新型コロナ 第5波 ~最大の危機をどう乗り切るか~(前編)

NHK
2021年8月13日 午後6:16 公開

今、現役世代の命が危険にさらされています。感染力が強いデルタ株のまん延で、連日、最多の感染者数を更新している新型ウイルスの第5波。これまでとは異なる局面を迎えています。重症化しづらいとされてきた若い世代でも重症患者が急増。さらに、症状の進行も速くなっています。専門家は、東京で今月(8月)中にも病床数をはるかに上回る重症患者があふれ、「守れる命が守れない」最悪の事態に陥ると危機感をあらわにしています。(2021年8月11日の放送内容を基にしています)

<“救える命が救えない” 中等症Ⅱの実態>

わたしたちが1年間にわたって新型コロナの取材をしてきた埼玉県の病院。

デルタ株が猛威を振るう第5波では、これまでとはまったく違う危機に直面していました。

コロナ病棟で治療にあたる岡 秀昭医師は、これまでなら守れていた命を救えなくなるのではないかと危機感を強めていました。

岡医師が話していたのは40代の女性。急遽、人工呼吸器をつけることになりました。40代の女性は基礎疾患もなく大きな病気にかかったこともありません。従来なら、重症化することはまれなケースです。「まさか死なないですよね」。女性はICUに入る前、そうつぶやいたといいます。

埼玉医科大学総合医療センター 岡 秀昭 医師

「正直、朝のICU(集中治療室)の女性はびっくりだよね。私も今までは、たぶん大丈夫だと思っていた年齢とステータス(状態)の患者さんですよね。ちょっと読めなくなってきました」

第5波の想定外はこれだけではありません。症状が悪化するスピードが速くなっているといいます。人工呼吸器を装着するこの男性。重症化したのは、発症からわずか4日後のことでした。

岡 医師

「普通は今までは、かぜみたいな症状が続いて長いんですよ。1週間症状が続いた中で重症化するのに、この方はそういうお話が全然ないんですよね」

いずれの患者も、入院した際には中等症Ⅱと呼ばれる状態でした。中等症Ⅱとは重症の手前。呼吸不全があり、酸素の投与が必要な患者のことです。

第5波では、こうした中等症Ⅱの患者が、いつ悪化し、重症となるのか読めなくなったことで、病床の運用が難しくなっていました。

岡 医師

「これ以上、人工呼吸器を増やせない。そうすると、人工呼吸器になるかもしれない中等症Ⅱの患者さんをこれから受け入れるかっていうことになる。だから今、中等症Ⅱの患者さんを受け入れるということは、いつ爆発するか分からない爆弾を手に持っている状況なんですよ。それが今、爆発してしまうと、もう本当にいっぱいいっぱいで、これ以上まわせない状況になるので、中等症Ⅱの受け入れが難しくなると思います」

この日、恐れていた事態が現実となりました。初めて、6床ある重症病床がすべて埋まりました。しかもこのとき、予断を許さない中等症Ⅱの患者が7人いたのです。

岡 医師「どこまで受けていくかね?うちの人たち(医師たち)も厳しいと言っている」

看護師「私たちも厳しいけど先生方も厳しいと思う」

岡 医師「だから中等症Ⅱを受けるかっていうところ。人工呼吸は無理じゃないですか。軽症は入れられると思うけど」

看護師「とりあえず今日はやめてほしい。中等症Ⅰだったら受けるけどⅡはやめてほしい」

岡 医師「ちょっとね、事故レベルになってきている」

その直後、新たな患者を受け入れてほしいと連絡が入りました。67歳の男性。熱が高く、意識がもうろうとしているといいます。

岡 医師

「中等症Ⅱレベルで断ったのは今回が初めてじゃないかな。みんな受け入れられなかったことに関して、少し気持ちが落ち込んでいるかもしれない」

連日、過去最多の感染者数となっていた東京都。さらに、深刻な状況に陥っていました。

都内で多くの重症患者を受け入れている病院のひとつ日大板橋病院です。中等症Ⅱで入院していた男性の容体が急変しました。すぐに人工呼吸器が必要な状態ですが、集中治療室が空いていません。一刻を争う事態に、急遽、別の個室で対処することにしました。

今年1月の第3波を受けて重症患者用の病床を12床まで増やしていましたが、先月(7月)末から満床状態が続いています。この病院では、患者を重症化させないために、新たな治療法を模索しています。

この日、治療方針が検討されていたのは、中等症Ⅱの54歳の男性患者。治療を始めて3日目になっても、回復の兆しが見られません。

患者に新たな治療法を伝えます。

今回、試すことになったのは、「PMX」と呼ばれる治療法。血液を体外に出し炎症を引き起こす物質を取り除いて戻すという方法です。症例は少ないものの新型コロナの治療に効果がみられたという報告もあります。

