“男性目線”変えてみた 第2回 無意識の壁を打ち破れ【前編】

NHK
2023年5月16日 午後4:30 公開

(2023年4月30日の放送内容を基にしています)

車の衝突試験で使われる、ダミー人形。実は、性別があるって知っていますか?

「彼女が世界初の女性のダミー人形です。平均的な男性に比べ、お尻が大きく、ウエストは細く、胸があり、肩幅も狭い」

車を運転するのは「男性」という思い込みから、男性の体を基準にしていたこれまでのダミー人形。女性の方が重傷になるリスクが、1.5倍高い(注1)にもかかわらず、見過ごされてきました。

開発者/アストリッド・リンデルさん「これまで男性のダミー人形を使うことで、すべての人にとって安全だと思われてきました。しかし、そうではなかったのです」

男性に合わせてつくられ、固定化してきた基準や仕組みは他にも。

「オフィスの標準室温は、女性の適温より2.8度低い(注2)

「AIによる音声認識も、女性の方が認識されにくい(注3)

こうした気づかれなかった事実に目を向け、社会の変革につなげようという動きが、いま世界で広がっています。

スタンフォード大学教授/ロンダ・シービンガーさん「男女の違いに目を向けることで、これまで見落とされてきた変革の可能性が生まれるのです」

一方、意思決定層の多くを男性が占めてきた日本社会。硬直化した価値観や組織のあり方が、様々な可能性を阻んでいることがみえてきました。

2回シリーズで伝える「男性目線変えてみた」。無意識のうちに根づいてきた「男性目線」を変えることで、誰もが生きやすい社会に近づける。そんな模索が始まっています。

第2回は、壁を打ち破ろうとする最前線です。

村上信五さん「いやあ、もう、目からウロコ。安全基準、確かに男性がベースになっていたんだっていうのは、衝撃でしたね」

アンミカさん「ただ1つ感動は、きょうのスタジオはスーツの男性がいるにも関わらず、優しい温度です」

鈴木奈穂子アナウンサー「冷えすぎてないですね。ちなみに、お二人のまわりで男性基準だなって、感じることありますか」

村上信五さん「私なんて事務所が男性タレントしかいないですから。もちろんスタッフは、女性の方も多いですよ。各現場にもいますけれど、現場はどうしても男性目線でしか物事が進んでいない気がしますね」

鈴木アナウンサー「もしかしたら、ちょっとやりにくいなって感じている女性スタッフもやっぱり・・・」

村上信五さん「いてるでしょうね~!」

アンミカさん「私自身も、『女性だからこの役割じゃなきゃ、それが当たり前』っていうことを解放せなあかん世代っていうのを、薄々感じてます」

村上信五さん「定着しちゃってるからね」

アンミカさん「しちゃっています、私は」

鈴木アナウンサー「先ほどあったような、車の安全性能など、さまざまな分野で男性が基準になってきたのはなぜなのか。その背景にあるのが“男性目線”です。政治や行政、それから研究機関、さらに企業など、組織の中枢にいる意思決定層を、長年男性が占めてきたことで、当たり前になって硬直化している仕組みやルールのことなんです」

鈴木アナウンサー「これを変えてみることで、組織そのものが変わることはもちろんなんですが、これまで十分に見えていなかった人たちの可能性が広がり、イノベーションにつながる。そんな動きが今、世界で生まれているんです。その1つが、スウェーデンです。意思決定層の男性が、多様な目線を持つことで社会の変革が起きています」

<社会に根付いた“男性目線” 変えてみたら社会全体にプラスに>

スウェーデン中部の人口3万の都市、カールスクーガ。変革は意外なところから始まりました。

市のまちづくりを統括するボッセ・ビョルクさんの目線が変わったきっかけは、近所の女性たちの「雪の日には外出できない」、「滑って転んでケガをする」という声を耳にしたことでした。

