(2022年5月1日の放送内容を基にしています)
2022年春、東京。一年で最も美しい季節。にもかかわらず、誰もがマスクで顔を覆い、縮こまっている。日本は、あらゆることに自信を失っているように見える。
しかし、日本にはかつて、途方もない自信にあふれた時代があった。今から33年前、そう「バブル」である。株式市場の時価総額は600兆円、世界の市場の4割以上を占めていた。山手線の内側だけでアメリカ全土を買えるという、地価の高騰も起こっていた。株式時価総額で測る「世界の企業ランキング」では、上位50社中32社が日本企業だった。
バブルは、勤勉と節約しか知らなかった日本人の欲望を、一気に解放した。若者たちはディスコで踊り狂い、銀座では、会社の接待で高級シャンパンが次々に抜かれる。男たちをとりこにする「魔性の女」と呼ばれる女子大生も現れた。
あしたは今日よりもっと楽しいことがあるはず。東京を幸福感が覆っていた。東京がふりまく富の匂いは、巨大な引力となって、まるでブラックホールのように世界中のヒト・モノ・カネを吸い寄せていた。
この番組は、ドラマ形式で進行する。
最新の映像技術によって、バブルが最も膨らみ奈落の底に落ちた、1989年から1990年の東京にタイムスリップ。現代の若者が、狂乱の時代を追体験する。日本の迷走の元凶とも言われる「バブル」。しかし、それは本当に空虚な繁栄だったのか。あの時代には何があったのか、何が失われたのかを探っていく。それは、縮こまる2022年の私たちに、何かの手がかりを与えてくれるかもしれない。
2022年、春。タケシはトラックを走らせていた。
たった一人で、夜の東京にトラックを走らせる。多くを望まなければ、この仕事は最高だ。
ラジオ「それではここで、超懐かしい曲、いっちゃいましょう。景気がよかった時代にタイムスリップです。プリンセス プリンセス、ダイアモンド! 」
カーナビ「次の角を右折してください。・・・・・・」
懐かしい歌と奇妙なカーナビに導かれ、俺は真夜中の東京を走った。ここがどこだか、もう分からなくなったころ・・・
・・・誰もマスクをしていない。
1989年1月7日・・・。
天皇崩御で、宮内庁坂下門は弔問の人たちでごった返していた。
俺は、1989年1月7日の東京に立っていた。
・・・ってことは「バブル」。おやじから何度も自慢されたバブル。俺は今、バブルに居る。
1986年から1989年まで続いた「バブル」。それは、日本経済が世界の頂点に立った、つかの間の繁栄の時代だった。プラザ合意後の大規模な金融緩和であふれ出したマネーは、土地や株へ流れ込み、空前の高騰をもたらしていた。
1985年からの5年で、土地の資産額は2倍の2000兆円に膨らみ、日経平均株価は3倍にまで急上昇。
人々の生活も変わった。純金とテレビがセットになった2000万円近い福袋や、絵画の入った5億円の福袋まで現れた。
当時の金余りを象徴する出来事がある。住宅街の竹やぶから1億3000万円の札束が発見され、5日後にも9000万円が見つかった。通販会社の社長が、脱税の調査が怖くなり、竹やぶに2億円を超える金を遺棄したという。3匹目のどじょうを求め、多くの人が群がった。
この時代に行われた国の世論調査。「日常生活の中で悩みや不安を感じていない」と答えた国民は、51%。調査が始まった昭和33年から現在に至るまで、半数を超えたのはこの時期だけである。
夜の街は、人けの消えた2022年とは大違いだ。誰もが欲望を隠そうとしていない。
キャバクラから出てきた客「さぁ、さぁ、さぁ」
ホステス ひふみ「わたし、お見送りに出てきただけです。店に戻らないと・・・」
客「マネージャーには話を通してあるんだよ。今夜はつきあえよ」