翌日、救急車に乗ったまま酸素吸入が必要な60代の患者が行き場を失っていました。

医師たちは、PMXの治療で集中治療室に入っていた男性の容体を確認します。

すると、呼吸状態は危機的な状況を脱していました。集中治療室を空けることができると判断しました。搬送先が見つからなかった60代の患者は、病床をひとつ確保できたことで、ようやく入院できました。

日大板橋病院 林健太郎 医師

「受け入れのキャパシティの問題、医療資源がどうしても限られてくるので、適切な医療を適切に受けられない患者さんが出てきてしまうのが一番懸念されるところだと思います。」

さらに今、最も懸念されているのは、都内だけでも1万7,000人を超える自宅療養者への対応です。

東京都から委託を受け、自宅療養者の往診を行っている医師。携えていたのは酸素投与のための医療機器です。

1人暮らしの40代男性が、保健所から入院が必要だと判断されましたが、調整がつかず、1週間、自宅での待機を余儀なくされていました。

血液中の酸素の値は90%前半。治療を始めなければ重症化の恐れがある中等症Ⅱの状態でした。

医師が、応急措置として酸素濃縮装置を装着し、なんとか持ち直しました。急変の恐れがあるため、3時間ごとに看護師が症状の確認を行うことを決めました。

ファストドクター 菊池 亮 医師

「もう入院調整中のようなんですけど、なかなか時間がかかってるみたいなので、こちらからも改めて保健所へお願いをする予定でいます。致し方ない状態だとは思うんですけど、できるかぎり僕たちとしてはやれることをやるのみかなと思っています」

この医師が所属する団体が往診した患者だけでも、すぐに入院が必要な人は、今月(8月)の1週間で35人。救える命が救えなくなる。危機感が高まっています。

<最新知見で迫る デルタ株の脅威>

イギリス・スコットランド。最近行われた大規模な調査によって、デルタ株が症状を悪化させる実態が明らかになってきました。

およそ2万人の感染者を対象に調べた結果です。デルタ株で症状が悪くなり入院が必要になる人の割合は、感染力が強いと言われたアルファ株の1.85倍にのぼっていたのです。

エジンバラ大学 アジズ・シェイク教授

「デルタ株は非常に強力なウイルスです。もしイギリスでのワクチン接種がここまで進んでいなかったら、医療崩壊の危機に陥り、多くの犠牲者が出ていたかもしれません」

日本でも、すでに今年4月、デルタ株が症状を深刻化させるリスクが認識されていました。成田空港に近いこの病院。当時、入国時に感染が分かった患者を受け入れていました。担当の医師は、従来株との明らかな違いに気づいたといいます。

国際医療福祉大学成田病院救急科 遠藤拓郎 医師

「(デルタ株は)これまでとは違う、明らかに。発症4日でこのCTは見たことがなかった」

これまでは、発症してから入院が必要な症状に至るまでおよそ7日とされていましたが、この病院が受け入れたデルタ株の感染者は、平均3日ほどで入院に至っていたのです。

遠藤医師

「発症から数日で重症な肺炎に至ってしまっている方がいる。英国型(アルファ株)も従来株に比べて速いなとは思ったのですが、それにも増して速いですね」

デルタ株は、なぜこれほど威力を増しているのか。その理由の一端が見えてきました。東京大学医科学研究所の佐藤佳准教授らの研究グループが注目したのは、デルタ株が私たちの体の「免疫の働き」に与える影響です。

ウイルスが細胞に感染すると、細胞は表面に目印を突き出し、自分が感染していることを免疫細胞に知らせます。すると免疫細胞は、この目印を目当てに、感染した細胞を破壊します。ところが、デルタ株の場合、感染した際に細胞が出す目印が変化し、免疫細胞が見つけにくくなってしまうことが分かりました。こうして、デルタ株は免疫細胞の攻撃を回避。体内で増殖していくと考えられるのです。

東京大学医科学研究所 佐藤 佳 准教授

「異物を排除するためにあるのが免疫なので、その一部であっても効きにくいとなると、ウイルス側としては、広がりやすいという作用はあるかもしれないです」

感染を広げる強さに加えて、症状が重くなる別の理由も見えてきました。

これは、正常な細胞に従来株の新型コロナウイルスを加えて感染させ、その後の変化を捉えた映像です。

感染した細胞は形が歪み、周囲の細胞とくっついて塊になりながら破壊されていく様子が分かります。

デルタ株では、この働きがどのように変化するのかを調べました。その結果です。

左が従来株に感染した細胞、右がデルタ株に感染した細胞。デルタ株の方が、平均2.7倍大きな塊となり、より多くの細胞が破壊されていました。デルタ株に感染した細胞は、周囲の細胞によりくっつきやすくなり、多くの細胞にダメージを与えるとみられています。これが、デルタ株で症状が重くなる原因のひとつと考えられます。

