アフターコロナ 人に会うのがツラい ~科学で解明!心の異変~

NHK
2023年6月8日 午前10:30 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

https://movie-a.nhk.or.jp/movie/?v=qb2aaf51&type=video&dir=XAw&sns=true&autoplay=false&mute=false

(2023年6月4日の放送内容を基にしています)

<にぎわいを取り戻す社会 でも人と接するのが不安?>

2023年5月8日に国が新型コロナウイルス感染症の位置づけを【5類相当】に移行。まだウイルスのリスクがなくなったわけではないものの、マスク着用は個人判断とされ、行動制限もなくなるなど、社会は一気に賑わいを取り戻し始めています。

でも、この3年間。人並みの途絶えた街、マスクで覆い隠された表情、人と話せるのはリモートの画面越し・・・私たちのコミュニケーションの形は、かつてないくらい大変化していましたよね。

そんなコロナ禍で世界的にわき起こったのが“心の異変”です。

WHOの最新報告によれば、パンデミックが始まって以降、「不安障害」などが25%も増加しました。実は今、コロナ禍と「心の異変」の関係を探る膨大な数の研究論文が、世界中で発表され続けています。その数、3万6000本以上(コロナ禍以降に発表された論文数)。論文を読み解くと、コミュニケーションに起きた大変化が、私たちの脳や心に想像以上の影響を及ぼしている可能性が見えてきました。

例えばイギリスにある国立大学では、今年4月から対面授業が始まったものの、学生の2割近くが不登校に陥っているといいます。そんな学生たちに増えているのが“対人不安”です。

大学生「大教室で60人ぐらいの人と一緒にいるのは、精神的につらいんだ。わざと離れて座ったり、グループを避けたりしてしまうよ」

同じような異変が、日本の大学でも起きています。一体どうしてでしょう。

そこで今回は、コミュニケーションと私たちの脳の知られざる関係を、最新科学で徹底解明。笑顔を取り戻すカギを探して、その不安の理由に迫っていきましょう!

土田晃之さん「この3年間マスクとか、授業や仕事も急にリモートとかになったので、コミュニケーションの形が本当に変わりましたよね」

ゆうちゃみさん「今年の春、お祭りがあったので行ってみたら、大人数が嫌になっていたり、人混みがちょっと嫌いになっていたり・・・」

ようやく人とふれ合えるようになった今、ある“心の異変”が社会に広がっていることが分かってきました。まずはその実態を見ていきましょう。

<一体なぜ? 若者たちに広がる“対人不安”>

都内の、ある私立大学。キャンパスに学生たちが戻り始めた今、就職相談センターには、大学生活の大半をコロナ禍で過ごした3、4年生が、連日100人ほど訪れます。気がかりなのは、「人と会うのが不安」と訴える学生が増えていることです。

大学4年生「もともとはそんなに内気ではなかったんですけれど、大学の中では、ほとんどしゃべらないです。社会に対して怖い面があるので、踏み出せないでいる」

他の学生からも、不安の声が。

「人と話すことに、なぜか抵抗感がある」。「画面を見てしか、しゃべれない」。

キャリアセンター 池田浩二さん「会話をする。人と話す。日頃だったら当たり前のことだと思うんですけど、私たちの想像以上に、学生たちは、人に会って話すことのハードルが高くなっているのではないかと感じます」

大学3年生の隼さん。入学当初からコロナ禍で授業はすべてリモートになり、ほとんどの時間をひとり暮らしの家の中で過ごす日々が続きました。

隼さん「人と会うことなんか全くなかったです。たまに高校時代の知り合いから電話がかかってきて話すくらいで、買い物以外で外に出ないという生活でした」

それが今、また急に人と接するようになって、気を張ることが多くなったと言います。

さらに今年4月、久々に高校時代の友達と会ったときに、“心の異変”を感じることがありました。

隼さん「久しぶりに対面で会って、本物の人がいるというのは、なんというか落ち着かない感じはありました。人との関わり方が、なんか根本的に変わったと、ちょっと思っています」

なぜか人とのつながりに不安や戸惑いを感じてしまうようになった学生たちの多くには、“共通点”があります。「もともと人づきあいが苦手なわけではない」ということです。

大学4年生のえりさん(仮名)も、高校時代は書道部で、仲間と一緒に人前でパフォーマンスを披露するのが大好きでした。しかし・・・

えりさん「(高校時代は)とにかくみんなで顔をつき合わせて話してみたいなのが、一番多かったです。人が嫌いなわけではないんです。好きなほうだと思います。仲良くなりたいし、人とうまくやりたいけれど、前はどうやっていたかな。うまく思い出せなくて」