ひふみ「いえいえ。ちょっと待ってください」
タケシ「すいません。嫌がってますよ」
客「なんだ、お前。誰に口きいてるか、分かってんのか」
キャバクラの店員がかけつける。
キャバクラ店員 ワタル「あー。すみません。ひふみちゃん、店内でご指名なんですよ。あんまり強引だと、人を呼ぶことになっちゃいますけどね」
ひふみ「助かった。ありがとう」
タケシ「いいえ。困ってたんで」
ひふみ「ふーん。タケシさん、住むところないんだ」
タケシ「何しろ、今日、タイムスリップしてきたばかりなんで」
ワタル「おもしろくないから、そういうの。じゃあさぁ、うち来ない?店にはないしょだけど、俺とひふみはつきあってて、一緒に住んでんだよ。余ってる三畳の納戸を貸してやるよ。月3万。財テクだな」
ひふみ「ワタルの先輩が住んでたけど、『地上げ』手伝ってがっぽり稼いで、マンションに越してった。いいなぁ」
案内されたのは、二人が暮らす古ぼけたアパートだった。バブルの恩恵は、貧しい若者にまでは及んでいなかった。
ワタル「ここがその部屋。月3万円」
タケシ「仕事、紹介してくれるんなら、3万で借りるよ」
ひふみ「おぉ。ウェルカム」
ワタル「仲間になったからには言っておく、その『もみ上げ』切れ。今どき、もみあげがあるの『かっぺ』だぞ」
ひふみ「ははは。確かに」
街に出てみた。
トランシーバーかと思ったら、携帯?
街は空き地だらけ。建物をつぶしては、建て替える。東京は、過去をなくし続けているようだ。
おやじのことを思い出した。春岡建設という、けっこう大きな建設会社に勤めていたおやじは、バブルのとき、たいそう羽振りがよかった。今じゃ倒産し、跡形もないが・・・。
この時期、大きく存在感を増したのが、女性だった。六本木やウォーターフロントに乱立したディスコには、扇情的な服装に身を包んだ女性たちが大挙して現れた。
「魔性の女」と呼ばれる女子大生も現れた。「アッコちゃん」。
彼女が踊るだけで、その店には男たちが殺到し、売り上げが上がったという。
アッコちゃんこと、川添明子さん。今回、初めてテレビ番組の取材に応じた。
名のある男たちが、まだ二十歳そこそこのアッコちゃんに夢中になった。「地上げの帝王」と呼ばれた早坂太吉氏。ユーミンやYMOなどを世に送り出した音楽プロデューサー・川添象郎氏。
男たちは、自分の成功談をアッコちゃんに飽くことなく語った。
川添明子さん「私『ナルシスホイホイ』って呼ばれていたんで、ナルシストが寄ってくるんです。自分好きな人がいっぱい寄ってくるので、『ナルシスホイホイ』っていうあだ名がついていた。ただ、私は男の人の自慢話が好きなんです。お友だちは『あの人、自慢するから嫌い』っていうのはよく聞くんですけど、私は好きなんですよ」
とりわけ、音楽プロデューサー・川添氏の財力は桁外れだった。プライベートジェットでのヨーロッパ旅行にも連れ出した。二人は、その後、結婚した。
明子さん「お洋服を買うのも、プロデューサーだからなのか、トータルで買ってくれるんですよ。だからもう『プリティ・ウーマン』の主人公になった気分。お金は一種のエネルギーじゃないですか。好きな人に自分のエネルギーを使う行為、要するに好きだという表現を形で表わしているのが、プレゼントだったり、お金だったりするわけで、嫌いな人にはそのエネルギーを与えないから」
ワタルとひふみさんと出会った俺は、二人が働くキャバクラに拾ってもらった。バブルの光は強烈だ。
しかしその光は、裏で働くワタルたちには届いていなかった。
ワタル「いやぁ、これだけ働いて月給9万・・・」
タケシ「バブルだから安いんだね」
ワタル「『バブル』って何?」
タケシ「え、知らないの?日本の今の経済の状況」
ワタル「『バブル』って聞いたことない。バブルって泡だろ?はじけんじゃん」
