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9.11 閉ざされた真相 〜遺族と国家の20年〜

NHK
2021年9月16日 午後3:12 公開

番組のエッセンスを5分の動画でお届けします

(2021年9月11日の放送内容を基にしています)

<同時多発テロ事件 アメリカに与えた衝撃と疑惑>

2001年9月11日、次々とハイジャックされた4機の旅客機が世界貿易センタービルなど、アメリカの中枢に突っ込み、日本人24人を含む2977人が犠牲となった。

首謀者は国際テロ組織アルカイダを率いるオサマ・ビンラディン容疑者。その殺害をもって事件は終結したかに思われてきた。

しかし、遺族たちにとって事件はまだ終わっていない。これほど大規模なテロ計画をアルカイダが単独で実行できたのか。疑いの目を向けるのは、石油と安全保障でアメリカと深く結びつく中東の同盟国・サウジアラビア。19人の実行犯を背後で支援していたと主張。裁判で真実を明らかにしようとしている。

しかし、遺族の前に立ちはだかってきたのが国家の壁。

自国・アメリカの政府が、サウジアラビアと事件との関わりを調べた資料の開示を拒み続けてきたのだ。見えてきたのは、国家の利益が絡み合う中で生まれた、アメリカとサウジアラビアの特殊な関係。

アフガニスタンやイラクなど、アメリカがテロとの戦いに突き進むきっかけとなった、同時多発テロ事件。

真相を求め、国家と対じしてきた遺族たちの闘いを見つめる。

<癒えない悲しみ>

事件で家族を失ったひとり、テリー・ストラーダさん。夫のトーマスさんは、北タワーの最上階に近い104階で、証券会社の社員として働いていた。

テリーさん「あなたがいなくなってどうしようもなく寂しいと、いつも話しかけています。あんなことが起こらなければよかったのに。本当に残念で、残念でなりません。家族にあんなことが起きるなんて。もう20年もたつなんて信じられません」

事件の3日前、7歳だった長男が撮影した映像。次男の誕生を家族で祝っていた。

子どもたちを入浴させるのを楽しみにしていた夫。あの日の朝も、「早く帰ってくる」と約束して家を出た。その数時間後、職場からかかってきた電話でテリーさんは事件を知った。

テリーさん「慌てふためく大勢の声の中から、夫が『テリー、飛行機がビルにぶつかった』と叫ぶのが聞こえました。私は小型機ぐらいにしか思いませんでした。煙と炎が迫っているので階段に向かっていると、夫は言いました。『愛してる、さようなら』と言って電話を切りました。そして、1分もたたないうちにテレビで映像が流れ始めたのです」

テリーさん「子どもたちは悲しくて、夜も眠れずにいました。片ときも悲しみから逃れることができませんでした。生まれたばかりの子どもも抱えていました。私たちの暮らしは粉々にされてしまって、それをいちから立て直さなくてはならなかったのです」

<浮上したサウジアラビア関与の疑惑>

夫はなぜ、命を奪われなければならなかったのか。

事件の真相を知りたいと、テリーさんはこれまであらゆる報道に目を通してきた。事件の直後からメディアが繰り返し報じていたのが、サウジアラビアが関与していたという疑惑。実行犯19人のうち、サウジアラビア人が15人もいたのは、単なる偶然ではないーーー。 この国の何者かがテロを背後で支援していたのではないかと、疑いの目が向けられていた。しかし、サウジアラビアと事件との関わりを示す情報は明かされてこなかった。

事件から2年。独自に調査をしてきた議会は報告書を公表。実行犯の足取りや事件の経緯、情報機関の対応などを832ページにわたって検証した。そこには何も記されていない「空白の28ページ」があった。サウジアラビアの関与について調べた部分が、すべて非公開とされたのだ。

決定を下したのは、当時のブッシュ大統領。国家の安全保障に悪影響を及ぼすためとして、機密に指定した。

ブッシュ大統領(当時)「この文書の内容を明らかにすれば、情報源や調査方法が明らかになってしまう。私自身と政府の判断で、テロとの戦いに有害になると考える」

その1年後、ブッシュ政権は、事件を総括する最終報告書を公表。サウジアラビア政府やその高官が、アルカイダに資金を提供した証拠は見つかっていないとした。

政府は真相を隠ぺいしているのではないかーーー。テリーさんはみずから立ち上がることにした。遺族の中で中心的な役割を担い、政府に対して情報を開示するよう働きかけるようになった。

テリーさん「テロとは臆病者が無実の人を狙う卑劣な行為です。私たちは声を上げ行動しなければなりません」

<開示を拒んだアメリカ政府 その理由とは>

政府はそれでも、「空白の28ページ」の内容を明かそうとはしなかった。一体、なぜなのか?