心の異変は、友達づくりへの不安だけではありません。

就職相談センターを訪れたえりさん。相談員に「就職面接でアピールできそうな、大学時代の経験がないか」と聞かれ、頭に浮かんだアルバイトの時の経験は・・・。

えりさん「コロナ禍だったのでテーブルに仕切りがあったんですけれど、(客に)それを外していいかと聞かれて、『感染症対策なので申し訳ありません』とお断りしたら、『ばかやろう』ってどなられました」

どうしても、人との関わりでつらい経験をしたことが忘れられず、それが心のハードルとなって、新しく人とつながりを持つことに踏み出せなくなってしまったのです。

えりさん「うまくいかなかったらどうしよう。(相手を)傷つけたらどうしよう、というような怖さを感じるようになりました。私だけうまくできないのかなって」

斎藤環さん「人づきあいは、基本的には多かれ少なかれストレスだと思うんですよね。(コロナ禍を経て)一番、影響を受けたのは、社交的にふるまっていたけれど、割と頑張ってそうしていた人。(しばらく人に会う機会が減ったことで)相当、力を使っていたことが分かった、ということがあると思います」

石山アンジュさん「多くの若者は核家族の中で育って、特に大学生や20代はひとり暮らしが当たり前で、社会的な構造としてもコロナ禍以前から孤立を深めやすい環境にあったのではないか。コロナ禍によってそれが顕著になり、さらに孤立を深めてしまうような影響があったのではないかと思います」

人と関係を築くことへの不安は、大学生だけでなく高校生にも広がっているようです。日本赤十字社が行った調査(全国の高校生・大学生・親など600人を対象)の結果が、今年3月に発表されました。その中で【将来の不安】を尋ねたところ、高校生の3割が、『対人コミュニケーションスキルが身につかないのではないか』。2割が、『心を許せる友人・知人が作れないのではないか』と答えました(上画像)。

明和政子さん「脳科学的に見ると、まず大人と若い世代とは、全く別の考え方をしなければいけない。アメリカで行われた研究のデータなんですけれども、子どもたちがいつごろから親や家族以外の人と長く過ごしていくか、年齢ごとに示したグラフです(下画像)。13、4歳ぐらいから親以外の他者と関わりを持つ時間が急激に増えていく。思春期には、親以外の誰かとの信頼関係や社会的な絆を深めながら、社会性に関する脳や心をだんだん発達させていくわけですけれども、コロナ禍でそうした経験自体が抑制されてしまったことが、大きな影響を及ぼしていると考えられます」

それにしても、コロナ禍前には楽しく友達とやっていた人が『人と会うのが怖い』と感じるなんて、不思議ですよね。

その原因に迫るさまざまな研究の中で、いま注目されているキーワードが、『社会的孤立』。人と会えないという状況が、私たちの脳にも大きな影響を及ぼすことが分かってきました。

<「人に会わない」ことで脳に思わぬ影響が!> 

NHKでは、あらゆる分野の科学論文をふかんして読み解く「全論文解読システム」を開発しています。これを使い、人と会えない“孤立”状況に関する論文を抽出すると、およそ6000本の論文が見つかりました。そのうち「脳」に関連する研究の中で、ニュースや専門家のSNSなどで注目度第1位の論文が、「急に人に会えない状態になると、人間の脳にどんな変化が起きるのか」を調べたものです。

研究を行ったのは、アメリカ・マサチューセッツ工科大学。18~40歳の参加者40人を集め、それぞれたったひとりで10時間個室で過ごしてもらい、その間スマホや電話も使えない“孤立”状況を体験してもらいました。

その後、参加者に「仲間同士が楽しく交流する様子」の写真を見せ、その時の脳の活動を調べたのです。

すると、脳の中心にある「中脳」と呼ばれる場所で、強い活動が捉えられました。どういう意味を持つ脳活動なのか。

その答えを教えてくれるのが、この研究で行われた、もうひとつの実験です。

今度は参加者に10時間“絶食”してもらい、その後おいしそうな食べ物の写真を見せました。すると同じく「中脳」で、強い活動が捉えられました。これは空腹時に食べものを強く求める反応です。そう、中脳とは、何かを無性に求める気持ちを生み出す「渇望の中枢」なのです。

つまり、10時間孤立状況に居た参加者の脳は、仲間との交流を無性に求めていたというわけ。しかも、この仲間を求める脳の反応は、空腹時に食べものを求める反応のおよそ2倍も強かったのです。

リビア トモヴァ教授「10時間ひとりで過ごすだけでも、丸一日絶食をした時と同じような強い渇望感を脳が生み出すことに驚きました。私たちは自分が思っている以上に、『仲間からの孤立』に敏感なのです」

