台湾海峡で何が 〜米中“新冷戦”と日本〜(後編)

NHK
2021年12月28日 午後6:05 公開

(前編はこちら)

(2021年12月26日の放送内容を基にしています)

<”危機のシナリオ” 日本はどう対応するのか>

台湾の状況がより切迫したものになれば、日本はどう対応するのか。

2021年8月、東京・市ヶ谷。防衛省にほど近いホテルの一室で、ある会合が開かれました。

元陸上幕僚長・岩田清文氏「おはようございます。これより台湾有事の机上演習を開始したいと思います」

呼びかけたのは、安全保障政策を提言するシンクタンク、「日本戦略研究フォーラム」。台湾周辺で軍事的緊張が高まった場合のシミュレーションを行いました。参加したのは、安全保障関連法の策定に関わるなど、最近まで日本の安保政策の中枢にいた元官僚や、自衛隊の元最高幹部。

あくまで外交による平和的な解決を目指す日本。しかし、万が一の時にどのような対応を迫られるのか。政府とは別の立場で、独自に検証しようとしていました。

元海上幕僚長・武居智久氏「シナリオはすべて、どれも以前あった事件を盛り込んであります。それを若干広げてあると。政治的な決断、意思決定に重きを置いたシナリオを組んでございます」

現職の国会議員も招かれ、それぞれ総理大臣や防衛大臣、官房長官役として参加します。

元陸上幕僚長・岩田氏「では、台湾有事研究 9時半、状況開始します。よろしくお願いします」

シミュレーションのシナリオは、別室にいる自衛隊の元最高幹部らが作成しました。モニターを通して議論の進行を見ながら、新たな状況を付与し、判断を迫ります。

元国家安全保障局次長・兼原信克氏「台湾有事が始まると、実体面の9割はアメリカがやるんですよ。『日本は付き合え』と言われるんですよね。『自分のとこ、しっかりやれ』とか、ばんばん出てくるのと、『米軍を展開するぞ』というのが出てきて、そこですよね、日本が一番重たいのは」

シミュレーションで与えられた、架空のシナリオです。台湾で総統選挙が行われ、独立を主張する総統が誕生。すると、台湾海峡の沿岸で、中国軍が、強襲揚陸訓練を繰り返していることが判明。内陸部の基地からも、数千両の軍用車両が沿岸部に移動しているという想定です。

陸上幕僚長役「人員とか車両といった、戦闘火器等が集結しているということは、陸軍種としては、まさにこれは侵攻企図ありという、有力な兆候だと考えます」

最大の焦点となったのが、政府による「事態認定」です。安全保障関連法により、政府がその時の事態をどのレベルと認定するかで、自衛隊の取れる行動が変わってくるからです。

航空幕僚長役「もう既に今この状況は、『重要影響事態』という認定をすべき要件が満たされていると思います」

「重要影響事態」とは、放置すれば、日本への攻撃につながるおそれがあるなど、「日本の平和と安全に、重要な影響を与える事態」とされます。アメリカ軍などへの様々な後方支援ができます。

この時、重要影響事態にとどまらず、次の事態を見越した対応が必要ではないか、という声も上がりました。

航空幕僚長役「先程からあるように、最悪の事態にエスカレートすることを考えると、『武力攻撃事態』等、あるいは『存立危機事態』の発出・認定の準備をすべきだと思います」

この場で指摘された2つの事態。「存立危機事態」とは、密接な関係にある外国が攻撃を受け、日本の存立が脅かされる事態、などとされています。日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権の行使が可能となります。

さらに事態が進んで、日本が攻撃を受ければ、「武力攻撃事態」となります。自衛隊が必要最小限度の武力行使を行います。

海上幕僚長役「米軍が武力行使を開始した時点で、自衛隊に対しても『存立危機事態』以上の権限が付与されないと、全く米軍との共同ができない、ということをご認識いただけたらと思います」

外務大臣役「対話をもって平和的に解決するというのが、日本の一貫した立場でございます」

しかし台湾の状況に応じて、どの事態と認定するべきか、そもそも明確な基準がない、と指摘する声もありました。

官房長官役「国会でこの議論はほとんどやってないんですね。台湾有事が『存立危機事態』になると政府が答弁した記憶は私にもないし、ましてや『重要影響事態』に直結するという議論も、ほとんどしていないんですね」

