「やまと尼寺精進日記 ひとり生きる豊穣(ほうじょう)」

初回放送日: 2022年4月9日

奈良・桜井。険しい山道を40分登らないとたどり着けない寺に暮らすご住職の後藤密榮さん。その日々を、NHKでは2016年から取材してきた。巡る季節を慈しみ、精進料理に丁寧に手をかける生活に、新型コロナが重なった。大きな行事は中止、遠方からの参拝客も減る中で、ご住職はどうしているのか。訪ねてみると、知恵と工夫で月々の観音縁日を絶やさず、里の人たちと季節の喜びを堪能する、慎ましくも豊かな日常があった。

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■まとめ記事

(2022年4月9日の放送内容を基にしています)

山深き奈良の尼寺。ご住職の後藤密榮さんは、旬の素材に丁寧に手をかけ、飛び切りの料理へと変えていく。特別なものは何も使っていない。でも、体にじんわりしみ渡る。食べることは生きること。どんなことが起きたって、ご住職の日々には、おいしいものしかない。

その尼寺に通い始めたのは、2016年夏。たどりつくには、険しい山道を40分、歩いて登るしかない。息は上がるし、足はあがらない。最後の階段を登るころには、いつも汗だく。でも、到着したときの達成感といったら!

ご住職との出会いは、こんな感じ。

住職 後藤密榮さん「山菜とりに、ちょっとその辺、ずるーと行ってこようかなと思って」

30年近くこの寺を守ってきた、ご住職の後藤密榮さん。食材探しの名人。食べられる草や花を、次々見つけだしていく。

ご住職「これね、ヤブカンゾウのつぼみ。ユリのつぼみみたいな、そんなの料理でよく使ったりするのね」

摘んできたヤブカンゾウをどうやって食べるか。副住職の慈瞳さんとお手伝いのまっちゃんとで作戦会議。

慈瞳さん「白あえのもとが、ぺろっとかかるぐらいだったら、これの味、消さへんかもよ」

ご住職「うん、みそ合うね。だけど、色、こんなにきれいになってきたら、みそで汚したくないじゃない。だから、甘酢か、天ぷらか」

誰も気に留めないような野草が、魔法のようにおいしくなっちゃう。

驚いたことが、もう一つ。こんな山の奥なのに、食料を持った人が次々とやって来る。

ご住職「おはようございます」

ウエさん「寒いですなぁ」

リュックの中から牛乳6本!ウエさんが、毎週、欠かさず届けてくれる。

ご住職「じゃじゃーん!なんでしょう?」

マオトくん「チーズ?」

ご住職「そうそう。いつもじいじが持ってきてくれる牛乳で作ったクリームチーズでーす」

ご住職、チーズまで作っちゃう!

「せーの、よっこらしょ!」「おぉ」「わぁ」「マオトできたー」

いただいた牛乳を、ピザにしてお返し!

1200年を越える歴史を持つ音羽山観音寺。目の病気を治すと伝わる、観音様がまつられている。ご住職がお寺に入ったのは平成元年、38歳のとき。そのころ、お寺はあちこち壊れて荒れ放題だった。里の人たちの力を借りて、7年がかりで修繕したのだそう。

ご住職「ここは、すごく不便なのね。正直いって廃寺寸前みたいな、屋根はペンペン草が生えて雨漏りはしてるし、畳は半分以上あがってしまって休むところない、みたいなところだったけれど、やっぱりね、破れた障子も貼ればきれいになるし、掃除すれば汚いところがどんどんきれいになっていく、拭けば光ってくるし。とにかく自分が動いて働かなければ、お寺を維持していくことができない。私はこっちの方が自分に合うなって。なんていうか、生活に明るさがある」

