驚異の庭園 〜美を追い求める 庭師たちの四季〜

初回放送日: 2024年2月11日

海外の日本庭園雑誌のランキングで21年連続1位の島根・足立美術館の庭。日本画の巨匠、横山大観の風景画を現実世界に再現した、白砂に生える松林や人工の滝は圧巻で、5人の庭師が約2000本にものぼる膨大な樹木を葉の一枚まで徹底管理する。2位は日本庭園の傑作と評される京都・桂離宮の庭。400年受け継ぐ技“御所透かし”で、伝統を見事守る。異なる個性の2つの庭園で、美を形にする庭師たちの四季折々の奮闘を追う。

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■まとめ記事

(2024年2月11日の放送内容を基にしています)

この男、永島達二という。キャリア30年の庭師だ。

日本一の庭を造り上げ、お客に見てもらうのが生きがいだという。

永島たち5人の庭師が造り上げた庭が、こちら。

島根県にある足立美術館の日本庭園だ。アメリカの日本庭園専門誌のランキングで、毎年第1位の評価を獲得している。この庭が際立った美しさを放つのは、紅葉の彩りをまとう晩秋。私たちは、永島たちがこの晩秋の庭を造り上げるまでの1年に張り付いた。

<足立美術館 絵画のごとき庭>

島根県安来市の山あいの町、古川町。人口200に満たないこの町に、国の内外から年間45万人が訪れる人気スポット「足立美術館」がある。お目当ては、横山大観をはじめとする日本画の大作と日本庭園だ。特徴は、建物の中からガラス越しに見る風景。庭を絵画のように楽しんでもらおうという、美術館ならではの趣向だ。

今回、特別に庭の全容を撮影することができた。

まずは苔庭(こけにわ)。コケの深い緑と白い砂とのコントラストが美しい。秋には紅葉が彩りを添える。

 

さらに進むと、枯山水(かれさんすい)の庭が眼前に広がる。そそり立つ自然の石は険しい山を表し、そこから流れ出た清流が大河となって海に流れ込む様を、水を使わずに表現している。こうした人工の庭が、自然の山々に見事に溶け込んでいる。

そして庭は、白砂(しらすな)に黒松が生える白砂青松庭(はくさせいしょうてい)へと姿を変える。モチーフは、横山大観が理想の海岸の風景を描いた名画だ。

絶妙な位置にある滝(下画像)も、大観の絵を模して、人工的に造ったものだという。

横山大観は、明治、大正、昭和と、日本が近代化を突き進んだ時代に、自らが理想とする自然の風景を描き続けた。

その大観の作品コレクターとして知られた実業家の足立全康が、この庭を造った。

1970年、生まれ故郷の自然を背景に、大観の日本画の世界を再現し、理想の空間を創ろうと試みた。

足立全康「自然と人工の美の調和。こういうものをして世界に日本の力を示したい。私の夢だ」

自然と人工の調和。その象徴が、この風景だ。まるで山裾まで続いているかのような庭園。

カメラを少し移動させて見てみると、実は庭はこのラインまで(下画像)。すぐ外には道路が走り、それに沿って第2の庭とも言える横長の「植林帯」が設けられている。この植林帯こそが、奥の広い道路や田んぼを見せない“舞台装置”だ。人の手で造られた庭と自然の山々の緑とをつなぎ、壮大なパノラマをつくり上げている。

さらに足立全康は、窓枠で庭を切り取ることで、あたかも額縁に入った立体絵画のように楽しめる仕掛けも導入した。

この日本画のごとき庭は、アメリカの日本庭園専門誌が主催するランキングで、2003年以来、連続第1位の評価を獲得してきた。その立て役者となってきたのが、この庭の守人(まもりびと)である庭園部、美術館専属の庭師たちだ。