カールスクーガ市 社会計画長/ボッセ・ビョルクさん「除雪の方法がうまくいっているとは思えませんでした」

除雪の担当者に疑問をぶつけると。

道路管理長(当時)/スティーグ・レングマンさん「最初は私への批判かと思いましたよ。なにせ私は20年除雪をとりまとめてきたのですから」

それまで除雪は車道を優先して行っていましたが、町の人たちを観察すると、あることに気づきました。

男性が通勤で車を使うことが多いのに対し、女性は、子どもの送り迎えや買い物などで、徒歩や自転車で移動する人が多かったのです。

ビョルクさんの話を聞くうちに、除雪担当者の考えは変わっていきました。

道路管理長(当時)/スティーグ・レングマンさん「とにかく車道を優先しなくてはいけないと思い込んでいました。自転車で職場に行く人、ベビーカーを押しながら歩く人、そんな立場の人たちのことを、それまで考えたことが無かったのです。あのときの議論で初めて気づきました」

見直されることになった除雪の順番。朝一番に除雪するのは、保育園や学校の周り。次に、歩道や自転車道。そして、女性が多く通勤する職場の周りを、優先的に除雪するようにしました。

雪の多い日には、家から出られないこともあった女性たちの日常は一変しました。

市民「市が徒歩や自転車で移動しやすくしてくれたことで、生活が本当にスムーズです」

女性だけでなく、子どもや高齢者も外出しやすくなりました。さらに、思わぬ効果も。転倒事故が大幅に減り、医療費の削減につながったのです。

スウェーデン地方自治体協会/オーサ・アードリアンソンさん「私たちは調査から、全国で同じような成果が出せた場合、130億円の医療費を削減できると試算しています」

スウェーデンでは、全国の自治体に専門の部署を設け、無意識のうちに男性目線でできていた幅広い政策の見直しを進めています。

以前は狭くて暗いのが当たり前だった鉄道の下を通るトンネル。通るのが怖いという女性の声を聞いて、各地で刷新が進むと、利用者が大幅に増加しました。

さらに、男性を優先してきたスポーツ施策を見直したところ、女性のスポーツ人口が増え、メンタルヘルスや学力の向上につながったという自治体もあります。

カールスクーガ市 社会計画長/ボッセ・ビョルクさん「私は“男女平等めがね”をかけることの大切さを学びました。当たり前になっていて考える必要も無くなっていることこそ、一歩下がって、別の目線から見るようにしています」

◇◇スウェーデンの取り組み、詳しくはコチラ◇◇

アンミカさん「素晴らしい。ほんのちょっとの目線のずらし方で、当たり前になっていることこそ、なかなか別の目線から見ても気づかない。医療費まで影響するってね」

村上信五さん「びっくり。びっくりの幅が、ちょっと広すぎて。確かに大事なことではあるじゃないですか、みなさんが生活しやすいようにって。ただ、わからないですよね」

鈴木アナウンサー「スルーしていたわけじゃなくて。気づいてなかった。ここからは、立命館大学教授の筒井淳也さんにも加わっていただきます。この男性目線が続いてきたのはなぜなんでしょうか」

立命館大学/筒井淳也教授「基本的には、やはりすごく多くの仕事の場が、男性によって占められてきたのが、一番の原因かと思います。女性目線は、マーケティングの視点では取り入れられてきたんですが、例えばものづくりとか、都市計画、災害対策とか、そういうところには、やはり男性目線が強かった」

アンミカさん「不思議なのが、なぜスウェーデンでは男性自身が目線を変えられたんでしょうか?」

筒井淳也教授「男性自身の目線が変わるためにも、周囲に多様な人がいることが大事なんですね。例えば女性や、健康ではない人、その人たちが意思決定の場に早くから携わってきた。ここら辺が地道な変化の下地になったと思います」

鈴木アナウンサー「意思決定層に女性を入れるメリットというのは、いろんなデータでも実証されているんです。特許の経済価値について、男女両方の発明者がいるチームのほうが、男性だけのチームよりも1.54倍高い(注4)と言われています」

