キャスターの中川安奈です。
4月21日から24日まで、東京体育館で行われた「全日本体操・個人総合選手権」。今回、この大会で通算5回の優勝を誇る村上茉愛さんと一緒に、男子決勝を取材してきました。去年引退されたばかりの村上さんならではの見どころや解説をお届けします!
▼決勝開始前
―村上さん、今日はよろしくお願いします!まもなく始まる決勝、どの選手に注目していますか?
村上:まずは予選1位でオリンピックの金メダリスト、橋本大輝選手ですね。ゆか・あん馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒の6種目どれも安定しているので、自分の力を出せれば連覇できるかと思います。ただ、2日前の予選では、平行棒で落下しているので、油断できません。 その他の注目選手としては、まずは予選3位の岡慎之助選手です。3年前の世界ジュニア選手権王者の18歳。ニューフェイスが、初めての決勝でどんな演技を見せてくれるのかが楽しみです。 2位に入った神本雄也選手は、私のジュニア時代の先輩、大学も同じ日本体育大学なのですが、27歳のベテラン。得意のつり輪や平行棒が見どころです。
―では、その3人が入った1組(予選上位6名)を中心に見ていきます!フロアでは直前練習が始まりましたが、選手たちの心境はどう想像されますか?
村上:すごく緊張していると思います。この30秒アップは私の場合はすごく重要でした。ここでうまくいかない技があると、演技中に"ここアップで失敗したからな"と少しよぎってしまうので。あとは試合の空気感や、会場の雰囲気に慣れておくのも大事ですね。
―ウォーミングアップでその日の選手の調子が分かるかもしれないと思うと、観戦の大事なポイントにもなってきますね。そういえば、きょうの決勝は12時からですが、選手はいつご飯を食べているんですか?
村上:たぶん朝ご飯以降は食べてないんじゃないかな?試合中にゼリーなどでエネルギー補給はしますよ。6種目の長丁場ですからね。ちなみにわたしは試合の1時間前におにぎり1個とかを食べるようにしていました。
▼1種目め:ゆか
―1組の最初の種目は、ゆか。ゆかから始まるというのはどうですか?
村上:あん馬などに比べ、落ちるリスクがないので、思い切ってやれますね。多少ラインオーバーなどをしても、演技を通し切ると言うのが、1日の流れを作る上でとても大事です。注目の3人ともゆかが得意な選手なので、楽しみですね。
―まずは岡選手が、大きなミスなく演技を終えました。
村上:オッケー。出だしの演技にしては、緊張も伝わってこなかったんでよかったですね。本当に緊張しているときは演技に出ちゃうので。決勝は守りに行くのか、攻めるのか、そのさじ加減が難しいですよね。攻めにいけばいくほど、落下につながったりするので。いい流れをどう作るかですね。
―その流れ、村上さんはどういうものだと考えていましたか?
村上:そうですね・・・私はリズム感のように捉えていました。女子のゆかでは、ダンスで集中して、技のときに集中して、と波があるのですが、例えば着地でものすごいラインオーバーするとか、バランスを崩して手をつくとかしてしまうと、リズムに乗れずに、波がブツンと切れちゃうんです。
―そして続く神本選手も、素晴らしい演技でした。
村上:乱れがないのがわかりますか?着地が膝と股関節を使ってふわって止まりますよね。やわらかい、吸盤のような。力入るとゆかにはじき返されるんですよ。それをクッションみたいに、吸収するとうまく着地が止められる。神本選手はすごく筋肉もあって力強いんですけど、しなやかさがすごくあって、おもしろい選手だなって思います。あそこまで筋肉がある選手って、なかなか柔軟性がないんですけどね。
―どうしたら神本選手のようになれるのでしょうか?
村上:ジュニア時代の基礎づくり、柔軟を大事にしていたのでしょうね。成長期も見ながら筋力をつけるタイミングとかもうまくやっていかないといけない。そこを怠ってくると、上に来ると雑になる。選手人生の出だしの基礎の積み重ねと、一人一人の個性に合わせた指導が、本当に大事です。
―橋本選手のゆかが始まりました。
村上:あっ、いまの技、3回ひねっていない気がしますね。予定では「リ・ジョンソン」という3回ひねりの技をやる予定でしたが、2回でしたね。もしかしたらきょうは攻めた演技をするというよりは、きちんと6種目まとめるという戦略かな?来月のNHK杯や、世界選手権に向けて、温存しているかもしれないですね。1年間MAXの力で演技し続けるのは意外ときついんですよ。
―他の組に目を向けると、たったいま、あん馬で東京五輪出場の萱選手が落下しました。
村上:気合いが入りすぎていますね、自分で自分を操作ができなくなっちゃった。緊張するとパワーが出過ぎてしまうので、失敗しそうなリスクの“先取り”というのができなくなる。ミスを回避するための瞬時の準備のようなものですね。予選がうまくいかず、1組目に入れなかったということで、気合いが入り過ぎちゃったみたいですね。
―東京五輪組で言うと、北園選手や谷川航選手などはどうご覧になっていますか?
