あなたの“まち”の選択は 統一地方選挙 首長たちの本音【前編】

NHK
2023年4月25日 午後6:21 公開

(2023年4月8日の放送内容を基にしています)

突然ですが、あなたが暮らすまちのリーダー、どんな方か、知っていますか?

「分からない」「メガネの人」

「子どもは育てにくいままだし、景気もよくなったためしもないし、誰がやっても一緒なのかな」

期待していない人も多いみたいですが、ちょっと待ってください!市長や町長、村長といった、まちのリーダーは、あなたの暮らしを大きく変える可能性を秘めているんです!

ある町では、町長の決断で、保育料や給食費が無償に。子育て世帯の移住者が急増しています。

住民「町長さん1人で、180度くらい変わった」

インフラの老朽化や、空き家対策など、地域の課題にも向き合っています。

そんな知事や市長、町長といった首長などを選ぶ「統一地方選挙」。投票率は低下し続け、市区町村長選挙では50%を切っています。

首長たちはどんな思いでまちづくりを行っているのか。

NHKでは今回、全国1788人の首長全員にアンケート調査を実施。人口減少や財政危機といった難題に直面する首長たちの本音に迫りました。

富山市長「タイタニックです。本当に。氷山に何回も当たっている。いいことだけ言っていればいいのではない」

茨城県 境町長「みんなを巻き込んで、町をよくするんだと。首長がリーダーシップを持って変えれば、地域って変わる」

4年に1度の統一地方選挙。首長たちの本音をもとに、あなたのまちの将来、一緒に考えてみませんか。

山内泉アナウンサー「まず、“首長”と聞くとどんなイメージ、皆さんお持ちでしょうか」

モデル・タレント/藤井サチさん「そうですね、正直何をやっている人たちなんだろう。自分に直接どんな関係があるんだろう。東京に住んでいるというのもあるかもしれないですけど、あまり関わりが感じられないですね」

伊藤雅之解説委員「自分の暮らす町の首長、あまり知られてないようですが、これはどう受け止めたらいいんでしょう」

慶應義塾大学大学院教授/谷口尚子さん「平和なときというか、何もないときは、もしかしたら存在を感じないことこそがうまくいっている証拠なのかもしれませんが、昨今のコロナ禍とかがあると、『首長のリーダーシップって大事なんだ』『うちの自治体はどうしていくんだろう』と、皆さんの関心が高まる、きっかけになったかもしれません」

山内アナウンサー「自治体のトップや地方議会の議員を選ぶ統一地方選挙、4月9日と23日(2023年)、2回に分けて全国各地で投票が行われます。番組では選挙が行われない首長を紹介します。今回NHKでは、全国の首長1788人に初めて一斉アンケートを行ったところ、93%にあたる1664人から回答を得ることができました。実際に寄せられたアンケート、こちらです」

山内アナウンサー「これ、自治体トップの生の声なんですが、アンケートの内容は、地方分権、国と自治体との関係、そして、財政、住民の意識など28項目にのぼっています。記述式の回答も複数あり、欄いっぱいに、ぎっしりと書かれたものが非常に多かったんです。担当したスタッフが驚くほど、皆さん熱心に書き込んでいただいたということなんですが」

映像プロデューサー/高橋弘樹さん「ほんとにスタッフ全部読んだんでしょうね、これ」

山内アナウンサー「読みました、もちろん。気になるのが中身ですよね。どんな回答だったのか。例えばこんな声がありました。『新型コロナウイルス感染症、物価高など、社会情勢が目まぐるしく変化する中での市政運営に難しさを感じる』という訴えであったり、『人口減少と経済規模の縮小が進む中、ともすれば失敗が即、地域消滅の引き金となり得る危機感』。こういった人口減少が止まらない中での苦悩というのも目立ちました。一方で、こんな回答もあったんです。『自治体間競争は“戦国時代”ともいえ、人々から選ばれる自治体となるには、首長のリーダーシップや力量が問われている』。また、『SNSなどで情報が日本全域にすぐに広がる今、住民は自分の市の努力点は重視せず、ほかの市のよい例ばかりを求めてくる。結果、無理をした横並びになるしかない』。こうした、自治体間の競争にさらされていると、訴える声も少なくありませんでした。こうした首長たちの訴え、どう見るでしょうか」