私たちの脳がこれほど孤立に敏感なのは、人類の進化と深い関わりがあると考えられています。はるか昔の私たちの祖先は、天敵におびえるかよわい存在で、集団で結束しないと生き残れませんでした。仲間とはぐれて孤立したときには、脳で高まった「仲間に会いたい」という気持ちが集団に戻ることを促します。そうして私たちは生き残ってきたと考えられています。

リビア トモヴァ教授「私たちの脳は、他者と常につながっていられるように進化しました。だからこそ私たち人間は、ひとりでいると不安になるのです」

そうだとすると、大きな疑問が・・・。

コロナ禍で人となかなか会えない状況が続いたのですから、今私たちの脳の中では無性に人に会いたい気持ちが高まっているはず。それなのになぜ、「人とつながるのが不安」という若者が増えているのでしょうか?

そこで再び、全論文解読システムの登場です。

“孤立”に関するおよそ6000本の論文のうち、特に“若者”への影響に注目した研究の中で、最も数多く引用されている重要論文がこちらです(上画像)。論文では、「過去にSARSなどの感染症でしばらく社会封鎖が続いた地域でも、若者の“心の健康”が悪化していた」と指摘。特に影響が大きいのは「長い期間、孤立を感じている状況」だと分析しています。

実際に、“長期間”孤立状況が続くと、何が起きるのか?

まさにそれを確かめる実験が、最近アメリカで行われました。

マウントサイナイ医科大学の森下博文教授は、まず、思春期に相当する若いネズミを、群れから2週間引き離し、一匹ずつにして過ごさせました。寿命が短いネズミにとって、2週間は人間の数年と同じくらいの長期間です。その後、初対面のネズミと会わせてみます。ちなみに、ずっと群れで過ごしていたネズミの場合は、すぐに匂いをかぎ合って積極的に触れ合い始めました(下画像)。

ところが、しばらく群れから離れていたネズミは隅にうずくまったままで、ふれ合おうとしません。それどころか、他のネズミが近づくと逃げていきます(下画像)。

ネズミの脳を調べると、喜びを感じる「報酬系」という場所の活動に変化が起きていました。普通のネズミは、初対面のネズミと出会った瞬間、報酬系の活動が急激に高まり、喜びを感じていました。ところが、しばらく群れから離れていたネズミでは、活動があまり高まりませんでした(下画像)。つまり脳が、「他者とつながる喜びを感じにくくなってしまっていた」のです。

森下博文 教授「もし隔離が1日程度なら、むしろネズミは他の動物を求めて社会行動が高まることが知られています。一方で、より長期の隔離をする場合は、社会行動が減るということから、(脳の)報酬系の異常が、長期の隔離では起きてしまったというふうに考えてよいのではないでしょうか」

こうした「長期間の孤立」の影響を、人間で確かめた研究もあります。まず心理分析などを行い、「長期間孤立を感じている若者」と、「特に孤立を感じていない若者」、合わせて24人を選びました。そして『お金の写真』と『仲間と交流する写真』を見せ、喜びを感じる脳の報酬系が、どちらにどれだけ反応するか調べたのです。

まずは「特に孤立を感じていない若者」の場合、『お金』より『仲間』のほうに脳は喜びを感じました(上画像)。ところが、「長期間、孤立を感じている若者」の場合、『仲間』に対して喜びを感じる脳の反応が大幅に低下し、『お金』の方により強く反応したのです(下画像)。

さらにこの研究では、もうひとつ実験を行いました。

調べたのは、「恐怖を感じる脳」の反応です(写真を見たときの視覚野の反応強度を計測)。「爆発」と「人が殴られる」写真を見せたところ、「孤立を感じていない若者」の場合は、どちらも同じくらいの恐怖を感じていました(下画像)。

一方、「長期間、孤立を感じている若者」の場合は、「人が殴られる」写真に脳が強い恐怖を感じていたのです(下画像)。

明和さん「孤立を長期間感じていると、他者に対する不安や恐怖を感じる脳活動が高くなるんです」

斎藤さん「まさに長期に孤立した状況そのものですね。例えば『ひきこもり』は、ストレス反応を避け、自分を守るために“こもる”ことが多いんですけれど、ひきこもり期間が長くなると、対人不安がさらに高まって、外に出たくても出られなくなってしまう」

新しく人とつながりを作るには、誰でも一定の不安のハードルを乗り越える必要があります。通常は、脳の報酬系が生み出す「人とふれ合う喜びの力」で、それを乗り越えることができる(上画像)。

