(2022年10月30日の放送内容を基にしています)
ウクライナの隣国・ポーランドの港町では、ロシアへの制裁によって船の燃料代が高騰する中、漁師たちが苦しい現状を嘆いていました。民主主義の名の下に結束し続けられるのか、漁師たちは不安を感じていました。
漁師「僕たちも民主主義を守りたいけど、その代償は大きいよな」
東西冷戦の終結から30年余り。欧米が掲げる自由民主主義は、世界に平和と繁栄をもたらすと信じられ、各地に広がってきました。しかし、権威主義的な指導者によって引き起こされた戦争が、民主主義の理想や価値観に、かつてない試練を突きつけています。
一方、各国のリーダーたちも、民主主義のあり方を問い直しています。
アメリカ/オバマ元大統領「(民主主義の訴えは)貧困に陥っている何億もの人々の心には響きません。自分たちの民主主義の欠点に、向き合う時代が来ています」
シリーズ『混迷の世紀』。第3回は、岐路に立つ民主主義の国々に迫ります。
2022年2月以降、“対ロシア”で結束を呼びかけるEU。その足もとが揺らいでいます。
ウクライナからの避難者を最も多く受け入れているポーランドでは、民主主義の名の下に負担を求めるEUへの反発が強まっています。そして、ハンガリーでは指導者が強権化し、民主主義の理念が揺らいでいます。
ロシアや中国をはじめ、権威主義的な国々が勢いを増す世界。
その背景に何があるのか、混迷の時代を見つめます。
河野キャスター「東西冷戦の終結後、世界では欧米型の自由民主主義が、最も優れた政治形態だと信じられ、多くの国が民主主義に移行しました。しかし、2010年前後には、その増え方は頭打ちになり、その後、減少に転じます。イラク戦争の泥沼化やリーマンショックなどを経て、アメリカが求心力を失う一方、中国をはじめ権威主義的な国が台頭したことなどが、その背景にあると指摘されています」
河野キャスター「これはスウェーデンの研究機関が、今年発表した世界地図です。民主的な度合いが高い国や地域ほど濃い青で、低いほど濃い赤で示されています。民主的だとされる基準は、“公正な選挙”や“基本的人権の尊重”、“言論の自由”などが実現しているか、さらに、政治権力の暴走を食い止めるための“法の支配”が徹底されているかです。現在、自由で民主的とされているのは、60の国や地域。一方、こうした基準を満たさず、非民主的だとされているのは119の国と地域です」
河野キャスター「民主的な度合いが低くなると、市民による権力の監視が弱まり、強権的な指導者が力による現状変更に訴えようとしても、歯止めが効かなくなる危険性が指摘されています。そうした懸念が現実のものとなったのが、ロシアによるウクライナ侵攻だと言われています。なぜ今、世界で民主主義は後退しているのか。今回、注目したのは、これまでアメリカと共に、“民主主義の旗振り役”を務めてきたEUです。今その足もとが、民主主義のあり方をめぐって揺らいでいます」
<戦後“民主主義の旗振り役”となってきたEU>
EU=ヨーロッパ連合が発足したのは、1993年。
二度の世界大戦の反省から、戦争を繰り返さないという決意の下、27か国にまで拡大してきました。共通の理念に掲げてきたのが、法の支配や基本的人権の尊重などを柱とした、“民主主義の順守”です。
2012年には、ノーベル平和賞も受賞。“民主主義の旗振り役”として、期待を寄せられてきました。しかし、EUが追い求めてきた“平和で秩序ある世界”は、2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻によって崩れ去りました。この時、EUのトップが訴えたのは、「民主主義陣営の結束」でした。
EU/フォンデアライエン委員長「ロシアの標的はウクライナだけではなく、ヨーロッパの安定と国際的な平和秩序だ。プーチン大統領は、民主主義陣営の決意と力を甘く見てはいけない」
<対ロシアの最前線に立ってきたポーランド>
ロシアのウクライナ侵攻以来、“対ロシアの最前線”になってきたのが、EU加盟国のポーランドです。ウクライナと国境を接するポーランドは、これまでに690万人を超える避難者を受け入れ。さらには、ロシアへの経済制裁を率先して行うなど、民主主義陣営の砦となってきたのです。
ポーランド/モラウィエツキ首相「私たちはウクライナと共にある。あなたたちが、自国の自由や安全のためだけに戦っているのではないと知っているからだ」
その陰で、戦闘が長期化するにつれ、市民生活は日に日に圧迫されていました。
