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■まとめ記事
(2021年10月10日の放送内容を基にしています)
世界の中でも殺人事件が多発する、ケープタウン。
この街のスラムには、世界の矛盾が、渦巻いている。
極度の貧困、麻薬密売、そして殺人。それが日常だ。
絶望を抱えた若者がギャングとなり、抗争に明け暮れる。警察も行政も、打開策を見いだせない。
暴力が日常を染めるスラムに、ひとり、通い続ける男がいる。
投資家であり牧師の、アンディ・スティールスミス。
アンディ「私はギャングの本拠地ではこう呼ばれている。“ギャング牧師”」
抗争で命を落としたギャングたちを日々弔いながら、スラムの再生、という壮大な目標を目指している。私たちはアンディに、世界が注目する活動の撮影を依頼。小型カメラやスマホを駆使して、1年以上にわたり記録した。
貧富の格差と、暴力の応酬。
コロナの中、世界で加速する難題に、アンディは風穴を開けようとしている。
<ケープタウンの“光と闇” 暴力に支配されたスラム>
南アフリカ第2の都市、ケープタウン。
人種隔離政策アパルトヘイトが撤廃されて以降、グローバル化が加速し、世界屈指の経済成長を遂げてきた。しかし、富の7割は白人層に集中。発展から、多くの人が取り残され、今も苦境に見舞われている。所得格差は、世界最悪だ。
その闇は、深い。
ケープタウンでは、およそ3時間ごとに殺人事件が発生する。凶悪犯罪が多発しているのは、東部に集中するスラム街だ。
この日、牧師のアンディは、前夜に殺人事件が起きたスラムに急いでいた。
仲間を殺された若者のグループが集まっていた。
殺されたのは15歳の少年。敵対するグループに、後ろからナイフで刺されたという。
少年たち「首から水のように血が噴き出していた」
少年たち「大人は誰一人助けてくれなかった」
アンディ「みんな聞いてくれ。いいか、報復はダメだ。泥沼になる。3人、6人、12人、18人、最後に誰もいなくなる」
アンディは、少年を殺したグループのメンバーに接触した。
アンディ「今週何を学んだ?」
少年「・・・刺されないように」
アンディ「いや『刺さない』ことだろ。殺さないことだ。いいか君たちはあの殺された少年に対して全員に責任がある。」
暴力が支配する街に育った若者たち。警察や行政も、こうしたスラムへの本格的な介入ができずにいる。
アンディ「和解するんだ。いいか、和解する気があるのか?どうなんだ?いいか、君らは 白人と金持ちが支配する逆境の中を生きている。仲間同士で争うな。このどん底から抜け出せなくなるぞ」
アンディの呼びかけに、双方はいったん矛を収めた。
<世界が注目 “ギャング牧師” コロナ禍 逆転の発想>
アンディがいま全力を傾けているのが、世界でも指折りの危険なスラム、マネンバーグ。
赤い屋根は、国による低所得者用の住宅。その周りに無数のバラックが建ち並び、ギャングの一大拠点となっている。
日常の光景となっているのは、ギャング同士の銃撃戦だ。一般人が巻き込まれることも多く、死者が後をたたない。狭いエリアに50もの組織が陣地を構え、にらみ合う。
対立が最も激化しているのが、最大級のギャング『アメリカンズ』と『ジェスターズ』だ。
アンディ「先週からアメリカンズとジェスターズが抗争している。昔からの因縁の戦いだ」
手の施しようがないかに見えるギャングの抗争を、アンディは一時的に中断させたことがある。
きっかけはパンデミックに襲われた去年(2020年)。
貧困層に感染が広がり、ロックダウンで物流が途絶え、スラムは窮地に陥った。牧師として顔が知れていたアンディはこの時、ギャングたちに停戦を呼びかけたのだ。ギャングの持つネットワークを生かして食糧などの配給を実現し、世界を驚かせた。
アンディ「彼らは物を配るのが上手いし、末端の住民をよく知っていた。すばらしい働きぶりだった。逆境こそ最大のチャンスだ。ギャングたちが本当に変われるかもしれない。銃に頼らない生き方を」
<激化する抗争 ~実録 ギャングの最深部~>
