ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか

初回放送日: 2023年6月18日

歴史上記録に残る戦争や紛争を調べ上げると、その数1万回以上。総死者数は1億5千万人にものぼる。今もやまない戦火。なぜ人間はこれほど戦争にとりつかれたような生き物になってしまったのか。最新研究から、人間の「仲間と助け合う本能」が、同時に戦争への衝動を生む皮肉なメカニズムが見えてきた。それを乗り越えて、平和な世界へ向かうことはできるのか。俳優・鈴木亮平が多様な分野の第一線の専門家と共に探求していく。

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ヒューマンエイジ 第2集 戦争~なぜ殺し合うのか~

(2023年6月18日の放送内容を基にしています)

<なぜ戦争を繰り返すのか? 「人間の本性」の謎に迫る>

人間は、互いに愛し合い、助け合い、思いやることができる一方で、集団どうしで激しい争いを繰り返しています。各地で絶え間なく戦争や紛争が続く中、反戦と平和への願いを訴える人々。

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しかしその一方で、技術を凝らして生み出され続ける、新たな兵器の数々。次の戦争への備えが、もう始まっています。

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戦争をやめられない人間とは、一体何者なのか?その奥底には、私たち人間のどんな「本性」が秘められてるのでしょうか。

今回NHKは、人間と戦争の関わりを解き明かすために、研究者や専門家たちの協力を得て、歴史上繰り返されてきた戦争や紛争などの記録を可視化しました。その数は、過去3500年間で、少なくとも1万回。総死者数は1億5000万人にものぼることがわかりました。

「人間の時代」とは、まさに「戦争の時代」。 戦争を繰り返す衝動を、どうすれば止められるのでしょうか。

この地球を覆い尽くすほど強大な存在となった「人間」という生き物の不思議な特性に迫る、シリーズ「ヒューマンエイジ 人間の時代」。第2集のテーマは、「戦争 なぜ殺し合うのか」。人間の行く先にあるのは、さらなる跳躍か、それとも破滅か。希望のカギを探して、壮大な“知の冒険”にでかけましょう。

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鈴木亮平さん「テレビをつければ、どこかで起こっている紛争や戦争のニュースが流れているじゃないですか。こんなにも殺し合うことをやめられない『人間の本性』とは、いったい何なんでしょうね」

そもそも人間は、どれほど戦争を繰り返してきたのか。 今回NHKは、世界の研究者らが収集した文献などの記録に残る過去3500年分の膨大なデータをもとに、歴史上、戦争や紛争などが起きた場所(下図の赤い点)を世界地図上に描き出しました。

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 2度の『世界大戦』が起きた20世紀だけで見ても、下図のように世界が赤い点で覆われています。分析によると、20世紀の100年間だけで死者数は1億人に達していました。

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鈴木さん「人間は、すごく美しい生き物でもあるじゃないですか。家族を大切にして、アートを楽しんで。一方で、なぜ戦争をやめられない、戦争に取り憑(つ)かれたような生き物になってしまったんですかね」

久保田アナウンサー「実は今、人間の進化を探る人類学の研究から、私たち人間と戦争の『意外な原点』が明らかになってきているんです」

<最新の人類学から見えた 人間と戦争の「意外な原点」>

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イギリス・大英博物館。あらゆる時代、あらゆる場所の歴史的遺物が、800万点以上収められています。 その中に、「人間が大規模な集団で戦った、世界最古の証拠」があります。

それが、この人骨(下画像)。少なくとも1万3000年以上前のものです。よく見ると、骨に無数の傷がついています。

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この人骨が発掘されたのは、アフリカ・スーダンにあるジェベルサハバ遺跡です。集団で埋葬されたとみられる人骨が、61体も見つかりました。そのうちの6割に、同じように傷がついていたのです。

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ここで、何が起きたのか。フランス国立科学研究センターの人類学者、イザベル・クレヴクールさんが骨を詳しく解析したところ、衝撃的な事実が見えてきました。

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上の画像は、5歳に満たない子どもの大腿骨(だいたいこつ)とみられる骨。注目したのは、その根元についた直線的な傷です。