バルト海に面した人口1万人の港町。通常なら漁が始まる午前7時。港では、およそ50隻の船が停泊したままでした。EUが、ロシアからの石油の輸入を禁じたことで、燃料代がおよそ2倍に値上がりしていたからです。
漁師「ロシアを罰するはずが、私たちが罰を受けています。船が出せないので無職ですよ」
それでも、漁に出ようとする人がいました。祖父の代から漁業を営むヤツェック・ビットブロッドさんです。この日獲れた魚は、収入にして7500円。燃料代は3600円かかるため、人件費や船の整備費を支払うと、赤字になってしまいます。
ピットブロッドさん「多くの漁師たちが経済的な厳しさから、次々とやめていきます」
漁を終えたビットブロッドさんが向かったのは、仲間の漁師たちのもとです。
漁師仲間「厳しい制裁がかけられているけど、果たして効果は出ているのか。ロシアには効かず、僕たちが損をしている」
それでも、漁師たちは、今は耐え忍ぶしかないと考えていました。
ピットブロッドさん「自分たちの不利益を避けたいからといって、この戦争を無視して暮らせるだろうか?」
漁師仲間「いや、できない。もう少し我慢してでも、戦争が一刻も早く終わるようにしたい。ロシア人を撤退させることが、何よりも大事だから」
<経済支援をめぐり、EUとポーランドの結束に亀裂が>
2022年2月以降、民主主義陣営の最前線となってきたポーランド。しかし、6月、EUとの間に亀裂が走りました。
避難者の受け入れなどで、国の財政が悪化しているポーランドに対して、EUは5兆円余りの支援を行う上で、条件を課したのです。それは、ポーランドがEUの定める民主主義の基準を満たすことでした。
EU/フォンデアライエン委員長「これは欧州共通の資金だ。加盟国は、我々の価値観やルールに沿って、この資金を活用しなければならない」
EUは7年前、ポーランドで保守政党『法と正義』が政権に就いた当初から、その政策を問題視してきました。きっかけは、2015年。EUが人道上の理由で、中東やアフリカからの移民や難民を、分担して受け入れるよう求めたことに対して、ポーランド政府は激しく抵抗しました。
ポーランド外相(当時)「どうやって分担するかよりも、どうやって国境を守っていくかが重要だ」
さらに2017年には、ポーランド政府が司法改革の名の下に、最高裁判所の人事に介入。EU各国からは、民主主義の根幹を成す「法の支配」を脅かすものだと、厳しい非難の声が上がりました。
民主主義のあり方をめぐって、あつれきを抱えてきたEUとポーランド。今回、経済支援に条件が課されたことで、ポーランドはさらに反発を強めています。
ポーランド/モラウィエツキ首相「EUが暴挙に出るなら、私たちは黙っていない。経済的な罰則を持ち出して脅迫するなど、到底、受け入れられない」
世論調査でも、国民のおよそ半数がEUの姿勢に「納得できない」と回答。インターネット上には、「EUはポーランドを破壊し、奴隷にしようとしている」「ポーランドはEUから離脱するべきだ」といった声も広がりました。
北部の町・グダニスクに住むイエジ・カリノフスキさんも、EUから価値観を押し付けられていると、不信感を強めています。
カリノフスキさん「彼らは民主主義の名の下、少しの間違いにも『違う』『こうするべきだ』と命令してきます。民主主義に反しているといえば、何でも奪えると思っているのです」
かつて、カリノフスキさんは、自由と民主主義に憧れ、EUの仲間入りを夢見ていた1人でした。
1973年、カリノフスキさんが就職したのが「グダニスク造船所」。当時は社会主義政権下で、労働者は月4万円ほどの給料で過酷な労働を強いられました。
そうした中、結成されたのが労働組合「連帯」です。
自由と民主主義を求める声は、瞬く間にポーランド全土に拡大。10年に及ぶ闘いの末、悲願の民主化を勝ち取ると、そのうねりは周辺の国々に広がりました。
そして、2004年には、EUにも加盟。人々は皆、夢と希望に満ち溢れていたといいます。
カリノフスキさん「以前に比べて生活は一変しました。商店には物があふれ、お金さえあれば、何でも買えるようになりました。昔は苦労しましたから。EU域内の移動も自由になり、やっと西欧諸国と対等になれると思いました」
しかし、民主主義と共に待ち受けていたのは、資本主義経済の厳しい現実でした。
EUは、自由な競争を妨げるとして、政府からの補助金を規制。民営化したばかりの造船所は、経営が行き詰まり、破綻の危機に追い込まれてしまいました。
EUに加盟すれば、豊かになれると信じてきたカリノフスキさん。今は、格差ばかりが広がる現実に失望しています。