タケシ「うん」
ワタル「あり得ないだろう、そんなの。ははははは」
ワタルはこの景気が永遠に続くと思っている。そう信じられたら、世界はバラ色だろう。
この年発表された、世界の株式時価総額ランキングでは、じつに上位50社中32社が日本企業だった。
このころ、企業の研究開発費はおよそ8兆円、特許の出願件数も35万を超え、世界をリードしていた。
潤沢な予算を背景に、数々の世界的なイノベーションが生まれていた。
「使い捨てカメラ」という、まったく新しい発想で作られたレンズ付きフィルムは、世界で17億本を売り上げた。
世界で初めて、携帯電話からインターネットに接続する「iモード」の基礎技術も、このころに生まれている。開発者の鎌田富久氏は、学生時代にベンチャー企業を設立、バブル期にこの研究を重ねてきた。NTTドコモは、この無名の若き技術者が持ち込んだ研究の革新性を見抜き、採用。iPhone登場まで市場を席けんした。
ベンチャー企業ACCESS共同創業者 鎌田富久氏「世界の先頭を走っていくという、マインドがあったと思います。やっぱり自信もあったし、新しいことをどんどんやろうという。世の中を変える可能性がありますし、成功する保証はないと思うんですが、そこよりもまず可能性を取るというか、そこを逃すよりもまずはやってみようという」
後にアッコちゃんの夫となる、音楽プロデューサーの川添象郎氏は、若い才能を発掘し、大ヒットを連発していた。1970年代には、テクノポップというジャンルを生み出したYMO、後にカリスマ的なシンガーソングライターとなる、ユーミンこと荒井由実を、世に送り出した。バブル時代に入ると、高級レストランやディスコの空間プロデューサーとしても活躍した。
音楽・空間プロデューサー 川添象郎氏「若者たちが情熱を持ってやりたいことを、思いっきりやるというのがね、一番大事なんだよ、そのエネルギーが。大人たちはダサい、俺たちは格好いい、だから大人たちはどいてろと、俺たちがやることを見ていてくれっていう、こういう精神がないとね、モノなんか生まれませんよ。すごい幸福感に包まれていた時代ですよ」
しかし、持てる者と持たざる者の間には、残酷な格差が生まれていた。どこもかしこも、金のあるなし、それに伴う見た目で選別される。
店員「男性の方、少々ヘアスタイルが当店のカラーに合いませんので、今回のご入場のほうは、お断りさせていただきます。申し訳ございません」
客「残念だなぁ。せっかく入りたかったのに」
俺もバブルの洗礼を浴びた。
店員「次回お越しいただくときはもう少し、アダルトな感じでお越しいただければ」
タケシ「アダルトってどういうことですか?え?入れないんですか?」
選ばれる側にならないと、このバブルは楽しめない。誰もが、選ばれる側になりたいと、背伸びをしていた。
春の陽気に包まれたある日、地上げされた空き地で三人で休日を過ごしていたときのことだった。
道に飛び出した俺は危うく車にひかれそうになった。超高級車の窓から顔を出したのは…。
波多野「君たち、暇か?」
不動産業の波多野とその秘書・麻子との出会いが、俺たちの運命を変えることになる。波多野の顔パスで、服装チェックは不要。俺も選ばれる側になった。女性たちが、男たちの欲望の視線をエネルギーに、踊り狂っていた。
VIPルームでの出来事だった。
波多野「ひふみさん、次のワイン選んでください」
麻子「どれでもいいのよ」
ひふみ「麻子ちゃん、値段書いてない」
麻子「女に値段の書いたメニューを見せる男とは、口もきかなくていい。さ、インスピレーションで」
ひふみ「・・・これ」
麻子「正解。小さい車なら買える値段」
ひふみ「うそ!ほかのにする」
ワイン一本、200万!?