集団的自衛権をめぐって、国会が激しく紛糾した安全保障関連法。集団的自衛権を行使する事例として、国会で主に議論されたのは、中東のホルムズ海峡と朝鮮半島での有事でした。台湾については、当時、大きな論点にはなっていませんでした。

事態認定について結論が出ないまま、ここで、さらに新たな状況が加えられました。

台湾海峡、バシー海峡、与那国島との間の海域が、軍事的に封鎖。さらに、台湾に向けて、武力が行使されます。この時、日本がアメリカ軍を支援すれば、軍事目標と見なされるリスクもあるという想定です。

防衛大臣役「台湾に対して、ミサイルが撃ち込まれているという状況ですから、これ台湾有事が勃発することは間違いないと。日本有事の一歩手前の状況が発生している」

台湾は攻撃されても、日本は攻撃されていないこの時点で、どの事態の準備をすれば良いのか。

統合幕僚長役「事態認定をしてもらわないと始まらないところがありますので、いつ頃からそういうことを着手するのかということを念頭に置きながら、その作戦、いざ『武力攻撃事態』となったときに、間に合わないようなことがないように、そのイメージについては、これから早急に詰めて、大臣に諮りたいと思います」

陸上幕僚長役からは、このままでは対応が遅れてしまう、との指摘もありました。

陸上幕僚長役「陸上自衛隊の場合は、陸軍種というのは非常に鈍重でありまして、非常に作戦準備に時間がかかります。そういう意味でも、前倒し、あるいは、この状況を見ながら先行的に命令をどんどんかけていただくことが重要かと」

いずれかの事態と認定すれば、日本も紛争の当事国と見なされ、攻撃されるリスクが高まる。難しい決断を迫られました。

総理大臣役「まさに国の安全保障に関わることでありますので、思い切った議論ができるような場を作らないと、なかなか前に進まないのかな、というふうに認識しておりますので」

刻々と変わる状況の中で、経済や外交への影響、さらに、国民にどのような説明を行うかも考えなければなりません。

明確な結論が出ないまま、議論は終わりました。政治の決断の重みが、改めて浮き彫りになりました。

元海上幕僚長・武居智久氏「恐らく実際の場面で、日本が攻撃されてない段階においては、実際の政府内の議論、もっともっと激しくなるんだろうと思うんですね。シミュレーションでもこれだけ難しいということは、実際の場面はもっともっと難しいんだろうと思います」

<自衛隊 最前線はいま 加速する”南西防衛” >

政府による事態認定がない段階で、どれだけ迅速に動けるのか、いま自衛隊は、独自に検証を始めています。

北海道旭川市の陸上自衛隊「第2師団」です。隊員数は、全国最大規模の8000人。最新鋭の装備を持ち、本来は、北方の防衛を担う部隊です。

この秋、第2師団は、南西諸島の防衛を念頭に置いた大規模な演習に参加。部隊のほぼすべてを九州まで移動させることになりました。戦車やトラックなど、およそ2000台の車両に加え、弾薬や銃など、あらゆる装備を持ち出しました。移動距離、およそ2000キロ。これだけの規模で部隊が動くのは初めてのことです。事態認定がない「平時」では、自衛隊にも道路法など、一般の法律が適用されます。たとえば、道路を通行できる車の高さには制限があります。搭載する大型車両は、タイヤの空気を抜き、車高を低くして運んでいました。戦車などは法律により、夜間にしか運べないものもあります。日中は、市民生活への影響が懸念されるためです。

陸上自衛隊 第2師団・冨樫勇一師団長「ルールに従いながら、手続きを踏みながら、速やかに移動するという現実の中で訓練ができることだと認識しています。そこには、いろいろな教訓とか、課題を得ることができるんじゃないかと。まさに自衛隊、我々の運用の実効性の向上というものが真に求められている」

今回の演習で自衛隊は「民間企業」にも協力を求めていました。移動の際、隊員たちが乗り込んだのは、一般客も乗る、定期便のフェリー。戦車や大型の重機を運んでいたのは、民間の貨物船です。

さまざまな輸送路を確認するため、鉄道も使われました。さらに、弾薬の一部は、運送業者が運んでいました。今回の輸送で、自衛隊は、20社以上から協力を得ていたといいます。

