シリーズ混迷の世紀 第1回 ロシア発エネルギーショック【後編】

NHK
2022年8月23日 午前10:50 公開

(前編はこちら)

<打撃を与えていたはずが・・・“制裁疲れ”で揺れる欧州>

アメリカ バイデン大統領「ロシア産の石油の輸入を禁止し、プーチン大統領に強力な打撃を与える」

今回、欧米諸国や日本はロシアに対し、石油や石炭の輸入を原則禁止する方針を表明するなど、さまざまな経済制裁を打ち出してきました。ところが、ロシアもそれに対抗するような措置をとっています。

2022年7月中旬、ロシア最大の政府系ガス会社はパイプラインの定期点検を理由に、ドイツへの天然ガスの供給を一時、完全に停止しました。

危機感を募らせているのが産業界です。今後も十分な供給が得られなければ、政府が「緊急事態」を宣言する可能性があり、国が介入し、供給先の優先順位がつけられることになります。

ドイツ・消毒液メーカー経営者「すべてがうまくいくと信用し、ただ目を閉じて期待をしてきましたが、それは誤りでした。もし天然ガスがストップされたら、どのように生産を続けていけばいいか分かりません。深刻な打撃を受けることになります」

こうした中、ヨーロッパではロシアへの追加の制裁が難しくなってきています。

ブリュッセルに駐在し、ヨーロッパ諸国の情報収集にあたる経済産業省の山崎琢矢さんは、日本の政策決定に生かすため、EUの官僚や議員とネットワークを持つ人物たちに接触し、表に出てこない実態を探ろうとしていました。

経済産業相大臣官房参事・山崎琢矢さん「次の第7弾制裁措置はまもなく発表されるのでしょうか」

「今度の天然ガスに対する制裁は難しくなるでしょう。多くの加盟国が、制裁でロシアだけでなく、ヨーロッパ経済に影響が及ぶことを懸念するようになっているからです。つまり、ロシアに厳しい制裁を科すのは当然だが、それによってヨーロッパの方が苦しむことになったら、何の意味があるのかということです。誰もがウクライナを支持しているので、短期的な受け入れは容易です。しかし自分の家計に影響が出てきたら、政治問題になります」

経済産業相大臣官房参事・山崎琢矢さん「EU加盟国はいつまで耐えられると思いますか。ことしの夏まで?それとも年末まででしょうか」

「制裁疲れなどの懸念も出てきています。最近イギリスのジョンソン首相や、NATOの事務総長がこの戦争は何年も続く可能性があると発言しています」

山崎さんは、ロシアの揺さぶりに翻弄されているヨーロッパの実情を、資源エネルギー庁のトップに報告しました。

経済産業相大臣官房参事・山崎琢矢さん「(ロシアへの制裁は)もともと石炭石油は可能だけど、ガスは違う。これは基本的には一貫した底流なので。加えてロシア側が(天然ガス供給を)止めてきたりしている今の状況なので、禁輸を議論しても無意味だというような話も同時に広がっています。ガスについては相当慎重に動いていくということだと思います」

資源エネルギー庁・保阪長官「ガスのところがね、この後どういう展開になっていくかが、日本としては一番のカギなので。引き続きよくウォッチしてくれということですね」

経済産業相大臣官房参事・山崎琢矢さん「分かりました。また情報収集したいと思います」

経済産業相大臣官房参事・山崎琢矢さん「相当ロシアに依存しているので、相当な痛みが出るんですよね。簡単にガスの輸入禁止を決めるとか、そういう段階から少し複雑なディスカッション、いろいろ考えながらやらなきゃいけないことが増してきている」

<見えてきた新たな潮流>

ウクライナ侵攻の後、新たな潮流も見え始めています。ロシアをめぐる中国やインドなどの動きです。

世界中のタンカーの動きを分析している民間の調査会社です。各国政府などが、ここから情報を得ています。タンカーが搭載しているAIS=船舶自動識別装置から発信される情報に、独自のネットワークで集めた情報を合わせ、タンカーの原油積載量や目的地を割り出しています。

最近、AISを切ってロシアを出港するタンカーが増えているといいます。

分析官「例えば、この船はロシアの黒海で荷を積むときAISのスイッチを切っています」

どこで積んだかわからないようにして、途中でスイッチを入れ、運んでいくといいます。

分析官「自分たちのしていることを、隠そうとしているのです」

この調査会社の分析によれば、2022年6月のロシア産の原油の輸入量は、去年と比べて多くの国で減っていますが、トルコは2.7倍、中国は1.5倍。インドは26倍にのぼっていたといいます。

ケプラー シニアアナリスト ホマユン・ファラクシャヒ氏「ロシアは今、原油の買い手を探すのに苦労していて、値引きをしています。そこでアジア、特にインドのバイヤーが一斉に割安のロシア産の原油を買っています。中国がロシアから原油の輸入を続けるのは、政治的な理由が大きいと思います。これは地政学上の新たな国際秩序と関係があると思います。世界は分断が進んでいて、その亀裂は大きくなる一方です」

