番組のエッセンスを5分の動画でお届けします
河野キャスター「冷戦終結後の世界経済を支えてきたグローバル化が後退していけば、日本を始め、世界中の人々の暮らしに与える影響は、より深刻なものになります。世界が急速に分断されていくことへの恐ろしさを感じざるを得ません。そして私たちは今、民主主義の力が失われつつあるという現実も突きつけられています。冷戦終結によって、世界は民主主義が勝利したとさえ言われました。ロシアを始め旧共産圏の国々も、一度は自由や人権を尊重する欧米型の民主主義を目指してきました。しかし、プーチン大統領はそうした民主主義に背を向け、言論を弾圧。ヨーロッパの中にも、自由を制限してでも『経済の発展や社会の安定を優先する』として、独自の道をとる国がうまれています」
<岐路に立つ欧米型民主主義 プーチン大統領不信の背景>
言論統制をいっそう強めるロシア。軍事侵攻に対する抗議の声を、徹底的に抑え込もうとしています。
ロシアで民主的な政治の実現を求めてきた野党の政治家、レフ・シュロスベルク氏は、いま当局の監視の目を避けながら、ネットを通じて反戦を訴えています。
シュロスベルク氏は去年、議会選挙に立候補したものの、取り消しを通告されました。反体制派のリーダー、ナワリヌイ氏が逮捕されたことに抗議するデモに参加したことが理由とされました。罰金刑を科された上に、3年間選挙に立候補する権利を剥奪されたと言います。
野党の政治家・レフ・シュロスベルク氏「選挙に勝つ可能性がある人は、事前に排除されます。プーチンは一貫して民主主義を破壊しています。彼は民主主義と共存できません」
なぜプーチン大統領は、ここまで民主化を求める声を抑圧するようになったのか。大統領の過去を知る人物たちが、証言しました。
プーチン政権が発足した2000年から、4年間首相をつとめたミハイル・カシヤノフ氏。当初、プーチン大統領が民主的なロシアを築くと期待していましたが、次第に強権化する姿を目の当たりにし、袂(たもと)を分かったと言います。
カシヤノフ元首相(ロシア)「プーチンは民主主義者を装っていたのだと2004年頃に気づきました。彼はゆがんだ世界観を持ったKGBの将校のままでした。彼にとって人権は何の意味も持っていません」
カシヤノフ氏によれば、プーチン大統領が民主主義への不信を深めたのが、ウクライナで起きたオレンジ革命でした。2004年、市民の抗議活動をきっかけに、ロシア寄りの政権が欧米寄りの政権に取って代わられました。このころ、ロシアが勢力圏とみなす旧ソビエトのジョージアやキルギスにも、民主化の波が押し寄せていました。
当時、プーチン大統領に顧問として仕えていたグレブ・パブロフスキー氏。プーチン大統領は、民主化の動きの背後にアメリカがいると猜疑心を強めていったと言います。
ロシア大統領府・パブロフスキー元顧問「プーチンは、民主化革命がアメリカの陰謀だと確信していました。アメリカはウクライナ大統領府に対して、強い影響力を持っていました。当時私は間近にいたので、プーチンがアメリカのせいだと考えていたことをよく覚えています」
以来、欧米が掲げる民主主義を敵視するようになったプーチン大統領。自らの政権が脅かされるのを防ごうと、強権化していったと言います。
カシヤノフ元首相(ロシア)「プーチンが最も恐れているのは、もしウクライナが民主主義国家として繁栄した場合、ロシア国民が『なぜ自分たちはそうなれないのか』と、疑問に思い始めることです。ロシアはいまや、完全な権威主義国家となり、全体主義へと向かっています。“プーチンのロシア”という全体主義です」
<岐路に立つ欧米型民主主義 “国益” “経済”優先のハンガリー>
EU=ヨーロッパ連合の中にも、欧米型の民主主義に背を向ける国があります。ハンガリーです。