調べたところ、このデルタ株の性質は「P681R」というたった1か所の遺伝子の変異が原因であることが分かりました。

新型コロナウイルスの遺伝子は、今も次々と変異しています。南米で猛威をふるい、ワクチンが効きにくいとも指摘されている「ラムダ株」も日本の空港検疫で感染者が見つかっています。

佐藤 准教授

「(感染が)だんだん広がる中で、毒性は弱まっていくという予測を、みんな持っているわけですよね。今回、新型コロナを1年半見てきた中で、明らかにそうではないのです。いろんな能力を獲得して広がっているので、それを考えると、新型コロナの目線で言えば、まだまだ進化の余地はある。これで終わりでは間違いなくない」

<危機のシナリオ いま何をすべきか>

猛威をふるうデルタ株。5月からこの変異ウイルスによる感染爆発に警鐘をならしてきた京都大学の西浦博教授です。

京都大学 西浦 博 教授

「現実にこれが起こってしまって、即座に実効的な対応ができていないことについては忸怩(じくじ)たる思いでいます」

今後の感染状況はどうなるのか。西浦教授は1人が何人に感染を広げるかを示す「実効再生産数」を用いてシミュレーションを行っています。デルタ株の感染力の強さなどを考慮して、東京の実効再生産数のベースラインを「1.7」と仮定。そして緊急事態宣言の効果によって10%減った「1.53」とし、ワクチンの接種状況などを含めて計算しました。最も厳しいシミュレーションが赤色のグラフです。

実際の感染者数を重ね合わせると、シミュレーションに近い形で推移していました。このまま伸びていくと、今月末には都内で3万人を超える計算になりました。

深刻なのは、重症患者の数です。きのう(8月10日)時点で176人でしたが、最悪の場合、今月20日には確保病床数を超え、月末には850人に達する勢いで増加するとしています。

西浦教授

「酸素が必要だけれども酸素が行き届かない状況の人も出てくるかもしれませんので、酸素ステーションを含めてスムーズな酸素供給体制であったり、入院調整の体制であったりを、至急構築しなければならない状況に今あります。(実行再生産数)10%減だと、医療のキャパシティが容易に超えてしまうような流行になり得る」

どれだけ実効再生産数が下がれば、医療の危機的な状況を免れることができるのか。

西浦教授は、実効再生産数が30%減少した場合を計算しました。今年4月の第4波で出された緊急事態宣言の効果に相当する数値です。

すると、重症患者の増加は鈍化するものの、9月には確保病床数のラインを超えてしまいます。実効再生産数が50%減少した場合。重症患者数はゆるやかに減少し、病床のひっ迫を避けられるという結果となりました。

これは、去年4月の最初の緊急事態宣言の効果に相当します。

西浦教授

「新規感染者数を一気に減らすために、人と人との接触を劇的に減らすことが必要だと思っています。例えばエッセンシャルワーカー以外の人たちは公共交通を利用する料金が高くなるだとか、いろんな方法によって皆さんの接触が減る。規制をするか否かにかかわらず、どんなレベルのものが可能であるのか、国としても地域としても、それぞれの場で、必死にみんなで考えなければいけないことだと思っています」

<若い世代でも・・・“後遺症” 深刻な実態>

ことし1月に新たに設けられた新型コロナの後遺症の専門外来です。

半年以上、後遺症に苦しんでいる20代の女性です。持病もなく、感染したときの症状は軽いものでした。しかし、その後、長い間吐き気やめまいに苦しみ、後遺症と診断されました。看護師として働いてきましたが、長く立っていられないほど症状が悪化し、休職せざるを得なくなりました。

後遺症外来を開設して半年あまりで診察した患者は、170人をこえました。患者のほとんどが20代から50代の働き盛りの世代です。

症状は、けん怠感や嗅覚の異常、手足のしびれなど多岐にわたり、患者の多くが、複数の症状を抱えています。

聖マリアンナ医科大学病院 土田知也 医師

「70名近くは、業務(仕事)の内容を変更する必要があったり、なかには、休業や退職する方もいます」

ことし1月に感染した30代の男性は、物忘れの後遺症に悩んでいます。

労務管理など専門的な仕事をしてきた男性。仕事のデータが理解できなくなったり、忘れてしまったりすることが度々起こりました。

こうした症状は、「ブレインフォグ(脳の霧)」とよばれ、いま世界中で研究が進んでいます。アメリカで、後遺症を抱える150人を調べたところ、「ブレインフォグ」の人が8割以上。その治療法はまだ確立されていません。