<脱炭素時代のジレンマ>

もうひとつ、エネルギーの新たな秩序を考えるうえで、カギになっているのが「脱炭素」です。

世界は今、化石燃料を減らしていく方向に大きく舵をきっています。こうした中、ジレンマに直面しているのが資源開発に取り組む企業です。

国内最大の石油・天然ガス開発企業INPEXが手がける、オーストラリアのLNGプラントから日本に送り出すLNGは、日本の総輸入量の実に8%。「サハリン2」からの調達規模に匹敵します。

この会社では、この周辺に新たにガス田を探し当て、増産する計画を進めています。

資源開発会社(IPEX)・上田隆之社長「日本はロシアから約8%の天然ガスを輸入しているけれども、それが大きく損なわれる可能性がある。世界各国から日本あるいは世界に、天然ガスLNGという形で届けるということは、われわれの責務なんですね」

みずからガス田を開発すれば、長期に安定的に手に入れることができます。しかし、そこにはリスクも伴います。一般的に、資源を探し当て、生産までに費やす年月は10年から20年。投資額は数兆円にのぼることもあります。脱炭素の時代に投資しても、需要があり続けるのか、判断が難しいのです。

この日、打ち合わせをしたのは国内の電力会社。足元ではLNGを確保したいというニーズがあります。しかし将来にわたってLNGを買い続けることには、リスクも伴うなどと厳しい声が聞かれました。

九州電力・執行役員「われわれとして電力の安定供給という観点から、燃料は重要な要素になってくるわけですが、カーボンニュートラルの潮流とどう整合を取っていくのか。将来のかなりの大きな不確実性を背負うということになるので、いろんなアイデアを出し合って、工夫をしていく必要があるのかなと」

資源開発会社・執行役員「長期でLNGに関わっていくことの不確実性というのは、買い主のほうで非常に大きなものがあると私どもは認識している。脱炭素化への取り組み、時代の要請に応える形でのクリーンなLNGなど行っていきたい」

この会社は、ガスを生産する過程で排出する二酸化炭素を地中に埋める技術も活用しながら、時代のニーズに応えたいと考えています。

資源開発会社(IPEX)・上田隆之社長「ウクライナに伴うさまざまな課題が、おそらく数年は続くだろうとみんな思っているんですけど、10年続くだろうか、20年続くだろうかって、実は非常に不透明なんですね。やはり長期の需給の不確実性、不安定を考えると二の足を踏んでしまう。ドイツがロシアへの依存度が非常に高いと言われますけど、エネルギーの自給率でいえば、ドイツのほうが圧倒的に日本より高い。そういう意味で日本のぜい弱性というのは、非常に大きい。こういう機会にわれわれのエネルギーの安全保障、安定供給はどうあるべきなんだろうかと」

<脱ロシアで一気に加速 水素エネルギーシフト>

ロシアの揺さぶりによって、苦しい状況に追い込まれてきたヨーロッパ。事態を打開するため、思い切った一手を打ち出しました。

EU・フォンデアライエン委員長「私たちは今、ロシアの化石燃料への依存を、できるだけ早く減らさなければなりません。その計画がリパワーEUです」

ロシア産の化石燃料への依存を減らし、同時に気候変動問題の解決も目指すプラン、リパワーEUです。化石燃料に代わる鍵となるエネルギーとして、水素の導入を一気に進めることにしたのです。

日本の政策に生かすため、最新の情勢を収集している経済産業省の山崎さん。視察に訪れたのはスペインの水素製造工場です。

水素は水を電気分解して作ることができるため、生産設備さえ整えば、ロシアに頼る必要がなくなります。二酸化炭素を排出しないという特徴も兼ね備えています。

もともと日本は水素の技術で世界をリードしてきました。2014年に、世界で初めて燃料電池車を一般販売。大量に輸送するため水素を液体の状態にして、運搬する船も世界で初めて開発しました。

日本は現在200万トンの供給量をアンモニアと合わせて、2050年に10倍にすることを目指しています。リパワーEUは、それを2030年に実現しようという野心的なものです。

経済産業相大臣官房参事・山崎さん「日本とそんなに技術的に差があるということではないとも感じましたし、一方でコストの意識が非常に強くて、日本との違い、危機感を感じるところはありました」

脱ロシアが急務のドイツでも、スピードを加速させる取り組みが始まっています。

2020年に稼働を停止した石炭火力発電所の送電網などの設備を生かして、火力発電所を水素の製造拠点に変えようとしています。

リニューアブルエネルギーハンブルククラスター ヤン・リスペンス氏「すでにある設備を利用するのは、理にかなっています。そうしないと作り直すのに10年もかかるからです」

