緊迫ウクライナ ~瀬戸際の国際秩序~(前編)

NHK
2022年3月3日 午後6:24 公開

(2022年2月27日の放送内容を基にしています)

<緊迫ウクライナ 瀬戸際の国際秩序>

砲弾におびえる夜が続いています。平和な日常を突然絶たれたウクライナ。命の危機にひんする女性や子ども達の姿がありました。

「大きな爆弾の音で目が覚めた。戦争だってわかっている。死ぬのは嫌だ」

世界のリーダーや識者の多くが見通せなかったロシアによる突然の軍事侵攻。世界の秩序がいま大きく揺らいでいます。

首都キエフでは今も市街戦が続き、2月26日(2022年)の時点で子どもを含む198人が亡くなりました。国連は国外に逃れる人が400万人に上る恐れがあると警告を発しています。

ウクライナによって虐げられたロシア系住民を保護するという名目で軍事侵攻に踏み切ったロシア。第2次世界大戦でナチスドイツがポーランドに侵攻した時以来の衝撃だとする声も上がっています。

長年築いてきた国際協調体制が瓦解し、力で現状変更を迫る時代になるのではないかと、専門家の間で懸念が広がっています。

アメリカやヨーロッパ各国は、最も厳しいとされる経済制裁で合意。ウクライナに対する武器の供与も拡大させています。

世界は危機を食い止めることができるのか。

緊迫するウクライナ、ロシアの軍事侵攻の行方を探ります。

鴨志田キャスター「『私は完全に読み誤っていた。ロシアがウクライナに本気で侵攻するなど、最後まで信じていなかった』。これは国連のグテーレス事務総長の発言です。世界の大方の予想に反して、ロシア軍が大規模侵攻に踏み切って3日が過ぎました(2022年2月27日現在)。今や首都キエフの近郊に集結し、市街戦にまで発展する様相を見せています。外交を通じた事態の解決を模索してきた国際社会では、プーチン大統領の暴走を前に、衝撃と怒り、そしてこれまで世界が寄って立ってきた国際秩序が、音を立てて崩れていくことへの不安も広がっています」

和久田キャスター「きょうはこの危機が世界に、そして私たちに何を突きつけているのか。ウクライナをはじめとする各地の取材から見ていきます。まずはモスクワ支局の権平さん、現在の最新状況を伝えてください」

権平モスクワ支局長「ロシア軍は首都キエフの掌握に向けて攻勢を強めています。また北東部にある第2の都市ハリコフでは戦車部隊が中心部に侵攻し、ウクライナ軍との間で激しい戦闘になっている模様です。ロシア国防省は民間の犠牲はないと主張していますが、国連の機関は、ウクライナ側の民間人の死者は少なくとも64人に上るとしています。インフラ施設も攻撃の対象となっていて、ハリコフでは27日(2022年2月)、ガスパイプラインが爆破されたという情報も伝えられています」

権平モスクワ支局長「プーチン政権は兵力で見ると、ウクライナ軍の4倍を超える圧倒的な軍事力の差で侵攻という暴挙に出ながら、非軍事化とNATO加盟阻止につながる中立化という条件を突きつけ、27日には、ロシア寄りの隣国ベラルーシに交渉団をすでに派遣したとしています。力を持ってあくまで自分に有利な形での交渉を迫り、ウクライナのゼレンスキー大統領がこれに応じなければ、それを口実にさらに攻勢を強める可能性があります。しかし、ウクライナの軍や志願兵が徹底抗戦の構えを見せる中で、戦闘が長引けば事態が泥沼化し、犠牲者や難民がさらに増えることが懸念されます」

和久田キャスター「ロシアによる攻撃が続くウクライナ。現地では、今何が起きているのか、取材しました」

<ロシア軍事侵攻 現地の市民はいま>

突然、故郷が戦場となりウクライナを後にする人々。不安、そして怒りが渦巻いていました。

「ウクライナで平穏に暮らしたいだけなのに、プーチンは頭がおかしいよ」

ロシアは、「ウクライナ東部で迫害を受けるロシア系住民を守るための作戦」として、ウクライナを占領するつもりはないとしていました。

しかし、25日(2022年2月)。ロシア軍は突如、首都キエフに攻撃を開始しました。独立国としての主権と領土を侵害されたウクライナ。世界屈指の軍事力を持つロシア軍に対し、徹底抗戦の意志を示しています。