ご住職が大切にしているのが、毎月17日の観音さまの縁日。全国から、たくさんの方が集う。

お参りの方が来れば、もてなさないではいられない。

慈瞳さん「どこまでも細かくしていい?」

ご住職「もういいて」

まっちゃん「『音羽パクチー』という名の三つ葉を入れよう」

庭の三つ葉が、パクチー代わり。

まっちゃん「んーおいしい!」

慈瞳さん「おいしい」

ご住職「最後にピリっとするから」

まっちゃん「ちょうどいい、唐辛子」

慈瞳さん「これは、好評なんじゃないですかね?」

ご住職「好評好評」

ご住職「楽しいね。みんながお供えしてくださったものを、みんなで食べるってね」

慈瞳さん「こんな味になった、ってね」

料理がつなぐ笑顔と笑顔。

ご住職「食べて。たくさん食べて」

穏やかで温かい時間。

でも、それは2020年春先までのことだった。世界中に広がった新型コロナウイルスの感染。お寺でも、年中行事は中止になり、遠方からのお参りも減った。

慈瞳さんとまっちゃんは、山を下りた。慈瞳さんは病院や学校のカウンセラー、まっちゃんはイラストの仕事を始めた。

改めてお寺を訪ねたのは、コロナが少し落ち着いた去年(2021年)9月。ご住職、ひとりでどうされてるかなぁ。

さぁ、ご住職のお庭へ。番犬のオサムは、元気そうだね。

あれ?なんか、歩きづらいなぁ。緑が迫ってくる。ご住職?この庭、こんなに狭かったですっけ・・・?

ご住職「そうでしょう?これね、狭すぎてひんしゅく買ってんの。やっぱりコロナで、ちょっと手が空いてたりして。で、いっぱいいっぱい作って。ウチの野菜もできてるし」

ウチの野菜?野菜、作り始めたんですか!

ご住職「このピーマン、栄養不良だからこんな曲がったのができちゃうし。テントウムシだとか、そんなのが触ってなめるから、こんなんなっちゃう」

こっちもピーマンですよね?

ご住職「これ一応、黄色いパプリカなんだけど、黄色くなってない。一個も。色づく前にとって食べちゃうから」

ご住職「もう終わりがけは、この青じそね。もうこれ紅葉してきちゃってるもん。すごい紅葉してきれい」

ご住職「バジルがここにあるんだけど、もう本当に最後。最後の一本」

ハーブは、ずっと育てていらっしゃいましたね。

乾 克己さん「こんにちは~。乾です」

ご住職「20年近く前から、お寺に来ては、いろいろ手伝ってくれてる」

乾さん「今日はね、野菜をね、春に頼まれたのできたから。いっぱい持ってきましたよ。これ重たかったぁ」

乾さんは定年後、趣味の山登り中に、お寺を見つけた。以来ずっと、山仕事や庭仕事を手伝ってくれる。コロナ禍でも、変わらず来てくれているんだぁ。

乾さん「ほら。これ頼まれたね、青いのがね、ありますから」

頼まれた?

ご住職「種を買って、これまいて、あれまいて、っていうて。なすと、ピーマンと」

お願いしちゃったんですね。

ご住職「そう、作ってもらおうと思って、頼んだ」

乾さん、育て上手なんですね。

乾さん「あ、これこれ。ごま。これはうまくできましたよ~。金ごま」

ご住職「きれいにできてるねぇ。金ごま」

乾さん「今週・・・先週かな?やっとできた」

ご住職「あぁ、そう。すごい」

金ごま!これは貴重だ。

乾さん自慢のお野菜、こんなにたくさん!

ご住職「おなかがすいてきた~」

乾さん「お昼、よばれますか。これ、使いますか?」

ご住職「そうだねぇ。そうめんで、ごまダレっていうのどう?」

乾さん「ごまダレ?あんまり食ったことがないけど」

ご住職「そうしたら食べてみようか?」

乾さん「やってみましょうか」

乾さん「うわ。いいにおいする。いいにおいするでしょ?」

ご住職「そしたらそこに、刻んだ香草を入れる?」

乾さん「香草?」

ご住職「聞こえはいいけど、シソとかエゴマとか」

庭のハーブだ!ご住職、新しい味に挑戦ですか。

ご住職「バジルとね、エゴマとね、それからシソの葉」

乾さん「どんな味になるんだろうね、これは」

ご住職「ははは。食べてのお楽しみ」

力を合わせて、20分で完成!

