番組のエッセンスを5分の動画でお届けします
(2023年1月14日の放送内容を基にしています)
自宅の近くでこんな光景、見たことはありませんか?
道路にできた段差のあるひび。
壁からしみ出した水。
大きな地震が起きたとき、地盤が崩れるサインかもしれません。そのリスクを突きつけられたのが、28年前の阪神・淡路大震災。住宅地が大量の土砂に飲み込まれ、34人が命を落としました。崩れ落ちたのは、人工的に造成された盛土でした。
その後も、大地震のたびに、盛土でつくられた宅地の被害が繰り返されています。
公表されている盛土は大規模なものだけで、全国におよそ5万1千か所。しかし、どれだけ危険があるか、その調査すら、ほとんど行われていません。
地盤災害の専門家「リスクの高い盛土が知られていない。かなり広い範囲で、かなりの数の宅地が被災する」
なぜ安全対策は進まないのか。次の巨大地震が起きるそのとき、私たちは、足もとの安全を守ることができるのか。
あの日から28年。知られざる盛土のリスクに迫ります。
<阪神・淡路から28年 見過ごされた盛土リスク>
武田キャスター「NHKでは関東大震災から100年となることし、改めて防災について皆さんと考えていくプロジェクト『命をまもる 未来へつなぐ』を展開していきます。その第1弾、阪神・淡路大震災が残した大事なテーマ。この28年、十分に備えが進んでこなかった、“盛土”の問題についてお伝えします」
武田キャスター「“盛土”と言いますと、おととし静岡県の熱海市で起きた土石流が、記憶に新しいところですが、これは違法に盛土されたとみられる場所が、大雨の影響で崩れたことによるものでした。一方、多くの人が暮らす宅地の盛土にも、リスクが潜んでいます。平地の少ない日本では盛土によって、平たんな宅地を数多く造成してきました。例えば、山を切り出して谷を埋める『谷埋め盛土』。そして、斜面に土を盛る『腹付け盛土』といった方法が挙げられます」
武田キャスター「こうした盛土の中には、時間がたって劣化し、崩壊のリスクが増しているものがあるんです。全国の自治体が公表している盛土造成地の数は、大規模なものだけでおよそ5万1000か所あります。福岡や大阪、愛知や神奈川といった、人口が集中する都市部に多く広がっていることが分かります」
武田キャスター「すべての盛土が危険なわけではありませんが、このうち、どこが危険なのか、十分にわかっていないのも実態です。まずは28年前の宅地崩壊の実態と、今なお見過ごされたまま、私たちの足元に潜む盛土のリスクを見ていきます」
<阪神・淡路大震災 知られざる“盛土崩壊”>
大阪市で医師として働く、中村順一さんは、28年前の阪神・淡路大震災で、母と祖母を亡くしました。震災のあと、繰り返し夢に見たといいます。
中村順一さん「(母に)『地震あるから』と言って、目が覚めるみたいな。『もう逃げなあかんで』みたいな。そんな夢も見たかな」
あの日、中村さんは、母と祖母を案じて、2人が暮らす兵庫県西宮市の仁川地区へ向かいました。幅100メートル、深さ15メートルに渡って崩壊した斜面。中村さんの実家を含む13戸の家が飲み込まれ、34人が亡くなりました。
崩れたのは、浄水場を建てるため、1950年ごろに盛土をした場所。中村さんの実家から100メートルほど離れた、ゆるやかな斜面で、崩れるとは、想像すらしていませんでした。
母と祖母が発見されたのは、翌日の夜でした。中村さんは、みずから2人の死亡診断書を書きました。
中村順一さん「2日間ほど土の中で寝ていたから、触ってみたら氷みたい。体がね。母親もばあちゃんも、大切だと自分が思っていたものが一瞬にしてなくなって、寂しさだけ。すごく大きな喪失感」
盛土は、どのようにして崩れたのか。
当時、現地で調査を行った大阪公立大学の三田村宗樹さんが調べたのは、明治時代の仁川の地形。盛土された場所はかつて谷で、水が流れ込みやすい地形だったことが分かりました。
仁川の盛土は、谷の一部を埋めた「谷埋め盛土」でした。元の地形に沿って流れ込んだ地下水がたまると、盛土の重みが増していきます。
そこに地震で強い揺れが加わり、地盤が緩んで、盛土が崩れたのです。
大阪公立大学/三田村宗樹教授「人間が造り出した盛土は、自然の地層に比べるとさほど強度が高くない。被害を生じさせないようにするには、盛土の中に排水ができる対応が必要になる」
<対策とられないまま 全国に広がった盛土>
盛土による宅地の造成が盛んになったのは、高度経済成長期の1950年代以降でした。人口増加に伴い、郊外の丘陵地や山麓へと住宅地が拡大。「夢のマイホーム」が次々と盛土の上に建てられていきました。
しかし当初、崩壊のリスクは十分考慮されていませんでした。本来地盤の緩みを防ぐには、たまっていく地下水を抜くための排水管が必要です。
ところがかつて、設置の義務はありませんでした。排水管があっても、適切な管理がされないと、管が詰まり、地下水がたまってしまいます。リスクを抱えた盛土が、全国各地に広がっていったのです。