第2後方支援連隊・菊地康治連隊長「どうしても民間の輸送力に頼らないと、すべては動かせませんので、そういった協力関係も逐次、いまできてきていると思います」

しかし、武器や弾薬を運んでいた民間企業の中には、「事態がより切迫すれば、なし崩し的に協力の幅が広がり、巻き込まれるのではないか」といった戸惑いの声もありました。

およそ2週間かけて、九州への移動を完了した第2師団。離島防衛を想定したとみられる、戦闘訓練も行われました。

「赤警報!(防空警報)」

「敵航空機、回転翼はヘリボーン。距離13キロ。各部隊は、警戒を厳にせよ」

「機関銃。敵機、確認できたならば各個、射撃せよ」

弾薬などの補給物資が、次々と前線に送られていきます。

多数のけが人を想定し、救護の訓練も行われました。

第2後方支援連帯・菊地康治連隊長「近年の情勢を見れば、(訓練の)重要性というのは高まっておりますので、当然プレッシャーはありますし、指揮官として隊員の安全、命を預かっていますので、緊張の中でやっています」

列島を縦断して2か月あまり行われた演習。見えてきたのは、現実の有事を想定して、南西諸島防衛の備えを加速させる自衛隊の姿でした。

<”危機のシナリオ” 住民避難はできるのか>

台湾での紛争を想定した、自衛隊元最高幹部らのシミュレーション。この場でもう一つ議論となったのは、近隣の住民をどう避難させるか、という深刻な課題でした。台湾海峡で緊張が高まった場合、どのタイミングで避難を呼びかければ良いのか。

自衛隊による国民保護の活動は、事態認定とどのような関係にあるのか、閣僚役から質問が上がりました。

防衛大臣役「事態認定と国民保護というのは、どの程度リンクしているものなんでしょうか。つまり事態認定がなくても、住民の広域避難というのは、多分平時でもできる話だろうと思うので、そこは前広に始めていくのかなと思っていたんですけど、もう『重要影響事態』ということであれば、国民保護の発動もしやすいのでしょうか」

国家安全保障局長役「いや、『重要影響事態』と国民保護のところは・・・」

統合幕僚長役「『武力攻撃事態等』で認定・・・ですね」

日本が攻撃を受ける、「武力攻撃事態等」にならなければ、自衛隊は、法律に基づいた国民保護はできないと指摘されました。

これに対して、他の法律を適用できないかという案が出されます。地震や豪雨などの、自然災害の際の対応を定めた『災害対策基本法』によって、住民の避難を促すことができるというのです。しかし、これに異論が出ました。

官房長官役「これは実質戦時を想定した避難ですから、災対法(災害対策基本法)による避難とは、ベース的に全く違いますので、『武力攻撃事態』を想定して、早めに国民保護に入るという枠組みですね」

防衛大臣役「むしろ事態認定はいろいろな要件があるので難しいので、早めに広域避難、つまり災対法に基づく広域避難をかけておいたほうがいいんじゃないか、という意味で申し上げたんですけど、ここは法律の解釈の大事なところで、議論していただければと思いますが」

官房長官役「災対法というエクスキューズ(説明)をしないほうがいいと思います。しっかりそこは法的にも、そういう有事を想定した避難なんだ、ということを説明できるようにしたほうがいいと思います」

どうすれば住民を速やかに避難させることができるのか。制度上の課題が浮かび上がりました。

台湾から、わずか100キロにある沖縄県与那国島。万が一の事態に備えた、国民保護の具体的な計画は、自治体が策定することになっています。

与那国町では、去年から一人の職員が対応に追われています。

与那国町総務課・田島政之係長「島を出ないといけない。避難場所が住み慣れたところの施設じゃないところに、避難しないといけないというところが一番、他の災害とは違う。専門知識がないので、本当にこれでいいのか」

1700人いる住民の避難の手段として検討しているのが、週に2便の民間フェリーです。しかし、1度に乗れるのは120人あまり。

もしもの時、どうやって輸送手段を確保するのか。どのタイミングで避難を呼びかけるべきか。

与那国町総務課・田島政之係長「1回で全員避難できればいいんですけど、そこは無理なので、高齢の方、障害がある方、本当にいろいろな要素があると思うんですけど、優先順位をどうするかというのが一番難しくなってくる」