ノースウェスタン大学 イゴール・コラルニク教授

「神経系にこれほど症状を引き起こすウイルスに出会ったことはありません。今後、後遺症で苦しむ人が世界で数千万人にのぼることになれば、世界の労働人口に重大な影響を及ぼしかねません」

なぜ、新型コロナは、呼吸器だけでなく、脳にまで影響を及ぼすのか。その最新研究です。

新型コロナで亡くなった人の脳を調べたところ、脳内にウイルスが存在していないにも関わらず、炎症が起きていることがわかりました。新型コロナウイルスは、肺の細胞などで大量に増殖。すると免疫細胞は、これを攻撃するための物質をたくさん放出します。それが、血液にのって脳にも運ばれ、脳の細胞で炎症を引き起こしたと、研究チームは考えています。

スタンフォード大学 アンドリュー・ヤン 研究員

「私たちは、脳は異物が入らないよう保護された臓器だと考えていました。しかし新型コロナは、脳まで傷つけるのです」

驚くべきは、脳への影響が、重症患者以外にも現れていることです。イギリスで行われた、患者の重症度と認知能力の低下の調査結果です。

人工呼吸器が必要なほどの重症患者では、認知能力が大幅に低下していました。さらに、軽症だった人にも、明らかな認知能力の低下が認められたのです。

インペリアル・カレッジ・ロンドン アダム・ハンプシャー 准教授

「全く予想外だったのは、自宅で療養していた程度の人にも、測定可能な認知能力の低下がみられたことです。しかも、どれくらい続くのか、まだわかっていません」

物忘れの後遺症に苦しむ30代の男性は、仕事でのミスが増え症状も改善しないことから、ことし5月、退職せざるを得なくなりました。

30代男性

「普通に仕事できるようになるのか、不安とか怖さがどうしてもありますね。本当にいろんな症状が出て、本当にしんどいんで、ひとりひとり気をつけて、(感染対策を)やっていただければと思います」

<ワクチン先進国 イギリス 規制撤廃の背景>

ヨーロッパでもっともワクチンが普及した国の一つイギリスでは、去年(2020年)12月から接種を開始。国民の多くにワクチンが行き渡り、危機的な状況は様変わりしています。

感染がもっとも拡大した今年(2021年)1月は、入院患者の急増で病床はひっ迫。小児病棟のスペースを利用したり、緊急ではない手術をとりやめたりする病院も続出していました。感染者は、最も多い日で6万人余り。死者は1,800人を超えていました。しかし、厳しい外出制限やワクチンの普及で感染者数は減少。4月には、2,000人台まで減ったのです。

7月には数万人規模のイベントが開催されるなど、行動制限の解除に向けた試みが行われました。このころ、デルタ株の影響で感染者が再び増加し、1日5万人以上に。それでも死者は、ピーク時の10分の1以下に留まっていました。

ワクチンの効果で重症化を防ぐ割合が高まったと専門家は指摘します。

英国予防接種・免疫合同委員会 アンソニー・ハーンデン副委員長

「もちろんワクチンは100%有効ではないため、感染率が高まると接種した人も感染します。それでも、多くの人は軽症で済んでいます。以前に比べてずっとよい状況になっているのです」

こうしたなか、イギリス政府は新たな方針を打ち出しました。

屋内でのマスク着用や、人との距離の確保、在宅勤務の推奨など、ほぼすべての規制を撤廃したのです。

今後は、個人の責任で感染防止に努め経済活動を再開させながら、コロナとの共生を進めていくとしています。

<ワクチン先進国 イスラエル 3回目接種の狙い>

ワクチンの普及が進むもう一つの国、イスラエルです。

イギリスと同様に感染が再拡大していますが、重症化する人は一部に留まっています。それでも政府は、「1人でも多くの命を救おう」と、新たな戦略に乗り出しました。

世界に先駆け、3回目のワクチン接種を大規模に実施。対象は、60歳以上で、2回目のワクチン接種から5か月以上経過した人たちです。イスラエルの保健省によると、5月の時点では94%だった発症を予防するワクチンの効果が、6月以降、64%に低下しています。そこで、重症化するリスクの高い高齢者の免疫を高めようとしているのです。

イスラエル医療保険機構クラリット イアン・ミスキン 医師

「ここにきて、60歳以上の免疫反応の効果が低下しています。その原因が、時間の経過かデルタ株かは分かりませんが、免疫反応を強化できれば、デルタ株の感染も予防できます」

世界各地でワクチンが不足するなか、WHOは3回目の接種を急がないよう呼びかけています。それでも、イスラエルは対策を加速させています。

クラリット イアン・ミスキン 医師

「この対策で本当に国民を守れるのか、情報を毎日入手して確認する必要があります。やれることはすべてやっていきます」

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