ゼレンスキー大統領「私はここにいる。武器を捨てない。自分の国を守る」

臨時に設けられた志願兵の登録場所には、女性や高齢者も含む多くの市民が集まっていました。突然、戦火の中を生きることになったウクライナの人々。

キエフで起きていることを伝えたいと記録を始めた女性がいます。キエフで生まれ育ち、現在は動物病院で働くニーナさん、24歳です。多くの友人が避難する中、母と2人で自宅にとどまることにしたニーナさん。食材の入手も難しくなり、いつ底をつくか不安を感じていました。夜は砲撃を恐れ、眠る場所を窓際から玄関に移しました。

ニーナさん「たった今爆発音が聞こえた。夜はほとんど眠れなかった。爆撃がいつあるか怖くて、手が震えて心臓が破裂しそう」

ニーナさん「私も何かしなければと思うけど、母を残しては行けない。兵士のための採血団体が来た時は、たくさんの人が集まって献血した。黙っているわけにはいかない」

アメリカ軍やNATO軍から直接、軍事的な支援が受けられず、孤軍奮闘するウクライナ軍。そうした中、ニーナさんはSNSにロシア人に向けたメッセージを残していました。

「今立ち上がらなければ、一生責任を負うことになる」

この状況を打開するために、ロシア人に声をあげてほしいと訴えたのです。

ニーナさん「ウクライナの軍人は自分の国のために死んでいる。ロシアの軍人は何のために死んでいくの?何のために戦っているのか分からない。ロシア人の中には『これは政治のせいだ』として黙っている人もいるけど、それでは何も変わらない」

ロシアとウクライナの亀裂が深まるきっかけは2014年。ウクライナでロシア寄りの政権が倒れると、プーチン大統領がクリミア半島を一方的に併合。その後も、ウクライナ東部でロシアを後ろ盾にした親ロシア派の勢力による武装闘争が続き、亀裂はさらに深まっていきました。

ウクライナの状況が正しく伝えられないことに、もどかしさを抱えてきたニーナさん。   ロシアの一般市民の常識に訴えることで、事態を何とか動かしたいと願っています。

ニーナさん「爆撃音でたたき起こされSNSを見ると、ロシア人の投稿の中に『誰が悪くて誰が正しいか分からない』というコメントがあって苦しくなる。今こそロシア人も声をあげてほしい。彼らの中にもこの戦争に反対している人が多くいると信じたい」

<軍事侵攻の裏側で 激化する情報戦>

一方のロシア。国営テレビはキエフへの軍事侵攻や住民の被害については、ほとんど触れていません。「ロシア系住民が殺害されている」と、ウクライナ側を批判するロシア政府の主張を伝えています。

プーチン大統領「(ロシアが現地で戦っているのは)ウクライナのナショナリストの集団で、彼らがウクライナ東部で住民のジェノサイドを行っている」

インターネットには、真偽が不確かな情報が出回っています。キエフへの侵攻が間近とされた2月25日(2022年)には、「ゼレンスキー大統領が逃げた」という情報も広がりました。大統領は即座に動画を投稿、情報を強く否定しました。

ゼレンスキー大統領「みなさん、こんばんは。国の指導部はここにいる。首相もここに。大統領もここにいる」

軍事侵攻のかたわら、ロシアが繰り広げる情報戦。2014年に起きたウクライナ東部の戦闘でも繰り広げられました。双方の衝突が激化し、死傷者が増えると、一方的に「ジェノサイドだ」と決めつけ、ウクライナへの憎悪をあおったのです。

「(ウクライナ軍による)無差別殺人だ。大量虐殺だ」(ロシア国営テレビ)

「ウクライナの民族主義者が死者をあざけるように撮影しています。最初に建物に入ったのは警察でも消防士でもなく、虐殺者でした」(ロシア国営テレビ)

この危機の時にオバマ政権の 副大統領だったバイデン氏。今回、軍事侵攻の前から、ロシアの情報戦に対抗してきました。2月3日(2022年)にはロシアが侵攻の口実を作るために、映像をねつ造している可能性に言及しました。

アメリカ国務省・プライス報道官「ロシアが侵攻の口実として、ウクライナ軍による攻撃をねつ造することを計画しているという情報がある。そのひとつは宣伝工作のための映像の制作だ」

さらに、本来は表に出すことのない軍事機密も積極的に開示。ウクライナ国境付近に展開するロシア軍の兵力や、侵攻の時期などをあえて公開し、手の内をさらす対応に乗り出したのです。           

バイデン大統領「我々が把握するあらゆる兆候は、ロシアがウクライナに侵攻する準備ができているというものだ」

バイデン政権の対ロシア政策に詳しいアンドリュー・ワイス氏は、アメリカは高い諜報能力で、ロシアの戦略を食い止めようとしてきたといいます。

アンドリュー・ワイス氏「バイデン政権は2021年10月になって、初めてプーチン大統領が戦争の準備を進めているという情報を入手しました。その企てを阻止するために全力を注いできたのです」