しかし、平和はつかの間だった。
感染のピークが過ぎると、アメリカンズとジェスターズの抗争は、再び激化したのだ。事態を後戻りさせるわけにはいかない。
アンディは最も力があるジェスターズのリーダーのひとりに直談判することにした。
この一帯を束ねる、ハマドは和解の鍵を握る人物だ。トップダウンで事態を解決することに期待をかけ、アンディは接触を続けた。
アンディ「いまジェスターズのアジトに向かっている。ハマドから呼び出された。和平か、それとも戦争か。銃を持って駆け回る人がたくさんいる…近いうちに銃撃戦がありそうだ」
ハマドはアンディに、折り入って話したいことがあるという。周囲に聞かれないよう、車内へと誘った。
ハマド「土曜の夜、銃撃が始まった。俺は皆に『やつらを撃っても何にもならない。やめよう、月曜に話し合おう』と言った。休戦できるかもしれない。また日常に戻れる」
アンディ「もしアメリカンズとの和平交渉の場を作れたら出席してくれるか?」
ハマド「もちろんだ」
ハマドは、和解の意思があることを明かした。ところが2日後。
アンディ「いまジェスターズのアジトに向かっている。ハマドが今朝早く殺された。無残に頭を銃で撃たれたんだ。遺体が何時間も路上にあった」
アンディ「大変だったね。家族は?結婚していたよね」
ジェスターズのメンバー「奥さんは亡くなっている」
アンディ「子どもは?」
ジェスターズのメンバー「いる。まだ小さいよ」
住民「昨夜は大勢が駆け回っていて眠れなかった。あなただけが仲裁の頼りなの」
住民「アンディさん、彼女たちも先週父親を殺された。ギャングの抗争で」
アンディ「死が多すぎるよ。本当に。あまりにも多すぎる」
アンディは、数百メートル先の、アメリカンズのアジトに向かった。
ハマドを殺害した、アメリカンズ。数々の凶悪事件に関わり、構成員は数百とも言われるが、組織の実態はよくわかっていない。
アンディ「誰かがハマドを殺したらしいね?」
アメリカンズ「そうだ」
アンディ「和解できないか?平穏を手に入れよう。1日だけ撃ち合いを止めるんじゃなく」
アメリカンズ「それは無理な相談だ」
ギャングたちの抗争が泥沼化する背景に、何があるのか。
私たちは、スラムの闇で、膨大な武器が流通している実態を目の当たりにした。
武器商人「機関銃もある。一度に100発撃てる」
過熱するギャングの武装化。それは、自らの利権を守るためのものだ。
麻薬の売人「これが稼ぎ頭の麻薬。クリスタルメスだ」
スラムで合法的な収入を得るすべはほとんどなく、ギャングたちの生活は麻薬にかかっているという。密売の縄張りを死守するため、殺し殺される。悪循環に陥っていた。
アンディの働きかけもむなしく、その後も犠牲者は増え続けた。
アンディ「皮肉なものだ。この国で最も残酷なマネンバーグから望むテーブルマウンテンは、どこよりも最高に美しいなんて」
<ギャング牧師 誕生秘話 ~資本主義の“権化”から~>
アンディは6年前、まだ幼い子どもたちと妻を連れて、ロンドンからケープタウンに移り住んだ。
アンディの妻・レイチェル「最初は南アフリカに移住するなんてありえない、と感じました。あまりにも危険ですから。彼は現場から私に携帯メッセージを送ってきたことがあります。『緊迫している。祈ってくれ』『銃撃戦が起きている』。でももう慣れました」
アンディはかつて、世界を舞台に、企業の買収や再建を進める、やり手の投資家だった。
エネルギー産業への投資などで、競合相手を出し抜き、巨万の富を築きあげた。
アンディ「成功した私は傲慢にも、すべてを金で買えると思っていた」
だが12年前、友人の誘いで訪れたアメリカの麻薬リハビリ施設で、更生に取り組むギャングたちと出会い、価値観が大きく揺らいだのだ。
アンディ「彼らの人生談は悲惨だった。どん底のどん底に落ちていた。でもそこからはい上がろうと、もがいていた。私ははっとした。彼らは金に物を言わせる私よりも、ずっとまっとうな人間だ。過去の悪行から足を洗い、まっとうに生き直そうと、彼らはひとりで悪魔と闘っていた」