<秋 落ち葉との戦い>

おととし(2022年)11月。

1年にわたる密着取材を始めた私たちは、早くも庭園部の仕事ぶりに圧倒されることになった。

当時庭園部の部長だった小林伸彦さんは、日本庭園ランキングで日本一の連続記録を更新してきた。その小林さんが定年退職を数日後にひかえた朝のことだ。

小林伸彦部長(当時)「これは大変。きょうは。ちょっと汚すぎてね」

前日の夜から未明にかけて、突然の暴風が吹き荒れ、モミジをまき散らしてしまった。自然とは、時に悪さもする気まぐれな存在だ。

小林さん「しかたがないです。やるしかない」

時刻はもう朝7時半を過ぎている。開館する9時までに、庭を完璧な状態に仕上げなければならないという。

永島達二課長(当時)「ちょっと邪魔です。すみません。時間がないので」

庭園部の課長・永島達二さんは、小林さんの退職後に庭園部長の大任を引き継ぐ、次期リーダーだ。永島さんは松江の農林高校を卒業。庭師歴30年。さすがに手早い。

庭づくりは「掃除に始まり、掃除に終わる」という。落ち葉一つ見逃さない目配りと、お客のためには手を抜かないプロとしての姿勢が、掃除で試される。

掃除を始めて1時間半足らず。サッカーのグラウンド2面分の庭を見事に仕上げた。

来館客「ちりひとつ落ちていない感じ。きれい」

来館客「枯れ葉が落ちていないのが不思議なくらい」

完璧につくり上げてこそ、理想の日本庭園。「落ち葉もまた風流」なんて考えは、彼らにはない。

永島さん「ちょっとピリピリしていてすみません。お客さん一番なので」

小林さんの退職後、永島さんが率いる庭園部は5人となった。

1年後の紅葉の季節に向け、およそ2000本の樹木を手入れしなければならない。

一方、ランキング連続日本一の評判で来館者を増やしてきた美術館。庭園部に対する記録更新へのプレッシャーは、年々高まるばかりだ。

永島さん「ランキングのためにやっているわけではない。 僕らは。きょう来られたお客さんのためにしています。でも20年も来てしまいましたよね・・・頑張るしかない」

<アメリカ専門誌 日本庭園ランキング>

「日本庭園ランキング」を主催するアメリカの専門誌「Sukiya Living Magazine(スキヤ リビング マガジン)」。その編集部を訪ねると、そこは意外にも森の中の一軒家でした。

編集長のダグラス・ロスさんは、40年前に海軍士官として来日。そのとき訪れた日本庭園に心を奪われ、1998年に雑誌を創刊しました。いまでは、購読者は世界37の国と地域に広がっています。

ダグラスさんは、定期的に日本の剪定(せんてい)技術を教えるワークショップも開催しています。「人の手が加わることで、自然はより一層輝きを増す」という日本庭園の思想を伝えようとしています。

ワークショップ参加者「アメリカでは、“木が枯れないように切る”だけです。日本の剪定(せんてい)のように“木をより美しく見せるために切る”という考え方はないです」

雑誌の人気企画が毎年12月に発表している「日本庭園ランキング」。庭園のプロの視点で日本庭園を独自に評価しようと、2003年に始めました。審査員は、読者の中から選ばれた世界各地の数十名の専門家たちです。イスラエルの審査員から送られてきたリストには、実際に訪れた100か所以上の日本庭園の評価が記されていました。1位に100点、2位に99点と、各審査員がつけた点数を合計し、歴史や知名度を問わず順位を決めます。

審査員のひとりを訪ねました。チェコで造園会社を経営するパベル・チーハルさんです。プラハにある世界遺産の庭園の修復を手がけました。自宅の庭はなんと、自ら設計して造った日本庭園です。

パベル・チーハルさん「こちらは枯山水(かれさんすい)の庭。自然の石の配置がなかなか見事でしょう」

30年前に日本を訪れた際、日本庭園に魅了され、その後夫婦で250を超える庭園を訪問。日本人の自然に対する考え方に、心ひかれていきました。

パベル・チーハルさん「日本庭園がユニークなのは、大自然の景色を『庭』という限られた空間で再現している点です。流れる水や石、小道など、それぞれの要素が結びついた一つの洗練された世界にいるようで、本当に落ち着きます。まるで、めい想をしているような感覚を味わえるのです」

<桂離宮 400年の技を受け継ぐ>

京都・桂離宮は、自然と人工の調和を追求する日本庭園のひとつの集大成だ。江戸時代初期、戦乱の時代が終わり、世の中が平安を取り戻しつつあったころ、八条宮家の別荘として造営された。それから400年、創建当時の姿を今日に伝えている。日本庭園の最高傑作として海外でも広く知られ、かのランキングでは毎年2位。足立美術館と人気を二分している。