およそ250倍に拡大すると、長さ5ミリ、幅0.01ミリ、髪の毛よりはるかに細い、特徴的な傷痕がいくつも見つかりました(下画像)。この傷は「ドラッグマーク」と呼ばれ、鋭い武器が高速で骨をかすめたときにのみ、つくものです。

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イザベル・クレヴクールさん(生物人類学)「驚きました。これらの傷は、“飛び道具”によってつけられたものだったのです。1人に向けて、矢や槍(やり)が5~6本、いえ、それ以上投げつけられている例もありました。容赦ない激しい攻撃が行われていた証拠です」

1万3000年以上前から、人間は“飛び道具”を使い、集団で殺りくを始めていたのです。

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しかし、人類学の研究によれば、そもそも私たちの祖先は、互いに殺し合うような生き物ではなかったと考えられています。

今から370万年前まで時を巻き戻すと・・・。当時、アフリカの地で、私たち人間の遠い祖先「アウストラロピテクス・アファレンシス」は、数十人程度の集団で、虫や植物を食べて生活していました。あたりには、大型の肉食獣など恐ろしい天敵が・・・。このころの祖先は、そうした天敵に餌食にされてしまう、とても「か弱い生き物」でした。だからこそ、仲間同士で食べ物を分かち合い、助け合うことで生き延びるよう進化したのです。

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そんな祖先たちの脳で、「ある物質」が、重要な働きを担うようになったと考えられています。それは「オキシトシン」。“絆のホルモン”とも呼ばれ、他者への共感や協力性を高める作用があります。人類は、そのオキシトシンの働きを強め、数百万年もの間、血縁を超えて集団で助け合い、生き延びてきました。

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ところが。か弱かった人間の立場が、「画期的な道具」を発明したことによって、一変します。そう、“飛び道具”です。 およそ5万年前、祖先たちが暮らしていた遺跡から発見されたのは、飛び道具に使われたと見られる、大量の「矢じり」です(下画像)。同じ場所から、体長3メートルを超えるオオジカやバイソンなど、大型動物の骨が数多く見つかっています。遠い場所から安全に獲物をしとめられる“飛び道具”を生み出したことで、人間は「狩られる立場」から「狩る立場」へと、大躍進したのです。

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実は、この飛び道具の発明にも、「オキシトシン」が深く関わっています。もともと数十人程度で暮らしていた祖先たちは、“絆のホルモン”=「オキシトシン」の働きが強まったことで、次第に集団の規模を拡大。みんなで知識やアイデアを共有することで、次々と新たな道具を発明できるようになったと考えられます。 そうしてあるとき、“飛び道具”が生み出されたのです。

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エックスマルセイユ大学 ロール・メッツさん(考古学)「飛び道具を手にした集団は、より簡単に、よりたくさんの食料を手に入れることができるようになりました。人間は、次々と新たな技術を生み出す“特別な能力”によって、生存競争を勝ち抜き、生き延びることができたのです」

しかし、「遠くから安全に狙い撃てる」この最強の道具が、皮肉にも、「人間同士の大量殺りく」へと、私たちを向かわせることになります。それが、あの1万3000年以上前の「集団での殺りく」。きっかけは、異なる集団の間で起きた、食べ物などをめぐる争いだったと考えられています。

“飛び道具”の威力を知った人間は、もはや狩りのためではなく、人間をあやめるために、飛び道具をどんどん進化させていくことになります。もっと遠くへ、もっと正確に、もっと強力に。惜しみなく注ぎ込まれる、知識と技術。今もなお、私たち人間は、最新鋭のミサイルなど相手より強い飛び道具を生み出さずにいられない衝動に、駆られ続けています。

フランス国立科学研究センター ルドヴィック・スリマクさん(古人類学)「戦争に飛び道具を使い始めたころ、祖先たちは『やりすぎだ』と感じたかもしれません。でも結局、技術は進化を続ける一方です。どんなイノベーションにも、人間の社会に悪い影響を与えてしまう側面が潜んでいるのです」

<人間を戦争に駆り立てる! “飛び道具”の恐ろしい魔力>

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鈴木さん「『オキシトシン』・・・。協力的だとか愛情を持つというのが人間の美しさですが、もっと幸せに生きようと思って開発した“飛び道具”が、自分たちにブーメランのように返ってくるというのが、まさしく、人間の力の“負の側面”でもありますね。今も、無人攻撃機やドローンなど、遠隔で攻撃できるようなものが次々と生み出されているじゃないですか。どこまで行くんでしょうね」

