(2021年12月26日の放送内容を基にしています)
スクランブル=緊急発進の訓練を繰り返す、台湾空軍。毎日のように飛来する中国軍機に対し、警戒監視にあたっています。台湾の防空識別圏に相次ぐ、中国軍機の進入。中国は、主権と領土を守ることが目的だとしています。
緊張の高まる台湾海峡をめぐって、何が起きているのか。私たちは、安全保障の最前線を取材することにしました。
中国の動きに懸念を深める、アメリカ。台湾侵攻も現実味を増していると見て、抑止力の強化をはかっています。アメリカの危機感の背景にあるのは、東アジアでの中国との軍事バランスの逆転です。
東アジア周辺で、数年以内にアメリカを上回る軍事力を持つとも言われる中国。力を背景に、台湾をめぐり一歩も譲らない姿勢を強めています。
米中対立の影響は、日本にも及び始めています。自衛隊は、台湾に近い南西諸島周辺に、活動の軸足を移す動きを加速。軍事的な動きが活発化する中で、地域の住民は不安を感じています。
台湾海峡での軍事衝突を想定したシミュレーションも始まっています。事態が悪化したとき、日本はどう対応するのか。日本の安全保障の中枢を担ってきた人々が、検証しています。
ひとたび起きれば、多くの国を巻き込み、甚大な被害をもたらしかねない、“勝者のいない戦争”。
米中“新冷戦”の中で、軍事の動きがせめぎ合う現場を見つめます。
<台湾はいま>
街中に鳴り響くサイレン。中国からの空襲を想定して、人々に避難を呼びかける訓練です。台湾では、半世紀近く、毎年行われています。中国との緊張関係は、日常のものとなっています。
台湾市民「中国が台湾に侵攻する可能性はあると思います。中国はたぶん本気で準備しているかもしれません」
台湾市民「警戒はしておかなければならないと思います。いつでも対応できるような準備は必要だと思います」
台湾は中国の脅威に、どのように備えているのか。私たちは、台湾南部の台南空軍基地で、取材する許可を得ました。日本のメディアが台南基地を撮影するのは、これが初めてです。台湾の南西空域を管轄し、飛来する中国機に対応する最前線。スクランブルで戦闘機が飛び立つ回数は、台湾で最も多くなっています。
これは、台湾国防部が発表している、去年9月からの中国軍機の航跡を表した図です。
台湾が防衛のために設定している防空識別圏。ほぼ毎日のように進入しており、その数はこの1年で倍増しています。
台南基地の主力戦闘機は、アメリカの技術協力を受けて台湾が開発しました。兵器の自主開発にこだわって生産され、年々、改良が重ねられています。戦闘機の発進が急増し、現場の業務はこれまでになくひっ迫しているといいます。
この日も、スクランブルの訓練が行われていました。
教官「海岸線を出たら500ノットまで加速し、最速で中国軍機を迎撃する操作を行う。中国軍機なのか友軍なのかを確認し、中国軍機と確認できれば、戦術的な方向転換と操作を行う」
この女性は、元々、軍の事務の仕事をしていましたが、防衛の最前線に立ちたいと、配置転換を希望。戦闘機のパイロットになって、3年になります。
女性パイロット「私の目標は台湾海峡の安全を守ることです。家族は反対していましたが、いまは応援してくれています」
命令を受けて、訓練開始。5分以内に飛び立たなければなりません。激増する任務に対応するため、練度の高いパイロットの育成を急ぐ台湾空軍。かつて経験したことのない、中国からの圧力と向き合っていました。
台湾の人々の間には、警戒感が広がっています。2021年10月、台湾が「建国記念日」とするこの日、蔡英文(さい・えいぶん)総統は、中国へのメッセージを表明しました。
台湾・蔡英文総統「現状維持が我々の主張だ。台湾の人たちが、圧力に屈するとは思わないでほしい」
10月に行われた世論調査では、中国による台湾攻撃がありうると考える人は28.1パーセント。前回、一昨年の同じ調査からは、およそ12ポイント増えていました。
<中国のスタンス>
台湾統一を悲願としてきた中国。平和的な統一を目指すとする一方で、台湾が独立の動きを見せれば、武力行使も否定しない姿勢を示しています。
