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ビジョンハッカー 世界をアップデートする若者たち

NHK
2021年5月17日 午前11:53 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

ビル・ゲイツさん

「私は、世界を変える若者たちに注目しています」

マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。1980年代以降、インターネットによるグローバル社会を作り上げた立役者の1人です。経営から退いた現在、社会問題の解決に取り組む若者を、積極的に支援しています。その原点は、学生時代の体験にありました。

ビル・ゲイツさん

「僕は両親が寝た後、こっそりと大学の研究室に通っていた。そこにあったコンピュータは、ものすごく大きいものだった。君たちのポケットにあるスマホの8千分の1の能力しかなかったけれど、どんな魔法が使えるのか知りたくていじりまくったんだ。何かを変えたい、良くしたいと夢中になるのは、若者の特権だよ」

新型コロナによって、グローバル資本主義が行きついた先で様々な矛盾が噴きだしている今。かつてのゲイツ氏のように、社会システムを根本から変えようという若い世代が、世界各地で活躍しています。その名も“ビジョンハッカー”。スマートホンを武器にしながら、仲間や資金を集め、軽やかに行動しています。これまでの世代が解決できないままの問題に立ち向かう若者たち。世界各地のビジョンハッカーを追いました。                                  

(2021年5月16日の放送内容を基にしています)

<貧困の連鎖に立ち向かう>

李炯植さん(リ・ヒョンシギ)

「子どもの貧困問題が解決する未来を目指しています。すべての子どもたちが、生まれた地域や家庭環境にかかわらず、自分たちの可能性を最大限生かして自立できるような社会を作りたいと思います。対処療法で終わらずに、いかに社会システムを変えられるかです」

ビジョンハッカー・李炯植さん30歳。掲げるビジョンは『貧困の連鎖を生まない社会システムの実現』。李さんがその活動の場として選んだのが“教育”です。日本の子どもの7人に1人が、貧困状態にあります。経済的に苦しい家庭の多くは、塾や習い事にお金をかけられず、子どもが、希望する道に進むことが難しい状況です。

国の調査によれば、大学などへの進学率は全世帯では73%。それが生活保護世帯では35.3%。所得の格差が教育の格差を生み、それがまた所得の格差につながる“貧困の連鎖”が続いています。これを食い止めるため、李さんは、7年前子どもの学習を支援する団体『ラーニングフォーオール』を設立しました。子どもたちに“居場所”を提供し、専門の指導員が勉強を教えます。

クルマが好きな16歳のひろしさん(仮名)。高校には進学せず、自動車整備工場へ就職するつもりでした。しかし、新型コロナの影響で工場の業績が悪化。内定は取り消しになりました。指導員は、高校に行って資格をとれば、職業選択の幅が広がるとアドバイス。受験を勧めました。

李さん

「日本では、与えられた環境は平等だから自分の努力で頑張ればいいという、自己責任論が強すぎる。他者に不寛容で、厳しい社会だなと思う。与えられた機会は不平等だしそれによる結果も不公平。まずは困窮世帯の子どもたちの立場から社会を再設計しなおす。そこから社会のあり方を変えていきたいと思っています」

李さんは共に働くスタッフの多くを、民間企業から集めました。資金調達と広報担当は、大手広告代理店の元営業マン、石神駿一さん。1千万円の年収が3分の1に減りましたが、この仕事を選びました。

石神駿一さん

「李さんとの出会いに、衝撃を受けました。“ハンマーで頭をぶち抜かれた”ような感覚になったんです。社会の構造を変えていくということを、(当時)23歳の彼が言っていることに、期待を感じました」

教育の分野で世界的に有名なカナダの研究所で学んできた入澤充さんは、「子どもたちにとってより良い社会を一緒に実現しよう」と、李さんに説得されました。

入澤充さん

「教育とか福祉の業界は特定の哲学の人が集まって小さくまとまってしまうということがある。いろんな人とつながって、社会全体でこれをどう変えていくかというムーブメントを作っていくことが必要だと思うんです」

李さん

「問題を解決していく時に、たくさんの専門性がいる。いろんな強みがないと問題解決できないんです。同じようなバックグラウンドの人で組織がかたまらないように、すごく意識しています。多様性を強みにして、組織の推進力に変えていきたい」

目の前の子どもを助けるだけではなく社会を変えていくため、李さんは、長期的な活動を支える資金面での協力を、企業や公共団体に呼びかけています。さらに行政には現場の課題を伝えて、政策に反映してもらうよう働きかけています。

