家族が最期を決めるとき〜脳死移植 命めぐる日々〜

NHK
2021年4月26日 午後0:02 公開

(2021年4月11日の放送内容を基にしています)

大切な人の最期を決めるとしたら あなたならどうしますか?

一本の動画が異例の広がりを見せています。子どもが脳死状態になった家族の記録です。

再生回数は700万回を超えました。

脳死状態になった時、本人の意思が必要だった臓器移植。いまは、家族の承諾で可能になっています。

改正臓器移植法の施行から11年、臓器提供を決断した※全ての家族への意識調査がはじめて行われました。(※2010年7月17日~2020年3月末までに提供が行われた事例)

明らかになったのは、知られざる家族の葛藤でした。

提供すれば誰かの中で身体の一部は生きる。しかし、その瞬間、目の前の命は終わる。

突然、意思を示すことができなくなった家族。望んでいることは何なのか。

回復の見込みがない脳死状態で、家族が決断するまでの時間は、平均5日間。

大切な人の最期を決めなければならなくなったとき、あなたならどうしますか。

<臓器提供の決断に揺れた両親>

伊藤乃梧(だいご)くん。9歳のとき、交通事故にあい、脳死状態になりました。両親は、息子の最期を自分たちで決めるという重い決断に直面しました。

長男だった乃悟くん。いつも家族を元気にしてくれる存在でした。

家族が臓器提供を決断するまで、6日間の葛藤がありました。

3年生の新学期が始まったばかりの、春。

母・彩華さん「いつもどおりお家に戻ってきて、おやつをちょっと食べて、ランドセルを廊下に放り投げて。自転車に乗って『遊び行ってくるね』っていう感じで、外出て行っちゃったんで、『じゃあ帰りは5時に迎えに行くからね』って言って、家の前で別れちゃったんですけど。家出てすぐそこの横断歩道で、車と衝突してしまって、頭の打ち所がとても悪かった。慌てて走って横断歩道に行ってみると、そこに倒れてたっていう状態ですかね。『乃悟、乃悟、大丈夫?』って声かけたんですけど、そのときにはもう反応はしてなくて」

搬送された病院で5時間に及ぶ緊急手術が行われました。

父・淳市さん「対面したときの乃悟は、もう、顔は傷だらけで腕や全身にいっぱい点滴。見たことがない乃梧でした。『乃梧!パパいるからな』って、『ずっと近くにいるから』って、『乃梧!』って。『またおうち帰るんだから!』って」

〈入院初日〉

意識がない乃悟くんの脳の精密検査が行われました。

治療にあたった荒木医師「両側の耳から音を聞かせて、その反応がどんなものなのかって見ることなんですね。乃悟くんの場合は、そういう音を聞かせて検査をおこなったところ、両側の脳から波が出ていたので、これは治療に対する効果がまだ期待できるなと思いました」

母・彩華さん「『乃悟くん、耳は聞こえてます』って、『話しかけてあげれば、聞こえているので積極的に話しかけるように』って言われたので、『ああ、生きてる』って、単純に本当に思いました。『大丈夫だ、まだ回復する』って、そのときはうれしくて、自分の母とかに報告したこと覚えてます。『乃悟、大丈夫だった』って。『聞こえてるから、みんな話しかけてあげて』って。また話ができる日が、乃梧の声聞ける日がくるんだって」

〈入院2日目・急変を繰り返す〉

父・淳市さん「何度も何度も死の淵から這い上がってくる乃悟、脈が下がってくる乃悟、血圧が下がっていく乃悟を何度も何度も見て、みんなで励まして手を握って、『乃悟、頑張れ』と、『パパと乃悟、最強コンビなはずだから、絶対負けない』って」

〈入院4日目・脳波が消失〉

荒木医師「脳の深いところから出てくる波、非常に重要な波なんですよね。血圧とか呼吸とか、そういったものをコントロールしてる部分から出てくる波なんですよね。それが消えてしまうっていうことは、その後、回復ができる可能性っていうのはかなり低い。脳死は回復することがない状況」

脳全体の機能が失われる脳死。薬剤や人工呼吸器により延命はできても、多くの場合、数日以内に心臓や呼吸が停止します。

脳死が疑われる状態になったとき、家族は重い決断と向き合うことになります。

〈入院6日目〉

父・淳市さん「医師からの説明は、『今の状態が続くのは、早くて半日』って言われたのかな。『もって2日』って言われたんですかね、確かね。で、心臓なり、呼吸なりどちらかが止まる。『最期の看取り方っていうのを考えてくださいと』言われまして…」