村上信五さん「そんなにですか?」

鈴木アナウンサー「それからもう1つ、企業の利益率が平均を上回る割合についても、女性役員が3割以上いる企業は1割未満の企業よりも1.48倍高い(注5)そうです」

筒井淳也教授「現代社会というのは、かつての社会よりも多様化し、複雑だし、気づかれない価値が、かなりたくさん潜んでいるわけです」

アンミカさん「たくさんの方の意見を聞いて取り入れるほうが、いい物は作りやすくなりますよね」

村上信五さん「それはもう、脳みそいっぱいあったほうがいいと思います。基本的には、いいことしかない気がするんですけど」

鈴木アナウンサー「いいことしかないような気がするんですが、なぜ、なかなかそこが動かないのかというところ。今、ダイバーシティの分野で高い壁になっているとされるのがこちら、“OBN”です」

<「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が壁に!?>

全国の大企業が参加する勉強会。80人以上の男性管理職が集まり、ダイバーシティ(多様性)経営について1年かけて学びます。

主催するNPOが強く訴えるのが、女性たちを阻む“OBN”の壁です。

NPO法人J-Win会長理事/内永ゆか子さん「今までこの会社、あの会社を成功に導いてきたのは男性ばかりなので、その人たちが作ってきた文化、仕組み、価値観、成功体験が全てだと思っている。“オールド・ボーイズ・ネットワーク”が、とても大きなバリアになっているんです」

オールド・ボーイズ・ネットワークの壁とは。例えば・・・。

「仲間内のお酒の席で人事が決まる」

「会議の前に根回しで結論が決まっている」

「上司からの呼び出しがあれば休日でも駆けつける」

「男性には遠慮なく仕事を振るのに、女性には過剰に配慮して任せない」

仕事を円滑に進めるためにできあがった、人間関係や暗黙の了解。これまでの「あたりまえ」が壁になっているというのです。

NPO法人J-Win会長理事/内永ゆか子さん「皆さん方が違った意見を、無意識のうちに排除している。無意識の権化の皆さんがそこに気がついて、内側から変えない限り、日本の変革は難しい」

<男性社会の偏見に苦しむ新人候補>

なかでも、世界から厳しい目を向けられているのが、政治分野の壁です。

男女格差を数値化したジェンダーギャップ指数の国別順位。日本の順位を見てみると、146か国中139位。最低水準に留まっています。

男性中心の政治の世界で、女性たちはどんな現実に直面するのか。

市区町村議会の女性議員の割合が、全国最低(2021年末時点)の長崎県。4月に行われた統一地方選挙に、初めて立候補した阿部希(のぞみ)さんが、政治の世界に飛び込んだのは4年前。主婦として地域活動に取り組む中、県議会議員の男性に能力を認められ、政策秘書に抜擢。漁業をPRする仕事に打ち込んできました。

しかし、男性の政治家と一緒にいるだけで、いわれのないうわさを立てられたことも。男性社会のさまざまな偏見に苦しんできました。

長崎市議会議員選挙に立候補/阿部希さん「『何でこの男社会の世界にいるのか』『誰かが引っ張ったとやろ』じゃないですけど、こんなに一生懸命仕事をしているのに、何で(男性の)そばにいたら、仕事をしている事実が吹き飛んで、『女だから』という解釈にしかならない。そういう色眼鏡でしか見られないことが、また悔しいから一生懸命仕事するみたいな」

色眼鏡で見られたくないと、男性議員や、その所属政党の支援を受けず、無所属で立候補した阿部さん。しかし、事務所開きを前に頭を抱えていました。後ろ盾がなく、集会のあいさつを頼める人もなかなか見つかりません。

葛藤は家庭の中でも・・・。

長男「普通の母親に戻ってくれないかなと思って」

阿部希さん「きついなあ、それ。パパには言わんやろ。ママには言うやろ?それなんでなんやろか。パパには仕事があって、ママには『仕事やめろ』っていうのは、なんでなんやろね?」

女性が政治家として働くことが当たり前の社会に近づけていきたい。先週(2023年4月23日)行われた選挙で、阿部さんは当選を果たしました。

◇◇女性候補者たちの挑戦、詳しくはコチラ◇◇

たとえ議員になっても、女性たちを取り巻く環境の厳しさは変わることはありません。

4年前、福岡県議会議員に初当選した後藤香織さん。82人の議員のうち、女性はわずか7人(2023年3月時点)。

後藤さんは、ただ一人の子育て中の女性として、保育士の処遇改善や、産後ケアの充実などに取り組んできました。3人の子どもを抱え働くなかで感じてきた、社会の壁を壊していきたいと考えています。