ところが、コロナ禍で長い間、新しく人との関わりを持ちにくい状況が続くうちに、人とふれ合う喜びがパワーダウンし、逆に脳が他者に不安や恐怖を感じやすくなって、不安のハードルがどんどん高くなってしまったと考えられるのです(下画像)。

土田さん「でも、もともと社交性は人それぞれなので、ひとりでいるのが好きな人もいるじゃないですか」

斎藤さん「ひとりがいいという人もいるし、それが一番ストレスが少ないという人もいると思うんですけれど、社会全体として、“コミュ力”(コミュニケーション能力)偏重と言いますか、“コミュ力”が高くないと、評価されないところがある。無理してでもコミュ力が高いふりをしないといけないという“圧”がある。だから、ひとりでいる自由や立場が、脅かされている状況があって」

明和さん「知らない人と接することを不安に感じるのは、生物としての本能なんですよ。誰かとつながりたい気持ちと怖いと思う気持ち、2つのバランスの中で、どこがいちばん心地よいかということを考えながら、素直に生きていくというのが重要なことです」

土田さん「でも、3年近くも『なるべく人と接するな』と言われ続けてきたわけだから、元に戻るようになるのは難しいですよね」

<日常化するリモート会話 脳にはどんな影響が?>

コロナ禍をきっかけに起きたコミュニケーションの変化と言えば、「リモートでの会話」が急速に増えたことですよね。対面とリモートでは、どんな違いがあるのでしょうか。

それを調べる最新の脳科学実験が東北大学で行われました。参加者は、初対面の大学生5人。頭に「NIRS(光トポグラフィ)」という装置を装着してもらい、会話のときに活発に働く、脳の「前頭前野」という場所の血流量の変化を測定します。

そして調べるのが、「脳活動の同期現象」です。それは一体何か。

脳の血流量は、その人の脳活動に応じて、通常一人一人ばらばらに変化しています。

ところが、一緒に会話をして盛り上がり、お互いの感情が同じように変化すると、それに連動して脳の血流量も似たように変化することが分かっています。これが「脳活動の同期現象」です。脳活動の同期が起きるのは、お互いに「感情を共有」できている状態だと言います。

初対面の5人が、「対面」と「リモート」で同じような話題で話をしたときの「脳活動の同期」を調べると、興味深い結果が(下画像)。「対面」の場合、5人の脳活動はよく同期していましたが、「リモート」では明らかに低下。実はこれ、「何もしていないとき」とほぼ同じでした。つまりほとんど脳活動の同期が起きていない状態だと考えられます。

東北大学加齢医学研究所  榊󠄀浩平 助教「(初対面での)オンラインでのコミュニケーションでは、『脳活動の同期』が起きない。つまりは感情の共有は難しいことが分かりました。つまりは、情報だけが交換されている、言葉だけのやりとりとなってしまっていると考えられます」

ゆうちゃみさん「びっくりした。リモートって、逆にリラックスしてしゃべれているのかと思っていたから」

石山さん「私たちは、リモートやSNSなど、伝える選択肢が増えてきた段階だと思うので、私たちが使いこなせるようになっていけば、感情をどう伝えるかということを選択しながら、以前よりも伝える幅が広がる可能性はありますよね」

明和さん「人間が喜びを感じるコミュニケーションには、重要な要素があるんですね。それが『感情のコミュニケーション』です。例えば私がゆうちゃみさんに笑顔を向けると、ゆうちゃみさんも自然に笑顔になって、二人で『うれしいね』っていう気持ちになる。こうした行動の同期も、脳の同期につながっているんですね。その一方で、コロナ禍で学校や職場は、勉強や仕事の情報交換、『情報のコミュニケーション』に偏りすぎてしまった。それが心の問題につながっていると、私は思っています」

では、どうすれば「感情のコミュニケーション」を増やして、脳の喜びを強め、新しく人と関わるハードルを低くしていけるのでしょうか。

<脳が喜ぶコミュニケーション “対人不安”脱却のカギ>

コロナ禍で、やはり若者たちの心の健康の悪化が問題となっているアメリカ。実は今、全国的に導入が進んでいる新しい教育の取り組みがあります。その名は「SEL(社会感情学習)」。まさに「感情のコミュニケーション」を学ぶカリキュラムです。

SELでは、授業を受けるクラスとは別に、学年の壁を超えて「SELのグループ」が結成され、高校3年間同じグループで毎週活動を行います(下図)。

活動内容は、「自分の気持ちや感情を相手に伝える」トレーニング。「うれしかったこと」、人には言いにくい「嫌だったこと」、その両方をみんなの前で話すのです。

話しやすい雰囲気を作るために、大事なルールがあります。

「正直に話して、みんなとよく共有すること。積極的に人の話を聞くこと。秘密を守ること」

さあみなさん、どんな気持ちを話すのでしょうか?