ブッシュ政権でパウエル国務長官の首席補佐官を務めたローレンス・ウィルカーソン氏。政権の内部でも、テロ事件の直後からサウジアラビアを疑う声があったという。

ウィルカーソン氏「最初に浮上した国がサウジアラビアでした。多くの実行犯の出身国だったからです」

しかし、そうした意見を口にすることさえ許されない雰囲気があったという。

イランやイラク、シリアなど反米感情が根強くあった当時の中東で、アメリカはサウジアラビアを戦略の要と位置づけていた。その後のイラク戦争を見据えていたブッシュ政権にとって、サウジアラビアの協力は欠かせないものだったという。

ウィルカーソン氏「サウジアラビアには基地や兵たん施設などがありました。湾岸諸国の中でも最大の支援をしてくれるサウジアラビアの協力を取り付けることが重要でした。誰も疑惑について話したがりませんでした。口にしたとしても、すぐに打ち切られてしまったのです」

<勝ち取った“28ページ”の開示 深まる疑惑>

テリーさんは、国家の壁にあらがい続けていた。支えとなっていたのは事件当時は幼かった子どもたちだ。

政府が、空白の28ページをようやく明らかにしたのは、事件から15年後。当時のオバマ政権が議会からの要請を受け、機密の解除に応じた。

開示された28ページには、サウジアラビアとテロ事件の関わりについて議会が行った踏み込んだ調査の結果が書かれていた。特に詳しく調べていたのは、サウジアラビア政府とつながっている可能性がある個人。実行犯のうち数名を支援していたと断定していた。その一方で、サウジアラビア政府と実行犯の結びつきについては、十分に分かっていないとした。

議会は数々の疑惑を指摘しながら、それ以上は自分たちの活動範囲ではないとして、真相究明に至る前に調査を終えていた。

<再調査に乗り出した元FBI捜査官>

事件の真相は自分たちの手で明らかにするしかないーーー。サウジアラビア政府の責任を裁判で問おうと、遺族らが立ち上がった。証拠を集めるために協力を求めたのが、かつてFBI=連邦捜査局でテロ事件などに関わった元捜査官たち。

そのひとりが4年前に退職したケネス・ウィリアムズ氏だ。政府の庁舎を狙った大規模なテロ事件などを粘り強い捜査で解決に導いてきた。

FBIの捜査官には退職後も守秘義務が課され、捜査で知った情報を口にすることはできない。そのため、公開された資料などから手がかりを探し、事件をいちから調べ直そうとしている。

ウィリアムズ元捜査官「FBI捜査官にとって正義を果たすことが最も重要です。しかし、遺族たちにはその正義がもたらされていません。これは未解決の殺人事件です。何もしないわけにはいかないのです。すべての手がかりを洗い直して、テロを支援した連中を裁きにかけない限り、正義を果たしたとは言えません」

<謎の人物 バイユーミー氏>

ウィリアムズ元捜査官が追っているのは、開示された28ページの中で、最も焦点を当てられていた人物のひとり。オマル・バイユーミー氏。サウアラビア出身で、当時42歳。

19人の実行犯のうち、ナワーフ・ハーズミーとハーリド・ミフダール、2人の容疑者を支援していた。英語をほとんど話せず、土地勘もまったくなかった2人のために、アパートの契約をしたり、銀行口座を開いたりしたときに手助けをしたことが分かっている。2人との出会いについては、“偶然だった”と証言している。

事件の数か月前に、アメリカから出国。FBIから複数回聴取を受けたが、罪には問われなかった。バイユーミー氏とサウジアラビア政府の間に、つながりがあることを証明できれば、国家としての責任を問うことができるのではないかーーー。ウィリアムズ元捜査官はこの日、当時のサウジアラビア総領事館へと向かった。裁判での証拠を集めるため、これまでも重点的に調べてきた場所だ。

総領事館に注目するのは、バイユーミー氏の友人が一緒に行ったことがあるとかつて証言していたからだ。ここでなら政府とのつながりを見つけられるかもしれないと考えた。ウィリアムズ元捜査官は、2人が訪れた時の行動を、友人の証言どおりに再現した。報告書には現場で検証をした記載がなかったためだ。