先月(2022年6月)の中心部で、極右団体が集会を開いていました。参加者たちは「Z(ゼット)」の文字を掲げて、ロシアによるウクライナ侵攻を支持していました。
集会参加者「世界のどの民族も求めているのは、強い国家と強い指導者です」
参加者が「強い指導者」とたたえていたのは、オルバン・ビクトル首相。EUの首脳の中で、プーチン大統領と最も親しい関係にあると言われています。
ウクライナ侵攻後の2022年4月には、議会選挙で圧勝。ロシアとの関係が逆風になるのではないかという当初の予想を覆し、その強さを見せつけました。
オルバン首相(ハンガリー)「月からでも見える大勝利だ。(EU本部がある)ブリュッセルからは確実に見える」(選挙勝利後のスピーチより)
オルバン首相が支持された理由のひとつが、独自のエネルギー政策です。EU各国がロシアから石油や天然ガスの供給を大幅に減らされる中、今も変わらず供給を受けています。各国が価格の高騰にあえぐのに対して、ロシアとの関係を生かし、EU域内で最も安くガソリンを販売。国民の支持につなげています。
ハンガリー市民の男性「ハンガリー人が闘って勝ち取ったんだ」
ハンガリー市民の女性「経済危機だから、自分たちの身は自分で守らなきゃ」
一方で、オルバン首相は、自らに批判的なメディアを廃業に追い込むなど、強権的な姿勢も見せてきました。
この男性は、独立系メディア・インデックスの編集長をつとめていましたが、おととし、解任に追い込まれました。インデックスは政権批判をいとわず、オルバン首相と対峙し、次のようなやり取りがあったこともありました。
インデックスの記者「質問があります」
オルバン首相「どこの記者だね」
インデックスの記者「インデックスです」
オルバン首相「”フェイクニュース工場”に答えることはない」
インデックス元編集長 ドゥル・サボルチさん「この12年間でオルバン政権は、戦略的に与党支持のメディアを増やしてきました。オルバン首相は、『ハンガリーは“非自由主義”の国だ』と公言しているのです」
欧米の中で独自路線をとるオルバン首相。その背景にあるのが、国民の間に広がってきたEUへの失望です。
オルバン首相を支持する、ぶどう農家のセチュクー・フェレンツさんは、EUに加盟すれば、同じ豊かさを享受できると信じていました。
セチュクー・フェレンツさん「社会主義体制下で国営だった農場を、私たちが育てあげてきました。民主化の後、ハンガリーは夢の中にいました。20年から30年たてば、西ヨーロッパに追いつけると信じていたのです」
しかし、2004年、EUに加盟すると、それまで経験したことがなかった市場の競争にさらされ、自分たちのぶどうが、安く買いたたかれるようになったと言います。
セチュクー・フェレンツさん「市場(しじょう)は、イタリアやスペインなど西ヨーロッパの商品であふれかえっています。取り引きを握っているのは、外資系の大企業だけです。彼らが求めているのは、ハンガリー産の商品ではないのです」
EUに加盟しても、思い描いたような豊かさを手にできない現実。
さらに2015年には、EUが、中東やアフリカなどからの難民の受入をめぐって、各国に受け入れる人数を割り当てようとしたことに対し、オルバン首相は抵抗。ハンガリーに入国しようとする難民を、催涙ガスや放水で追い返すなど、「反難民」の姿勢を鮮明にしました。
「自由」や「人権」といった価値観を掲げるEUに、公然と反発するようになったのです。
オルバン首相「我々は西ヨーロッパのイデオロギーなどから独立した、新たな国の形を見つけたい。ハンガリーを将来的に、国際的な競争力のある国にするためだ」(2014年7月26日の演説より)
2010年から連続して政権を担ってきたオルバン首相。報道官は、欧米が掲げる自由や民主主義が、すべてではないと主張します。