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実は、飛び道具の進化は、人間の“他者への共感力”に、良からぬ影響を及ぼしてきたと考えられます。それを体感するために、まず鈴木さんに手にしてもらったのは、「投擲具(とうてきぐ)」と呼ばれる、世界最古の飛び道具のひとつです。この投擲具の有効射程距離は、20メートルくらい。下の画像のような距離感です。

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鈴木さん「結構近く感じますね。自分も『相手を殺した』という実感が湧く距離。怖いですね」 敵とはいえ、相手への共感を抱きやすい距離感で、攻撃するのにためらいを感じそうです。

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その後、飛び道具が進化して「火縄銃」になると、相手を狙える距離は、およそ100メートルに延びます。 下の画像のような距離感です。

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鈴木さん「だいぶ距離が延びましたね。あまり顔が見えないので、恐怖心もちょっと薄れるかもしれないです」

ましてミサイルのような現代の飛び道具ともなれば、もはや攻撃する相手を直接認識することはできません。飛び道具の飛距離が延びるほど、相手への共感は弱まり、攻撃への抵抗感が失われていくと考えられるのです。

<人類学×エジプト考古学 人間が戦争をする理由とは>

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今回番組では、異なる分野の第一線の専門家たちと一緒に『戦争と人間の関わり』を掘り下げました。

鈴木さん「人間にとって、“飛び道具”の発明というのは、どういう意味があったんでしょうか」

山極壽一さん(人類学者)「飛び道具は、『狩猟』のために使われたものです。遠くから投げて獲物を弱らせた上でとどめを刺すというのは、非常に効率的で安全な狩猟法だった。でも、それを『人間に向けた』というのは、普通はありえないことだと思う。現代の狩猟採集民の人たちも、ものすごく精巧な槍(やり)や弓を持つ狩猟の名人ですが、それを自分の仲間や人間に向けたりはしません。集団での殺りくが起きたのには、何か特別な理由があったんだと思います」

鈴木さん「その理由というのは何なんですかね」

山極さん(人類学者)「農耕牧畜が、およそ1万2000年前に始まったんですよ。あのころ、地球環境がいったん温暖化して人口が増え、いろんな人たちが豊かな土地へ移り住んできて、たくさんの人に食べさせないといけないために、ちょっとずつ農耕めいたものが始まり、定住が始まったかもしれない。でも人口が増えると、移っていった先に、また別の集団が居ることになる。そうして、ほかの集団との間で敵対意識が高まったということなのかもしれません」

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 鈴木さん「河江先生の専門は古代エジプトですけれども、古代エジプトでも、やっぱり争いというのは絶えなかったんですか」

河江肖剰さん(エジプト考古学者)「エジプト文明が最初にできた5000年前、『初期王朝時代』というんですけれど、実は考古学的なデータから見ると、そのころはそんなに争いは起こってないんです。“国境”の概念がそのあとにでき始めて、国境を越えて隣の国に新たな資源などを求めて行くようになると、戦争がとたんに増えていったことが知られています。ピラミッドのあとの『中王国時代』には、常備軍が出てきて、傭兵(ようへい)も登場するようになります」

山極さん(人類学者)「とくに君主ができ、そこに文明というものが成立すると、どんどん武力を高めて、お互いに争うような時代に突入したということですね」

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鈴木さん「でも不思議なのが、人間には『生きたい』という“生存本能”みたいなものがあるわけじゃないですか。『自分が死ぬかもしれないリスク』を冒しても、戦争に行く、戦争を起こすというのは、どういうことなんでしょうね」

戦争に駆り立てられてしまう人間の心理の奥に、何があるのか。今回、さまざまな分野の膨大な研究論文に手がかりを探すことにしました。人間と戦争・紛争に関連する論文を調べると、その数およそ4万本。膨大な論文を読み解くと、誰の心の中にも、戦争へ駆り立てられてしまう“心の弱点”があることがわかってきました。