乾さん「きれいにできましたね~」

しゃきっと締めたそうめんには、庭のトマトとミョウガをのせて。ご住職のハーブが大活躍の、ごまダレ。どうですか?どんなお味?

ご住職「シソより勝ってる、バジルが。ちょっと、ごま油が多すぎたな」

乾さん「おいしいおいしい」

乾さん「すごいじゃないですか。花に囲まれて生活してるんだから」

ご住職「そうだね。こんなんばっかりしてるからね」

乾さん「だけどここ、さみしくないですか?」

ご住職「いや~。住めば都で、いいところですよ。私も、好きで住んでるからね。まぁ、ほかに行くところもないしね。ははは」

乾さん「みな同じですよ」

ご住職「気持ちいい朝やね。もうシュウメイギクが咲いてきたね。秋だねぇ」

お寺の秋といえば、ギンナン拾い。今年も始まりましたね。

ご住職「毎朝、拾ってるの。ウチの大事な食糧やからね」

ギンナンは、お寺の名物。多い年は、100kgとれたこともある。

ご住職「でもね、去年、全然ならなかった。こんなバケツに半分くらいしかなかった」

えっ、ひと秋で!?そんな年もあるんですか?

ご住職「初めて。秋になったらギンナン落ちてくるのが当たり前って、今まで思っていたのが、全然ならなくてね。心配して・・・。まぁ、ジタバタしても、なるようにしかならないもんね。自然には逆らえないし。なんでも、いいように、いいように、考えよう思ってね。去年はコロナで、何もかもお休みだったでしょう。私にもお休みをくれたんかなぁ、て。だから、ギンナン拾いなかったから楽でしたよ」

今年は期待できそうですね。

大イチョウの樹齢は、なんと600年以上。ずっとここで、お寺やご住職の暮らしを見守っている。

ご住職が仏門に入ったのは、29歳のとき。母の死がきっかけだった。

ご住職「母が65のときに亡くして。7人兄弟の末っ子で、いつもいつも母にくっついて、服を持ったり手をつかんだりしながら、どこでもここでも行ってたのでね。母が亡くなったっていうのが、とってもとってもショックでね。3日間ほどは泣き明かしたんですけど、だけどそれから、四十九日の間、お参りにずっと行かせていただいて。やっぱり仏様の近くにいるっていうのが、一番自分の心が安まるんですね」

潤子さん「登ってきましたよー」

ご住職「あぁ、潤子さん!」

潤子さん「これ、あんこも持ってきた」

**ご住職「わぁ、ありがとう」             **

潤子さん「お団子やな」

ご住職「お団子。月見団子やね」

潤子さんは代々、観音寺を支えてきた家の方。ご住職の一番の相談相手で、心の友でもある。

潤子さん「つきあいはね、住職さんが平成元年に、この音羽のお寺へ来てくれはったときからのつきあいやから。長いなぁ~」

お団子、変わった形ですね?

潤子さん「里芋になりきってない小芋。きれいに洗ってお供えする。月見に。だから、それの形。お芋さんの形」

ご住職「郷土料理。根っからの音羽人だから」

潤子さん「そうや」

ご住職「昔だったら、きび砂糖じゃない、三温糖っていうのがあったから。それつけて食べたね」

潤子さん「そうやなぁ」

ご住職「それがまた、甘くておいしくてね~」

潤子さん「住職とふたりのお月見やて」

ご住職「楽しいじゃん」

潤子さん「ほんとや」

潤子さん「イチジクは、私はいつもあれするやんなぁ。コンポートな」

ご住職「うん、わたしは生で食べるのとジャムやね、普通」

ご住職、なにか思いつきましたか?