ゾルターン報道官(ハンガリー)「世界は変わりました。証明されたのは、民主主義は画一的なものではない、ということです。ハンガリーは倫理的な基準だけでなく、国益や合理性を重視して政治を行うつもりです」
ことし、スウェーデンの研究機関は世界の国や地域を対象に、公正な選挙、基本的人権、報道の自由などの観点から、民主主義の度合いを分析し、発表しました。自由で民主的だとされたのは60の国と地域。それに対し、非民主的だとされたのは、100を超えています。
「自分たちが掲げてきた民主主義が、大きな岐路に立たされている」と、いま、各国のリーダーたちが、そのあり方を問い直しています。
オバマ元大統領(アメリカ)「ベルリンの壁が崩壊した後、必然的に民主的な世界が到来するという意識がありました。しかし、私たちは民主主義が必然ではなく、おのずと実現するものでもないことに気づかされました。それら(民主主義の訴え)は、貧困に陥っている何億もの人々の心には響きません。私たちは未来に生きる多くの人々のために、民主主義とその制度を立て直さなければいけません」(2022年6月コペンハーゲン民主主義サミットでの演説より)
河野キャスター「ロシアやハンガリーの実情を見ると、欧米がかかげてきた民主主義に対する不信は想像以上に強く、世界が1つにまとまることの難しさを痛感します。しかし、力と力による争いは人類に悲劇をもたらすことを、私たちは歴史から学んできたのも事実です。混迷の時代、様々な分断が深まることで、世界が取り返しのつかない対立へと向かうことがないよう、世界の指導者たちの判断や国際社会の対応が問われています。そのひとつひとつが、私たちの未来を左右することになります。私たちはそこから目を離すことがあってはならないのです」
<“プーチンの戦争” 世界はどこに向かうのか>
「世界の行方を決めるのは、私たち一人一人の行動だ」
そう語るのは、政治学者のフランシス・フクヤマ氏。冷戦終結後、世界は民主主義に向かい、「歴史は終わる」と考えました。しかし、世界は想定もしていなかった様々な波乱に見舞われ、まさに混迷の時代に突入しているといいます。
河野キャスター「民主主義を享受し続けられるのでしょうか?それとも無理なのでしょうか?」
フランシス・フクヤマ氏「近年、アメリカや他の民主主義国家が犯した失敗で、振り子が反対に振れてしまいました。いまは移行期の真っただ中です。この振り子がどうなるか。それは、今後の私たちの判断にかかっています。その判断によって、行き着く世界の姿は大きく変わるでしょう」
河野キャスター「私たちはどんな世紀を生きることになるのでしょうか?」
フランシス・フクヤマ氏「かつてない地球規模の課題に直面する世紀になります。気候変動は、各国の政治に影響を与えるでしょう。アフリカ、インドをはじめ、大きな影響を受ける地域で、数多くの難民や移民が生まれることにつながりかねません。こうした逃れられない課題に対して、新たな解決策が求められる世紀になるのです」
長年、国連で紛争の解決などの最前線に立ってきた元高官は、世界の分断が深まる今こそ、英知を結集していかなければならないと訴えています。
国連 フェルトマン元事務次長「この数年、私たちは2つの大きな衝撃を受けました。ひとつは、新型コロナのパンデミック。2つ目は、ロシアのウクライナ侵攻で、二度と起こらないと思っていた国家間の戦争は、食料危機をも引き起こしています」
国連 フェルトマン元事務次長「国際協調の重要性は、かつてなく増していて、各国がより協力しあえる改革が必要です。あらゆる国やNGOなどが集まって、危機に対処するためのプラットフォームが非常に重要だと思います。現状の国際機関では対処できていない難しい問題にこそ、同じ思いを持つ国や人々が連帯して臨むことが必要なのではないでしょうか」
混迷の時代、私たちはどんな未来を作り上げていけるのか。
シリーズでは、その鍵となるテーマをひとつひとつ見つめていきます。