麻子「胸を張って。これが、ひふみさんの価値なの」
ひふみ「・・・私の、価値」
地道に働くことしか知らなかったひふみさんが、バブルに足を踏み入れた瞬間だった。
1989年、夏。
ワタル「じゃーん」
タケシ「何それ?何て読むの?」
ワタル「『きらぼし』。いつかさぁ、ひふみと会員制のバーを作るんだ」
ひふみ「ドアに暗証番号を入れないと、入れないお店。東京中のお星様みたいなきらっきらした人だけが、集まるの」
ワタル「おい、見せてやるよ、俺の預金通帳。誰にも言うなよ」
タケシ「え!400万、持ってんの!?」
ワタル「上京して10年。金の匂いを追いかけて、死ぬ気で貯めた。これを株にぶちこんで、開店資金を手に入れる。どうだ、モミアゲ~。虎の子だから、確実な株を買う。『春岡建設』だ」
タケシ「いやいやいや、ダメだよ、そこは・・・」
うちのおやじが勤めていた「春岡建設」。史上最大の倒産・・・・。
タケシ「金もうけするんだったらさぁ、歌作るのどう?少し時代が早いかもしれないけど、絶対レコード会社買ってくれるから。大ヒットして、大金が手に入る。どう?このアイデア。一回聞いて。♪ NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one・・・ ♪」
ひふみ「ちょっと待って、ちょっと待って。何それ?」
タケシ「めっちゃ、いい歌詞でしょ」
ワタル「きれいごと過ぎてなんか気持ち悪いよ。NO.1目指さなくてどうするんだよ。誰かを踏んづけてでも上にいく。争って、ぶん殴って。違うか?」
タケシ「もうすぐね、こういう優しい時代が来るから」
ワタル「あはは。来ない」
タケシ「俺の言うこと、聞いといたほうがいいって」
ひとみ「今は、これ。『プリプリ』聞いた?」
タケシ「あ、『プリンセス プリンセス』?」
この時代の女性たちの誰もが口ずさんだ、プリンセス プリンセスの「ダイアモンド」。反抗も心の屈折もない普通の女の子が、夢や欲望を開けっぴろげに歌ったこの曲に、多くの女性が共感を寄せた。
岸谷 香さん「普通に育って、普通に大きくなった私たちにチャンスが巡ってきたっていうのはすごく感じましたね。世の女の子たちに『なんか私もやっていいのかも』みたいな。何でもやっていいんだという気になれたと思うんですよね」
俺たち3人は、バブル紳士の波多野にクルージングに誘われた。俺たちが住む部屋よりもずっと広い船内。波多野は自慢気に語った。
波多野「年に一度か二度遊ぶためにクルーを3人雇っている。別荘より物入りだ。俺のおやじは、漁師だった。つつけば沈みそうなちんけな船でシジミをとっていた。おやじに見せてやりたかった」
ワタル「夢、かなえたんすね」
プルルル。波多野の電話が鳴る。
波多野「おお、ムラオちゃん。どうもどうも。はい、あの土地、いっちゃってください。えぇ、坪2000万でOKです。勝負しましょう」
波多野は話しながら、黄色い声を出し、薄着の肢体を輝かせるひふみを眺める。波多野は、ワタルの恋人ひふみに目を付けたのだった。
青山ブティックの店員「お客様、よろしいでしょうか」
波多野「もっともっと、服を出してくれよ」
以来、ひふみさんは、恋人のワタルに隠れてバブル紳士の波多野と頻繁に会うようになっていった。
俺はひふみさんと買い物に出た。その帰り道のことだった。
ひふみ「私は、私の体を自由にできる。仕事も体も。女はやっと人間になれた。私や麻子ちゃんを踊らせるのは、お金じゃなくて自由なんだよ」
タケシ「う、うん」
ひふみ「おいっ、モミアゲ!」
タケシ「モミアゲって言うな」
唐突にキスされた。ひふみさんの中で、何かが変わり始めているようだった。
この年、ひとつのCMから、この時代を象徴する流行語が生まれた。
「24時間戦えますか」。バブル経済を動かすために、オフィスビルには深夜までこうこうと明かりがついていた。この年のサラリーマンの労働時間は、今と比べて、年間400時間も多かった。