桂離宮の魅力は、庭の中を歩いてこそ分かるという。

早速歩いてみたが、奥の松の木や生け垣で隠されて、庭はよく見えない。

風情のある小さな橋を渡ると、右手に池が見えた。

いやが応にも期待は高まるが、風景はまたすぐに隠されてしまう。「秘すれば花」ということか。

じらしにじらされた絶妙なタイミングで、“海の景色”と呼ばれる風景が眼前に広がった。手前に見えるのが、天橋立を模したという景色か。

さらに歩くと、池の向こうに、こけら葺(ぶ)きの書院が見えてきた。歩を進めるごとに、新たな景色が次々と姿を現す。この緻密に設計されたパノラマが、400年前に造られたものだとは・・・。

 

中国からの参観者「ここには悠久の時を感じます。古いものだけど、モダンなんですよね」

桂離宮の筆頭庭師・亀井郁典さんは、国家公務員試験で宮内庁に採用された、庭師歴15年の技官だ。桂離宮では、手入れを行う造園会社は毎年入札で決まる。毎年顔ぶれが変わる庭師たちに、桂離宮の庭づくりの流儀を伝え、この壮大な空間を整えていくのが亀井さんの仕事だ。

亀井さんの弟子・富永峻平さんは、宮内庁の技官になって6年目だ。ひとりの師匠にひとりの弟子がつき、400年にわたって受け継がれてきた宮廷庭師の技を伝授していく。

亀井郁典さん「いまある形を後世に残すというのが一番大事な部分だと思っていますので、いまある姿をきっちり維持できるように常々心がけてはいます」

しかしいま、その使命を果たすのは容易ではなくなっている。

御幸道と呼ばれる通りの両側には、かつて透き通った深い緑の「スギゴケ」が生い茂っていた。それが21世紀を迎えるころには徐々に姿を消し、現在残っているのはこれだけ(下画像)。いま一面を覆っているのは、以前なら“雑草”として引き抜いていた、黄緑色の「ハイゴケ」だ。

亀井さん「何でもいいからコケが残ってくれたら、もうオッケーです。いまは、そうですね」

というのも、「ハイゴケ」すら、このところ枯れてしまうことが多くなったからだ。

亀井さん「本来ならこのハイゴケの緑が全面にあったんですけれども、いまはなくなって、このあたりはない状態です」

コケに異変が起きているのは桂離宮だけではない。

福井県立大学の大石善隆教授の調査によれば、京都市内の20の苔庭(こけにわ)のうち14の庭で、コケが消えるなどのダメージが確認されたという。

福井県立大学 大石善隆教授「左側が1970年ぐらいの苔庭(こけにわ)の写真。右側が現在です。一目瞭然ですけれども、コケが減っています。あるいは以前生えていた種が、別の種に置き換わっている」

主な原因と見られるのは、都市化の進行によるヒートアイランド現象。京都市の平均気温は、この50年で1.4度ほど上昇しているという。

番組ディレクター「この赤いのは何ですか」

大石教授「これはコケが枯れているところです。コケを庭に使うというのは日本の文化です。京都の苔庭(こけにわ)からコケが消える。これは日本の文化の大きな損失と言っても過言ではないと思います」

<足立美術館の冬 雪との戦い>

2023年1月。冬の足立美術館。

雪化粧した庭を楽しみにしていたのだが、雪はそんな都合のいいものではなかった。庭師たちが整えた庭の形をすっかり覆い隠してしまった。

足立美術館 足立隆則館長「いやあ、びっくりしました。庭の中にこれだけ積もったのは初めてです。こういう景色は何が何やらさっぱり分かれへん」

ゴールとなる秋の紅葉に向け、冬はとにかく、雪から樹木を守らなければならない。松の枝は、雪の重みで折れてしまうと、そこから二度と生えてこない。積もった雪の厚みを見てみると、50センチはあろうか。このままだと、サツキやツツジなどの柔らかい低木は押しつぶされて、春すら迎えることができなくなる。