このグローバル化した世界で、自らの成功は、彼らの犠牲の上に成り立っていたのではないか。
アンディは投資先を、社会貢献度の高い事業に振り向けるようになっていった。
同時に、クリスチャンとしての学びを深め、牧師を志した。そして9年前、社会奉仕に熱心な黒人経営者に呼ばれてやってきたのが、南アフリカだった。
アンディには、胸に秘めてきた壮大な計画があった。去年、資金を集めてケープタウン近郊に購入した400ヘクタールの土地。いつかこの土地に、ギャングたちが住む数百軒の家を建て、職業訓練の拠点にしたい。
アンディ「キーワードはREGENERATION(再生)だ。いったんギャングになれば、必ず前科がつく。まず合法的な仕事に就けないし、仕事を与えてもらえない。永遠に無職のままだ。『役立たず』『価値がない』と言われ続けると、人は自分の価値を見失う。絶望におちた人が、再び希望をつかめたら、それこそ希望だ」
機会や場所を提供するだけでは、ギャングたちの再生は難しい。まずは、その心を解きほぐす必要がある。
この日、食糧を届けに訪ねたのは、仲間を殺され報復に燃えていた少年の家。一家の暮らしは、母が道で売る切り落としたニワトリの足にかかっている。
少年は5年前、父親を亡くしていた。
スラムでは、ギャングの抗争や病気で、働き盛りの男性の死亡率が高い。正しい道を示すべき存在を持たないまま、多くの子ども達が、ギャングに身を投じていく。
貧困と暴力が分かちがたく結びつくスラム。アンディには、1つの信念があった。
アンディ「ギャングたちに必要なのは“父親”のような存在だ。正しい道を進むため、信じて背中を押してくれる。 “父親”のように道を示したい」
<巨大ギャングの幹部 “再生”への闘い>
アメリカンズとジェスターズが抗争を続けていたマネンバーグ。
ハマドが殺されてから2か月後、アンディの努力がようやく実を結んだ。双方のアジトの中間地点で、引き合わせることになった。
やってきたジェスターズの幹部。そこに、アメリカンズの幹部を案内した。抗争を続けるのか、それとも和解か。長い話し合いの末。休戦が決まった。
数々の凶悪事件を引き起こしてきたアメリカンズの中に、アンディが更生の可能性を感じている男がいた。
プレストン・ジェイコブス。アメリカンズの幹部だ。プレストンの最初の殺人は14歳。暴力をふるう男から母を守るためだった。出所後まもなく、母は他界。今は天涯孤独の身だ。
プレストン「ギャングは家族のかわりだ。ギャングである以上、悪事とわかっていても、人を殺し、盗み、苦しませる。そういう生き方だ」
プレストンは、殺すか殺されるかの日常を生き抜き、幹部に上りつめた。
アンディがプレストンに注目したのは、パンデミックに襲われ、ギャングたちを食糧配給に駆り出した去年のこと。プレストンのある決断に、可能性を感じ取った。
アンディ「物資を配給するために、私を他のギャングのボスに紹介してくれとプレストンに頼んだんだ。プレストンは『正気か?殺されるぞ』とすごんだが、危険を承知で別のギャングの元に一緒に直談判しに行ってくれた。それで私は気づいた。たとえギャングの幹部であっても、根本的には人の役に立つ機会を求めているに違いない」
この男となら、貧困と暴力の連鎖を、断ち切れるかもしれない。
しかしプレストンの身に、思わぬ事態が待ち受けていた。
「アメリカンズの中で内部抗争が起きている」と情報をくれたのはプレストンの親友、エディだった。
アンディ「何人で撃ち合っているんだ?」
エディ「大勢だ。アメリカンズ同士で」
アンディ「何があったんだ?」
プレストン「組織の幹部が仲間を殺そうとしているんだ」
別の一派のメンバーを殺した疑いをかけられ、プレストンたちが命を狙われているという。
アンディ「君は大丈夫か?安全か?今夜は家でおとなしくしていて、死ぬなよ」
** アンディ「同じアメリカンズに命を狙われるなんて・・・」**
一週間後、恐れていたことが、起きた。
プレストンの親友のエディが、背中を撃たれ、殺されたのだ。
エディは、プレストンにとって、数少ない心許せる存在だった。