中国・習近平国家主席「台湾問題は中国の内政であり、外部からのいかなる干渉も許さない。祖国の完全な統一という、歴史的な任務は必ず実現しなければならないし、実現できる」
公表されている国防予算は、日本円で年間およそ20兆円。この20年で10倍近くに膨らんでいます。5年前、中国が「独立志向が強い」と見なす民進党の蔡英文政権が発足して以来、軍事的圧力を一層強めています。
<危機感強めるアメリカ>
台湾をめぐる中国の動きを深刻に捉えているのがアメリカです。
2021年11月、議会にある報告書が提出されました。中国の軍事力を詳細に分析。急激な増強がもたらす変化に、警鐘を鳴らしています。
「数十年にわたる人民解放軍の近代化により、台湾海峡での軍事バランスが大きく変わり、抑止力が危険なまでに低下している」(米議会年次報告書より)
こうした懸念を強く表明していたのが、インド太平洋軍司令官だった、フィリップ・デービッドソン氏。2021年3月、議会での報告で、中国が台湾に侵攻する可能性に言及し、衝撃が広がりました。
米インド太平洋軍 フィリップ・デービッドソン司令官(当時)「中国が野望を加速させるのを懸念する。台湾は野望の一つであり、今後6年以内に脅威が明白になる」(米議会公聴会より)
“6年以内”という具体的な時期をあげたデービッドソン氏。その根拠を尋ねました。
デービッドソン氏「人民解放軍は、米情報機関の分析よりも早いペースで兵器を開発している。これに習近平氏の任期を合わせて考えると、この時期が特に重要となる」
現在、習近平氏の党のトップとしての任期は、2期目の終わりを迎えています。来年は異例の3期目に突入する可能性があります。その終わりにあたる6年後の2027年までには、政治的な成果を求めるだろうというのです。
デービッドソン氏は議会に資料を示し、東アジアでの米中の軍事バランスが、いかに変化しているか訴えました。その資料に基づく、米中の戦力の比較です。
1999年。アメリカは1隻の空母のほか、強襲揚陸艦を4隻配備していますが、中国にはそうした艦艇はありません。中国軍の影響力が及ぶ範囲は、沖縄や台湾を結ぶ、第1列島線と呼ばれるラインの内側にとどまっていました。
ところが、その後、中国の軍用機の数は大幅に増加。空母も2隻保有し、強襲揚陸艦、潜水艦などの数でもアメリカを上回っています。その影響力は、第1列島線を越え、グアムなどを結ぶ、第2列島線と呼ばれるラインにまで達したとしています。
さらに2025年の予測では、中国は、アメリカの戦力を大きく上回り、その影響力は西太平洋全域に広がるとしています。
中国が台湾侵攻の意図を持った時、アメリカは、抑止することができないばかりか、この地域での優位な立場を失うと危機感を持っているのです。
デービッドソン氏「この地域での、アメリカと同盟国の能力の低下を懸念している。台湾での危機は地域全体の危機にもなる」
<せめぎ合うアメリカと中国>
「1958年、中国は台湾の離島に2時間で5万発もの集中砲火を浴びせました」(当時の米ニュース映像より)
これまで、アメリカと中国の対立の火種となってきた台湾。かつて内戦で共産党に敗れ、台湾に逃れた国民党をアメリカは支援しました。
一方、中国共産党にとって台湾を統一することは、統治の正統性を示す上で不可欠でした。
1996年、米中は「台湾海峡危機」という大きな緊張を迎えます。
台湾・李登輝(り・とうき)総統(当時)「共産主義と我々の民主主義は相いれない」
当時、独立姿勢を強めていると、中国が警戒した李登輝総統。初の民主的な選挙で選ばれる可能性が高まると、中国は激しく反発しました。台湾海峡の2つの海域を封鎖し、演習としてミサイルを発射。軍事力を誇示して、台湾の選挙に圧力をかけたのです。台湾では、中国との全面的な戦争への懸念が広がりました。これに対しアメリカは、台湾周辺に2隻の空母を派遣。当時、空母のなかった中国は、押さえこまれる形となりました。
あれから25年。中国は、軍備を増強し続けてきました。習近平主席が掲げる「中国の夢」。そのスローガンに影響を与えたとされる、国防大学の劉明福(りゅう・めいふく)教授。習近平氏の考えを知る劉教授に、中国が何を目指しているか、尋ねました。