藤井サチさん「競争があることで、自分たちは、よりいい政策を打ち出そうと工夫するじゃないですか。なので、結果、市民の方たちにとっては、いいことが多いと思います」

山内アナウンサー「アンケートが気になった方も多いかもしれません。

アンケートの詳細は、こちらからご覧いただくことができます。

それでは、今、全国の自治体のトップが、その中でどんな政策に力を入れているのか、アンケートで街のイチオシ政策を聞きました。その結果、圧倒的に多かったのがこちら、『子育て』をはじめ、子どもに関わる政策だったんです」

<子育て支援 激化する“自治体間競争”>

イチオシ政策に「子育て」や「教育」など、子どもに関する政策をあげた首長は600人以上いました。

子育て支援に力を入れている1人、茨城県かすみがうら市の宮嶋謙市長です。登庁する前の日課は、家業である牧場の馬の世話です。

宮嶋謙市長(茨城県かすみがうら市)「生き物を飼っている方は皆さん、一日も休めない。市政と似てますよね」

2022年7月に就任した宮嶋市長。アンケートでは、こんな本音を。

「子育て支援に関して、競争が激しくなっている」 「人口減少社会にあって、いかに発展的、持続的な町作りを行うか、その難しさとやりがいを感じている」

国の施策では原則、無償化の対象外となっている3歳未満の保育料。宮嶋市長は独自に、第2子以降は無償とする予算案を作成し、今年度から導入されました。さらにランドセルの無料配布も行っています。

しかし、保育料無償化の財源確保のために、廃止せざるをえなかった施策も。

大学生などを対象とした、1人あたり年間最大15万円の通学定期代の助成。この廃止によって、住民から批判の声が数多く寄せられました。

「これでは将来的に若い人たちは、かすみがうら市には残らないと思います」(住民からのメール)

宮嶋市長「つらいですね、これね。お金が潤沢にあれば、やってあげたい内容だったんですが」

この5年で、人口が4.7%減ったかすみがうら市。人口減少や高齢化に伴う財政支出が増えています。例えば、市内で増えている空き家の問題。今年度から持ち主が解体する際、1軒あたり50万円の補助金を出すことにしました。

住民から様々な要望が上がる中、限られた予算で子育て支援をどこまで充実させるのか、宮嶋市長の悩みは尽きません。

宮嶋市長「子ども支援は、次世代への投資だと思うんです。このまま何もしなければ負け組に入る。そういうわけにはいきませんので、勝ち組に残らなきゃいけない。いろんな施策を苦しみながら、打っているのが現状」

「子育て支援」に力を入れる首長たち。アンケートでは、「戦略的な視点がますます必要となる」といった意見もありました。

「自治体も、マーケティングやマネージメントをしっかりするべきであり、それが持続可能なまちづくりにつながる」

アンケートに答えた、茨城県境町の橋本正裕町長です。9年前に町長に就任して以来、「子育て支援日本一の町を目指す」としてきました。

境町では3年前から、3歳未満で第2子以降の保育料を無償化。さらに第3子以降の出産では、1人あたり総額50万円を支給するなど、手厚い支援を行ってきました。

主な財源は、48億円に上る「ふるさと納税」。返礼品が人気を呼び、寄付額は歳入の2割以上(2021年度)を占めています。

橋本町長(茨城県境町)「財政を健全化させないと、次の一手が打てません。そういう意味で、ふるさと納税に着目した。住み続けられる、働き続けられる町を作らなくちゃならない。逆に収入を増やそうとシフトした」