嫌がらせのように、雪がまた強く降ってきた。

永島さん「おい、 棒持っとんやったら、はよ中入れや。なんでぼやぼやしとんや。全部揺するぞ。松を。松のほうが怪しくなってきた」

残念なことに気づいた。

庭師たちが手を入れたあとは・・・美しくなくなる。それでも樹木を守るため、手を入れざるを得ない。ジレンマだ。

そもそも庭の雪は、庭師たちが足を踏み入れると、深い足跡として侵入の痕跡を突きつけてくる。庭師たちは後戻りしながら、それを巧みに消していく。ところが、表面の雪がとけたことで、隠したはずの庭師たちの足跡が表にさらされてしまった。

庭園部 濱田友和課長(47)「こういう感じになるんですよ」

永島さん「自然相手なので、どうしようもないですけど」

<春 庭木の手入れが始まる>

春、ツツジやサツキが見事に花を咲かせていた。冬に雪下ろしを頑張ったかいがあった。

朝5時。

いよいよ庭木の剪定(せんてい)に取りかかる。秋の紅葉の季節に向け、2000本もの庭木を剪定(せんてい)していく。まずは、小ぶりながら風格のある黒松60本。「ようやく達人のハサミさばきを見られる」と期待していたが、庭師たちが剪定(せんてい)に使うのは指だ。春にせっかく出た芽をすべて指で折って、取り除いてしまう。あまりの早業なのでスローにして見てみると、芽を折ったあと、ゴマ粒ほどの小さな芽も見逃さず、爪でつぶしていた。それでもまた芽が伸びてくるので、それをまた秋に剪定(せんてい)する。春に一度芽をリセットすることで、本来大きく育ってしまう黒松を、こうしたコンパクトなサイズにとどめることができる。

いったい彼らは何を思い、この仕事に取り組んでいるのだろうか。

永島さん「お客さんのためにどれほど自分が頑張れるか。そのために朝早く来る。自分たちが手入れしたのを見てもらいたい。お客さんのために手入れした、掃除した、ちゃんとほうきの目も入れて、それを見てもらいたい。それで僕らを評価してもらいたいというわけではないです。だから本当は、僕らは取材を受けたくないんです。陰の存在なんです。本当は」

“陰の存在”か・・・。

花が落ちたタイミングで、低木の剪定(せんてい)も始まる。

大きな刈り込みばさみを使って、“タマガタ”と呼ばれるドーム状に仕上げていく。

タマガタの剪定(せんてい)、玉づくりを得意とする新田真一さん。刈り込みばさみはしっかり腰を入れてコントロールしなければ、表面が波打って、でこぼこになってしまう。たしかに見事な仕上がりだが、人の手が加わりすぎて、自然な状態からあまりにかけ離れているようにも見える。なぜここまで丸くする必要があるのか。

新田真一さん「石が自然な感じなので、そこでこのラインですよね。ラインが出ていると、きれいじゃないですか」

たしかにタマガタの低木の近くには、必ず大きな自然の石がある。石のもつ自然な形と、タマガタの人工的なフォルムが、互いの存在を引き立てているということか。

<桂離宮に伝わる技「御所透かし」>

一方、桂離宮ではまったく異なる思想で低木の剪定(せんてい)が行われている。桂離宮には、タマガタの低木は一つもない。宮内庁の技官である亀井さんは、ツツジの低木をあくまで自然な形に整えていく。剪定(せんてい)が終わっても、まるで手を入れていないかのよう。それでいて、枝葉の重なりが見事にコントロールされ、奥が透けて見える。これは宮廷庭園の庭師たちが代々受け継いできた「御所透かし」と呼ばれる技だ。

ではなぜ自然な剪定(せんてい)を施すのか。

桂離宮では、低木の背後には自然の石ではなく、人工物である建物がある。建物を主役とする桂離宮では、低木に限らず、あらゆる樹木が建物を引き立てるよう「御所透かし」で整えられている。

自然と人工のたえなる調和。そこに至る道がただ一つではないことが、実におもしろい。

 