ご住職「なんかフランス料理で・・・、皮むいて、かたくり粉つけて、素揚げして、あんかけにして食べたら、おいしいって」

潤子さん「かたくり粉つけて、素揚げして、あんかけなんて、まるっきし和食やで」

ご住職「そうだねぇ」

潤子さん「1回それしてみる?そうやって食べたことはない」

潤子さん「きれいに揚がってる」

ご住職「今日はお月さん、見えるかなぁ?」

潤子さん「そうやなぁ。見えたら、うれしいね」

ご住職「月待ちご膳?」

潤子さん「あ、そういうことやな。畑にあるもので、できた」

潤子さんが育てた青なすで、田楽。そばの実みそで香ばしく。ゆずみそで爽やかに。甘いイチジクは、野菜と揚げて、とろりとあんかけ。

ご住職「まずは満月のおつゆから」

潤子さん「そうや、おわんの中にもう、満月が三つもある。映ってるのかな」

ご住職「これどっさり入ると、おいしいねん」

潤子さん「すだちな」

ご住職「ほら、鈴虫、鳴いてる」

潤子さん「ほんまや。鳴いてる」

ご住職「あんなとこ、飛行機とんで、飛行機雲見えてる」

潤子さん「そうやん。ぜいたくなもんやな」

ご住職「ぜいたくだねぇ」

ご住職「あ!もうあんなとこ行ってるわ!位置があんな方、行っちゃった」

潤子さん「座って、あっちばっかり気とられて」

ご住職「のんびり食べてられへんやん」

潤子さん「イチョウの木のとこやな」

ご住職「うん、イチョウの木とね、ひのきの間に出てん」

潤子さん「キラキラしてるわ」

ご住職「イチョウの葉っぱ、風でゆれてるからね」

潤子さん「きれいやなぁ」

ご住職「おいしいお団子食べれて、のんびりと月を見れて、結構やなぁ」

緊急事態宣言が明けて11月(2021年)。お寺のイチョウもすっかり色づいた。今月の観音縁日も、そろそろだ。

ご住職「きれいでしょ。今年はね、ちょっと早いみたい。向こうのね、モミジも赤くなってきたし。毎日ね、赤いところ、黄色いところが増えていくのでね、楽しみよ。やっぱり、同じような年はあっても、同じときって、一つもないじゃないですか。毎日毎日が移り変わっていくというの、そういうの好きね。ありがたい。秋の贈り物ね」

コロナに負けず、ギンナンは大豊作ですね。

ご住職「そう、こうやって干すの」

縁日のお参りの方にふるまうんですね。

ご住職「ここのギンナンは、本当にね、モチ~っとしてね、甘くておいしいのよね。みんなに食べてもらいたいと思うからね」

ふもとの里も、収穫の秋。こちらも豊作だなぁ。

「野菜、ようできてるやんな」

ん?あちらでおしゃべりしてるのは、潤子さんかな。

潤子さん「こんにちは。上からごめんなさい。いつもこうやって話してるから。上と下で。『あら、やっちゃん、いてるの?』言って」

田中靖代さん「『潤子姉ちゃん元気?』って。楽しく話してます」

ご住職に野菜を分けてくれる、やっちゃん。

潤子さん「やっちゃん、すごいやん」

靖代さん「みんな大きくなりすぎてー」

潤子さん「でもこれ千枚漬けしたらいいで。大丈夫や」

靖代さん「住職、使ってくれはるかな」

潤子さん「そりゃー使わはるわぁ。明日、観音縁日やからさ、あげたら、住職、喜ばはるのんちゃう?」

靖代さん「みんな食べてもらったらいいかなぁ」

潤子さん「前の代のときにも、あげたりしてたけど、今度の住職、若いときに来てくれはったしね、すごい山ん中のお寺ですやろ。そやから、あそこでね、ちゃんと暮らしていただきたいから、なんか手助けすることがないかなぁと思って。私らにできることは、こういうのを作って、使ってもらうことやな。それをまた住職、喜んでくれはるし。それやったらもっともっと助けようかなって」