橋本町長は、国からの補助金も利用して、子育て世帯が割安で住めるマンションも建設。家賃は、3LDKで5万2千円。相場よりも2万円以上、安く住むことができます。

転入者「これだけ広くて5万で住めるのは、すごくありがたい。これだけ部屋があれば、子供が大きくなっても住んでいけるかな」

毎年1000人近くが転入してくるようになった境町。この5年間での人口減少率は、1.8%に留まっています。しかし、2023年1月。橋本町長に衝撃的なニュースが・・・。東京都が18歳以下に対し、1人あたり月5千円を給付することを決めたのです。

この発表を受けた橋本町長は、2023年度の給食費を無償化するなど、月4千円から5千円の支援を打ち出しました。

橋本町長「税収の財源も、東京都は潤沢ですよね。そういうところが子育て支援にお金をかけだしたら、地方はかなわなくなってしまう。そこにある程度勝てなくても、同じような施策を打っていかないといけない」

子育て支援をめぐる自治体同士の競争。皆さんは、どう思いますか?

伊藤解説委員「藤井さん、このVTRどうご覧になりました?」

藤井サチさん「私、冒頭に首長さんたちって、何やっているかわかんないって言っちゃったんですけど、こうやって財源を工夫して、子どもたちへの支援とかされいているんだなって、ちょっと訂正したいと思いました」

山内アナウンサー「ここからは、茨城県かすみがうら市の宮嶋市長にも、議論に参加していただきます」

映像プロデューサー/高橋弘樹さん「市長、1個質問していいんですか?」

市長に質問があると切り出したこの男性、高橋弘樹さん。政治や経済を扱うYouTubeのチャンネルで、異例の登録者数100万人を達成した、話題のプロデューサーなんです。

高橋弘樹さん「めちゃくちゃ興味本位で聞くんですけど、市長はどういう理由で、子育て支援の財源を確保するために、大学の定期代の補助をなくして、どういう理由で、空き家の取り壊しの補助は残そうと?そこの選択をした理由を聞いてみたいです」

宮嶋市長(茨城県かすみがうら市)「通学定期代の助成は、大学生が下宿をして(卒業後も)帰ってこないから、“下宿防止策”で始めた経緯があったんです。ただ、地元に仕事がなければ、帰ってこないことが結果として分かった。恩恵を受けている人だけにとどまる内容の補助金になってしまったので、別の形にシフトして、大学生が子育てするときにも喜ばれるような施策にシフトした。空き家のほうは、住み続けられる町にしておかないと、過疎化がほんとに加速してしまうので、そのためにはどうしても必要で。これからどんどん増えていくので、対策を打たなきゃいけないということで考えました」

伊藤解説委員「岡崎さん、改めてみると身近な自治体の役割というのは非常に守備範囲が広いこともわかりますが、その中でうまくそれをやっていくことの難しさ。このVTRから出てきた課題、どういうふうにご覧になりますか」

総務省元事務次官/岡崎浩巳さん「今の2つの団体(茨城県かすみがうら市・境町)は、先ほども通学定期の補助があったように、東京に通勤・通学できるという意味で、全国で見るとかなり恵まれている立地にある。VTRを見ていて、宮嶋市長が『勝ち組に残んなきゃいかん』と。宮嶋市長に伺いますが、勝ち組というのは『人口が増える』、あるいは『出生率・出産数が増える』、そういうことが“勝ち”ということなんでしょうか」

宮嶋市長「10年後、20年後、もうちょっと先、30年、40年先に、この市がきちんと存続しているかというのは、やっぱり人口の部分は外せない条件だと思います」

岡崎浩巳さん「なるほど。人口が減らないで発展していくという意味で言いますと、水をかけるようで申し訳ないですが、長く行政をやってきた経験から感じるのは、この競争の行く先は、ごく少数の勝ち組と、その他大勢の負け組、という結論になりそうな気がするんですね。それは非常に心配しています。ですから、負け組になる団体も含めて、これからどうしていくか考えなきゃいけない」