劉教授「1996年の台湾海峡危機の時は、改革開放の後で、多くの人たちの国防への意識や、情熱が低下していたかもしれない。習近平の新時代に入ってから、経済が安定した上に、国防や軍隊の建設も加速している」
劉氏が去年記した、『強軍の夢』。中国は、海軍力を高めることで、世界一の軍隊となり、アメリカの覇権を崩すことができると唱えています。
「中国が国家の主権を堅く守り、国家の統一をはかり、民族の復興を実現する主戦場は海洋である。海洋を制する者が世界を制する」(『強軍の夢』より)
劉教授「中国の国力がアメリカを超え、アメリカが西太平洋から東太平洋に後退するまで、それほど時間はかからないだろう」
危機感を強めるアメリカ。今、アジアの海で各国との共同訓練を増やして、中国へのけん制を強めています。2021年8月にはイギリスの空母クイーン・エリザベス、11月にはドイツの艦艇も東アジアに展開。カナダや日本も含む6か国の共同訓練なども行われ、同盟国の力を得ながら、中国に対抗していく姿勢を打ち出しています。
対する中国も、友好国との軍事的な結びつきを強めています。2021年10月、中国の艦艇と共に日本の津軽海峡を通過したのは、ロシアの艦艇。その数は、両国合わせて10隻。同時に津軽海峡を航行するのは、初めてのことです。
自衛隊はこれまでにない特異な活動だとして、一連の動きを追跡・監視しました。中ロの艦艇は、津軽海峡を通過した後、伊豆諸島付近まで南下。日本列島に沿うように航行した後、大隅海峡を初めて通り、東シナ海に入りました。
米中ともに、他の国を引き込みながら、互いにけん制する動きが続いています。
中国は、台湾海峡周辺での緊張を高めているのはアメリカだと主張しています。北京に拠点を置くシンクタンクで、アメリカ軍の活動を分析している胡波(こ・は)氏です。
南シナ海戦略態勢計画・胡波主任「もし中国が毎年、のべ数千機の偵察機をアメリカの東海岸と西海岸に送り込んだら、アメリカはどう思うだろう。アメリカの行動は、隣人が毎日、家の前で包丁を研ぎながら、あなたはルールを守らないと批判しているようなものだ」
<米中対立でよみがえる”台湾海峡危機”の記憶>
米中の対立が激しさを増す中、今、台湾では、かつての危機を描いたドラマが注目を集めています。
描かれるのは、1996年の「台湾海峡危機」。「アイランド・ネーション」と題して、戦争の一歩手前の過酷な状況に置かれた兵士たちの現実が映し出されます。ドラマを制作した、プロデューサーの、汪怡昕(おう・いきん)さん。汪さん自身、危機の時、最前線の島を守る部隊にいました。
ドラマプロデューサー・汪怡昕さん「これは当時の私です。あの時の私は士官だったのです」
台湾でもあまり知られていない当時の状況を、自分自身の体験を基に描きました。
汪さん「ここ1、2年は、台湾海峡危機の時のような状況に戻っている気がします。しかしどれほど緊迫し、何が起きていたのか、あまり知られていません。平和を維持するのは容易ではないと知ってほしい」
舞台は、中国大陸から9キロしか離れていない、台湾の高登島(こうとうとう)。戦争になれば、最初に攻撃を受ける可能性があり、兵士たちは極度の緊張にさらされていました。汪さんはドラマの制作にあたり、高登島にいた元兵士たちにたびたび話を聞いてきました。元兵士たちは、当時の過酷な状況が、今も脳裏に焼き付いていると言います。
元兵士「パンと急に照明弾が打ち上がり、中国側が打ち上げたか、島の兵士が打ち上げたか分からなかった。泣きながら陣地に戻った。あと3日で退役だったのに」
中国から相次いで挑発を受けながら、一触即発の日々を送っていました。
元士官「受け取った国防部の電報は、私の記憶が正しければ、(攻撃される)可能性が一番高いのは高登島だという内容だった。パニックを起こさないよう、兵士たちには隠していた」
今、あの時の過酷な状況が、再び繰り返されるのか。アメリカと中国、2つの大国の狭間で、台湾の置かれている状況に話が及びました。
元兵士「台湾は、中国とアメリカの間のばくちの駒だ。他の国が助けに来るまで、どれくらい持ちこたえられるか。自力で守れなければ、他人に助けてもらうほどの価値があるだろうか」