ウィリアムズ元捜査官「バイユーミー氏が車を止めたのは1階のこの部分です。この点が非常に重要です。なぜならここは、サウジアラビア政府の上級職員用の駐車場だったからです」

バイユーミー氏が車を止めたというこの場所。関係者の話から、総領事館の限られた職員しか止められない駐車場であることが分かった。車を止めてこの入り口から中に入ったというバイユーミー氏と友人。しかし一般用の玄関は、その反対側にある。2人が入った場所は通常、オートロックで閉ざされている。

ウィリアムズ元捜査官「バイユーミー氏はここでインターホン越しに話しました。そうするとドアが開いて、2人は1階のロビーへと向かいました」

友人はこの場所にとどまり、建物の奥へと入って行くバイユーミー氏を見送ったという。

ウィリアムズ元捜査官「彼らがいたのは一般の人には立ち入りが厳しく制限されたエリアでした。バイユーミー氏が軽くことばを交わしただけで入れたというのは、その資格を与えられていたということです」

友人の供述には、もうひとつ手がかりとなる情報があった。スーツ姿の3人の男たちの存在だ。総領事館の関係者しか立ち入りが許されないエリアに入ったときにこの男たちが現れ、バイユーミー氏にあいさつをしたというのだ。

ウィリアムズ元捜査官「バイユーミー氏は、ありきたりの訪問者ではありませんでした。サウジアラビアの一般市民としてビザの更新や、書類の受け取りのために来たのではなかったのです」

不可解な点が残されているにもかかわらず、なぜ政府は徹底して調査をしなかったのか。ウィリアムズ元捜査官は、疑問を感じていた。

<疑いをもたれたサウジアラビアとは>

遺族や元捜査官らが、疑いの目を向けるサウジアラビア。イスラム教発祥の地で、メッカとメディナ、2つの聖地がある。歴代の国王は"二聖モスクの守護者"を自認し、イスラム世界で指導的役割を担うことを目指してきた。

ビンラディン容疑者とアルカイダの取材で知られる、ジャーナリストのアブデルバーリー・アトワーン氏。東西冷戦の時代、サウジアラビアはその存在感を示すため、アメリカとの絆を深めていったという。

アトワーン氏「サウジアラビアは、反共産主義を掲げるアメリカとヨーロッパの側につきました。イスラム教の教えを厳格に守る国として、共産主義者をアラーを否定する無神論者だとみなしたからです」

アメリカとの利害が一致したのが、1979年に始まった、旧ソビエトによるアフガニスタン侵攻。サウジアラビアからは、同じイスラム教徒を救おうと、多くの義勇兵が現地へと向かった。ビンラディン容疑者も、そのひとりだった。戦いを後押しするため、義勇兵たちに資金や武器を与えていたのが、サウジアラビアとアメリカだったという。

アトワーン氏「主要な同盟国で、保護者でもあるアメリカは、ソビエトへの対抗を決意していました。アフガニスタンからソビエトを駆逐するため、サウジアラビアに義勇兵を募り、派遣するよう求めました。当時、サウジアラビアの王族は、2つの目標を掲げていました。アメリカの要求に応えながら、同時に国内の過激な集団をなだめようとしていたのです」

安全保障の面でも、アメリカは欠かせない存在となっていく。1991年に起きた湾岸戦争。サウジアラビア政府は、国境近くまで軍を進めるイラクから自国を守るため、アメリカ軍の国内駐留を認めた。

しかし、この決定が、多くの国民の怒りを招くことになった。そのひとり、サアド・ファキーフ氏。国王に抗議文を提出したところ逮捕され、国外追放処分となった。二聖モスクの守護者を自認してきた国王が、なぜ異教徒の軍に助けを求めるのか。アメリカに依存するあまり、最も大切にすべきイスラムをないがしろにしていると受け止めたのだ。

ファキーフ氏「それまでは、異教徒の兵士などひとりも入れてこなかったのに、50万人のアメリカ兵が二大聖地の国に足を踏み入れたのです。若者たちは駐留を占領と受け止め、衝撃を受けました。ソビエトと戦ってアフガニスタンを解放した自分たちが、なぜアメリカ軍を受け入れ、耐えなければならないのか。サウジアラビアはアフガニスタンよりも聖なる土地であるのに」

国民の怒りの矛先をアメリカに向けたのが、アフガニスタンでの戦いで支持を集めていたビンラディン容疑者だった。聖地を汚すアメリカ人に対するジハード=聖戦を呼びかけたのだ。