靖代さん「もっともっとおいしい野菜を作ろうと思って」

心のこもった、里からの贈り物ですね。

お寺では、観音縁日の準備が進む。

ご住職「あのね、毎月お手伝いに来てくれる青木紀子さんです。コロナのときは来なかったね」

青木紀子さん「緊急事態の間は、お休みしてました」

青木さん「なんかパチパチいってきたわ」

ご住職「そしたらゴロゴロ混ぜないと焦げついちゃう」

青木さん「そうなの?めっちゃ過酷な作業。これ」

ご住職「過酷だよ、これ。火あぶりの刑みたいに」

青木さん「ほんまや。えらいこっちゃ」

ご住職「えらいこっちゃ。そしたらちょっと温度下げてね、下げたり上げたり下げたり上げたりしながら。毎回この作業、『あっちっち』って言いながらやってる」

ご住職「きれいだねぇ。今この旬のときのギンナンは。色がきれい」

ギンナンは何にされるんですか?

ご住職「秋ごはん。このギンナンと、古代米と、それからムカゴと入れて」

コロナの間も、観音縁日は続けてたんですか?

ご住職「やっぱり楽しみにされてる信者さんが多いのよね。もう何年もね、続けてお参りに来てくださってたりするからね。私だって、いくらここが好きだからというて、永遠とここで暮らしているわけじゃない。ただただ、このお寺の長い歴史の長い鎖の一つの輪っぱなのよね。だけど、その輪っぱが切れないように続けていかなくちゃいけないなぁとは思っているのよね」

ご住職「おいしいギンナン。どっさり。おいしいのができるわ。楽しみやねー」

青木さん「庵主さん。これも、やっちゃんから来ました」

ご住職「うわ、きれいだね」

青木さん「すごいかわいい」

ご住職「どれもこれもおいしそうやね。新鮮で。これは葉っぱも含めて浅漬けやね」

青木さん「きれい」

ご住職「大根だって、これ大根のゆず漬けしたらおいしいでしょ。漬物がないと、なんかごはんを食べた気がしない」

ご住職「きれいだねぇ。なんときれい」

青木さん「このお大根、めっちゃみずみずしいです。すごいなんか、水分がじゅわって出てきます」

ご住職「おいしいのできる」

お参りの方が続々と。

着いたら、早速お手伝い。みなさん、手慣れてます。

「おいしそうやね。里芋、大根、にんじん。油揚げ」

里からの贈り物。旬の野菜がたっぷり。

そして、季節の味を分かち合う。コロナの中でも安心して食べてもらえるように、アクリル板を用意したり、器に気をつけたり、知恵を絞っている。

本日の主役、「ギンナンどっさりごはん」。ムカゴと合わせて、もっちり、ほくほく。

漬物は、野菜の色ごとに漬け方を変えました。やっちゃん、ありがとうございます!

ご住職「もうみんな食べました?」

「いただきました。おいしくいただきました。あったかくておいしかったです。体あたたまりました」

ご住職「ようお参りでした~。また来月~。夕方になってきたらもう寒いね。気をつけて」

みんなが帰って、ちょっとさみしいですね。

ご住職「いやそれよりも、お参りに来てくださってありがたいなというのと、それとまた必ず来てくださるなと思うので、さみしくないですよ。やっぱり楽しい」

また来てくれるって、自信がおありですね?

ご住職「自信ある。はははは」

ご住職「どうぞどうぞ、上がって。寒いねぇ」

「寒い。今日はすごい寒いわ。今年もお供えできてよかった」

ご住職「うん、ありがとうございます」

大みそかには、里の人たちが、家ごとの鏡餅を届けてくれる。

ご住職「昔からね、下の村の方がね、鏡餅お供えしてくださるんです」

ご住職「あれ!あはははは!かわいい顔が描いてある」

は~寒い寒い・・・寒い!台所から、ラジオ体操の音・・・あら、今朝はこちらで。

ご住職「おはようございます」

外じゃないんですね。

ご住職「おうちの中。寒いから。まだまだ暗いし」

台所で冬ごもり。

ご住職「やっぱり、若くて突っ走ってたときには、何としてもしてやろうみたいな、そんな気があったかもしれないけど。で、だんだんまたね、自分でできることも限られてきてるし。うん。やっぱり自然にそうなるのね。自分の老いることもそれから自然も、何もかも受け入れて、ここで生活してきてると思う」