李さん

「1人1人に寄り添うと、何が社会の問題なのかがよく分かります。それをちゃんと政策の言葉に変えて制度の言葉に変えて、政策提言していく。社会のルールを変えて、そもそも不公平が生まれない社会にしていく。その2段階でアプローチしていこうと思っています」

2021年2月、李さんは、地方で活動する学習支援のNPOをつないだネットワークを、新たに立ち上げようと動き始めました。全体の底上げを図るため、教材を提供。組織運営のノウハウを積極的に公開します。

さらに、李さんは、グローバル経済の最先端を走る外資系金融機関の社長で、国際金融の世界で“Mr.Japan”と呼ばれている持田昌典さんのもとへ向かいました。

持田さんは、1985年に日本の大手銀行から今の会社に転職。バブル景気やその崩壊、リーマンショックなど、激動する国際金融の世界を駆け抜けてきました。仕事ばかりで社会貢献とは無縁だった自分に何かできることはないか。様々な取り組みの中で出会ったのが、李さんでした。李さんの活動に、これまでおよそ4億円を寄付しています。

持田昌典さん

「日本を変えていけると思って、失礼な言い方ですけれども、李さんのことが気に入った。他にも李さんみたいな人はいる可能性はある。だから、そういう人を見つけて、その地域を助けるというか、攻める。そこでシステムを作っていくということが大事だと僕は思います」

<すべての働く人が報われる社会の実現>

クリスチャン・スモールズさん

「新型コロナの感染拡大がきっかけとなり、アメリカ合衆国では、資本主義によって1%が繁栄し続け、貧しい人々が苦しみ続けるという姿があらわになりました。それは、本当にひどいものでした」

「働く人すべてが正当に報われる社会の実現」を掲げる、ビジョンハッカー、クリスチャン・スモールズさん32歳。たった1人で巨大IT企業に闘いを挑み、注目されています。世界的なネット通販企業の倉庫で働いていたクリスさん。同僚がコロナに感染。2週間の自宅待機を命じられます。社内での感染対策の徹底と従業員の安全確保を会社に求めたところ、解雇を言い渡されたといいます。会社側は『コロナ対策は万全だった。スモールズさんを解雇したのは自宅待機の要請を無視し、ほかの従業員を危険な状態にさらしたからだ』と説明しています。

3人の子どもがいるクリスさん。自らの苦境を訴えるため選んだのは、SNSの活用でした。するとクリスさんと同じような境遇のエッセンシャルワーカーから、共感の声が次々に寄せられました。そうした声を受けてクリスさんは、大きなビジョンを掲げます。エッセンシャルワーカーが連帯することで、誰もが正当に報われる社会を実現するというものです。

クリスさん

「解雇されることに全く抵抗できない、それは私にとって、まさに生きるか死ぬかの問題でした。誰もが私のようになる可能性がある。実際に、あの会社から解雇された何人もの仲間の姿を目の当たりにしました。それで一刻も早く、組合を作って対抗する必要があったのです」

SNSでの支持者の先頭に立ち、ネットだけでなく実際に声を上げようと、クリスさんは街頭での抗議活動に乗り出します。

クリスさんの思いに呼応するかのように、トラック運転手や、世界的なファーストフードチェーンの従業員たちエッセンシャルワーカーが、全米各地で待遇改善を求めて声を上げ始めました。

アメリカ企業の株式の時価総額は、ここ10年で2.6倍に膨れ上がっています。その一方で、いわゆるブルーカラーの最低賃金は7ドルほどに据え置かれたまま。企業が利益を労働者に分配せずに独占しているという批判の声が上がっています。さらにクリスさん、街頭での活動の様子をSNSで発信。たった一人で始めた活動でしたが、今や世界が注目するほどの存在になっています。

クリスさん

「今も苦しみながら働く人たちのために、彼らの声を代弁し続けるつもりです。私たちエッセンシャルワーカーが働かなければ、社会は成り立たない。みんなが連帯して声を上げ続けなければなりません」

<ビジョンハッカーとは>

新型コロナの流行は、グローバル資本主義が抱える様々な矛盾をむき出しにしました。コンピュータソフト『ウインドウズ』を世界中に広め、グローバル資本主義を支えるインフラを作り上げた、ビル・ゲイツ氏。絶頂期を迎えていた2000年、財団を設立します。きっかけは、アフリカなどで見た格差社会の現実でした。

ビル・ゲイツさん

「私はアフリカやインドで数百万人の子どもたちが、普通なら防げるはずの感染症で死んでいくことを知りました。貧しい国の子どもたちにワクチンを接種できるよう、公衆衛生を広めなければならないと痛感したのです」