<人間を戦争に駆り立てる “心の弱点”が あなたにも?>

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なぜ人間は、自らの命を危険にさらしてまで、戦争へと突き進んでしまうのか。その謎を探るために活用したのが、NHKが開発した「全論文解読システム」です。これまで世界中で発表されてきた膨大な研究論文の中から、戦争・紛争・暴力などに関するものを抽出。その内容を読み解き、いま研究者たちが高い関心を寄せているテーマのランキングをはじき出しました。

「核戦争」「気候変動」「ウクライナ」など、いま注目されている言葉が並ぶ中、第5位に、意外にも「協力性」という言葉が。さらに、「戦争」と「協力性」に関する論文の中で、ニュースやSNSなどで注目度第1位の論文を見てみると、タイトルに、「オキシトシン」と書かれています。そう、祖先たちの脳で強く働きはじめた、あの“絆のホルモン”です。

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オキシトシンは、現代の私たちでも、出産や授乳の際に分泌され、我が子への“愛着”を強めたり、性別を問わず、触れたり見つめたりした時にも分泌され、互いの“信頼感”を高めたりする働きがあります。私たちが血縁を越えて協力し合う背景にも、オキシトシンの働きが深く関わっています。

そんなオキシトシンが、戦争とどう関係しているというのでしょうか?

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実は最新研究から、人間を戦争へと突き動かす、オキシトシンの“恐るべき一面”が浮かび上がってきました。突き止めたのは、オランダ・ライデン大学の心理学者、カーステン・デ・ドリューさんです。

カーステン・デ・ドリューさん(心理学)「興味深いことに、オキシトシンは“攻撃性”にも関わっていることがわかってきました。私たちを協力的にするだけでなく、時に、非常に攻撃的にする働きもあるのです」

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オキシトシンの攻撃性を、ネズミで確かめた実験があります。赤ちゃんを産んだばかりの母ネズミ。脳内でオキシトシンが大量に分泌されている状態です。 実験では、そこに初対面のネズミを近づけました(下画像)。

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すると…、なんと、出産後の母ネズミが、初対面のネズミに激しく攻撃をしかけました(下画像・右が母ネズミ)。実はオキシトシンには「守るべき相手」と「そうではない相手」を“線引き”し、攻撃を促す作用もあるのです。

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デ・ドリューさんは、この「線引きするオキシトシンの性質」が、人間ではどう働くか、ユニークな実験で確かめて世界を驚かせました。

被験者には、まずスプレーでオキシトシンを吸引してもらいました。鼻から吸い込んだオキシトシンが脳に届き、働きはじめます。

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その状態で被験者にやってもらったのが、「トロッコ問題」と呼ばれる、次のような思考実験です。

あなたは鉄道の職員です。線路の先には作業員が5人いて、別の線路にも作業員が1人います。そのとき、突如、列車が暴走。このままだと、線路上の5人は確実に死んでしまいます。でも、あなたがレバーを動かして進路を切り替えれば、5人は救われ、代わりに1人だけが犠牲になります。どちらを救い、どちらを犠牲にするか選択しなければならない、という思考実験です。

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デ・ドリューさんは、この思考実験にひとつ設定を加え、「オキシトシンと攻撃性の関係」を解き明かしました。その設定とは、別の線路にいる1人の作業員の「名前」です。

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「外国人を思わせる名前」をつけた場合と、「自国民によくある名前」をつけた場合で、この1人を犠牲にする行動がどう変化するのかを調べたのです。

まず、オキシトシンを吸わない状態では、どちらの名前でも、1人を犠牲にする傾向に違いはありませんでした。 ところが、オキシトシンを吸引すると、「自国民を犠牲にする傾向」が、明らかに減少。逆に、「外国人を犠牲にする傾向」は、やや増加するという結果になりました。オキシトシンの働きによって、「自国民を助けよう」という気持ちが高められ、その一方で、外国人に対しては“線引き”をして、「犠牲にしてもやむを得ない」と思う傾向が強められたと、デ・ドリューさんは考えています。

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カーステン・デ・ドリューさん(心理学)「オキシトシンは、私たちを協力的にするだけでなく、攻撃的にもします。でもその攻撃性は、“敵対心”などからくるものではありません。オキシトシンによって、『仲間を守りたい』と思う一方、『仲間以外には“線引き”』をし、攻撃的になってしまうのです」