ビンラディン容疑者(「対米ジハード宣言」1996年)「信仰についで重要な義務が、敵であるアメリカ人を聖地から駆逐すること以外にはありえない。彼らと戦うがよい。アラーは汝(なんじ)らの手で彼らを罰し、そして信者たちの胸を癒やしてくださろう」

サウジアラビア政府は、アメリカとの関係や同時多発テロ事件への責任をどうとらえているのか。

初代国王の孫に当たるトゥルキー・ファイサル王子は長年にわたり情報機関のトップを務め、事件の経緯をよく知る人物だ。

トゥルキー・ファイサル王子「まず最初に申し上げます。テロ事件はサウジアラビアが、永遠に背負い続けなければならない汚名だということです。同時多発テロ事件を思い返すとき、誰しもが我が国のことを考えるからです。しかし私たちは被害者であり、ビンラディンを背後で支援したことはありません」

テロ計画を支援したことはないと断言した。

トゥルキー・ファイサル王子「我が国には何も隠すことはありません。アメリカが情報を開示したければ、すればよいのです。誰もが血眼になって我が国に不利な証拠を見つけようとしましたが、何も見つかりませんでした。開示すべきものがもっとあるのなら、今すぐすればよいのです」

<実行犯らの前に現れた“謎の3人組”>

事件の調査が終わったとされていたアメリカで5年前、新たな事実が明らかになった。FBIが、10年近くにわたって、ひそかに事件の捜査を続けていたのだ。

対象となっていたのは実行犯2人を支援していた、あのバイユーミー氏だった。バイユーミー氏の周辺を調べ直しているウィリアムズ元捜査官はこの日、FBIもかつて捜査していた飛行訓練学校を訪ねた。ハーズミーとミフダール、2人の容疑者が通っていた場所だ。

2人を担当した教官は、個性的な生徒が入ってきたと思ったという。

教官「あるとき着陸しようとしていたら、後部座席に座っていたミフダールが、大声でアラーに祈り始めた。おもしろいことをするものだと、操縦中なのに後ろを振り返った」

そして教官は公開されている捜査資料には書かれていない情報を話し始めた。

教官「あるとき実行犯たちが入ってきて、『会ってほしい人がいる』と言い出した。すると3人の男たちが入ってきて、いくつか質問を受けた」

ウィリアムズ元捜査官「どんな質問だった?」

教官「2人の実行犯を通して『この人が君たちの教官か』と聞いていた」

教官が会ったという3人の男たち。黒い高級車で乗り付け、3人とも黒いスーツを着ていたという。

ウィリアムズ元捜査官「男たちはどんな見た目だった?」

教官「明らかに中東系で短い黒髪で年齢は35歳から40歳ぐらいだった」

ウィリアムズ元捜査官「男たちが何者か、実行犯は話した?」

教官「授業を受けているか確認しにきただけだと言っていた。訓練は進んでいるか、教官は誰か確認していたそうだ」

ウィリアムズ元捜査官「なるほど興味深い」

飛行訓練学校に来たという、3人の男たち。サウジアラビア総領事館で、バイユーミー氏の前に現れた3人の情報と重なった。実行犯2人とバイユーミー氏を監督していた、サウジアラビア政府の関係者ではないかーーー。真相究明のための、大きな手がかりが浮かび上がろうとしていた。

ウィリアムズ元捜査官「潜水艦のように見え隠れする3人組が何者かは分かっていませんが、明らかに実行犯を支援するメカニズムが存在していました。真実に近づいていると確信しています。事件はやはり終わっていないのです」

<疑惑はサウジアラビア政府職員にも>

遺族たちがサウジアラビア政府を相手取って起こしている裁判。今年、審理を前にした関係者の宣誓供述が行われた。秘密の保持が徹底され、内容は遺族にも明かされていない。

原告を束ねる、アンドリュー・マロニー弁護士は、サウジアラビア政府で働く個人の関与を立証できれば、政府の責任を問うことが可能だと考えている。

マロニー弁護士「圧倒的な証拠をもって、サウジアラビア政府によるテロ支援を証明する必要があります。政府職員全員や国王である必要はありません。管理職クラスの誰かがテロに関わっていたという証拠が必要なのです」

裁判を有利に進めるために弁護団が最も重視しているのが、5年前にその存在が明らかになったFBIの捜査資料だ。名前の伏せられた何者かが、バイユーミー氏に指示を与えていたと書かれていたのだ。去年、その人物の名前が明らかになった。ムサーイド・ジャッラー氏。事情聴取を受けたが、逮捕はされていない。