この日、カリノフスキさんは、かつて共に民主化を目指した造船所の仲間たちと会いました。いまや、皆、EUに反発する与党『法と正義』を支持するようになっています。このまま民主主義の名の下に、負担を押し付けられるなら、EUに協力できないと、口々に訴えました。
造船所仲間「ポーランドはウクライナ人だけを助けているわけじゃない。全力を尽くしているのは、ヨーロッパに戦争を広げないためだろう?僕たちはEUの加盟国なのだから、“二級市民”として扱わないでほしい」
<“格差”が民主主義への不信を生み出す!?>
“民主主義の旗”の下で、結束が揺らぎ始めているEU。
専門家は、EUが自らに向けられた批判と向き合わない限り、ポーランドのように不信感を強める国が増えると警鐘を鳴らしています。
V-Dem研究所 スタファン・リンドバーグ所長「国家間には歴然とした格差が生じています。その格差が、民主主義を批判する動きを生み出すと考えています。EUのような共同体では格差が拡大し過ぎると、人々は『同じ船に乗っている』と感じることができなくなります。仲間が敵になり、そうした対立感情が、現状を変えようとする強権的な指導者に利用されてしまうことがあります。それは民主主義のシステムにとって、危険な展開だといえるでしょう」
<民主主義はなぜ定着しなかったのか?>
河野キャスター「30年あまりアメリカを取材してきた私は、EUと並んで世界に自由民主主義を広めようとしてきたアメリカが、その求心力を失っていく姿を目の当たりにしてきました。かつて民主化を目指した国々でも変化が起きています。2000年頃から旧共産圏の国々で始まった『カラー革命』。2010年から北アフリカや中東に広がった『アラブの春』。これらの国々では、一度は民主化の動きが広がりましたが、その多くで民主主義は定着せず、今では強権的な指導者も現れています」
なぜ、こうした事態に陥ったのか。民主主義の研究で世界的に知られる、スタンフォード大学のラリー・ダイアモンド教授は、民主主義は社会や経済が安定しないと根付かない、デリケートなシステムだといいます。
ラリー・ダイアモンド教授「平和を構築したり、正義や平等を実現したりする上で、民主主義ほど優れた政治体制はありませんが、それが簡単なシステムであれば、世界の歴史上、より優勢となったでしょう。これまで民主主義国家では、社会の変化や移民の増加など、人々の暮らしに不安が生じるたびに、権威主義的な政治勢力が、巧みにその恐怖をあおってきました」
ダイアモンド教授は、民主主義の後退の背景には、権威主義的な国々の影響力の増大もあると指摘します。
ラリー・ダイアモンド教授「1つは、大国ロシアの復活のためなら、残忍な手段を取ることも辞さない、プーチン大統領の野心。もう1つは、アジアやインド太平洋地域など各地で覇権を握ろうとする中国の野心です。世界の民主主義は、今後数年にわたって、権威主義的な国家から、その存在意義を問われることになるでしょう」
河野キャスター「民主主義は元々抱え持つ課題、さらには権威主義の台頭を前に、大きな試練を迎えていると感じます。ポーランドのように、EUの内部が民主主義のあり方をめぐって揺らぐ中、中国やロシアに急接近する国も出てきています。ハンガリーです。民主主義の価値観と距離を置き、権威主義へと傾く国家はどこに向かうのでしょうか」
<EU加盟国でありながらロシアに接近するハンガリー>
ロシアの軍事侵攻以降、EU加盟国の中で異質な動きを見せているハンガリー。
2022年6月上旬、首都ブダペストの中心部では、大規模な集会が開かれ、「Z」の文字を掲げた極右団体が、ウクライナを非難していたのです。
極右団体リーダー「我々を戦争に巻き込むな。ウクライナ人は世界の主ではない。自分でまいた種は自分で摘み取れ」
こうした動きの背景には、ハンガリー政府の姿勢があります。
2010年から政権の座に就く、与党『フィデス』のオルバン・ビクトル首相。ロシアのウクライナ侵攻以来、繰り返し訴えてきたのが、「ハンガリーは自国の利益を優先し、戦争には関わらない」という立場でした。
ハンガリー/オルバン首相「私たちは、他人の戦争の犠牲になるべきではない。この戦争は、百害あって一利なしだ」
それを象徴するのが、ロシアに対する独自の路線です。
ウクライナ情勢の緊張が高まっていた2022年2月上旬、オルバン首相は自らモスクワを訪問。EU各国がロシアと距離を取る中で、いち早く天然ガスの安定供給を取り付けたのです。
プーチン大統領「ハンガリーの消費者は、欧州で上昇した市場価格より安く、天然ガスを購入できる」