<大地震で相次ぐ「宅地崩壊」 リスクは身近な足元にも>
その後も対策は十分に進まず、2004年の新潟県中越地震、2016年の熊本地震など大地震のたびに、造成された宅地の被害は繰り返されてきました。東日本大震災では、仙台市だけでおよそ5700の宅地が被災。崩れた場所の多くが、盛土のある造成地だと見られています。
東日本大震災で、盛土された家の地盤が被害を受けた、宮城県に住む竹下さん。庭の一部が崩れ、押し出されたフェンス。建物は無事でしたが、玄関に亀裂が入りました。さらに2022年3月、東北を襲った地震。再び地盤がずれ動き、盛土を支える擁壁が大きく膨らみました。
竹下さん「盛土の危険性は言われていませんでした。こういう被害があるとは、誰も思っていない」
十分な対策が取られないままの盛土。そのリスクは、私たちの身の回りにどれだけ潜んでいるのか。
やって来たのは首都圏のある住宅街。長年、宅地の被害を研究してきた京都大学の釜井俊孝さんと、盛土された場所を歩きました。
まず釜井さんが注目したのが、擁壁から道路に流れ出ている「水の色」です。
武田キャスター「茶色い水ですね」
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「水道水は、これだけの鉄分が含まれていないので、おそらく地下水が漏れ出している」
雨が降っていないのに水が絶えず漏れているのは、地下水がたまっている兆候。地盤が緩んでいる可能性があります。
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「雨の時に出るのが普通だが、恒常的に出ているのは問題。いつも水が出ているのは、全部抜け切れてないということを意味します」
そして、勾配が急な道路の「段差のあるひび」。
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「下側が落ちて、段ができている」
過去に、盛土が下に向かってずれたことを示しているといいます。こうした盛土は、大きな地震の際、被害が出るリスクが高いと釜井さんは指摘します。
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「震度6くらいの地震が来れば、いろんな所で家屋が盛土によってずれて、広い範囲で、かなりの数の宅地が被災する」
<なぜ見過ごされ、なぜ対策進まず、なぜ盛土か知らない?>
武田キャスター「宅地の地滑り研究の第一人者で、長年、国への提言も続けている、釜井俊孝さんです。大きな地震が起きるたびに、盛土が崩れる被害が繰り返されているわけですよね。なぜこのような状況が続いているんでしょうか」
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「それは宅地盛土の老朽化によって、リスクが年々高まっているからです。宅地盛土の崩壊は、主に戦後の急激な都市開発・都市膨張が生み出したわけですが、これを私は“遅れてきた災害”と呼んでいます。昔は『コンクリートはメンテナンス不要の永久構造物』という考え方だったんですが、今は『寿命がある』ことになっています。同様に盛土も、内部に設置された配水管が劣化、老朽化して、やがて地下水がたまっていくわけです。したがって建物と同じで、宅地でもメンテナンスが必要で、コストも当然かかるんです。しかし、こうした事実は十分に認識されていないので、対策が進んでいないわけです」
武田キャスター「こうした被害といいますのは、28年前の阪神・淡路大震災でも起きていました。それにも関わらず、各地で対策が進んでこなかったのは、なぜなんでしょうか」
京都大学 名誉教授/釜井俊孝さん「阪神・淡路大震災では、建物や橋は注目されたんですが、それに比べると、地盤とか盛土は、あまり注目をされなかったということです。ですが、2004年の新潟県中越地震で再び多くの宅地が被災して、国は対策に乗り出しました。その結果、2006年に宅地の造成に関する法律が改正され、宅地耐震化推進事業も始まりました。しかし、肝心の盛土に暮らしている人たちに、宅地の耐震性を高めるための事前対策の重要性というのは、なかなか伝わっていません。その結果、自治体の防災上の優先度が低いままになっています」
武田キャスター「私たちの意識が向いていないために、自治体の対応が遅れがちになっていると。ただ、そもそも自宅が盛土の上にあるかどうかすら、知らされる機会も少ないと思います。例えば、家を売買する際の重要事項説明。不動産会社は買い手に対して、判断材料となる情報を、不利益が及ぶ可能性も含めて伝える義務があります」
武田キャスター「ただ、盛土だと知るための土地の履歴は、説明の対象外です。盛土だからといって、必ずしも危険というわけではありませんので、直ちに買い手に不利益が及ぶとは見なされていません。そのため不動産会社が顧客に説明するケースは少ないのが現状です」