そしていま、弟子の富永さんが、亀井さんから「御所透かし」の技を受け継ごうと格闘している。

番組ディレクター「悪くないですか?出来は」

富永さん「あまりよくないですね。あまり抜けていないですもんね。立っている枝とか、あまり抜けて見えないじゃないですか。亀井さんとかに比べたら。もうちょっとうまいやり方があるとは思うのですが、いまの俺ではこれが限界」

<アメリカで注目 癒しの日本庭園>

 いまアメリカでは、少し意外な場所にある日本庭園が注目されています。2000人を超す受刑者が収監されているオレゴン州立刑務所です。「自然に触れ合うことで更生を促せるのではないか」と、5年前に日本庭園が造られました。生き物の世話や日々の庭の手入れを行うのは、受刑者たちです。この庭ができてから、争いごとが減ったといいます。

 受刑者「ここにいると、自分より大きな自然とのつながりを感じ、心が落ち着くんです」

この庭園を設計したのはアメリカ在住の庭園デザイナー、栗栖宝一さん(84)です。広島生まれの栗栖さんは、造園を学んだ後、29歳で渡米しました。いまは刑務所以外にも、病院など、心のケアが必要な人々のための庭づくりに力を入れています。栗栖さんが手がける日本庭園は「Japanese Healing Garden」=「癒しの日本庭園」と呼ばれ、アメリカ社会の中で需要が高まっています。

栗栖宝一さん「邪魔な枝があると西洋の庭師だと『目に当たるからダメだ』と切ってしまう。ところが日本庭園としては、それは大事な要素であって、それを上にあげて通るか、少しよけて通るか、あるいは自分がかがんで通る。自然が教えてくれる自分の“謙虚”ですよね。日本庭園が持っているひとつひとつの力というものが、普遍的に人々の心に影響するものだと思います」

<夏の足立美術館 緑のグラデーションをつくる>

梅雨明け間近の7月。

足立美術館では、夏の2か月の間に800本の赤松など、背の高い木の剪定(せんてい)がおこなわれる。初日は本格的な夏の到来を告げる風物詩として、地元メディアも詰めかける。まずはお客に一番近い建物沿いの赤松から。庭園部の5人がそれぞれ一本ずつ受け持つ。

赤松の剪定(せんてい)は、この庭自慢の山と溶け合う景観づくりに関わってくる。お客に近い赤松は葉をすいて、空や奥の景色が見えるようにする。そして植林帯など離れた赤松ほど、葉のすき具合を少なくして濃く仕上げる。こうして、庭が山に溶け込む緑のグラデーションをつくっていく。

雨が降りだした。ぬれた木の肌は滑りやすく危ない。葉はくっついてすきにくくなる。入社6年目の若い山本さんの剪定(せんてい)に、狂いが生じはじめた。隣の先輩の赤松に比べて、仕上がりがわずかに濃い。

永島さんが、業を煮やした。

永島さん「全然変わっていないぞ。もう一回見てよ」

離れて眺めると、仕上がりが少し濃いことは山本さんにも分かる。しかし、いざ木に登って枝葉の中に身を埋めると、どこをどう剪定(せんてい)すればいいのか分からなくなる。

空はますます荒れ、仕事は中断を余儀なくされた。気まぐれな自然を相手に、美を追い求める庭師の仕事は大変だ。

各地で猛暑が続いた7月下旬。

お客が見守る中、赤松の剪定(せんてい)は大詰めを迎えていた。

庭師の来館客「俺、庭師。俺らはかちっとした庭園用の庭を造ってしまうけど、この人たちは違う。自然。やわらかい風に揺らぐような、そういう感じでやっているでしょ。やっぱり全然違うね」

 

たしかに自然な趣きだ。赤松とはこんなに美しい木だったのか。

8月には植林帯の赤松の剪定(せんてい)が始まった。それが終わるころには、季節は秋を迎える。

 <観月会 月影映える 夜の庭>

10月。桂離宮では1年に一度の特別な催しがおこなわれる。夜の庭で月見を楽しむ「観月会」だ。亀井さんと富永さんは、抽選で選ばれた60人ほどの月見客を迎える準備を進めていた。道沿いの竹の柵をすべて真新しい青竹に変えていく。