終点に着いても、眠り込んだままのサラリーマンがいた。
タケシ「おじさん、駅ついたよ」
気になって付いていくと、向かったのは深夜のカプセルホテル。
タケシ「家には帰らないんですか?」
サラリーマン「帰らない。明日バッチリやろうかなという日は、泊まらないとしょうがない」
地価の高騰で、多くの人の家は郊外にあった。
この時代、日本人の平均給与は5年前から14%上がっていたが、東京の地価は3倍、4倍に値上がりしていた。都心のマンション価格は、会社員の平均年収の20倍近くになった。
光が強烈な分だけ、影も濃い。いつの時代も報われないのは、若者たちだ。
ホコ天に、あの団体がいた。6年後、あんなテロを起こすとは、もちろん誰も知らない。
この頃、オウム真理教が急速に信者を増やしていた。入信した多くが、高学歴の若者だった。金が幅をきかせる社会に違和感を抱き、教団に救いを求めた。しかし、当の教団は、信者から寄進された土地や株を、バブルに乗じて膨らませていた。
ひふみさんは、すっかりバブル紳士・波多野のとりこになっていた。自家用セスナでの遊覧飛行。ひふみさんの目には、夜の東京は、きっと宝石のように映っていたんだろう。
「わがままでごめんなさい」。短い手紙を置いて、ひふみさんは、アパートから消えた。
ワタル「見返してやる。俺、株を買う。春岡建設に全額ぶっこむ」
ワタル、だめだ。それだけはやめろ。
1989年12月29日、東京株式市場の終値は、3万9000円にせまる史上最高値を記録した。
この頃、日本の景気は「バブル」だと指摘する経済学者が現れた。野口悠紀雄氏。バブル崩壊に向け警鐘を鳴らしたが、耳を貸す人はほとんどいなかった。
一橋大学名誉教授 野口悠紀雄氏「地価がこのように激しく上がるということはあり得ないという直感が、最初ですね。私は日本に土地が足りないというのは間違いだということを知っていましたし、これはバブルだという結論が出てきた。バブルの中にいる限り、人々はこれがバブルだということは意識できない。分かるのは、バブルが崩壊してからあとのことなんです」
「終わり」は1990年とともにやってきた。年明け早々、日経平均は二日連続で下落。2月には史上二番目の下げ幅となる1569円安を記録。あっという間に3月には3万円の大台を割った。
当時、野村投信でトレーダーをしていた近藤駿介氏。「売り」一色の相場のなかで、暴落をなんとか食い止めようと大量の「買い」注文を出していた。
元野村投信トレーダー 近藤駿介氏「締め上げてやれば、相手はギブアップすると。資金の量で、野村が負けることはないと思っていたんです。売り物のかたまりを落としても(買っても)、まだ売り物が出てくるという。もう誰が売ってきているんだ?っていう。不気味ですよね。もう何が起きているのか正確に分かっていない。見えない所から弾が飛んでくるような」
相手はウォール街だった。バブル崩壊を虎視たんたんと狙っていたアメリカの証券各社は激しい「売り」を浴びせていた。
彼らは、当時日本でまだ浸透していなかった「裁定取引」という複雑な手法を使っていた。裁定取引とは、先物と現物を同時に売買しながら、その価格差を利益にする手法である。
暴落によって先物と現物の価格差が広がるタイミングを狙って裁定取引を仕掛け、巨額の利益を上げていた。
元モルガン・スタンレー証券 日本支社長 ジャック・ワッズワース氏「当時、日本の株式市場は過大評価されていました。暴落は当然の帰結でした。しかも、日本の投資家で『裁定取引』を理解する人はほとんどいませんでした。暴落しているときに買い続ければ、大損するのは間違いありません。私たちは当然のことを行い、野村が間違っていたのです。それは自分たちの責任です」