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鈴木さん「オキシトシンは、“愛情ホルモン”で、すごくいいこと。だからこそ集団になれる。でも、それが“心の弱点”にもなる。表裏一体ですね」

山極さん(人類学者)「700万年の進化の間、ほとんど、人間は“弱い立場”で暮らしてきた。そのときに“共感力”が高まったおかげで、『仲間たちのために尽くす』という、“人間らしい気持ち”が生まれた。『集団のために協力をして、命まで投げ出すほどの献身』を、どこかで示すようになったと考えられますね」

鈴木さん「それこそピラミッドは、歴史上まれにみる“結束力”を発揮して作り上げたものだというイメージがあるんですけれども、どうやって結束力を高めていったんですか?」

河江さん(エジプト考古学者)「ピラミッドを作るときの“集団の結束力”というのは、いくつかあるんですけれど、例えば、『集団に名前をつける』。古代エジプトだと、メンカウラー王という王がいるんですが、【メンカウラー王の“大酒飲みチーム” 】とか。【クフ王の“友達チーム” 】とか。そういうものを作って結束力をつけながら、よい意味で『ライバルとして争わせて』いくんです。でも結局その度が過ぎると、王族の権力を神官群が奪おうとして、王を暗殺しようとするとかですね、“グループ間の争い”が起こっていきます」

山極さん(人類学者)「人間はアイデンティティーが強まっていくと、『外の集団を敵視』したほうが、自分の集団の『仲間どうしの結束が強まる』ということが起こるんです。仲間に対する“共感”が、敵を意識してそこに“線引き”をして、安全な場所を自分たちで一緒になって防御しようという行動の表れだった」

仲間とそれ以外を区別しようとする、私たちの“心の弱点”。実はそれが“あること”によって暴走し、戦争を桁違いに拡大させてしまうおそれがあることが、最新の歴史学の研究からわかってきました。

<人間の“良心”が大暴走!? 戦争を拡大する「意外な技術」とは>

『戦争を拡大させる人間の特性』に、歴史学の視点から迫る国際的な研究プロジェクトが始まっています。中心的メンバーのジョージブラウン大学、ダニエル・ホイヤーさんです。

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ダニエル・ホイヤーさん(歴史学)「私たちは、社会を戦争に駆り立てる原因が何なのか、探求してきました。それを見つけるためには、歴史の全体像を俯瞰(ふかん)してみる必要があるのです」

ホイヤーさんたちは、詳しい記録が残されている15世紀以降、3000回を超える戦争や紛争、その死者数のデータを分析しました。下のグラフは、戦争で、いつ、どれくらいの人が亡くなっているか、死亡率の高さを示したものです。最も死亡率が高いのは、20世紀、大量殺りく兵器が使われた「第二次世界大戦」です。

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それに次いで死亡率が高かったのが、17世紀のヨーロッパで起きた「三十年戦争」です(下グラフ)。以前の戦争に比べて、急激に死亡率が高くなっていることが分かります。

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三十年戦争の発端は「宗教改革」。キリスト教の中で、“伝統的なカトリック勢力”と“改革を唱えるプロテスタント勢力”が対立しました。

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こちら(上画像)は、ドイツ・リュッツェンで発掘された三十年戦争の遺跡から見つかった、大量の遺骨です。総死者数は800万人にも上りました。なぜこれほど激しい戦争になってしまったのか。ホイヤーさんらが注目したのは、この戦争で使われた「ある革命的な技術」でした。

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それは、「活版印刷技術」。従来、人の手で書き写していた文書などを、活字とインクによって大量に印刷し、多くの人に伝える。まさに「マスメディア」と呼べるものでした。

この技術が、三十年戦争でどう使われたのか。

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上の画像は、プロテスタント勢力が活版印刷で大量に作り、ばらまいたビラです。敵対するカトリック勢力を、炎をはく“魔物”の姿で描いています(下画像)。一方、自分たちの勢力は、天使に守られた“神聖な集団”として描いています。

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敵への恐怖心をあおり、仲間の結束心をかきたてる、こうしたビラを、両陣営が大量にばらまきました。 「仲間を守るために、敵を攻撃する」という人間の“線引き”の特性を、マスメディアを使ってあおりたてたのです。