グローバル化によって広がる一方の経済格差が、そのまま命の格差につながっていることを目の当たりにしたゲイツ氏。『資本主義は人々を豊かにし、良いこともしてくれたけど、格差も拡大させた』とメディアのインタビューで語りました。自分たちが作り出したこの状況を打ち破る存在として注目したのが、次世代の若者たちでした。様々な分野で社会変革を進めようというリーダーたちを支援。さらに日本のNPOと連携。こうした若者たちを“ビジョンハッカー”と呼び、去年からその発掘に乗り出しています。日本では、東日本大震災以降、社会課題の解決に取り組む若者が続々と登場していました。

宮城治男さん(ビジョンハッカーの発掘に取り組むNPO代表)

「今の若者は社会や地域、世界が良くなっていくため、何か自分が役に立ちたいという思いがすごく強い。その思いやビジョンを実際に形にして行動していく人たちを、私達はビジョンハッカーと呼びたいという思いがあります」

ビル・ゲイツさん

「ビジョンハッカーたちの活動には目をみはります。若い人が未来を見据え、世界を見渡し、社会の大きな不公平に立ち向かうことは、本当にすばらしい」

<貧しい人たちが自立できるモデル作り>

エドアルド・アヴィラさん

「私たちは、スラム街の人々が自らの力で貧困を解決できるシステムを目指しています。彼らは自分自身が主人公になるべきなんです」

南米・ブラジルで活動するビジョンハッカー、エドアルド・アヴィラさん、25歳。世界中の貧しい人達が、自力で経済的に安定できるモデル作りに取り組んでいます。エドアルドさんの武器も、SNS。自分が目指すビジョンを、世界に発信しています。貧困から抜け出すモデル作りの舞台は、ファベーラと呼ばれるスラム街。ブラジル国内に1万3千カ所あり、人口のおよそ8%、1600万人が暮らしています。貧困が犯罪を生む負の連鎖を長年断ち切れないファベーラ。行政は有効な手を打てないまま、貧困層と富裕層の分断はブラジル社会の歪みを大きくしています。

貧困の解決を目指すシステムの鍵になったのが、急速に普及しているソーラーパネル。エドアルドさんは中国のパネルメーカーと交渉。SNSで宣伝することで、大量のパネルを無償で提供してもらうことに成功しました。電気を安く賄うことで住民の信頼を勝ち取り、さらに住民同士の連帯を強めるという戦略です。エドアルドさんは『貧困から抜け出すきっかけになる』と住民を説得して回りました。その先に目指しているのは、住民たちに技術を教え、パネルの取り付けや修理といった仕事を作ることです。

エドアルドさん

「私たちはこれを『太陽サイクルの方法論』と呼んでいます。太陽光で電力を得る取り組みが雇用という別のメリットを生み、さらには地元住民が自らファベーラを変えていくという動きにつながるのです」

2020年11月。貧困から抜け出す活動の拠点として、住民たちの共同組合が立ち上がりました。しかし、プロジェクトが軌道に乗り始めた矢先、エドアルドさんが新型コロナに感染し現場を離脱したのです。ところが、エドアルドさん不在の中でも計画は順調に進んでいました。指揮をとるのは、ファベーラの住民アドリアーノさん。エドアルドさんのビジョンを理解し、受け継いでいました。

アドリアーノさん

「僕はエドアルドの計画にかけています。僕たちを社会のお荷物ではなく、社会を良くする存在として見てもらいたい。この計画がトンネルの向こうの希望の光になればと願っている」

エドアルドさん

「技術は常に発達し、社会は常に変化している。それをうまく利用すれば、大きなビジョンを掲げることができる。それを共有できる組織を作り上げることで、より良い世界が生まれると信じています」

<ボランティアネットワークで新型コロナに立ち向かう>

SNSを駆使して、巨大なボランティアのネットワークを作り、新型コロナに立ち向かうビジョンハッカーがいます。スタンフォード大学の学生、ライアン・シースリコウスキーさん。社会貢献の意識が高い『Z世代』の21歳。

ライアン・シースリコウスキーさん

「パンデミックが始まった頃、多くの人が支援を必要としていたのに、政府の対応は経済的にもそのほかの面でも不足していました。既存の社会システムが破綻していたから、僕たちのような草の根の組織の出番だったのです」

ライアンさんは去年3月、高校の同級生3人とともに、医療従事者を支援する団体を立ち上げました。わずか1年で600人のボランティアを集め、西海岸を中心に7カ所に支部を作りました。ライアンさんたちが支援するのは、医療従事者。感染の危険にさらされながら最前線で働いているにもかかわらず、待遇が低く抑えられているのが現状です。医療従事者の子どもたちは、『コロナを広める危険がある』といじめにあったり、通学を拒否されたりするケースが相次いでいました。