汪さん「国際政治は、義理も人情もない。利益を駆け引きするゲームだ。台湾はあくまで、自らの価値を高める努力をしないといけない。価値がなければ誰も相手にしない」
<米中の軍事的せめぎ合い 影響は日本にも>
軍事的なせめぎ合いが激しさを増す台湾海峡。その影響は今、日本にも及び始めています。
台湾からわずか100キロ、日本最西端の沖縄県与那国島です。近年、台湾軍による演習が増加し、地元の漁協では、漁に影響が出ているといいます。国から漁協に届く、安全情報。島の沖合で、軍事演習などが行われる場合、その予定の海域を示し、事前に警告する文書です。台湾軍による演習は、今年だけで200日あまり。回数は過去最多となっています。
与那国町漁業協同組合・嵩西茂則組合長「だんだん狭まっているんですよ、我々の漁がね。それは当然、緊張感を持って操業しないといけないし、これまで通りの操業では、いかないんじゃないかという不安は抱えております」
影響は沖縄県だけではありません。西日本各地で在日アメリカ軍の活動が活発化しています。四国の山間にある高知県本山町。この町の保育園で、たびたび目撃されるようになったのが、アメリカ軍とみられる軍用機です。
保育士「本当に体感は、あの山すれすれを飛んでいるようなイメージ」
先月は、わずか40分の間に、8機が相次いで飛行してきたといいます。
子どもたち「うるさくて嫌だった」「着陸するかと思って怖かった」
保育士「お昼寝真っ最中に、本当に往復で何回も飛んでくることがあったので。小さい子どもも泣いて、なかなか寝られなくなる」
目撃された機体の多くは、アメリカ軍・岩国基地の所属だとみられています。4年前(2017年)に、アメリカ国外の基地として初めて、垂直での着陸が可能な最新鋭の戦闘機を配備。所属する軍用機の数では、沖縄県の嘉手納基地を抜いて、「東アジア最大規模」となっています。
さらに、2021年10月以降、「遠征洋上基地」と呼ばれる大型艦艇や、戦闘機などを搭載できる、新型の強襲揚陸艦が初めて入港。岩国基地は、中国に対応するアメリカ軍の一大拠点となっているのです。
台湾海峡周辺で、アメリカ軍が活動を活発化させる中、歩調を合わせるように動いているのが、日本の自衛隊です。2021年11月、その最前線である「東シナ海」での活動に、初めてカメラが入りました。
海上自衛隊の補給艦「おうみ」。全長が221メートル、幅が27メールあり、海上自衛隊で2番目に大きな艦艇です。
任務は、備え付けられたホースなどを使って、燃料や物資を洋上で他の艦艇に補給すること。艦内には、巨大な燃料タンクとともに、食料庫や弾薬庫を備え、後方支援の要としての役割を担っています。
いま「おうみ」は、アメリカ軍の艦艇への補給が日常的な任務になっています。
この日やってきたのは、アメリカ軍のミサイル駆逐艦。数週間前には、台湾海峡を通過していた艦艇です。
憲法のもと、自国の防衛に徹してきた自衛隊。かつて、アメリカ軍への補給は、訓練など限られた場面でのみ行われてきました。アメリカのテロとの戦いを支援した、インド洋への自衛隊派遣。このときは、特別法を定め、期間と地域を区切って活動しました。
この状況を大きく変えたのが、2016年に施行された安全保障関連法。警戒監視などの任務にあたっているアメリカ軍に対し、「平時」から補給ができるようになったのです。
「おうみ」は、この1週間前にも、同じ駆逐艦に補給していました。防衛省関係者によると、いま東シナ海には、常時、補給艦が展開。アメリカ軍への補給は、ここ数年、急激に増えているといいます。
海上自衛隊 補給艦「おうみ」・吉福俊彦艦長「要求のあった場所に、要求のあった時間に、要求量をしっかりお渡しできる。そういう意味で言えば、日米の相互運用性というのは、もう垣根がなくなっている」
かつてないほど進んでいる、日米の一体化。アメリカ政府に安全保障政策を提言する専門家は、今後、同盟国・日本の役割が増していくと指摘します。
ランド研究所 ジェフリー・ホーナン上級研究員「東シナ海での危機において、日本は何をするのか。アメリカが紛争に巻き込まれ、日本が攻撃を受けていない段階で、日本は何をするのか。アメリカの戦略にどう価値を加え、戦力の増強につなげられるか、具体化していく必要がある」