ご住職「福は~うち。福は~うち。あ、オサムちゃん、福はうちやよ」

たとえひとりでも、行事のごはんはちゃんと作る。

ご住職「かんぴょうとしいたけとほうれん草。これも使おう。抜きたてでね、泥もついてます」

今日は節分。巻きずしの日。

ご住職「千切り大根は、どっさり増えるから、あんまりいっぺんにふやかしたら、鍋いっぱいになるよーって言うてたわ」

干しておいた野菜が大活躍。

ご住職「これとこれはおんなじような色になるかな。こっちは茶色だし。緑で、赤で。これは、どんだけ炊いても茶色やね。クルミは」

にんじんは、干したのじゃないんですね。

ご住職「色が、干したらちょっとくすむし、縮んじゃうでしょ?そうすると、巻きずしの中で自己主張しない。こっちの方が太いから自己主張する」

ご住職「おいしそうや。おいしそう~」

ご住職「かんぴょうを入れます。ちょっと、ぐつぐつ炊いて、少し柔らかくなってから味つけた方がいいかな」

こちらは、しいたけ。食材は、一つ一つ炊くんですね。

ご住職「かんぴょうは、そんなに甘辛くしない。しいたけは、ちょっと甘辛く炊いたりするのね。一緒に炊いてしまうと、そのものの味がなんか分からないような気がするのよね」

ご住職「わぁ。ぷんぷんと、奈良漬けのにおいや」

新鮮な食材が少ない冬でも、お寺に“あるもの”だけで、こんなに鮮やか。巻きずしには、7種類の野菜がぎっしり。丁寧に味つけ。食べごたえ抜群。

干し野菜の酢の物。大根とにんじんはしゃっきり。柿は、もっちり。食感がおもしろい。

干し柿は天ぷらにも。中にはお手製のクリームチーズ!ご住職の新作です。

ご住職「立春大吉。日が当たってきたら、やっぱり春だね。春の兆しや」

立春とはいえ、寒いですね~。

ご住職「でも、うちのフキノトウ、ここ出てるよ」

えっ見えませんけど!?

ご住職「小さい。こんなん、とるにはちょっとかわいそうかなぁ」

よく見つけますね~。

潤子さん「あら、住職」

ご住職「あーこんにちは」

潤子さん「寒いね。雪ふぶいてきた」

ご住職「わ、潤子さんとこの!すごいね~。春だねぇ」

潤子さん「下は春。見つけたからさ、ちょっと届けようと思って持ってきたけど」

ご住職「ありがとう。セリも大きいわ!」

潤子さん「ちょっと大きいやろ?」

潤子さん「これね、お花」

ご住職「お花に入れる用やね」

潤子さん「そうそうそう」

ご住職「いただきまーす。春の味」

潤子さん「本当やね。」

ご住職「セリの風味が、またおいしいわ!」

潤子さん「おいしいなぁ。わぁ。セリやわぁ。やっぱりこう春になったら、寒い中でも、こんなん出てくるから。それは楽しみや」

ご住職「楽しいよねぇ」

潤子さん「見つけたら絶対とりたいし。絶対、私、とりにいってるわ」

ご住職「ありがたいよぅ。自然の恵みで」

潤子さん「そうやなぁ。ほんと自然はありがたいねぇ。何にもないけど、探せば何でもある」

ご住職「そうそう。ね。何にもないって・・・いやよくね、『こんな何にもないところで、何、仕事することあるんです?』なんて」

潤子さん「言われる?」

ご住職「『すること、いーっぱいあって、暇なこと何にもないよー』言って」

潤子さん「いや、探せば何でもあるし」

ご住職「あるある」

潤子さん「みんなよう来てくれはるね、手伝いにね」

ご住職「うん、おかげでね、ありがたいよー」

潤子さん「でも、下ではさ、『住職、人使い荒いわ~』て言うてるよ」

ご住職「え?」

潤子さん「『人使いが荒いわ~』言いながら、喜んで登ってるよ」

ご住職「ははは。そうだねぇ。」

ご住職の豊かな日々。春はこうしてやって来る。