村上:正直、今大会は男女とも“波乱”といえるかもしれません。ただでさえこの全日本は、シーズンの初戦で、ピークを持ってくるのが難しいのですが、今年はオリンピック後のルール変更がありました。男女ともそれに合わせて、大きく構成を変えたり、技の難易度を上げたりしてきていますが、こういうときはミスやけが人が出やすい。女子でも落下などが多かったです。
▼2種目め:あん馬
3人はそれぞれ個性のある演技を見せました。村上さんも思わず「完璧!」と拍手した岡選手は、F難度の「ブスナリ」という技を成功。初めての決勝とは思えない安定感でした。
神本選手は、演技後の笑顔が印象に残りました。村上さんによると、神本選手は「筋肉がありすぎて体格的にあん馬の動きが苦手」ということで、こういう種目を“乗り切れるかどうか”が、個人総合では大事だそうです。
一方、橋本選手は、ゆかに続いて途中で予定していた技を抜いていましたが、旋回のスピード感やダイナミックさは圧巻!その美しさに思わず「わぁ・・・」と声が出ました。
あん馬を見ているときに村上さんからは、「かけ声に注目して観戦するとおもしろい」という話を聞きました。コーチからのかけ声を合図に演技をしている選手もいるし、「がんばー」などの仲間からのかけ声も演技中に力になるんだそうです。
▼3種目め:つり輪
―上位3人は、ここまで順調に3つ目の種目、つり輪まできましたね?
村上:つり輪は着地ですね。ここで結構乱れるので、最後を決めきりたいですね。あとは支柱からずれてはいけないとか、揺れると減点とか。揺れが少ない方がきれい、美しいとされます。一番力を使う種目なので、ここで結構力使うと後半も疲れちゃう。
―まずは岡選手が、予選と同じような点数で演技を終えました。
村上:苦手な種目、なのかな?とくに失敗したところもなくて、いいんじゃないでしょうか。苦手な種目は乗り切るのが一番。
―続いては、つり輪が得意種目だという神本選手。ゆかのときには村上さんから筋肉と柔軟性についてのお話をしていただきましたが?
村上:やばいです、マッチョすぎますね。見てください、乱れがないのが特徴なんですよ。ふわってとまる。なんというか、紙が床に落ちるときのように音がしないような感じですね。力技、すなわち“動”の技ではなく、静止技、“静”の使い方が本当にきれいですね。足先まできれいですね、水平までぴたって。
―そして橋本選手も、着地をしっかり止めてきました。
村上:ちゃんとゆかを見に行きましたね。つり輪はやったことがないですけど、着地の部分はわかります。着地を“先取りする”、つまりゆかを見に行って、着地を決めるのは技術が無いとできません。
▼4種目め:跳馬
―後半戦は跳馬からスタート。橋本選手、決まりましたね!!
村上:技はロペスですね、3回ひねり。大技のはずなんですが・・・さらっと決めましたね。なんというか"いつもやっている技"という感じ。おそらくですが、ロペスよりも難しい難易度の技を練習で飛んでいるんじゃないかな?そうすると、ロペスをやるときに簡単に感じることができますよね。
一方で、岡選手にアクシデントが起こります。着地で失敗し、右膝を負傷。一度は立ち上がり、その後5種目の平行棒も強行出場しますが、着地で再び崩れ落ち、そこで演技をストップ。その後の診断で「前十字じん帯完全断裂」と発表され、長期離脱となりました。一日でも早く、岡選手の怪我が良くなることを願っています。
▼5種目め:平行棒
―岡選手が途中棄権となり、跳馬で高得点を出した橋本選手が抜け出し、2位の神本選手が追いかける展開です。平行棒は、橋本選手が予選で落下した種目ですね。
村上:試合前に少し話を聞いたのですが、力が制御できなかったと言っていました。たぶん体はすごい動いているんですけど、その分、制御できなかったみたいですね。握る力だったり、いつもより回りすぎたり、緊張で手が震えたり。予選は持ち損ねたけど、落ち着いてやってほしいです。
―その平行棒、決勝はミスのない演技でした!