さらに5月には、EUが打ち出したロシアへの制裁案に対し、加盟国の中で唯一反対。民主主義陣営の足並みを大きく乱したのです。
そんなオルバン首相の姿勢を、多くの国民が支持しています。
トート・マーリアさんもその1人で、きゅうり農家を営みながら家族5人を養っています。見せてくれたのは、電気料金の請求書。2月以前とほぼ変わらない料金で供給されています。
トートさんは、国益を優先し、ロシアとの関係を維持するオルバン首相を、高く評価しているといいます。
トートさん「戦争の影響を最も受けるのは、私たちのような貧困層です。富裕層は気付きませんが、すべて私たちの生活を直撃します。民主主義よりも最優先すべきは、家族の暮らしでしょう」
<“欧米が掲げる民主主義だけがすべてではない”>
オルバン氏が初めて首相に就任したのは、冷戦終結後の1998年。当時、最大の目標に掲げていたのが、NATOやEUといった民主主義陣営の一員になることでした。
それがなぜ一転、ロシアなどの権威主義的な国々に接近するようになったのか。オルバン首相の側近が、その理由を明かしました。
コバーチ・ゾルタン報道官「21世紀になって明らかになったのは、世界経済の成功者は、必ずしも民主主義国家ではないということです。中国をはじめ、ロシアやトルコなど、民主主義の伝統に従わない国々が大きな成功を収めています。欧米が掲げる民主主義だけがすべてではないと証明されました。イデオロギーで工場を動かすことも、家を暖めることもできないのです」
大きな転機になったというのが、2008年のリーマンショックです。アメリカで起きた未曾有の金融危機は、ヨーロッパにも波及。EU域内の貿易に支えられていたハンガリー経済は打撃を受け、失業率は10%を超えました。この時、欧米の景気低迷を尻目に、急速な経済成長を遂げたのが中国でした。
それ以来オルバン首相は、自由民主主義の価値観に縛られていては、国は豊かになれないと考えるようになったといいます。
オルバン首相「自由民主主義に基づいた社会が今後、世界的な競争力を維持できる可能性は低い。私たちの社会を競争力あるものにするため、西欧諸国が掲げるイデオロギーから独立し、新たな国家を模索している」
<“非自由民主主義”の実態とは>
「非自由民主主義」。中国に成功のカギを見出したオルバン首相が、新たに打ち出した概念です。
選挙制度は維持するものの、国を豊かにするには、政権基盤の安定が大事だとして、権威主義的な傾向を強めていったのです。その象徴が、自らに批判的なメディアへの締め付けです。
独立系メディア「インデックス」は政権批判をいとわず、オルバン首相と対峙してきた報道機関の1つですが、突然、経営権の一部をオルバン首相に近いとされる実業家が買収。2020年、編集長を解任されたドゥル・サボルチュさんは、資金を握られたことで、記事の内容や人事にも圧力がかかるようになったといいます。
インデックス元編集長 ドゥル・サボルチュさん「オルバン政権は私たちを敵視しているので、追及したいことがあっても、その機会さえ与えられません。彼らはこの12年間、戦略的に政権寄りのメディアを増やしてきたのです」
メディアの実態を調査しているNGOの分析によると、いまや報道機関のおよそ8割が“政権寄り”のメディアだといいます。2020年3月、あるテレビ局が、議会選挙の直前にSNSに投稿した動画では、キャスターたちがオルバン首相への支持を呼びかけました。
「私は平和で強い国で生きていきたい」「私は戦争と関わらない国で暮らしたい」「だから私も、オルバン氏を支持します」「あなたもオルバン氏に投票しましょう」
さらに、オルバン首相は、選挙区の区割りなど、選挙制度も次々と変更し、与党の候補を有利にしていると指摘されてきました。そして4月に行われた議会選挙で、議席の3分の2を獲得して圧勝したのです。
<オルバン政権が推し進める中国との関係強化 その先に何が>
民主主義の理念から遠ざかるオルバン政権。今、経済成長の主軸として推し進めているのが、中国との関係強化です。
そのシンボルの1つが、人口7万人のブダペスト16区。2010年から区長を務めるコバーチ・ペーテル氏は、オルバン首相率いる与党『フィデス』のメンバーです。コバーチ区長が、今、急ピッチで進めているのが、地域最大の工業団地を最先端の経済拠点にする計画です。中国のハイテク企業がおよそ309億円を投資し、この計画を共に手掛けることになりました。