マロニー弁護士「ジャッラー氏は、地位の高い政府職員です。ワシントンのサウジアラビア大使館で外交官として勤務していました。バイユーミー氏のような公的な肩書きのない人物を監督する権限がありました。政府の責任を問う上でかなり重要な点です」

ジャッラー氏については、ほかにも分かっていることがある。テロ事件の1か月前、アメリカ国内のモスクに100万ドルを寄付したと、サウジアラビアの新聞が報じていたのだ。そのモスクはニューヨークから車で30分の場所にあった。100万ドルの使い道についてモスクの幹部は、「20年前とは体制が変わっているので、把握していない」としている。

その一方、疑念を抱かせる事件があった。テロ事件の翌年、モスクの指導者が65万9千ドルを海外に不法に持ち出そうとして起訴され、有罪判決を受けていたのだ。

この人物は、アルカイダに資金を提供していた慈善団体と密接に関わっていたとも指摘されていた。

サウジアラビア大使館の職員ジャッラー氏が、アルカイダに資金を提供する目的でモスクに寄付をしていたかは分かっていない。

<資料の開示を求め続ける遺族たち>

バイユーミー氏とジャッラー氏の関係を明らかにした、FBIの捜査資料。5年前に明らかにされたのは、わすか4ページ。このほかにも大量の資料があるとされており、その数は数千ページにのぼるとも言われている。

2年前、テリーさんはホワイトハウスでトランプ前大統領と面会。一度は、資料を開示するという約束を取り付けた。

しかし、翌日にほごにされた。理由はこのときも「国家の安全保障」だった。

結婚して、去年から実家を離れて暮らす娘のケイトリンさん。母が今後も事件に縛られ続けることを心配している。

ケイトリンさん「家庭をもって新しい生活を始めると、以前より母のことを思うようになりました。母がどれだけ父を愛していたかも分かります。娘だから言えます。母は答えを手にするまで、決して諦めません。いつか努力が実を結び、人生の次のステップに踏み出せることを願っています」

<立ちはだかる国家の壁>

アメリカ政府が遺族の求めを拒み、情報の開示を避け続けてきたのはなぜか。

パウエル元国務長官の首席補佐官だったローレンス・ウィルカーソン氏。ポストを離れたあとも、アメリカの外交と安全保障を研究してきた。

世界最大の武器輸出国であるアメリカ。サウジアラビアはこの5年間、その4分の1を購入する最大の取引先だった。テロとの戦いが始まってから取引額は急増し、一時は100倍近くにまで膨れあがった。

アメリカは事件の真相究明よりも国益を優先してきたと、ウィルカーソン氏は指摘する。

ウィルカーソン氏「サウジアラビアは重要で関係を壊すわけにはいかなかったのです。オイルマネーはアメリカの政界に流れ込んでいます。サウジアラビアがその金で大量の兵器を購入すれば、アメリカで雇用が生まれます。何十億ドル分もの武器を購入してくれるサウジアラビアがなければ、軍需産業の存続は困難になり、アメリカ経済は事実上、破たんするでしょう。言いなりになる相手とは、鼻をつまみながらでも手を握り続けるのが大国です。全体主義や専制主義の国であっても、我々のために何をしてくれるのかに関心があるのです」

<“人生の次のステップを踏み出せるように” 遺族たちの訴え>

先月、テリーさんは、ワシントンへと向かった。20年を区切りに事件を終わらせたいーーー。すべての遺族の思いをことばに込めた。

テリーさん「私は北タワーが倒壊するのを見ました。3人の子どもの父親である夫の命が、目の前で消えていきました。20年後の今も、政府は19人の実行犯のうち15人を生み出したサウジアラビアを守り続けています。偽りの正義は終わらせなければなりません。私たちが人生の次のステップを踏み出せるように」

先月、アフガニスタンから軍を撤退させたアメリカ。テロ事件の直後から続けてきた、「史上最も長い戦争」に終止符を打った。

しかし、かつてアルカイダをかくまったタリバンは勢いを増し、過激派組織・ISがテロを繰り返している。

取り残されるアフガニスタンの人たち。出口の見えない混乱に直面している。

同時多発テロ事件を過去のものとし、新たな時代へ進もうとするアメリカ。バイデン政権は捜査資料の機密を解除できるか、検討する方針を示した。しかし、国家の安全保障に関わる部分について、機密を維持する方針に変わりはない。すべての真相が明らかになるのは、いつなのか。遺族たちは、その日を待ち続けている。