近藤氏「最初から『機関銃に竹やり』で向かうっていうね。今の人から見ると愚かだと思うかもしれないけど、当時は真剣だったんです。気が付かなかったんです。悪いことばかり考えますよね。『朝起きたとき、どうなっているんだ』と考えると眠れなくなってきて、安定剤を飲んで寝るっていう。それから二十数年経った今でもそれがないと眠れないという感じですね」
その頃、アッコちゃんこと川添明子さんは、音楽プロデューサー・川添氏の子どもを出産、すでに家庭に入っていた。
明子さん「(バブル崩壊で)いなくなっちゃう人はいなくなっちゃったんで。あの人もやっぱりいなくなっちゃったんだ。逆にあの人が、というのもありますけど、次々いなくなっていく。何かこう胸が酸っぱくなるというか。お祭りのあとの屋台を片している風景を見るみたいな感じですね」
俺は、株で大もうけをしてひふみさんを見返すといきまくワタルを止めるために、ひそかにある行動に出ていた。
ワタル「俺の400万が消えている・・・」
タケシ「俺、本当に親切で優しいと思うよ。だって、お前のさぁ400万を、株よりも手っ取り早く増やすことしたんだから。人間よりさぁ、馬のほうが勝負できるから。そりゃ、そうでしょ」
ワタル「もしかして、競馬に?」
タケシ「だから、悪いのは俺じゃないからね。肝心なところで失速したこの『リンゴスター』が・・・。お前この『リンゴスター』のこと、絶対忘れちゃだめだよ」
ワタル「ふざけんなよ!おいっ!全部やったのかよ、タケシ!」
タケシ「ちょっと、待って待って。お前よ、『バブル崩壊』信じてねえだろ!だけど、株価、実際変な動きしてんだよ!お前、それ分かってねえじゃん」
ワタル「知らねえよ!そんなこと!殺してやるよ!俺の金、返せー!」
タケシ「ひとつ聞け。『リンゴスター』。リンゴスター万歳!!!ははは-」
俺のバブルへのタイムスリップは終わりに近づいていた。
バブル。この結末を知っている21世紀の俺たちから見れば、ばかなお祭り騒ぎと映るだろう。でも、俺には、夢を追いかけるみんなのエネルギーまで、笑いとばす気にはなれない。そのむき出しの本気さこそ、21世紀の俺たちが失った最大のものなのかもしれない。俺たちはあきらめることに慣れすぎたんじゃないか。
5年後。
ワタルは建設現場で働いていた。
ワタル「ひふみ・・・?何やってんだよ。お前」
(ニュース音声)
「続いて速報です。港区で不動産業者を経営する代表が、売り上げの一部を申告せずに所得を隠し、およそ2億円を脱税したとして逮捕されました。逮捕されたのは、波多野興業代表取締役 波多野宏 容疑者です。・・・・」
ワタル「え。脱税!?」
ひふみ「このグループは、一網打尽。私たち、つつけばはじけるあぶくだったね。・・・私、掃除する」
ひふみ「これ・・・」
ワタル「あぁ。たまに来んだよ。果物の通販とかじゃないか」
ひふみ「いや、違うよ。・・・『アップル』って、コンピューターの会社。最先端の」
それは証券会社から送られてきた株の報告書だった。タケシさんは競馬なんかしていなかった。400万円が600万円に化けていた。バブル崩壊で日本の株は暴落したけど、「リンゴ」・・・・アメリカの「アップル」は躍進していた。
モミアゲ・・・・あんた、何者なんだ?
ひふみ「ワケ分かんないけど・・・タケシさん、ワタルのためにこうしてくれた」
ワタル「この金でいつか、モミアゲに見つけてもらえる場所をつくる。俺たちは、また会える」
タケシさん、本当にありがとう。
2022年、春。俺はいつものようにトラックを走らせる。
腹が減った。そば屋に目がとまった。
タケシ「綺羅星・・・。キラボシ・・・。♪NO.1にならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン・・・♪」
店員「いらっしゃいませ!お一人・・・(絶句)」
タケシ「一人です・・・」
「もみあげ!!!」
「もみあげって言うな!!」
「お食事処 綺羅星」。ワタルとひふみは、バブル時代の夢を33年後こんな形でかなえていた…。