これまで欧米の企業が度々試みたものの、挫折してきた再開発。中国企業の投資で実現すれば、1000人が雇用され、年間1400億円余りの生産額を見込めるといいます。
中国企業 社長「ハンガリーは外国投資の受け入れ環境が安定しています。私たちは、その国の指導者や政策には関心がなく、有利な投資環境や政策だけを望んでいます」
コバーチ区長は、中国は経済的な利益に特化した合理的なパートナーだといいます。
コバーチ区長「政府の仕事は、ハンガリー人の利益を考えることだけです。我々は他国のやり方に口を出しませんし、相手にも口を出してほしくありません。我々は西欧諸国と違って、多角的に状況を分析し、最善の方法を選択しているのです」
しかし、こうした中国への急速な接近に、一部の市民からは懸念の声が上がり始めています。
中国系の企業や大学が次々に誘致されることで、中国の政治的な影響力が強まるのではないかという、危機感が広がっているのです。
ハンガリー市民「中国の家来になりたくありません」
ブダペスト16区の野党議員、バイダ・ゾルタン氏は、オルバン政権が国民の多様な声に耳を傾けず、中国との関係強化を推し進めれば、ハンガリーの民主主義がついえてしまうと、危惧しています。
ゾルタン議員「問題視しているのは中国からの投資ではなく、その情報が国民に十分与えられていないことです。政府は(政治的な)条件を課してこない中国と親密になろうとしています。EUは問題のある国にお金をくれませんが、中国はくれますから。ハンガリー国民も”ゆでガエル”のように、知らぬ間に権威主義に向かっています」
<中国の存在感が世界を複雑化させる>
民主主義の国々が岐路に立たされる中、勢いを増す中国。近年、中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」などへの投資を通じて、アジアやアフリカなどとも関係強化を進めています。
その中には、カンボジアのように、政権の腐敗や人権問題を理由に、欧米の援助を受けられずにいた国も少なくありません。
カンボジア/フンセン首相「我々の友情は、習近平国家主席に“鋼の友情”と命名してもらいました。中国に支援を求めず、誰に支援を求めるのか」
しかし、こうした投資は、経済の発展をもたらす一方で、中国の権威主義的な影響力が強まるとも批判されています。
こうした指摘に対し、中国の政府系シンクタンクの張樹華(ちょう・じゅか)所長は、中国共産党が自分たちの政治手法や価値観を、各国に押し付けることはないと反論します。
中国社会科学院 政治学研究所・張樹華所長「我々の一帯一路にイデオロギー的な要素はありません。人権や政治体制などの条件を課さない、オープンでウィンウィンの仕組みです。政治的な条件を課しているのは、アメリカなどの方です。欧米型の民主主義は、確かに人類の発展に一定の貢献をしてきましたが、それは人類の長い歴史の一部に過ぎず、定着したのも欧米の限られた国だけです。近年、欧米型の民主主義は質が劣り、自分たちの価値観が絶対だと思っています。その基準で相手を裁き、世界を分断させているのです」
<民主主義の“真の価値“とは>
民主主義研究の権威、アメリカのラリー・ダイアモンド教授は、民主主義を掲げる欧米への不信が高まる中でも、人々が民主主義の理念そのものを否定しているのではないと強調します。民主主義の真の価値とは、市民が声をあげ、権力を監視する力。人々の自由や人権を守る力だといいます。
ラリー・ダイアモンド教授「民主主義には権力を監視し、軌道修正する力があります。自由で公正な選挙によって、民主主義は優れたものになるのです。『民主主義はスポーツ観戦とは違う』といわれています。無関心は民主主義にとって非常に危険だということです。たとえ満足できる選択肢がなくても、まずは参加することです。投票し、声を上げることで、より民主的な政治に改めていくのです。私たちは、民主主義を機能させる取り組みを、ただ傍観していてはいけないのです」
ロシアの軍事侵攻が続く中、2022年のノーベル平和賞に選ばれたのは、戦闘を続けるウクライナやロシアなどで、人権や民主主義のために、地道に取り組んできた団体や活動家でした。
ノーベル平和賞 選考委員長「市民社会が権威主義や独裁政治に屈する時、犠牲になるのは平和だ。今年の受賞者たちは、ノーベル平和賞の本来の精神を呼びさます」
市民が権力を監視し、民主主義を守ることが、平和や共存にもつながる。それが、授賞の理由でした。
戦争や格差が渦巻き、民主主義が大きく揺さぶられている時代。
私たちは何を信じ、どのような世界を築いていくのか。
かつてなく問われています。