アンディ「プレストンお願いがある。もう誰も死なせたくない。報復はしないでくれ」
プレストン「わかってる」
多くの死を見届けてきたプレストン。2年前の、ある仲間の葬儀が、深く記憶に刻まれていた。
プレストン「棺が埋められる姿が自分と重なって見えて、俺もいつか同じようになるのかと思った。その葬儀にめずらしく白人牧師がいた。アンディだった。俺に近づいて来て『君の中にも光がある』って言ったんだ。驚いたがアンディは続けて『この暗闇からいつか抜け出せる』って言ったんだ。アンディに出会う前は、そんなことを誰も言わなかった」
内部抗争が始まってから、プレストンはアジトを捨て、別の隠れ家に潜伏。これ以上死者が出ないよう、仲間をかくまっていた。
アンディ「みんな大丈夫か?」
アメリカンズのメンバー「自由になりたい。身を守るため本能的に戦ってしまうけど、もうしたくない」
アンディ「ひどいことをしてきた人もこの中にいるだろう。でも誰だって過ちを犯したことがあるはずだ。ギャングも私も皆、生き直せるはずだ。アメリカンズの内紛が収まることを祈ります。マネンバーグの地に平和が降り注ぎますように。過去のすべての過ちが正されますように」
<誰一人取り残さない ~ギャング“再生”への闘い~>
アンディは、プレストンを密かにスラムから連れ出すことにした。案内したのは、いつかギャングたちを住まわせたいと考えている、あの土地。
プレストン「とても静かだ。マネンバーグでは毎日銃撃があり、2~3日おきに誰かが殺されている。だから皆打ちのめされている」
そして、大事な話をするために、自宅に招き入れた。
アンディ「君たち、今日集まってもらったのは他でもない。初めてだろう?私の襟付シャツ姿は。襟付シャツを着ているからには、さあビジネスの話を始めよう」
アンディ「スラムで牧師をしていて一番つらいのは、小屋の火事だ。焼け落ちた小屋、逃げ遅れる人、特に子供たち・・・。多くの国で義務付けられているのが、この火災報知器だ。ここで君たちの出番だ。君たちの直売ルートならスラムの一軒一軒に売りこめるよね」
スラムでは、消火設備などのインフラも整わず、火災が頻発し、毎年多くの住民が命を落としていた。もし、ギャングたちのネットワークで火災報知器を普及できれば、住民の命を守れる。まっとうな収入源も得られ、利益の一部をスラム全体の暮らしの改善にも充てられる。
アンディ「合法的な物の直販ネットワークを作るんだ。もう違法な物を売らなくていい」
再生への一歩につながる提案だった。
アンディ「私が君たちに投資するのは、心から信頼しているからだ。君たちの誠実さを、私は誰よりも見てきた」
プレストン「あんたは俺たちの“父親”だよ」
プレストン「本当はここみたいな暮らしがいい。でもそれは選べない。残された仲間の身が危険だ。皆の信頼は裏切れない」
再びスラムの日常に、戻る。
アンディ「安全にね。祈ろうか。父なる神よ。共に過ごしたひとときをありがとうございました。神の慈悲が注がれますように。プレストンたちを憎しみの銃口からお守りください」
アンディ「プレストンたちのある様子が印象深かった。あの土地があまりに静かで、突然あわてて銃を探し始めたんだ。『怖い』『襲撃される前の静けさと同じだ』って。
教えてあげたい。この静けさこそ真の平和だと」
それから1か月。プレストンが動き出していた。地元NPOが職業訓練の一環としておこなった消防活動に参加したのだ。組織の若者たちにも、声をかけていた。
アンディがもちかけた合法的な仕事。その道筋を、プレストンは探ろうとしている。
プレストン「マネンバーグでもっと良く生きるチャンスを作れるはずだ。マネンバーグの未来を変えるんだ。光をつかめるかは俺たち次第だ。」
スラムで仲間を刺殺されながら、アンディの言葉で報復を思いとどまった少年。アンディの呼びかけに応じて、地域の仕事を手伝うようになっていた。
アンディ「彼らがまるで花が開いたように生き生きしている姿を見ると、貧困と暴力以外の生き方がきっとあるはずだ。それがギャングだとしても」