月見客を迎えるのは暗い夜の庭だ。竹の柵が新しくなっていることに気づく人などいるのだろうか。

亀井さん「ははは。まあそうですね。気持ちの問題ですね」

「気持ちの問題」。日本のものづくりやサービスの現場で幾度となく耳にしてきた言葉だ。お客が気付こうが気付くまいが手抜きはせず、やるべき仕事はきちんとやり遂げる。この国に豊かさをもたらした、現場で働く人々の誇り。その源流を見た思いだ。

今度は月見を楽しむための建物「月波楼(げっぱろう)」に向かった。月見客の目線に立って、亀井さんがアラカシの木の剪定(せんてい)を指示し始めた。ここから月を眺める際、時間によっては木の枝葉が月を隠してしまう恐れがある。

亀井さん「いま切ってはった枝。 元からとれますか?」

月の軌道を読みながら、木の形を崩さず、月も隠さないよう、絶妙な案配を指示していく。自分たちのしつらえが月見客の心を満たすよう、抜かりない準備が続いた。

そして、観月会。雨が降り、足元が悪い中での開催となった。亀井さんたちが整えた真新しい青竹の柵のつややかな表面が灯火に映え、お客を安全に月見の場へといざなっていた。

雲間から、十三夜の月が姿を現した。月影映える、夜の庭。そこに庭師たちの心遣いがあったことは、誰も知らない。

<秋 人の技と自然のスペクタクル>

早朝5時。足立美術館では、春に一度手を入れた黒松の最後の剪定(せんてい)が始まろうとしていた。この作業を終える頃には本格的な紅葉の季節が訪れ、庭は完成を迎える。

春に残した古い葉をすべてむしりとり、新たに生えた芽から2本を選んでV字型に剪定(せんてい)。残りの芽はすべて折り取って、形を整える。

1年間、この人たちの仕事ぶりを見てきて、働くとはどういうことなのか、改めて考えさせられた。一本一本毎年姿が異なる樹木と我が身一つで向き合い、人々の心を動かす庭園を造り上げていく。何ものも取って代わることのできない、人間の仕事だ。

庭師たちは最後の剪定(せんてい)が終わるのを惜しむかのように、あらゆる角度から黒松を眺め、微調整を重ねていた。

永島さん「もうひとつ、なんか出ちょる。横に。それだ、それ。いい感じになった」

頭を大きく整え、裃(かみしも)を着た武士をイメージして剪定(せんてい)された黒松。庭のすべての樹木の剪定(せんてい)が終わった。

最後に庭を仕上げるのは、自然の仕事。見事な紅葉をもたらした。黒松は、まるで庭を守る侍のようだ。800本の赤松は薄くすかれた近景から、濃く剪定(せんてい)された遠景の植林帯まで、背後の山々と見事なグラデーションをつくり出している。

来館客「どうする?これ。ゾクゾクが止まらないって、こういうこと?」

来館客「どこから見ても」

来館客「そう。どこから見ても、すごいよね。どの角度もでしょう。いやあ、すごい感動」

お客たちの声に耳を傾けているうちに、気付いたことがある。

来館客「見えないけど、庭師さん、すごく頑張っています。庭師さんがすごいですよ」

来館客「これに携わる人が、すごいなあ。手入れが大変ですよね」

庭をめでるお客たちは、その庭を整えた姿なき“陰の存在”に、たしかに思いをはせていた。

庭師たちが造り上げた庭に、自然が思わぬ彩りを添えてくれた。数年に一度、出るか出ないかという完璧な七色の虹。わずか数分、人の技と自然が溶け合った究極のスペクタクルが天と地の間に展開した。

12月2日。

永島庭園部にとって初となる、2023年度ランキングの速報が届いた。

館長「すごい」

新部長としてプレッシャーと戦い続けてきた日々。21年連続1位という期待にこたえることができた。

永島さん「みんな集合。ランキング、発表がありました。連続1位、来ました」

庭園部一同「ああ!おめでとうございます」「よかったですね」

永島さん「みんなのおかげで。結果が出たら、みんなもどんどんやる気がでるし、来年再来年、頑張っていきましょう」

庭園部一同「はい」

永島さん「じゃあ、 仕事しましょう」

庭園部一同「はい」

短い紅葉の季節は終わり、新たな1年を迎える。世界を魅了する庭づくりが、また始まる。