセージをいただいて、やっぱり同じような病気をされた方からのメッセージもいただいたり、コロナで闘ってる方だったり本当にたくさんの人がいまこの状況に苦しんでるって思うんですけど、『出口のないトンネルはない』って思ってます。例えば新たにコロナっていう病気が広まってて、すごく私自身も選手として不自由してますし、人としても不自由してますし、本当に私だけじゃなくて世界中のいろんな人たちが、つらさっていうのを体験してると思うんですけど、出口に向かって私たちはきっと一歩ずつ歩いてると思うので、そのトンネルの出口に向かって私たちはいますべきことをやっていくべきなんじゃないかなっていうふうに思います」

和久田アナ「さて東京オリンピックまであと3か月半です。新型コロナウイルスの感染収束の兆しがなかなか見えないなかで、慎重な声もあります。池江さん、代表に内定しましたけれども、どう考えますか?」

池江選手「正直どちらの意見でもなくって、やるんだったらやるで、それはそれで応援するし、やらないんだったらやらないで、『そっか、じゃあまた次だな』っていうふうに、私の中では切り替えというか、そういう考えを持ってたので、やっぱり自分がいざ東京オリンピックに内定した身になってみると、もちろんやってほしいという気持ちもありますけど、いろんな方たちの気持ちを考えると、否定的な声もありますけど、ただ、私たち選手はその一生に一度の人生の中の大事な試合を、何時間、何十時間、何千時間かけてその一瞬のために努力を積み重ねてきてると思うので、決まったなら決まったでまた全力で応援してほしいなっていうふうに思いますし、きっと東京オリンピックが開催されて無事終わって、やってよかったって思ってもらえるように、私たち選手も結果を出していければいいなっていうふうに思います」