お互いが自分の内面を共有したあとは、フリータイム。安心した様子で、積極的に悩みを相談したり、アドバイスし合ったりし始めました。学年が違う生徒同士が、こうして「感情のコミュニケーション」を繰り返すことで、不安なく話せる関係を築いていきます。このSELグループは、「もうひとつの家族」とも呼ばれています。

生徒「私は人と話すのが怖くなくなりました。社交的になって自信もついたんです」

生徒「このグループでの友達とのつながりがなければ、今の私は存在していないと思います。自分がどう見られているか怖がらなくてもいいから、一番なりたい自分になれるんです」

ローラ アレンさん「SELを通じて、生徒たちは他の人とのつながりを感じ、居場所を見つけることができます。暗い日々や困難な時期も乗り越えられるだけの力やスキルを身につけられるのです」

一方、日本では、コロナ禍が浮き彫りにしたコミュニケーションの課題に、企業が取り組み始めています。AIを使った学習教材を開発しているベンチャー企業では、一気に広がったリモートワークで社員の意思疎通がとりにくくなるなど、課題が浮かび上がったと言います。

アタマプラス 代表 稲田大輔さん「対面ではない期間も経験してみると、対面での仕事はチーム内外のコミュニケーションを活発化しやすいんだなと。みんなが一丸でいられるためには、お互いがお互いのことをよく知っている状態が大事かなと思います」

この会社がいま特に力を入れているのが、新入社員のための、ある「トレーニング」です。

この春入社したばかりの小杉蒼太さん。大学生活はひとり暮らしにリモートずくめだったのが、いきなり知らない人に囲まれた生活が始まりました。 

小杉蒼太さん「こんなに新しい人と会うのはかなり久しぶりで、『どうやって新しい人としゃべっていたんだっけ?』と、ちょっと思うことがあります」

そんな小杉さんが新人研修で課されたトレーニングは、およそ3か月の間に「のべ100人の先輩と会話せよ!」というミッションです。

この日は、ほぼ初対面の先輩二人と、ランチをとりながら会話することに。小杉さんは何を話したらいいのか不安そうですが、先輩たちにはちゃんと作戦がありました。事前に小杉さんのプロフィールを調べ、「卓球が大好き」という情報を得ていたのです。

先輩「うわさで卓球をやっている人っていう・・・」

小杉さん「あ、そうです。卓球をやっている人です」

先輩「(僕も)卓球やってた。ブランクは10年くらい」

興味のある話題をふられた小杉さん、うれしそうに話し始めました。

小杉さん「仕事が終わってからひとりで、サーブの練習をしたりしていました」

先輩「すごい」

まさに、「感情があふれるコミュニケーション」。小杉さんはこのあと1週間で、20人もの先輩と会話を重ねたそうです。

小杉さん「積極的に皆さんもしゃべりかけてくださるし、自分も頑張ってしゃべろうという気はすごく起きて、自分の心の持ち方というのは、ちょっとずつ変化してきているのかなと思います」

明和さん「『感情コミュニケーション』を豊かに経験できる時空間を、アフターコロナ社会では積極的に導入していかなければならないと思います」

土田さん「気になったのが、“違う学年”が混ざりあって話すSELグループ」

斎藤さん「日本の学生生活は、基本的に同学年・同世代でしかつきあわない閉じた空間が多い。異なった世代と話し合うと、異なった価値観や考え方の多様性に触れられる機会になるので、より自由に心が解放されることがあると思います」

明和さん「いろんな人とコミュニケーションする場面が出てきたら、頑張りすぎない程度に会ってみると、すごくうれしい気持ちになることもあると思うんですね」

石山さん「自分の弱さを共有して『大変だよね』って思うことでも、人とつながることはできる。そう思いながら生活してみることが、みんなとつながりながら生きていけるひとつの選択肢ではないかと思います」

斎藤さん「ただ、コミュニケーションには個人差もあるし、個人の中で揺れもある。一気に“対面”に社会が戻ろうとしていますけれども、『コミュ力至上主義』みたいなプレッシャーが回復するのは避けたい。もう少し多様な考え方を認めるような社会になってほしい」

アフターコロナ。この先、コミュニケーションのあり方は、人それぞれさらに多様になっていくでしょう。でも、気持ちや感情を伝え合うことに喜びを感じる脳の仕組みは、きっと変わらない。そこに、幸せなコミュニケーションのカギが見つかるはずです。