村上:失敗したところは少なからず記憶にあるので、ちょっと影響が出たり乱れたりするのですが、そういうのも全然なく、まったく失敗したことを持ち越さずに演技できたかなと思います。強いですね。
―追いかける神本選手、つり輪と同様に平行棒も得意種目ですね。
村上:平行棒も、種目別で優勝争いできるくらいの得点源となる種目なので、空中の技、バーの間を移動する技の高さだったりとか、ピタッと倒立で、動いた技の後に止まるところとか、すごくきれいです。思わず笑っちゃうくらい余裕がありますね。
▼6種目め:鉄棒
―最終種目です。2位の神本選手と1位の橋本選手は、現在およそ2点差。橋本選手が大きなミスをしなければ優勝です。その状況で、神本選手の演技が始まりました。
村上:しっかり止めれば、点数がついてくる。緊張しますね、何でこんなに緊張するんだろう。後は着地です。きまりました!これは・・・意地で止めましたね。絶対に止めてやるという思いが伝わってきました。
―神本選手の鉄棒、演技全体を通してどうでしたか?
村上:離れ技のときに、つかんだ手の位置が、肘が曲がらない、近すぎず遠すぎず非常にいい位置で持っていたので、とてもきれいでした。
―さぁいよいよ最後の一人、橋本選手です。今大会から鉄棒では、リューキンという新技を予定しています。
村上:最初のリューキンがどうか・・・決まりました!途中の離れ技も、素晴らしいですね。後は着地です・・・お見事!さすがとしか言えないですね。最後の種目で技の難易度も上げて・・・このプレッシャーの中でできるのがすごいですね。最後しっかり点差を広げて終われるという。
―余裕はあるように見えましたか?
村上:最初のリューキン以外は構成はオリンピックからそんなに変わってないかな?それにしても難しい技ですね。リューキンは1回体をひねって鉄棒を背中から通すので、鉄棒が見えなくなるんですよ。1回ひねると後ろ向くじゃないですか、それで鉄棒との距離がわからなくなる。技をかけた瞬間、ちょっと鉄棒から離れすぎたのではないかとドキッとしたのですが、橋本選手はその瞬間に手を伸ばしたように見えました。おそらく、自分が鉄棒から離れたとわかってやっていたんですね。ということは、感覚が自分のものになっている。技が完全に自分のものになっているということです。それがすごいです。
―これで橋本選手の優勝が決まりました!連覇です。
村上:すごいとしか言いようがないですね。オリンピックに出ていた選手たちは、いろいろと背負ってしまい、それがプレッシャーになり、緊張して演技が固くなることもあるので・・・。目標が終わった後のモチベーションの持ち方も難しいですし。いまどんな風にモチベーションを高めているのか聞いてみたいですね。
―神本選手は2位。
村上:大きなミスはなかったですよね、さすがです。気迫が伝わる演技でした。攻めなきゃいけない種目と、まとめて失敗をしない種目と。自分のことがきちんとわかってまわっている、経験のある戦い方をしていました。
―あっという間に6種目が終わりました。村上さん、今日は本当にありがとうございました!
村上あっという間でしたね。男子は橋本選手を筆頭に五輪組が引っ張りながら、それに続く選手のレベルも上がってきて、全体的な競技レベルの底上げに成功している印象を受けました。女子も負けずに頑張っていかないといけないですね!
▼村上さんとの観戦を終えて
実は去年も、東京オリンピックに向けての取材をするために、この大会を現地で観戦していました。日本のエースとして注目していた村上茉愛選手。その翌月、村上選手が東京オリンピック代表に内定したNHK杯では、現地スタジオのMCを担当し、内定を決めたばかりの村上選手にインタビューもさせていただきました。その村上さんとサンデースポーツでご一緒させていただくことになるなんて!しかも、今回一緒に体操を観戦できるということで…せっかくの機会、気になることや浮かんだ疑問をあれこれお聞きし、たくさん解説をしていただきました。貴重な時間をくださった村上さんに感謝の気持ちでいっぱいです。皆さんにもしっかり伝わることを願いながら書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
5月のNHK杯も、楽しみです!!