母・彩華さん「本当にもう、脳が悪いんだったら自分のあげてもいいから、私が死んでもかまわないから、乃悟が動けるようになるんだったら、代わってあげたかったし、目の前にいる息子は私の中では生きてたんですけど、目がすごい曇ってきちゃうんですよ。膜が張ったみたいになっちゃって。生きてるときってそういうことないじゃないですか。代わってあげられなくてごめんなさいって」

乃悟くんに寄り添う中で、淳市さんの頭をよぎったのが『臓器提供』という選択でした。

父・淳市さん「乃悟が僕に、そうやって言ってるような気がしたんすよね。『パパ、まだ乃悟は生きたい』って、『もっともっと生きたいよ』って、『やだよパパ』って、『何とかして』って。そこで…私はよく分からなかったんですけど、誰に言われたっていうことでもなく、何か『臓器提供』っていうのを、乃悟が僕に言ってるように見えたんですよね」

息子の臓器を提供する。淳市さんの選択に、彩華さんは戸惑いました。

母・彩華さん「目の前でまだ息をして、心臓が動いている乃悟を自分たちが殺してしまうんじゃないかっていう、恐怖とか、なんか、自分たちが命を絶つってことになっちゃうんじゃないのって?殺してしまうことになるんじゃないのかなって」

夜、病室から外に出た彩華さん。繰り返し問い続けました。『乃悟は、本当はどうしたい?』

負けず嫌いだった乃悟くん。

事故の前の年の持久走大会。1位になるため毎日練習を重ねていました。本番。ゴールの直前で追い抜き、優勝。最後まであきらめませんでした。

母・彩華さん「臓器移植をして、一部分だけでも誰かの中で生きてくっていうことが、乃悟の命を継続させるってことにつながる。どんな奇跡が起きても、もう元には戻らないから、少しでも生きてる部分を他の人の身体でいかしてもらおうって思ったんだろうなって気がついて、私も臓器移植に賛成するっていいました」   

家族は臓器提供を決断し、乃悟くんの臓器は5人に移植されました。

<始めて明らかになるドナー家族の葛藤>

かつて本人の意思表示が必要だった臓器提供。それが、家族の承諾で、可能となった『改正臓器移植法』の施行から11年になります。

法改正後、脳死下での臓器提供数は662例(2021年3月末時点)。改正前のおよそ8倍に増加しました。一方で、提供を決断した家族がどんな葛藤を抱えてきたのか、ほとんど知られてきませんでした。

日本臓器移植ネットワークは、今年初めて、※全てのドナー(臓器提供者)家族を対象に調査を実施しました。(※2010年7月17日~2020年3月末までに提供が行われた事例)

(以下アンケート調査より)

「提供を決めた時点で、本人に死亡宣告をしてしまったという申し訳ない気持ちがありました」

「いろいろな方の一部となり助けになっていることで、前向きな思いを持つことができます」

「本当にこれでよかったのかと自問自答するばかりです。答えは見つかりません」

日本臓器移植ネットワーク 林昇甫医師「提供をされることを決めるご家族と、会話をしていく中で、やはり、心の叫びっていうのが、たくさん聞こえてきます。ご家族からしてみると、結果的に、臓器提供を決めるということは、ご本人の命日を決めるということになってしまうわけです。『自分の決断が命日を決めた』という事実が残るので、それに長く思い悩む方もいらっしゃるようです。

臓器提供を決断した家族のうち、本人の提供の意思が分からなかったケースがおよそ8割。一方で2割は本人が意思を示していました。(2010年7月17日~2020年12月31日 644件のうち)

臓器を提供するという決断の一方で、提供しないという選択もあります。

そうした家族の思いはほとんど明らかになっていません。

今回、臓器提供をしなかった人への取材から見えてきたのは、家族と重ねた大切な時間を振り返り、自問自答を繰り返しながら、選択していたということでした。

医師から臓器提供の説明を受けた後、臓器移植という選択が、家族の時間を止めてしまうのではないか」「次の人に託すことができなかった」など、当時の思いを語る人もいました。

大切な人を深く思い続けた時間は、家族のいまに繋がっていました。

辿り着いた答えが、臓器提供するという決断でも。そうでなくても。

大切な人の最期を決めなければならなくなったとき、あなたはどうしますか。