経済産業相大臣官房参事・山崎さん「2030年まで 8 年しかありませんから、そこに向けてやろうという、この数字。高い目標をつくって、高い目標を実現するための制度とか予算を用意して市場を引っ張っていく。EU がよくやる手法ではある」

日本もウクライナ侵攻の後、水素の本格的な活用に向けて動き出しています。課題は、国土が狭いなど、不利な条件をどう克服するかです。

山梨県などが進めている、太陽光を活用し水素を製造するプロジェクト。1年前から水素を作り始めています。効率よく水素を生み出す技術力を高め、限られた場所でも、できるだけ多くの水素を作れるようにしようとしています。しかし国内で水素を大量に製造するには、どうしても限界があります。そこで日本が持つ運搬船の技術を生かして、水素を輸入しようとしています。

パートナーに選んだのはオーストラリア。国土が広大で、大量に水素を作れるだけでなく、長年の信頼関係があるからです。

在日オーストラリア大使館 チャールズ・アダムソン参事官「オーストラリアは、経済と政治がとても安定しています。日本の期待を裏切ったことは一度もありません」

さらに日本の主力電源となっている火力発電では、新たな燃料として活用しようとしています。水素やアンモニアを化石燃料から置き換えていくことで、二酸化炭素を減らす狙いがあります。

発電会社 可児行夫副社長「資源のない日本において、LNGに相当依存しているわけですよね。オプションをつくりましょうと。エネルギーの供給のオプションを1つでも増やしていきましょうと」

LNGの安定確保という喫緊の課題。

脱炭素時代のエネルギーをどう実用化していくかという、先を見据えた課題。日本は、その両方を同時に解決しなければならない時代に直面しているのです。

<今後のエネルギー秩序と日本の戦略>

今回のエネルギーショックによって浮き彫りになった日本の課題。この難局に臨む国の姿勢を、萩生田経済産業大臣に問いました。

河野キャスター「サハリン2をめぐっていろいろな動きがありますけれども、ドイツに対するロシアの動きを見ていると、日本も油断ならないと、同じようなことをされる懸念もあると思うんですが」

萩生田経済産業相「サハリン2は、われわれの先人がロシアと良好な関係のときに、しっかり築いた権益です。この権益をみずから手放すことは選択肢には考えていません。ここは堂々とわれわれの主張をしていきたいと思いますが、最悪のリスクは常に考えながら行動しているつもりです。今こういう振る舞いをすれば、将来ロシアが国際社会に戻ったとき、あの国に投資をする国はいなくなるんじゃないですか。そういうことを考えて行動しているのかどうかは、すごく疑問ですね」

河野キャスター「電力ひっ迫とかいろいろな事情があるなかで、国民としては不安になってくるわけですね。その不安を払拭(ふっしょく)できるエネルギーの安定供給体制をどうつくっていく?」

萩生田経済産業相「電気の問題は国民の皆さんに、このたびさまざまな不安を与えています。冬以降はもっと厳しい状況になりますので、それまでに、先日岸田首相も明確に発信しましたが、原発再稼働を進めていきたいと思っていて、原子力規制委員会で安全性がきちんと確保されたもの、そして地元の理解をいただいたものについて、私の責任で順次稼働を進めて、安定的なベースロード電源としての原子力も使わせていただく。火力もやっていく、そして水力もやる。あらゆるツールを使って国民生活に支障のないように電力を確保していきたいと思います」

河野キャスター「いまEUは、すごく水素に力を入れるようになっています。そこと比べると、日本は少し出遅れているのではないかという指摘もあるんですが、日本の水素戦略をどうみていますか?」

萩生田経済産業相「ボリューム的に、もしかしたら遅れているという批判は、甘んじて受けなければいけませんが、技術では先頭を走っている自負がありますので、これはなんとか社会実装を急いで、実用化につないでいく、コストを下げていく。この技術での勝負をしたいと思っています。化石燃料が悪いのではなくて、CO2がいけないわけです。CO2を出さない技術で化石燃料も使いながら次の時代をつくるというのが、日本の大きな目標です」

河野キャスター「資源が乏しい日本はこれまでも、エネルギー安全保障の重要性が指摘されてきましたが、今回のような有事においては、それがいかに危うく、もろいものかを痛切に感じます。この冬の電力需給のひっ迫にそなえるため、国は最大9基の原発を再稼働する構えですが、原子力政策をめぐっては、国民的な議論が続いています。国がどんな姿勢で臨んでいくのか、厳しく問われることになります。世界では、脱炭素という大きな潮流も加速しています。今回のエネルギーショックを通して見えてきた世界の現実や、日本の課題を踏まえた上で、将来のエネルギー戦略をどう描いていくのか。私たちは、未来を左右する重大な転換点に立っているのです」