武田キャスター「自分の住んでいる場所が盛土かどうか知りたいという方は、こちらからその方法を詳しく紹介した記事を読むことができます。住宅地に潜む盛土のリスクが見えてきましたが、では誰がその対策を担っていくのか。さまざまな難しさが見えてきました」
我が家の地盤は大丈夫!? 盛土リスクの調べ方、対策は? - NHK
<進まない“宅地の耐震化”ハードルはどこに?>
自宅の地盤が地震で繰り返し被害に遭った、宮城県の竹下さんです。対策工事をしようと、業者に調べてもらいました。提示されたのは、膨らんだ擁壁を一から作り直し、地下水を排出する管を通す工事で、総額800万円かかると言われました。
費用の一部だけでも補助してもらえないか、自治体に問い合わせましたが、宅地は「私有財産」のため、自己負担が原則だと回答がありました。
結局、根本的な対策はあきらめ、崩れた部分を撤去することしか出来ませんでした。それでも340万円余りの費用がかかりました。
竹下さん「個人でやるには額が大きすぎる。年金生活なのに」
こうした被害を防ぐため、国は大規模な盛土については、耐震化を推進する事業を行っています。自治体が大規模な盛土を洗い出し、公表。危険性を調査し、危ないと判定されれば、対策工事が必要となります。
費用は土地の所有者が負担するのが原則ですが、国が一部を補助。自治体がどの程度負担するかは、住民などと協議を行って決めるとしています。
ところが、この仕組みも十分に機能していません。
5年前に事業を終えた兵庫県西宮市では、工事費用の負担を巡って、住民との協議が進まなかったといいます。試算された費用は1億1千万円。住民の負担額は、1世帯あたり数百万円と見込まれていました。
西宮市 当時の担当課長/吹田浩一さん「ご高齢の方が多い場所、地域だった。(住民に)説明したときに『いやいや、そんなお金とても準備できません』というのが、まずの反応だった」
話し合いは進展せず、2年以上が経過。市は阪神・淡路大震災の被災地として、危険な盛土を放置できないと考えました。最終的に住民には負担を求めず、地域の道路への被害を防ぐためとして、全額公費でまかなうことにしました。
西宮市 当時の担当課長/吹田浩一さん「被災地である西宮市の特殊な事情があって、初めてできたこと。工事の着手に至るところまでが、あまりにもハードルが高すぎる」
住民との合意形成が容易ではない中、工事の前の「危険性の調査」すら進んでいません。
調査に踏み出せずにいる自治体のひとつが、取材に応じました。
自治体の担当者「国としては、早く進めたいという思いはあると思いますが、なかなかそれに自治体としては、ついていけないのが現状で」
この自治体には、早急に危険性を調べる必要がある盛土が1か所あります。その盛土を支える擁壁はひびが入り、大きく膨らんでいます。そして、絶えずしみ出している地下水。地盤が弱くなっている恐れがあります。しかし、こうした事実を住民に伝えることすら出来ずにいるというのです。
詳しく調べて工事が必要となった場合、かかるのは、億単位の費用。住民の協力が得られなければ、その分の負担が自治体にのしかかります。工事費用の目処が立たないなか、リスクだけを伝えることはできないというのです。
自治体の担当者「今の段階の情報でも伝えた方がいいのでは、という思いはあるが、予算的な話、その辺の対応をどうするのかが難しい。道筋も見えなければ、ゴールも見えていないという状況」
さらに、対策には盛土特有の難しさがあることも見えてきました。
新年度、工事を始める予定の宇都宮市です。市内にある3か所の盛土は、震度5弱相当の地震で崩れるおそれがあります。このうち、1つの盛土にかかる費用は3億5千万円。全て合わせると10億円以上になる見込みです。しかし、詳しく調べるまで盛土の内部の実態はわかりません。
この日、業者から盛土の強度が思ったよりも低く、費用が想定より高額になると告げられました。
業者「実際の地盤は非常に複雑で、費用は当初の8倍ぐらい。現実離れした金額になってきてしまう・・・」
計画を見直し、別の工法に切り替えても、費用は増加する見込みです。
宇都宮市 都市計画課 金田昌幸 課長「相手が見えない地盤ですから、詳細設計に入らないと、さらに細かい状況はつかめない。難しいなと感じているとこです」
今回番組では、県庁所在地や政令市、52の自治体を対象にアンケート調査を行いました。大規模盛土の対策で、何がハードルになっているか尋ねたところ、「土地所有者や住民の理解・協力」が最も多く73%。「調査や工事にかかる費用」が71%でした。
自治体が難しい対応を迫られる中、国は今後、盛土の耐震化を、どう進めようとしているのか聞きました。
国土交通省 宅地・盛土防災担当/吉田信博 大臣官房参事官「盛土に関しては、どういう合意形成をしたらいいのか、どういう費用負担でやったらいいのか、方法論が確立できていない。国として補助金で経済的に負担をしてきたい。国と地方公共団体と市民、それぞれが関心を高めて取り組むことが大事だと思います」