そこでライアンさんたちは医療従事者の家庭にボランティアを派遣。留守の間、子どもを見守ったり、学校に通えない子どもの勉強をオンラインで支援します。生活に困窮する家庭には、クラウドファンディングで募金集めまで行っています。負担だけを強いられ、救済されない人たちをすくい上げるという彼らのビジョンを、数百人の友達にSNSで伝え協力を呼びかけると、あっという間にボランティア希望者が集まったといいます。

ライアンさん

「僕たちの信じるビジョンが世の中を良くすること、社会貢献に繋がる価値のあることだとわかってもらえれば、SNSでビジョンを伝えるだけでみんな共感してくれます。報酬なんてなくてもね」

<世界の医療格差を食い止める>

ビル・ゲイツさん

「1000万以上の人々が亡くなるような災害が起こるとすれば、それは戦争ではなく、強力なウイルスが原因となるでしょう」

ゲイツ氏がパンデミックの危険を警告した2015年。世界の医療格差を無くしたいと活動を始めた日本人がいます。大手化粧品メーカーで商品開発をしていた酒匂真理さんです。酒匂さんは、日本の先端技術を活用して、貧しい国でも医療を平等に受けられる社会の実現を目指しています。

酒匂真理さん

「今回のような感染症は、いくら先進国でワクチンが広まって大丈夫となっても、途上国にコロナウイルスが蔓延している限り、そこで変異が起こり、ワクチンを打っても全然効かないというような状態が起こりうると思うんですね」

人口1億6000万、人口密度世界一の国、バングラデシュ(※国土面積1,000平方キロメートル以下の国を除く)。医師が不足し、マスクや手洗いといった基本的な習慣も根付いていません。そんなバングラデシュで酒匂さんが始めたのが、日本で広く行われている健康診断です。

集めたデータをAI で解析。分析結果をもとに、リモートでの遠隔診療を行います。医師が不足している地域でも、正確な診断に導くことが可能になります。全世界の半分、35億人が基礎的な医療サービスを受けられていない今、この仕組みを途上国に広げ、医療改革を展開したいと、酒匂さんは考えています。

酒匂さん

「来て欲しい未来に対して働きかけると、その未来って、より一層近づくのかなと思ってるので。途上国で医療アクセスができないところってたくさんあるので、他の国にも進出したい」

<搾取のない社会を実現するために戦い続ける>

労働者が正当に報われる社会の実現を目指すクリスチャン・スモールズさんの元に、残念な知らせが飛び込んできました。3月、アラバマ州にある大手ネット通販企業の支社で、労働組合を結成するかどうかを従業員に問う投票が行われました。

バイデン大統領が組合結成を支持したものの、結果は大差で否決。クリスさんの願いは叶わなかったのです。組合設立を主導したグループは、会社が投票に違法に介入したとして、異議を申し立てました。これに対して会社は「事実が捻じ曲げられている」と反論しています。クリスさんは、アラバマ以外の州で組合結成の動きを支援。社会を支える労働者たちの先頭に立って、これからも声を上げ続けるつもりです。

クリスさん

「将来は、エッセンシャルワーカー全てが連帯する仕組みを作りたい。1日に何千億円も売り上げる、スーパーマーケット・チェーンのような大企業で働く人たちのためにね。私の子供たちが大人になったとき、決して搾取されないより良い社会にしたいです」

<若者のために 社会の責務>

貧困の連鎖を生まない社会システムの実現を目指す、李炯植さん(リ・ヒョンシギ)さん。李さんの学習支援団体では、生活が苦しい世帯に食料品を配布する活動が行われていました。その中に、就職の内定が取り消しになり、高校に進学したひろしさんの姿がありました。ひろしさんは高校受験に合格した後、こうした活動に参加するようになりました。

高校では、エンジニアになるための勉強をしながら、社会とも関わっていきたいと考えています。

自分たちの活動が必要なくなる社会こそが、本当に目指すべき未来。それが李さんのビジョンです。

李さん

「僕たちは“自転車の補助輪”みたいな存在。その子たちの可能性が最大限生かされるようにする、これは社会の責務だと思うので、そういったサポートをする補助輪でありたいなと思います」

ビル・ゲイツさん

「ビジョンハッカーたちは、これからどんなイノベーションを起こし、貧しい暮らしを改善してくれるのでしょう?日本のそして世界の若者たちが、世界をより良い場所に変えてくれると信じています」