福岡県議会議員/後藤香織さん「上司から『子育てが原因で休むから評価が低いよ』とか言われたときに、やっぱり子育て中の女性って、こういうことなんだと初めて分かって、そこから子育て中の働く人たちの環境をよくしたいと思って」

後藤さんが難しさを感じているのは、男性が多くを占める地域の有力者に人脈を広げることです。

経験豊富な先輩議員からは、地元の声を聞くためには、夜の会合に参加することが有効だと聞いてきました。

先輩議員は、地域のあちこちで開かれる会合に連日、顔を出し地元企業の社長や町内会長といった地域の有力者たちに人脈を広げています。

<議員活動と家庭との両立に悩みながら>

今回の統一地方選挙で、二期目を目指した後藤さん。議員活動と家庭との両立に悩みながら、政策を訴え続けました。

福岡県議会議員/後藤香織さん「男性社会の中でやってきたことが、流々と引き継がれて、それをしないと不利になる状況は続いている。ただ、私がいなくなったら、当事者としての思いが届けられないので、女性としての1議席は守っていきたいという思いは強くあります」

激戦の末、当選を果たした後藤さん。

今回の統一地方選挙で当選した女性議員は、過去最多となりました。ただ、その割合は20%を下回り、いまだ低い状況が続いています。

◇◇OBN変えるための“愛の10か条”、詳しくはコチラ◇◇

村上信五さん「ちょっともう、気になることが多すぎて」

アンミカさん「オールド・ボーイズ・ネットワーク」

村上信五さん「そのやり方が、全て間違ってきたわけでもないのも、すごく理解もできますけど。でも時代の多様性、多角化した社会の役割というところからいくと、当然変えていかなきゃいけないことのほうが多いですよね」

アンミカさん「OBNも悪いことばかりじゃなく、例えば、人は情がある生き物やから、どうしても昔ながらの部活の後輩とか、縁がある子はひいきしてしまうとか。でも、信頼が生まれるから、物事が早く進みやすいという利点もあるんだろうけど、透明性がなくなったり」

筒井淳也教授「見落とされがちな視点もあって、“オールド・ボーイズ・ネットワーク”というと、年配の男性というイメージがあるんですが、もうちょっと厳密に言うと、『家で生活を支えてくれる妻がいる男性のネットワーク』と言ったほうが正確なんですよね。家庭責任から自由になれてこそ初めて、夜の飲み会・会合に行ける。ですので、家にいて支えてくれる人じゃないと、活躍できない仕組みができ上がってしまっているところが問題」

村上信五さん「何で変わらないんですかね。変わらない、変われないっていうところで言うと」

筒井淳也教授「やっぱり人間というのは、『あたりまえの基準』があって、それに従って行動する。それを変えるって、ものすごい力が要る。ある種の均衡状態になってしまうと、それを変えるためには、ある程度思い切った手段が必要なんです」

鈴木アナウンサー「じゃあ、変わるためのきっかけを、どうやって作るのか。これは日本の国会議員の女性の割合なんですが、上がっていないんですよ」

村上信五さん「横ばいや」

鈴木アナウンサー「これに対して、海外では」

アンミカさん「わあ、メキシコすごい」

鈴木アナウンサー「以前は低かった国も、近年、急激に増加しているんです。メキシコとかフランス、イギリスあたり。その背景の1つが、世界130以上の国や地域に導入が広がっている“クオータ(割り当て)制”。つまり、女性議員や候補に一定の割り当てを定めてしまおうというものです」

注1: ワシントン大学Dr. Rachael Tatmanの研究 2016年

注2: マーストリヒト大学Dr. Boris Kingmaらの研究 2015年

注3: ワシントン大学Dr. Rachael Tatmanの研究 2016年

注4: 三菱総合研究所「知財分析支援サービス」に基づく日本政策投資銀行の分析 2018年

注5:マッキンゼー・アンド・カンパニー 2020年

(後編へ)