南西諸島の防衛力の強化を進める自衛隊。およそ5万人が暮らす沖縄県宮古島では、先月、新たにミサイルとみられる弾薬が運び込まれました。

サトウキビ農家の平良長勇(たいら・ちょうゆう)さん、82歳。自宅は、弾薬庫から300mの場所にあります。10年前に自宅を新築したとき、弾薬庫はなく、将来は東京に住む子や孫に家を残したいと考えていました。

平良さんは、最近の情勢を考えれば、自衛隊の部隊の強化について、理解はできるといいます。しかし、かつての戦争の記憶が今も頭から離れません。当時、この場所には旧日本軍の弾薬庫がありました。平良さんが4歳の時、そこで爆発が起き、2人の友人を亡くしました。

平良さん「恐怖感を感じますね。幼い頃の悪い思い出がよみがえってね。もし有事になったら、犠牲になるのは地域の我々でしょう。ミサイルが入ってきて撃ち合いになると、どこに逃げましょうか。不安ですね」

<米中対立はどこへ 衝突を避けるために>

2021年11月。世界が見守る中で開かれた、アメリカのバイデン大統領と、中国の習近平国家主席による、オンラインでの初めての首脳会談。公開された冒頭の映像では、一見穏やかなやりとりが交わされていました。

しかし、会談後に発表された声明では、台湾をめぐる双方の主張は、全く相容れないままでした。

「アメリカは台湾海峡の現状変更や、平和と安定を損なう一方的な動きには強く反対する」

「最大の努力で平和的統一を目指すが『台湾独立』勢力が一線を越えるならば、断固たる措置をとらざるを得ない」

半世紀前に国交を樹立した、アメリカと中国。交渉に向けて、キッシンジャー大統領補佐官とともに、中国を訪れた、ウィンストン・ロード氏。外交官として、中国とどう向き合うか、生涯をかけて取り組んできました。そのロード氏も、今後の米中の軍事的な緊張が何をもたらすのか、見通すことは難しいといいます。

元アメリカ駐中国大使 ウィンストン・ロード氏「中国が今後どうなるか、50年関わってきた私のような者ですら予測するのは難しい。問題は事故や誤算が起きる可能性があることだ。東シナ海、南シナ海、そして台湾、どこでも起こりうる。そうならないための“ガードレール”が必要だ。今後も厳しい競争は続くだろうが、衝突は避けなければならないし、避けられることを願う」

台湾では、いまも連日、中国軍の動きが伝えられています。台湾海峡危機のドラマを作った、汪怡昕(おう・いきん)さん。家族の間で、万が一のことを話題にすることが増えました。

汪さんの妻「中国軍機が頻繁にやってくるから、台湾機も飛んでいくけれど、ずっと続くと疲れてしまう。この子が大きくなって、戦場に行く日が来るかもしれないと思うと心配だわ」

中国との緊張関係は、どこに向かうのか。先の見えない不安な日々が続きます。

台湾での紛争を想定した、シミュレーション。2日間の議論を終え、参加者たちは提言をまとめるため、それぞれの感想を述べ合っていました。

元航空幕僚長・荒木淳一氏「改めて事態認定の難しさということを痛感しまして、あの混乱の中でそれを決めるというのは、いかに難しいかと」

元国家安全保障局次長・兼原信克氏「まとめて総理に判断してもらう事項を、絞り込んで上げるということを、関係省庁全部でやるという訓練をしておかないと、本番では使えないんじゃないかなと思いました」

元外務省国際法局長・石井正文氏「今回やってみて思うのは、こんなシナリオに入ったら、勝者は誰もいないということは、非常にはっきりしていると思うので、こういうところに入ったら、もうある意味負けだと思うんですね。ですから、平時からいかに、こういうシナリオに入らないような対応を取るべきか。抑止を強めながら、同時に中国に対しては、“ここに入ったら大変なことになるぞ”ということを、平素から繰り返し話をするということ。平時の抑止がやっぱり一番大事なことじゃないかと

“勝者のいない戦争”が起きないようにするには、どうすればいいのか。

日本の役割とは何なのか。重い問いが残されました。

台湾海峡をめぐる、米中の対立と、そのはざまに立たされる日本。この海から、片時も、目を離すことができない日々が続きます。