山内アナウンサー「宮嶋市長、同じ茨城県内でも、子育て支援をめぐって差が生まれていること、これを率直にどう捉えていますか」

宮嶋市長「人口減少と相まって、今、子どもの奪い合いを自治体間でやっているんですね。子どもが来れば、当然働き盛りの親御さんたちが一緒に付いてくるということで、持続可能性をそれで担保しようということだと思うんですが、次世代への投資を自治体の競争力に任せてしまっていいのか。大きな疑問点はあります。過度な競争を強いて、財源の多寡によって政策に違いが出ないよう、ベースは国がおさえながら、地方で個性を出す部分に注力できるよう、環境整備を手伝っていただきたい」

高橋弘樹さん「競争が過当するのは、当然よくない。市長は国のベースとして、どこまでやるのが理想だと思いますか」

宮嶋市長「家庭環境その他、自分で選べない環境の中で育っていくので、そこが自治体によって、健全に成長できないような自治体が出てきたら、これはその子どもにとって不幸なことだと思うので、せめて高校卒業するまでは誰も差別なく、教育費その他もろもろの支援が受けられる状況を、国のほうで作っていただけるのが理想」

藤井サチさん「国が動くのって、時間もかかるし、なかなか難しいと思うんですが、自治体がまず行うことで、逆にプレッシャーをかけられることもあったりするんですか」

宮嶋市長「国に先行して自治体が“給食費の無償化”をして、今、相当広がっていますよね。これがどんどん広がっていくことによって、国のほうも動いていくという流れは、当然考えられると思います」

高橋弘樹さん「うーん、難しいですね。さっき政策を選択した理由聞いたときに、おもしろいなと思ったのは、通学定期助成の効果がないのがわかったから、やめたと。政策評価の仕組みを国が作って、子育てにも導入していくことが大事なんじゃないかな」

伊藤解説委員「自治体間の競争にさらされる市長の姿を見て、今の競争に仮に勝ったとしても、人口構成など、町の将来って変わっていきますよね。谷口さんは、それが持続可能なのかという点、どう考えますか」

慶應義塾大学大学院教授/谷口尚子さん「やはりお金に頼った物理的な施策には、限界が来るだろうなと。もう1つは、サービス合戦というか、住民からすると『あれを削られるなんてひどい』みたいな、サービスを受ける客体化していて、消費者のような感覚で『あれもこれもやってほしい』となると、全員の望みを達成することが難しくなるので、その切り替えをしないと。住民はずっとサービスしなきゃいけない対象と行政や地方政治が見てしまうと行き詰まる。そういう(意識の)転換が必要なのではと思う」

岡崎浩巳さん「子育て対策はもちろん大切ですが、その効果を過大評価して、『人口が減らないんだ』というのは、ちょっと現実からの逃避だと思う。人口が減ったとき、消費や産業はどうなるかを提示して、小さくても暮らしやすい地域づくりはどうしたらいいんだろうかと、みんなで知恵を出し合うことが一番大事」

<人口減少・財政難… アンケートに綴られた声は>

山内アナウンサー「ここまでは人口減少の中、激しい競争にさらされる首長を見てきました。その背景の1つとされるのが、地方の厳しい財政状況です。アンケートで将来の財政について、どの程度危機感を持っているか聞いたところ、『強く持っている』『ある程度持っている』、合わせて実に98%が危機感を持っていると答えました。

アンケートの声です。

『先行き不透明な財政状況に、南海トラフ地震や、異常気象への対応も急務』

『戦後最も厳しい地方自治環境である』

また、高齢者人口の増加や障害者福祉の充実など、社会保障に関わる費用が増えていると訴える声も目立ちました。

こうした中、生き残りを図るために、これまで当たり前にしてきたものを見直すという、難しい判断を迫られている首長もいるんです。例えば、私たちの生活を支えてきた、道路や橋などのインフラについて、『予算不足などで補修できないものは廃止もやむをえない』。こうアンケートに答えた首長を取材しました」

(後編へ)