また、アメリカ国防総省の元国防次官エリック・エーデルマン氏は、軍事機密をさらし、ロシア側を驚かせることで、次の対応を取るまでの時間を稼いだと分析します。

アメリカ元国防次官 エリック・エーデルマン氏「軍事機密を公開することで相手のスケジュールを狂わせ、再考せざるを得ない時間を与えることにはつながります。また時間を稼ぐことで同盟国と連携して、制裁に取り組むことができるようになったのです」

しかし、それでも、アメリカはロシアの軍事侵攻を止めることはできませんでした。

ウクライナとの戦闘が続く中、いま、ロシア各地では軍事侵攻に対する抗議活動が行われています。

これまで、 プーチン大統領を支持してきた人の中にも不安を覚える人がいます。  与党「統一ロシア」の支持者、ダニール・ゴルバテンコさん(19歳)は、ウクライナの友人とも連絡が途絶え、無事かどうか心配しています。      

ダニール・ゴルバテンコさん「市民が苦しんでいる。私たちの友人や親せきもだ。とても怖い。すべての国の人々が心配している。今後どうなるのか。この戦争がどのような形で終わるのか。少しでも早く・・・早く終わってほしい」

和久田キャスター「ここからはゲストの皆さんとお伝えしていきます。ロシアの軍事や安全保障に詳しい小泉悠(こいずみ・ゆう)さん、ロシアの政治・外交に詳しい畔蒜泰助(あびる・たいすけ)さん、そしてアメリカ外交と国際政治が専門の中山俊宏(なかやま・としひろ)さんです。まず畔蒜さん、今回のウクライナ危機、どう見てらっしゃいますか?」

畔蒜さん「ここまでやるのかと正直、衝撃を受けました。プーチン大統領は、昨年(2021年)の10月以降、ウクライナ国境に軍を集結させている。ただその後、米ロの間で、ロシアの安全保障の懸念を議論する枠組みができ、軍事的な圧力を誇示しながら、それでも最後は外交を中心にやっていくんだと思っていたんですが、こういう形になってしまった。ひとつだけ言えることは、プーチン大統領は冷戦後の30年間で作り上げられてきた安全保障秩序に、明確に挑戦しているということだと思います」

和久田キャスター「小泉さんはいかがでしょうか」

小泉さん「第2次大戦後のソ連時代を通じても、ロシアが行った最大規模の軍事作戦を、今まさにやっているわけです。国境付近に15万人の兵力を集めているわけですが、それを実際に侵攻させてウクライナの首都キエフにもう迫りつつあると。ですから、こういうことは基本的に紛争解決の手段としてやってはいけないんだっていうことになっていたし、まさか21世紀にここまでやらないだろうと多くの人が見ていたわけですけが、その『まさか』ということが今本当に起こってしまっている。ですから、これは規模は限定された紛争であるとか、軍事介入とかではなくて、本当の戦争が始まっているという、非常に大きな契機を目にしていると思います」

和久田キャスター「そしてその戦闘に今まさに市民がさらされているということも含めて、世界に衝撃が走っているわけですけれども、中山さん、今回のウクライナへの軍事侵攻、どう見ていますか」

中山さん「ハイブリッド戦争とか、新しい側面が目立つようですが、実はむき出しの力と力がぶつかり合う、19世紀的な世界に回帰しているっていう、そんな感覚を覚えます。なぜプーチン大統領はここまでやったのかということは、アメリカを彼がどう見ていたかっていう観点から見ていきますと、やはりアフガニスタンの撤退を巡る混乱であるとか、それからやはりバイデン政権が全体として、弱腰だという印象が非常に強いので、やるなら今しかないだろうと。力でもって自分の勢力圏を確立するという、強い信念に突き動かされている感じがしますね」

鴨志田キャスター「中山さん、今回そのアメリカは、あえて機密情報を積極的に開示することでロシアの動きを封じようとして、結果として侵攻は止められなかったんですが、このアメリカの出方、戦略、どうご覧になりますか」

中山さん「非常に異例です。新しいですよね。普通情報っていうのは、開示したくないものですが、とにかく情報を開示していって、次にロシアはこういう行動に出るんじゃないかということを、いわばさらして、そしてロシア側に状況を作ることを止めさせるという、そういう意図だったと思うんですね。私もあのアメリカの情報を見ていて、かなり侵入間近だという危機感をあおるような情報の出し方をしていたので、ここまでさすがにロシアもやらないだろう、と思っていたんですが、今振り返ってみると、アメリカはかなり正確に、単にその部隊の展開ではなく、プーチン大統領の意図も含めて把握していたってことだと思うんです。バイデン大統領はかなり早い段階で、『米軍をウクライナに送らない』と言っていました。プーチン大統領がそこまで確信を持って侵略するという情報をつかんでいるような状況下で、米軍を派遣するということになると、ウクライナはロシアの下腹部みたいなところに位置してますから、そこで核兵器を持った両国が対決するという構図は絶対避けたいということで、『送らない』と言ったんだと思います」