当時、キリスト教の布教を行っていた機関の建物(下画像)には、「PROPAGANDA(プロパガンダ)」という言葉が書かれています。もともと「教えの種をまく」という意味だったラテン語が、「政治的な宣伝戦」を表す言葉となりました。このプロパガンダこそが、800万もの死者を生むほど三十年戦争を深刻化させた大きな要因だと、ホイヤーさんらは指摘します。

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ダニエル・ホイヤーさん(歴史学)「私たち人間には、『仲間を助けようとする特性』があり、親が子どもを守ろうとするような防衛本能が湧き上がって、それが攻撃性を強めてしまいます。さらに、相手を“人間ではない”とみなすことで、攻撃を正当化する傾向があります。相手を『非道徳的で、仲間を脅かす存在』だと思い込むことが、攻撃性を最もエスカレートさせるのです」

マスメディアを使ったプロパガンダは、その後も戦争を拡大する“原動力”となっていきます。映画やラジオを利用した第二次世界大戦。そして現代では、インターネットの登場によって、プロパガンダは拡散力を爆発的に高めています。時に“偽の情報”も駆使して、人間の“敵がい心”を強め、「仲間を守るために」と、人々を戦争に駆り立てる。私たちの心は、巧みに操られ続けているのです。

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鈴木さん「『文字』、『メディアの力』というのは、相当大きいんですね」

山極さん(人類学者)「『言葉』によって扇動されて、顔を合わせたこともない人たちが、あたかも家族のような仲間意識を持つ。われわれは長い間、小規模の集団で仲間を守るために、一生懸命いろんな感性を広げてきたわけで、“共感力”もそのひとつだと思う。でも、それを一気に『技術』によって拡大してしまった。『言葉』や『活版印刷』が、本来は敵ではない相手に“線を引く”ことで、集団の内部で守り合う“結束力”を高めた。だから、見たこともない仲間に対して、『自分の命をかけて守ろうとする気持ち』が湧く。これが、戦争が持っている矛盾ですよね」

鈴木さん「僕は、人間の“負の側面”があるのは認めつつも、人間の平和に向けての本能や“良い面”を、どうすれば大きくしていけるのかということを知りたいし、そういう方向に向けていくにはどうすればいいんだろうかと思います」

久保田アナウンサー「もう1人専門家をお招きしています。戦争や紛争を防ぐ活動に取り組むNPOの代表、瀬谷ルミ子さんです」

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鈴木さん「解決していく希望や糸口はあるんでしょうか?」

瀬谷ルミ子さん(紛争解決の専門家)「私は1週間前に、アフリカの南スーダン共和国(民族対立による紛争で避難民が多く発生。食料・安全な水・教育などの不足が続いている)から戻ってきたんですけれども、そこでもいろんな民族の人たちが混在していて、資源や土地を巡る争いもあって、あらゆるレベルの争いがコミュニティーで起きている。ただそこに『共存できる仕組み』を作ることは可能です。具体的には、例えば南スーダンでは、食料が足りないということが『民族共通の課題』です。まず食料の自給率を上げる取り組みで、対立している集団が一緒に協力することで生産率が上がるような仕組みを作って、『対立するよりも協力したほうが自分たちの生存率が上がる』仕組みを作ったり、協力しあうことでニーズが満たされる、自分たちが抱えている問題が解決するような仕組みを作ったりします」

鈴木さん「今まで“線引き”をして対立していたところに、新しい線を引くということですね。対立する2つをくくってもいいし、共通の問題なり、アイデンティティーを見つけるということも大事なのかなと、お話を伺って、思いました」

山極さん(人類学者)「例えば、いま地球全体が国を超えて結束しなければならない『環境問題』や『気候問題』がある。『食料問題』もその1つです。そういう問題を、歴史的な対立を超えて、みんなで解決していく方向に進ませることが、『戦争を起こさせない』貴重な一歩になるかもしれない」

<人間は戦争をやめられるのか? “線引きする本能”を乗り越えるカギは>

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人間は、長い歴史の中で、「仲間とそれ以外の間に線引きをし、敵対心を高めてしまう心の特性」を乗り越えようと、模索し続けてきました。その原点とも言えるのが、紀元前13世紀、古代エジプトと軍事大国ヒッタイトが争った「カデシュの戦い」です。およそ6万人が激突。対立が続けば、両国ともに衰退するという危機に直面する中、「“世界初”といわれる和平条約」が結ばれました。