和久田キャスター「そのプーチン大統領、なぜ今このタイミングでウクライナへの軍事侵攻に及んだのか。そして真の狙いは何なのか。その思惑を読み解きます」

<プーチン大統領の悲願 “大国ロシアの復活“>

世界に衝撃を与えたロシアによるウクライナへの軍事侵攻。プーチン大統領の真意をうかがわせるような文書が、2021年の夏、発表されていました。

プーチン大統領みずからが記した長大な論文。1000年以上にわたる歴史を振り返りながら、ロシアとウクライナがいかに深く結びついてきたかを論じています。

「私たちはヨーロッパ最大だった、いにしえの国家の歴史を受け継いでいる。私たちの精神的、人間的、文明的な絆は何百年もかけて培われてきた。その絆は起源を同じくし、共通の試練、成功、勝利を重ねて強化されてきたものだ」(プーチン大統領の論文)

さらに、ウクライナの主権は、ロシアの存在なくしてはありえないと主張しています。

「ロシア人とウクライナ人、ベラルーシ人は、三位一体の民族で、何の違いがあるというのか。ウクライナの真の主権は、まさにロシアとのパートナーシップにおいてこそ存在しうるのだ」(プーチン大統領の論文)

<NATO拡大に募らせた警戒感>

ウクライナへの強いこだわりは、どこから来るのか。

ソビエトの崩壊後、疲弊した国のかじ取りを担うことになったプーチン大統領。一貫して掲げてきたのが「大国ロシアの復活」でした。

そのプーチン大統領が強く警戒してきたのが、アメリカが主導する軍事同盟=NATOの存在です。NATOは東西冷戦の終結後、東へと拡大。ウクライナの西隣にまで迫り、ロシアは自国の安全保障が脅かされていると繰り返し批判してきました。

プーチン大統領「かつてNATOは旧東ドイツより東には拡大しないと約束した。そのNATOはいまどこまで拡大しているのか。つまり我々はだまされたのだ」

ロシアを代表する国際政治学者のドミトリー・トレーニン氏。ウクライナのNATO加盟は、プーチン大統領にとって、絶対に容認できないものだと指摘します。

ロシアの政治学者 ドミトリー・トレーニン氏「ロシアにとっての長期的な問題は、ウクライナがアメリカの事実上の同盟国になってきたことです。モスクワの玄関先に、アメリカの不沈空母のような国が出現すれば、それはロシアにとって“キューバ危機”のようなものなのです」

<ウクライナへの軍事侵攻はなぜ>

クリミア併合から8年。ウクライナの広範囲に軍を進めたプーチン大統領。どんな思惑があったのか。

3年前の2019年、ウクライナではロシアとの対話を掲げるゼレンスキー氏が大統領に就任しました。しかしNATO加盟にあらためて意欲を見せるなど、次第にロシアから距離を置くようになっていきました。2021年夏にはロシアに併合されたクリミアの返還を目指す国際会議を開催。アメリカをはじめ40を超える国などの代表らとともに「ロシアに対して圧力をかけ続ける」などとする共同宣言を採択しました。

ゼレンスキー大統領「きょうからクリミアの解放に向けたカウントダウンが始まる」

プーチン政権の内情を知る政治学者のドミトリー・ススロフ氏は、プーチン大統領は、ウクライナの政権の変化に対し、いらだちを強めていたといいます。そのうえで、対中国に専念するアメリカの足元を見ていると指摘しました。

ロシアの政治学者 ドミトリー・ススロフ氏「バイデン政権は去年、中国の封じ込めに力を集中させる方針を明確にしました。もしヨーロッパで対立が先鋭化すれば、バイデン政権は力を分散せざるをえなくなります。だからこそロシアは、バイデン政権は何らかの譲歩をするだろうと見ているのです」

欧米やウクライナの動きを虎視たんたんとうかがってきたプーチン大統領。去年(2021年)の夏発表した論文では、欧米やウクライナの動きは、ロシアに対する攻撃だとして、いらだちを一段と強めていました。

「欧米はウクライナを危険な地政学のゲームに引きずり込んだ。それはウクライナをヨーロッパとロシアの間の障壁、ロシアに対する前線基地にすることだ。民族的に純粋で、ロシアに攻撃的なウクライナ国家をつくることは、我々に対し大量破壊兵器を使用するに等しい行為なのだ」(プーチン大統領の論文)

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