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遺跡(カルナク神殿)に刻まれた条文(上画像)には、「互いの領土を侵略しない」など、対等な関係を築き、“線引き”を乗り越えようとするルールが、明文化されています。

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そして現代。根深い“線引き”を乗り越えた事例として注目されているのが、アフリカ・リベリアです。政治や民族の対立による激しい「リベリア内戦(1989年~)」で、20万人以上が犠牲となりました。

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闘いに終止符を打とうと、立ち上がった市民がはじめたのは、民族や宗教が異なる人たちが同じ白いTシャツを着て、反戦を訴える運動です。

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そして2003年、停戦が成立。線引きを乗り越えるために取り組み始めたのが、「元兵士たちの職業訓練」でした。多くの市民の命を奪った兵士たちを許し、ともに国を立て直す仲間として受け入れたのです。内戦終結から19年、いまも和平合意は維持され続けています。

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<戦争を繰り返す人間 未来に希望をもたらすには?>

瀬谷さん(紛争解決の専門家)「多くの和平合意の中には、武器を手放したら、その人たちの『戦争中の罪は問わない』という、“恩赦”が必ず盛り込まれているんです。ただ、それは被害者の立場からすると、自分の家族を殺した人たちが無罪放免になって、職業訓練まで受けて出てくるということ。そこにやっぱりジレンマはあるんですけれども、そこであらがっていると、残った数少ない子どもや家族まで殺されてしまうかもしれない。なので、平和のために、みんな泣く泣くそれを受け入れるわけです。『平和』という言葉は、私たちからするとすごくきれい事に思えますけれども、実際の紛争や戦争を経験した人々が積み上げている平和というのは、“血と汗と涙の積み重ね”なんです」

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河江さん(エジプト考古学者)「必ずしも戦争を肯定するわけではないんですけれど、歴史の大きな流れの中で見ると、世界は楽園ではないので、いろんな事が起こる中で、戦争もたぶん起こると思うんです。大事なのは、戦争が起こったあとに、『もう一度戻すシステム』。古代エジプトだと、相互不可侵でどちらも領土を侵さないとか、いろんなことを条約の中に埋め込んで、もう一度関係性を戻そうとしました。そういった『戻すシステム』というのを作っていく努力をすることが大事なのではないかと思っています」

山極さん(人類学者)「本来ならわれわれが持っている“共感力”は、われわれ自身が助け合って幸福に過ごすために使われてきたはずなのに、それが他の民族を虐げ、格差を作り、そして国と国の大規模な戦争にまで発展してしまった。僕はこれを『共感力の暴走』と呼んでいるんですが、暴走から正しい歩みに戻さないといけないと思うんですよ。今、その転換期に立っているんだと思います」

瀬谷さん(紛争解決の専門家)「例えば、『紛争』や『戦争』という言葉をネットで検索すると、すごくビビッドなイメージ、武器だったり、遺体だったり、すごく解像度の高い画像が出るのに対して、『平和』という言葉を検索すると、ハトの絵とか、握手の手とか、すごく『漠然としたイメージ』しか出てこない。それは、人間が文字を生み出して以降、画像や映像などあらゆるものの力も使って戦争を起こしてきたのに対して、『平和のために何をし尽くしてきたか』と言うと、まだ『解像度の低い伝え方』しかできていない。ということは、まだそこには“のびしろ”があるのではないかと思います。そういう部分に対して、私たちの英知や技術を使っていくという余地は、まだまだ多分にあるというところに私は望みを持っています」

鈴木さん「ひとつ希望が見えたとすれば、人間の共感力というものが、線を引いて、仲間以外の人に対する敵対心を生んでしまうこともあるけれども、その線をまた引き直したり増やしたりすれば、そこにもまた共感力が生まれて、相手の立場や文化を理解し、そこに共感していけるということ。そうしていくことでしか出口はないんじゃないかなと。おそらく地球上の生き物の中で、いちばん誰かに共感する能力を持っている僕たちだから、きっといつかは自分たちの持つ“負の側面”というのを、克服していけるようになるんじゃないかなと、そう思いました」